33 / 70
第2の事件『命の価値を測る偽魔女』 第1章「黒猫が来訪する街ルアポート」
第4話「黒猫の呪い」
しおりを挟む
「奥様? 大丈夫ですか」
ただ、テーブルに腕をぶつけただけ。
そう見えたけど、奥さんは一瞬だけ悲痛な声を上げるものだから、ノルカも俺も奥さんの様子を気にかけてしまった。
「すみません、少し強く打ちつけてしまって……」
自分のドジが招いた事故だと言わんばかりに、奥さんは気丈に振る舞いながらパンを詰め込む作業へと戻る。
「もしかして、あの黒猫が……」
「そんなもの信じるな」
外野が思っている以上に、奥さんが腕を痛めてしまったのかもしれない。
そう思ったノルカが黒猫の存在を思い出すと、モーガストさんはノルカの言葉を真っ向から否定する。
でも、モーガストさんはノルカを叱りつけたわけではなく、優しい声でノルカを諭してくれた。
こういうところから、モーガストさんの人柄ってものを感じることができる。
「でも……」
「噂は噂でしかない」
「……そうですね」
国から配布されたリストを頼りに、ルアポートの街を訪れた。
そういう事情もあって、ルアポートで暮らすモーガスト夫妻の身を案じるノルカの気持ちはよく理解できる。
この国に生存する黒猫全部を捕獲するって案を否定したノルカだったけど、黒猫を捕まえて夫妻の身の安全を保障したいって気持ちもよく分かる。
でも、所詮、黒猫の噂は噂でしかない。
「心配してくれる気持ちだけ、受け取らせてもらうよ」
「……はい」
お土産に大量のパンを持たされた俺たちは、黒猫騒動に関わらせてもらうことなくパン屋を立ち去ることになった。
「明日も、よろしくな」
「よろしくお願いします」
わざわざ一時の売り子のために見送りなんてしなくてもいいのに、パン屋の夫妻は俺たちの姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
「優しい人たちで良かったなー」
「ねえ、黒猫のことだけど……」
「一応、黒猫には魔法を跳ね返すように結界を施しておいた」
パン屋の夫妻を心配するノルカの気持ちは、とてもよく理解できる。
理解できるからこそ、ノルカの沈んだ表情に返す言葉がない。
「……ありがとう」
ノルカに礼の言葉を向けられたのも初めての気がするけど、その言葉に対して返せる言葉は何もない。
魔力を持たない黒猫に施した魔法の効果が出るのか出ないのか、それは黒猫に尋ねてみないと分からない。
「どんなに心配でも、ちゃんと寝ろよ」
「……わかってる」
ふと空を見上げてみると、陽の光を失った黒色の空に星の瞬きも月の優しさも存在しない。
空に煌きがないことに恐怖じみたものを感じていると、空から雨が降りて来て、あ、空が曇っていたんだってことに気づく。
(寝ろって声をかけた本人が、雨の音で寝れないとか……)
料金価格がお優しい宿屋は、壁も窓も薄くできあがっているらしい。
まるで宿屋に攻撃を仕掛けているかのように打ちつけてくる雨の音が、睡眠を妨害してくる。
眠れないと非難めいた声を上げたところで、雨の激しさは増す一方だった。
「相方が雨を避けるくらいの魔法を使えて良かったよ」
「雨しか避けられないわよ……」
「雨が避けられるなら、水魔法も避けられると思うんだけどなー」
陽が沈めば、夜がやって来る。
陽が昇れば、朝がやって来る。
そんな当たり前の日常が、今日も俺たちを迎えに来た。
「今日もしっかり働いて、旅の資金を稼がなきゃ」
「外で売り子は無理そうだけど」
「それならそれで、新しい仕事を見つけないとね」
「えー、パンを貰うにはパン屋で働くのが1番なのに」
一晩経っても雨は降りやまず、土砂降りの雨の中を走り抜ける。
雨を避けるために防御魔法を使ってはいるものの、ローブが雨で濡れてしまわないか心配になるくらいの激しい雨がルアポートの街を包み込む。
「アンジェ……」
言葉にした通り、外で売り子をしたところでパン目当ての客は集まらない。
それだけ荒々しい雨が街に降り注いでいるはずなのに、昨日俺たちが世話になったパン屋の前には人だかりができていた。
