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第4章「承認欲求の偽魔女」
第3話「愛ある世界が壊れる瞬間」
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「だから、あんなにもお客さんが喜んでくれたんですね……」
フォークが皿に触れるたび、かちゃかちゃという音が聴覚を叩く。
無心に食べ進めていくエミリ。
誰も言葉を発しない。
「良かった……良かった……店を、守ることができた……」
瞳から、一筋の涙が溢れてきたエミリ。
その涙を拭うことなく、エミリはノルカの指示通り自分たちで作った食事を次から次へと口に運んでいく。
「でも……」
その様子は、少女がただ美味しい食事を口にしているだけにも見える。
「あれ……父の味が消えて……」
手を休めることなく、食べ進めていく。
「でも、父の味を超えることができたなら、何も問題ない……」
俺とノルカが注文した2人分の食事を、1人の少女が1皿ずつ丁寧に片づけていく。
少女はカトラリーと食器が触れるときの音だけが響く空間で、独り言を零しながら笑みを深めていく。
「私、こんなにも料理が上手になっていたんですね……」
エミリの独り言を拾う人間は現れないのに、エミリは幸せそうな食事時間を過ごしている。
誰かと一緒に食事をしているような錯覚を起こすほど、エミリは食事を口にするたびに幸福感に浸っていく。
「このお店はもう、父のものじゃない……」
エミリは楽しそうに、幸せそうに、食事を進めていく。
エミリの向かい側の席には誰もいないのに、まるで誰かと食事をしているかのようにエミリの独り言は止まらない。
リリアンカに向けられた言葉だとしたら、それを拾ってあげてほしいと思うけれど、肝心のエミリの大切な人は動いてくれない。
「私とリリアンカさんの店……2人で、2人だけの店を作ることができたんですね……」
幸せそうに見えるのに、狂っているようにも見える。
狂っているように見えるのに、幸せそうに感じるのはどうしてなのか。
「でも……」
エミリが、手を休める。
フォークで刺したオムレツを宙に持ち上げて、見た目はなんの不審さも感じないオムレツを凝視する。
「私の味がしない……」
一口サイズに切り分けたオムレツの観察を終えると、エミリは勢いよく口に運んでいく。
咀嚼しきれないオムレツで口内が膨らんでいく頃、エミリはようやく手を休めて口の中を綺麗にするため無心でオムレツの味を噛み締める。
それらが喉を通って飲み込まれると、エミリはスプーンを手にしてスープを掬い上げる。
「これは、誰の味……? この料理を作ったのは、誰……?」
エミリの勢いが再開され、1人の少女の食事風景とは思えないくらい狂ったように次から次へと食べ物を口に運んでいくエミリ。
「でも、美味しいからいっか。美味しければ、お客さんは喜んでくれる……」
たかが少女の食事風景と思う人もいるかもしれないけど、俺はエミリの食事風景を見ていて背中にぞくりとした寒さのようなものを感じてしまった。
「美味しい……美味しい……美味しいですね、リリアンカさん」
エミリに名前を呼ばれたリリアンカが、1歩を踏み出す。
また1歩。
また1歩先へ。
「こんなに美味しい料理を作ることができていたなんて」
エミリが食事をしているテーブルへと辿り着いたリリアンカ。
エミリは喜びなのか、悲しみなのか、嬉しさなのか、絶望なのか。
どんな意味が込められているのか分からない涙に溺れながら、食事をする手を休めない。
はずだった。
「もうやめて!」
リリアンカが自身の手で、エミリの手からフォークを弾き飛ばす。
「何するんですか、リリアンカさん?」
フォークを失ったエミリは何か代わりになるものがないか視線をさ迷わせ、自分の手が残されていることに気づく。
手を伸ばして食事を再開しようとするエミリを見て、リリアンカはテーブルの上に置かれている食事をすべて床に叩き落とす。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
