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第2の事件『命の価値を測る偽魔女』 第2章「黒猫が訪れたパン屋」
第5話「奥様の気持ち」
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「ノルカさん! 大丈夫ですか!?」
「私は無事ですけど……」
街の人たちから日常を奪ったのは、数匹の黒猫集団。
集団とはいっても、それぞれが好き勝手に街を探索しているだけで、特別人間に危害を加えるつもりはなさそうに見える。
それでも災いをもたらす黒猫は、人々にとっては恐怖の対象。
パン屋の前から、あっという間にノルカ目当ての客はいなくなってしまった。
「すみません、お客様が……」
「ノルカさんが無事なら、それでいいんですよ」
街の人たちと正反対の態度を見せたのは、店の外でパンの売り子をやっていたノルカ。
突然現れた数匹の黒猫に怯えることなく、落ち着いて黒猫たちに視線を向けている。
「ほら、あっちに行って」
パン屋の奥さんは黒猫を店から遠ざけるために、手であっちに行きなさいと合図を送る。
モーガストさんの後ろに控えていたときのように青ざめた顔を見せることなく、黒猫を追い払うために奥さんは積極的に猫へと向かっていく。
(旦那さんが亡くなったせいか、強くなったような……)
亡くなった旦那さんの分も、強く生きていかなければいけないって気持ちは理解できる。
でも、旦那さんが亡くなって日も経っていないのに、こんなにも人が変わるんだってことに驚かされる。
(フェリーナさん、何して……)
この場に、俺とノルカ以外に冷静な人物がもう1人いた。
黒猫を怖がることなく黒猫に視線を向けているフェリーナさん。
ただの猫好きかもしれない。
けど、ノルカと一緒になって黒猫を観察しているような眼差しが気になった。
「ほら、ここに食べ物はないの」
奥さんが黒猫たちを追い払っても、黒猫たちはまったく言うことを聞かずに店の周りをうろうろと動き回る。
「奥様、私は失礼致しますね」
「お構いもせずに、申し訳ございませんでした」
人間の言うことなんて聞いていられないと言わんばかりの態度をとっていたはずの黒猫たちなのに、フェリーナさんが店からいなくなると同時に猫の集団は解散していった。
(なんだったんだろう……)
再び、パン屋に災いをもたらすために集まったのかもしれない。
そんな恐ろしいことを考えてしまうけれど、モーガストさんの死になんらかしらの関係を持っている黒猫は宿屋で静養中。
(仲間の黒猫を探しに来た……?)
何か用があるからこそ、黒猫たちはパン屋に集った。
猫たちはほかの飲食店で食べ物探しをしてもいいはずなのに、パン屋だけに黒猫が集中するのは不思議な話だった。
「今日は、お力になれずに申し訳ございませんでした」
人がいなくなった路上を見渡して、パンを売り切ることができなかったノルカが残念そうな顔で戻ってくる。
「いえ、黒猫が集まったので、仕方がないですよ」
黒猫たちに防御魔法を使わなかったことを後悔しつつも、片っ端から黒猫に防御魔法を使うわけにもいかない現状に溜め息が漏れ出る。
「明日も、お願いできますか」
「奥様、少し休んだ方が……」
「私なら平気です」
旦那が亡くなったという現実を受け止めきれないから、働きたいって気持ちは分かる気がする。
旦那が亡くなっても強く生きたいって気持ちが分からなくもないけど、奥さんは誰が見ても働き過ぎている。
「昨日、旦那さんが亡くなったばかりですし……」
「休んでなんかいられません」
俺とノルカという2人の売り子を雇うことができる時点で、そこまで金銭的な苦労は背負っていないはず。それなのに、奥さんは馬車馬のように働くことを望む。
「お願いします! 力を貸してください!」
ノルカも十分強い性格をしているとは思っているけど、そのノルカの強さを超えるほどの強い声で奥さんは俺たちに協力を求めてくる。
「わかりました」
ノルカが了承の意を示すと、奥さんはほっとした表情を浮かべて酷く安心したようだった。
働くことができて嬉しい。
働くことが、自分にとっての喜びと言わんばかりの表情を見せる奥さんを、俺もノルカも止めることができなかった。
「では、また明日伺います……」
話がまとまり、ノルカが別れの挨拶をしようとしたときのことだった。
「今日の売り上げは……」
俺たちがまだ店の中にいるにも関わらず、奥さんはレジスターの中にあった売上金を確認する。
「奥様……」
「あ、えっと……葬儀で、いろいろ入用なんです」
俺とノルカの存在を思い出したように、奥さんはお金に集中させていた目線を上げて和やかな笑みを浮かべてくれた。
「これから、買い物に行かないと……」
「奥様、買い物なら私たちが……」
店の片付けをしているうちに陽は沈み、光魔法が活躍する街灯を頼りに行動するような時間帯。
「さすがに買い物まで、ノルカさんたちの手を借りるわけには……」
「少しでも休んでください」
夜遅くに女性が1人で外出することも心配だけど、もっと心配なのは黒猫の集団が奥さんに災いをもたらさないかどうかということ。
夜道で奥さんの身に何が起きても可笑しくない。
「お気遣い、ありがとうございます」
黒猫騒動で、今日はそんなに稼ぐことはできなかったはず。
そんな僅かな売上金を手にした奥さんの動きは忙しなく、俺とノルカも奥さんの邪魔にならないように店の外へと出る。
「奥様、本当に大丈夫……」
「明日もよろしくお願いします」
ノルカの最後の声掛けも虚しく、奥さんの心には俺たちが心配しているって気持ちは届かなかった。
一方的に心配って感情を押しつけているだけに過ぎないのは理解していても、とにかく邪魔しないでほしいと言わんばかりの奥さんの態度が気がかりだった。
「私は無事ですけど……」
街の人たちから日常を奪ったのは、数匹の黒猫集団。
集団とはいっても、それぞれが好き勝手に街を探索しているだけで、特別人間に危害を加えるつもりはなさそうに見える。
それでも災いをもたらす黒猫は、人々にとっては恐怖の対象。
パン屋の前から、あっという間にノルカ目当ての客はいなくなってしまった。
「すみません、お客様が……」
「ノルカさんが無事なら、それでいいんですよ」
街の人たちと正反対の態度を見せたのは、店の外でパンの売り子をやっていたノルカ。
突然現れた数匹の黒猫に怯えることなく、落ち着いて黒猫たちに視線を向けている。
「ほら、あっちに行って」
パン屋の奥さんは黒猫を店から遠ざけるために、手であっちに行きなさいと合図を送る。
モーガストさんの後ろに控えていたときのように青ざめた顔を見せることなく、黒猫を追い払うために奥さんは積極的に猫へと向かっていく。
(旦那さんが亡くなったせいか、強くなったような……)
亡くなった旦那さんの分も、強く生きていかなければいけないって気持ちは理解できる。
でも、旦那さんが亡くなって日も経っていないのに、こんなにも人が変わるんだってことに驚かされる。
(フェリーナさん、何して……)
この場に、俺とノルカ以外に冷静な人物がもう1人いた。
黒猫を怖がることなく黒猫に視線を向けているフェリーナさん。
ただの猫好きかもしれない。
けど、ノルカと一緒になって黒猫を観察しているような眼差しが気になった。
「ほら、ここに食べ物はないの」
奥さんが黒猫たちを追い払っても、黒猫たちはまったく言うことを聞かずに店の周りをうろうろと動き回る。
「奥様、私は失礼致しますね」
「お構いもせずに、申し訳ございませんでした」
人間の言うことなんて聞いていられないと言わんばかりの態度をとっていたはずの黒猫たちなのに、フェリーナさんが店からいなくなると同時に猫の集団は解散していった。
(なんだったんだろう……)
再び、パン屋に災いをもたらすために集まったのかもしれない。
そんな恐ろしいことを考えてしまうけれど、モーガストさんの死になんらかしらの関係を持っている黒猫は宿屋で静養中。
(仲間の黒猫を探しに来た……?)
何か用があるからこそ、黒猫たちはパン屋に集った。
猫たちはほかの飲食店で食べ物探しをしてもいいはずなのに、パン屋だけに黒猫が集中するのは不思議な話だった。
「今日は、お力になれずに申し訳ございませんでした」
人がいなくなった路上を見渡して、パンを売り切ることができなかったノルカが残念そうな顔で戻ってくる。
「いえ、黒猫が集まったので、仕方がないですよ」
黒猫たちに防御魔法を使わなかったことを後悔しつつも、片っ端から黒猫に防御魔法を使うわけにもいかない現状に溜め息が漏れ出る。
「明日も、お願いできますか」
「奥様、少し休んだ方が……」
「私なら平気です」
旦那が亡くなったという現実を受け止めきれないから、働きたいって気持ちは分かる気がする。
旦那が亡くなっても強く生きたいって気持ちが分からなくもないけど、奥さんは誰が見ても働き過ぎている。
「昨日、旦那さんが亡くなったばかりですし……」
「休んでなんかいられません」
俺とノルカという2人の売り子を雇うことができる時点で、そこまで金銭的な苦労は背負っていないはず。それなのに、奥さんは馬車馬のように働くことを望む。
「お願いします! 力を貸してください!」
ノルカも十分強い性格をしているとは思っているけど、そのノルカの強さを超えるほどの強い声で奥さんは俺たちに協力を求めてくる。
「わかりました」
ノルカが了承の意を示すと、奥さんはほっとした表情を浮かべて酷く安心したようだった。
働くことができて嬉しい。
働くことが、自分にとっての喜びと言わんばかりの表情を見せる奥さんを、俺もノルカも止めることができなかった。
「では、また明日伺います……」
話がまとまり、ノルカが別れの挨拶をしようとしたときのことだった。
「今日の売り上げは……」
俺たちがまだ店の中にいるにも関わらず、奥さんはレジスターの中にあった売上金を確認する。
「奥様……」
「あ、えっと……葬儀で、いろいろ入用なんです」
俺とノルカの存在を思い出したように、奥さんはお金に集中させていた目線を上げて和やかな笑みを浮かべてくれた。
「これから、買い物に行かないと……」
「奥様、買い物なら私たちが……」
店の片付けをしているうちに陽は沈み、光魔法が活躍する街灯を頼りに行動するような時間帯。
「さすがに買い物まで、ノルカさんたちの手を借りるわけには……」
「少しでも休んでください」
夜遅くに女性が1人で外出することも心配だけど、もっと心配なのは黒猫の集団が奥さんに災いをもたらさないかどうかということ。
夜道で奥さんの身に何が起きても可笑しくない。
「お気遣い、ありがとうございます」
黒猫騒動で、今日はそんなに稼ぐことはできなかったはず。
そんな僅かな売上金を手にした奥さんの動きは忙しなく、俺とノルカも奥さんの邪魔にならないように店の外へと出る。
「奥様、本当に大丈夫……」
「明日もよろしくお願いします」
ノルカの最後の声掛けも虚しく、奥さんの心には俺たちが心配しているって気持ちは届かなかった。
一方的に心配って感情を押しつけているだけに過ぎないのは理解していても、とにかく邪魔しないでほしいと言わんばかりの奥さんの態度が気がかりだった。
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