雨に濡れることすら躊躇うことなく、人々は目的を持ってパン屋へと集っている。
「っ」
呑気に水を避けている暇なんてなくなった。
水たまりに足を突っ込んだ際に撥ねた泥水が、綺麗に守られていた靴を汚していく。
「モーガストさん! モーガストさんっ!」
「まだ若いのに……」
「惜しい人を亡くして……」
人々を掻き分けて、パン屋の様子を確認するまでもなかった。
まるで眠っているんじゃないかって思ってしまうほど綺麗な寝姿を晒すモーガストさんが担架に乗せられ、夫妻に馴染みあるパン屋から遠ざかろうとしている。
「モーガストさんっ! 嘘だと言ってくれよ!」
「モーガストさんっ!」
いつもの日常が、モーガストさんには訪れなかったということ。
パンの仕込みをして、客を迎えるためにパンを焼いてっていう、モーガストさんにとっての日常は何者かに奪われてしまった。
「にゃ」
猫の声が聞こえた気がして、ふと視線をモーガストさんから逸らした。
人混みの中から猫を探し出すことは難しく、声の主が見つからないことに焦りを抱く。
(どこにいる……)
黒猫が傍にいるっていう確信を持ちながら視線をさ迷わせていたとき、モーガストさんの奥さんが視界に入った。
「…………」
傘も差さずに、ただただ搬送されていくモーガストさんを見つめる奥さん。
自分が濡れることなんて気にしている場合ではないと分かっていても、止むことのない雨は奥さんの衣服を汚していく。
奥さんが泣いているのかも判断できないほどの雨が地面と人々を叩きつけ、街の人たちから愛されている主人が搬送されていく様子を見送った。
ただ、テーブルに腕をぶつけただけ。
そう見えたけど、奥さんは一瞬だけ悲痛な声を上げるものだから、ノルカも俺も奥さんの様子を気にかけてしまった。
「すみません、少し強く打ちつけてしまって……」
自分のドジが招いた事故だと言わんばかりに、奥さんは気丈に振る舞いながらパンを詰め込む作業へと戻る。
「もしかして、あの黒猫が……」
「そんなもの信じるな」
外野が思っている以上に、奥さんが腕を痛めてしまったのかもしれない。
そう思ったノルカが黒猫の存在を思い出すと、モーガストさんはノルカの言葉を真っ向から否定する。
でも、モーガストさんはノルカを叱りつけたわけではなく、優しい声でノルカを諭してくれた。
こういうところから、モーガストさんの人柄ってものを感じることができる。
「でも……」
「噂は噂でしかない」
「……そうですね」
国から配布されたリストを頼りに、ルアポートの街を訪れた。
そういう事情もあって、ルアポートで暮らすモーガスト夫妻の身を案じるノルカの気持ちはよく理解できる。
この国に生存する黒猫全部を捕獲するって案を否定したノルカだったけど、黒猫を捕まえて夫妻の身の安全を保障したいって気持ちもよく分かる。
でも、所詮、黒猫の噂は噂でしかない。
「心配してくれる気持ちだけ、受け取らせてもらうよ」
「……はい」
お土産に大量のパンを持たされた俺たちは、黒猫騒動に関わらせてもらうことなくパン屋を立ち去ることになった。
「明日も、よろしくな」
「よろしくお願いします」
わざわざ一時の売り子のために見送りなんてしなくてもいいのに、パン屋の夫妻は俺たちの姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
「優しい人たちで良かったなー」
「ねえ、黒猫のことだけど……」
「一応、黒猫には魔法を跳ね返すように結界を施しておいた」
パン屋の夫妻を心配するノルカの気持ちは、とてもよく理解できる。
理解できるからこそ、ノルカの沈んだ表情に返す言葉がない。
「……ありがとう」
ノルカに礼の言葉を向けられたのも初めての気がするけど、その言葉に対して返せる言葉は何もない。
魔力を持たない黒猫に施した魔法の効果が出るのか出ないのか、それは黒猫に尋ねてみないと分からない。
「どんなに心配でも、ちゃんと寝ろよ」
「……わかってる」
ふと空を見上げてみると、陽の光を失った黒色の空に星の瞬きも月の優しさも存在しない。