必死に体全部を使って、床に落ちた食事までもを口にしようとするエミリを止めようとするリリアンカ。
「私は魔法を解くことができないの……エミリを助けて……助けて……助けてっっっ!!!」
リリアンカの悲痛な叫びを聞き入れて、急いでエミリの元へと駆けつける。
「アンジェル!」
ノルカと目が合い、エミリを助けるという想いが同じことを確認する。
久しぶりにノルカに名前を呼ばれ、名前を呼ばれることの幸福に浸りたいって気もする。
けど、今はそれどころではない。
(ここまで錯乱状態に陥ってるなら、医療系の魔法が使える)
体内に収められた料理に解除魔法を使うことはできなくても、1人の少女の食事量を大幅に超えてくれたおかげでエミリの意識は混濁していた。
「エミリ! エミリっ!」
医療魔法を使わなければいけないほどの量を食べたこともあり、魔法が発動しても効果を発揮するまで時間がかかる。
その間、リリアンカはずっとエミリの名前を呼び続けていた。
(俺にできるのは、エミリを救うこと……)
エミリは自分たちの無実を証明するために、料理を完食しても正気でいられると俺たちに迫る予定だったと思う。
でも、魔法の力に人は抗うことができない。
それをエミリが教えてくれた。
魔法の力の強大さから受ける恐怖を、魔女を目指す者として改めて背負い直す。
「ん……」
「エミリ!」
「リリアンカさん……?」
成功した魔法は、エミリの意識を呼び戻す。
床にばら撒かれた料理に夢中だったエミリは、自分のことを助けに来てくれたリリアンカへと意識を向ける。
「これからも……一緒に頑張りましょうね」
「うん……うん……うん……!」
「リリアンカさんは世界で1番の魔女になって、私も世界で1番の料理人になって……」
「うん……うん……うんっ……!」
エミリの意識を取り戻すことができたという光景は、世界が祝福されたような錯覚を与える。
でも、この場に喜び合うことなんて何ひとつ存在しない。
それなのに、視界に入り込んでくるエミリを助けることができたという事実は俺に喜びの感情を与えてくる。
フォークが皿に触れるたび、かちゃかちゃという音が聴覚を叩く。
無心に食べ進めていくエミリ。
誰も言葉を発しない。
「良かった……良かった……店を、守ることができた……」
瞳から、一筋の涙が溢れてきたエミリ。
その涙を拭うことなく、エミリはノルカの指示通り自分たちで作った食事を次から次へと口に運んでいく。
「でも……」
その様子は、少女がただ美味しい食事を口にしているだけにも見える。
「あれ……父の味が消えて……」
手を休めることなく、食べ進めていく。
「でも、父の味を超えることができたなら、何も問題ない……」
俺とノルカが注文した2人分の食事を、1人の少女が1皿ずつ丁寧に片づけていく。
少女はカトラリーと食器が触れるときの音だけが響く空間で、独り言を零しながら笑みを深めていく。
「私、こんなにも料理が上手になっていたんですね……」
エミリの独り言を拾う人間は現れないのに、エミリは幸せそうな食事時間を過ごしている。
誰かと一緒に食事をしているような錯覚を起こすほど、エミリは食事を口にするたびに幸福感に浸っていく。
「このお店はもう、父のものじゃない……」
エミリは楽しそうに、幸せそうに、食事を進めていく。
エミリの向かい側の席には誰もいないのに、まるで誰かと食事をしているかのようにエミリの独り言は止まらない。
リリアンカに向けられた言葉だとしたら、それを拾ってあげてほしいと思うけれど、肝心のエミリの大切な人は動いてくれない。
「私とリリアンカさんの店……2人で、2人だけの店を作ることができたんですね……」
幸せそうに見えるのに、狂っているようにも見える。
狂っているように見えるのに、幸せそうに感じるのはどうしてなのか。
「でも……」
エミリが、手を休める。
フォークで刺したオムレツを宙に持ち上げて、見た目はなんの不審さも感じないオムレツを凝視する。
「私の味がしない……」
一口サイズに切り分けたオムレツの観察を終えると、エミリは勢いよく口に運んでいく。
咀嚼しきれないオムレツで口内が膨らんでいく頃、エミリはようやく手を休めて口の中を綺麗にするため無心でオムレツの味を噛み締める。
それらが喉を通って飲み込まれると、エミリはスプーンを手にしてスープを掬い上げる。
「これは、誰の味……? この料理を作ったのは、誰……?」
エミリの勢いが再開され、1人の少女の食事風景とは思えないくらい狂ったように次から次へと食べ物を口に運んでいくエミリ。
「でも、美味しいからいっか。美味しければ、お客さんは喜んでくれる……」
たかが少女の食事風景と思う人もいるかもしれないけど、俺はエミリの食事風景を見ていて背中にぞくりとした寒さのようなものを感じてしまった。
「美味しい……美味しい……美味しいですね、リリアンカさん」
エミリに名前を呼ばれたリリアンカが、1歩を踏み出す。
また1歩。
また1歩先へ。
「こんなに美味しい料理を作ることができていたなんて」
エミリが食事をしているテーブルへと辿り着いたリリアンカ。
エミリは喜びなのか、悲しみなのか、嬉しさなのか、絶望なのか。
どんな意味が込められているのか分からない涙に溺れながら、食事をする手を休めない。
はずだった。
「もうやめて!」
リリアンカが自身の手で、エミリの手からフォークを弾き飛ばす。
「何するんですか、リリアンカさん?」
フォークを失ったエミリは何か代わりになるものがないか視線をさ迷わせ、自分の手が残されていることに気づく。
手を伸ばして食事を再開しようとするエミリを見て、リリアンカはテーブルの上に置かれている食事をすべて床に叩き落とす。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
必死に体全部を使って、床に落ちた食事までもを口にしようとするエミリを止めようとするリリアンカ。
「私は魔法を解くことができないの……エミリを助けて……助けて……助けてっっっ!!!」
リリアンカの悲痛な叫びを聞き入れて、急いでエミリの元へと駆けつける。
「アンジェル!」
ノルカと目が合い、エミリを助けるという想いが同じことを確認する。
久しぶりにノルカに名前を呼ばれ、名前を呼ばれることの幸福に浸りたいって気もする。
けど、今はそれどころではない。
(ここまで錯乱状態に陥ってるなら、医療系の魔法が使える)
体内に収められた料理に解除魔法を使うことはできなくても、1人の少女の食事量を大幅に超えてくれたおかげでエミリの意識は混濁していた。
「エミリ! エミリっ!」
医療魔法を使わなければいけないほどの量を食べたこともあり、魔法が発動しても効果を発揮するまで時間がかかる。
その間、リリアンカはずっとエミリの名前を呼び続けていた。
(俺にできるのは、エミリを救うこと……)
エミリは自分たちの無実を証明するために、料理を完食しても正気でいられると俺たちに迫る予定だったと思う。
でも、魔法の力に人は抗うことができない。
それをエミリが教えてくれた。
魔法の力の強大さから受ける恐怖を、魔女を目指す者として改めて背負い直す。
「ん……」
「エミリ!」
「リリアンカさん……?」
成功した魔法は、エミリの意識を呼び戻す。
床にばら撒かれた料理に夢中だったエミリは、自分のことを助けに来てくれたリリアンカへと意識を向ける。
「これからも……一緒に頑張りましょうね」
「うん……うん……うん……!」
「リリアンカさんは世界で1番の魔女になって、私も世界で1番の料理人になって……」
「うん……うん……うんっ……!」
エミリの意識を取り戻すことができたという光景は、世界が祝福されたような錯覚を与える。
でも、この場に喜び合うことなんて何ひとつ存在しない。
それなのに、視界に入り込んでくるエミリを助けることができたという事実は俺に喜びの感情を与えてくる。
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