女装魔法使いと嘘を探す旅

海坂依里

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第2の事件『命の価値を測る偽魔女』 第1章「黒猫が来訪する街ルアポート」

第2話「魔法を使わずに労働する魔法使い」

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「俺を喋らせて、俺の不合格狙ってんのかよ!」
「なんの話?」

 ノルカを呼び止めるために肩を掴み、小声でノルカに訴えかける。
 一方のノルカは、俺が話しかけた理由が分からずに不思議そうな表情をしていた。

「そこ! パン屋! 求人! なんで無視……」
「ああ」

 人手を募集しているパン屋があることをノルカに知らせると、ノルカはそんなの分かり切っていると言わんばかりの目でパン屋を見つめる。

「私の性格的に、接客業や売り子は向いてないの」
「…………」

 意外な言葉が飛びこんできた。

「お店の人に迷惑をかけるくらいなら、始めから諦めた方がいいでしょ」

 ノルカは敵味方問わず、弱みは一切見せない強い性格だと思ってきた。
 たとえ口を滑らせただけだとしても、苦手なものがあると告白してきたことを意外だと思った。

「何が可笑しいの」
「いや……」
「声で、男ばれしても知らないんだから」

 ノルカが戸惑っているのは分かるけど、相方に何が苦手かっていう情報をくれたことへの喜びが隠し切れない。

「私は掃除とか、喋らない仕事を……」
「何が苦手か教えてくれた方が、助かるって話」
「さっきから何が言いたい……」

 パン屋の前から遠ざかろうとするノルカの手を取る。

「俺にもノルカを助けることができそうだなって」
「は?」

 焼きたてのパンの香りが食欲をそそる。
 ノルカの手を引きながら、人々を幸せにする香り漂う店内へと足を進めていく。

「今日は可愛い売り子さんがいるのね」
「少し多めに買ってあげようか」
「あなたったら……」

 こんなにも可愛い女装魔法使いと綺麗な顔の魔法使いが2人も現れたら、断りたくても断ることができないはず。
 パンの売り上げが伸びることを期待した店主は、俺たち2人を雇用することを渋ることなく売り子として採用してくれた。

「可愛いお嬢さんね」
「夕飯は、このお店のパンにしましょうか」

 一言も発していないのに、誰もが可愛いと褒めてくれるような眩しい笑顔を向けるだけで、パンが面白いほどに売れていく。

「肌にいい薬があったら教えて!」
「パンを買ったら教えてくれる?」

 白いブラウスに、青を基調としたエプロンとスカートというパン屋が貸してくれた制服には魔法の力がかかっているんじゃないかと疑ってしまうほど。

「その、籠いっぱいのパンを俺にください!」
「いや、俺が買います!」

 そしてノルカも、俺の思惑通りの展開を迎えていた。

(そうそう、せっかく綺麗な顔なんだから)

 俺の可愛らしさは、年齢問わずに人を集めた。
 ノルカの美しさは、ダントツに男性からの支持が高かった。

「あの、そんなに焦らなくても大丈夫ですから……」
「次は、何時に焼き上がりますか!?」
「その時間に来るので、また会ってもらえますか!?」

 この街に、こんなにも男がいたんだって驚かされる。
 どこからノルカの存在を嗅ぎつけたのか分からない男たちは、ノルカが持っているパンの争奪戦に勝ち抜こうと必死だった。
 ツル性の植物で作られた籠に詰め込まれているパンは、次々と男たちの手に貰われていく。

(さすがに可哀想か……)

 ノルカに自信を持たせるためとはいえ、接客業が苦手と告白した相方を輪の中心に置いておくのはさすがに申し訳ないような気がしてきた。

(助けに入りたいけど……)

 率先してパン屋の求人に誘った責任を取りたいところだが、女装魔法使いは人前で声を出すことができない。

「きゃぁ」

 その場に踏みとどまっている俺よりも先に、場の空気を変える存在が現れた。

「黒猫っ!」
「黒猫だ!」

 艶やかな毛並みの黒い猫。
 野良猫とは思えない美しい毛艶と、闇夜に染まる姿が容易に想像できる漆黒に目を奪われていると、人々は足早にパン屋の前から遠ざかっていく。

(まずは捕まえて……)

 人々から避けられた黒猫に近づこうとすると、白いブラウスを後ろ向きの力に引っ張られる。

「あの猫が、騒動の猫とは限らないでしょ」
「あ……」
「この国の黒猫、全部捕まえるつもり?」
「いざとなったら、やむを得ない……」
「あなた……本当に魔女を目指しているの……?」

 遠回しに『おまえは馬鹿』と言われているような発言に勘づくと、店の外での騒動を聞きつけたパン屋の店主が顔を見せる。

「こいつが騒ぎの黒猫か」

 パン屋の主人は黒猫を怖がることもなく、黒猫を遠ざけることもせずに、面白そうな奴がやって来たと言わんばかりに黒猫へと近づいていく。
 主人に続いて奥さんも店から出てきたが、奥さんは黒猫を見た瞬間に不吉な存在と感じたらしい。
 奥さんの細身な体に青ざめた表情が加わって、この街の人が黒猫に恐怖の感情を抱いている様子がよく伝わってくる。
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