空に煌きがないことに恐怖じみたものを感じていると、空から雨が降りて来て、あ、空が曇っていたんだってことに気づく。
(寝ろって声をかけた本人が、雨の音で寝れないとか……)
料金価格がお優しい宿屋は、壁も窓も薄くできあがっているらしい。
まるで宿屋に攻撃を仕掛けているかのように打ちつけてくる雨の音が、睡眠を妨害してくる。
眠れないと非難めいた声を上げたところで、雨の激しさは増す一方だった。
「相方が雨を避けるくらいの魔法を使えて良かったよ」
「雨しか避けられないわよ……」
「雨が避けられるなら、水魔法も避けられると思うんだけどなー」
陽が沈めば、夜がやって来る。
陽が昇れば、朝がやって来る。
そんな当たり前の日常が、今日も俺たちを迎えに来た。
「今日もしっかり働いて、旅の資金を稼がなきゃ」
「外で売り子は無理そうだけど」
「それならそれで、新しい仕事を見つけないとね」
「えー、パンを貰うにはパン屋で働くのが1番なのに」
一晩経っても雨は降りやまず、土砂降りの雨の中を走り抜ける。
雨を避けるために防御魔法を使ってはいるものの、ローブが雨で濡れてしまわないか心配になるくらいの激しい雨がルアポートの街を包み込む。
「アンジェ……」
言葉にした通り、外で売り子をしたところでパン目当ての客は集まらない。
それだけ荒々しい雨が街に降り注いでいるはずなのに、昨日俺たちが世話になったパン屋の前には人だかりができていた。
雨に濡れることすら躊躇うことなく、人々は目的を持ってパン屋へと集っている。
「っ」
呑気に水を避けている暇なんてなくなった。
水たまりに足を突っ込んだ際に撥ねた泥水が、綺麗に守られていた靴を汚していく。
「モーガストさん! モーガストさんっ!」
「まだ若いのに……」
「惜しい人を亡くして……」
人々を掻き分けて、パン屋の様子を確認するまでもなかった。
まるで眠っているんじゃないかって思ってしまうほど綺麗な寝姿を晒すモーガストさんが担架に乗せられ、夫妻に馴染みあるパン屋から遠ざかろうとしている。
「モーガストさんっ! 嘘だと言ってくれよ!」
「モーガストさんっ!」
いつもの日常が、モーガストさんには訪れなかったということ。
パンの仕込みをして、客を迎えるためにパンを焼いてっていう、モーガストさんにとっての日常は何者かに奪われてしまった。
「にゃ」
猫の声が聞こえた気がして、ふと視線をモーガストさんから逸らした。
人混みの中から猫を探し出すことは難しく、声の主が見つからないことに焦りを抱く。
(どこにいる……)
黒猫が傍にいるっていう確信を持ちながら視線をさ迷わせていたとき、モーガストさんの奥さんが視界に入った。
「…………」
傘も差さずに、ただただ搬送されていくモーガストさんを見つめる奥さん。
自分が濡れることなんて気にしている場合ではないと分かっていても、止むことのない雨は奥さんの衣服を汚していく。
奥さんが泣いているのかも判断できないほどの雨が地面と人々を叩きつけ、街の人たちから愛されている主人が搬送されていく様子を見送った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥
[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
【完結】ちょっと待ってくれー!!彼女は俺の婚約者だ
山葵
恋愛
「まったくお前はいつも小言ばかり…男の俺を立てる事を知らないのか?俺がミスしそうなら黙ってフォローするのが婚約者のお前の務めだろう!?伯爵令嬢ごときが次期公爵の俺に嫁げるんだぞ!?ああーもう良い、お前との婚約は解消だ!」
「婚約破棄という事で宜しいですか?承りました」
学園の食堂で俺は婚約者シャロン・リバンナに婚約を解消すると言った。
シャロンは、困り俺に許しを請うだろうと思っての発言だった。
まさか了承するなんて…!!
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる