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第1の事件『承認欲求の偽魔女』 第3章「偽魔女の跡を辿る」
第5話「叫び」
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「表では愛想のいい店員さん。裏では記憶を失っていて、顔を覚えていない街の人たちとの会話を避けているってことかしら」
ノルカも、同じことを考えていたらしい。
「そろそろ乗り込んでもいいんじゃ……」
「証拠は何?」
「料理にかけられた魔法が解除できたら、それでいいと思うんだけど」
「やってないって、白を切られたら?」
「…………」
返す言葉がない。
「このまま街の人たちが、エミリの店の虜になるのを待つだけとか……」
食が盛んな街として有名なアステントを訪れている魔女や魔法使いは大勢いるはず。
その人たちは、街で起きている異変に気づくことができなかった。
小さな違和感が積み重なったからこそ、気づくことができなかった。
大きな事件にならないからこそ、気づくことができなかった。
(でも、俺たちは気づいた……)
それを幸運と呼ぶのか、不幸と呼ぶのか。
事件が終わらなければ、自分たちの運の強さは見えてこない。
「ねえ」
ノルカに呼びかけられ、顔を上げる。
早く事件の結末に辿り着きたいって気持ちが、俺たちに幸運を運んできた。
「あれは……リリアンカ!」
事件解決のヒントを呼び寄せる魔法なんて使ってはいない。
けど、願う力の強さが魔法を強力なものに変えるという世界の仕組みが、俺たちに救いの手を差し伸べてくれたのかもしれない。
「ノルカ! 適当に話を繋ぐんだよ!」
「は? 何を話せばいい……」
「店の営業時間を短縮している理由とか、理由とか!」
いくら慎重に行動しているノルカでも、事件を早く解決したいという気持ちは同じと信じたい。
ノルカの背中を無理矢理押して、ノルカの存在をリリアンカに気づいてもらえるように強引に事態を動かしていく。
「こんにちは」
顔立ちが整っているノルカは、誰が見ても綺麗だと褒めてくれるくらいの美しい笑顔でリリアンカに話しかけた。
「昨日は、美味しいご飯をありがとうございました」
「…………」
相変わらず、エミリの店で働くリリアンカの表情は暗い。
接客に向いていない性格だということが一目瞭然というくらい、リリアンカはノルカの会話に一切乗ってこない。
(どうせ、客の顔を覚えてないんだろうなー……)
常連の注文にすら対応できなかったのだから、一度しか店を訪れていない俺とノルカの顔を覚えられるわけがない。
(食を学ぶために旅をしている魔法使いの姉妹って、結構斬新な設定だと思うんだけどな)
ノルカが適当に作り出した、俺とノルカの関係性を表す設定。
顔は覚えていなくても、ローブ姿の俺たちを見ればノルカの作り出した設定を思い出すかなという期待はあった。
けど、リリアンカは俺たちの記憶がまったくないような……初めましてと言わんばかりの不思議な表情を浮かべていた。
「もうすぐ夜営業の時間ですよね? お店には戻らないんですか?」
リリアンカの様子を観察していると、人と目を合わせるのが苦手。
もしくは嫌いなんだなって思った。
初めて会ったときに向けられた怪訝そうな視線は魔法使いだからではなく、単なる人間嫌いからきているんだろうなと。
いつまで経ってもノルカと視線を交えようとしない彼女を見て悟った。
「人気店ですから、早く戻らないと……」
「……帰れないの」
店に帰ることができないという言葉を聞いて、店の場所が分からない。
つまり、魔力を代償に記憶を失っていると決めつけようと脳が働きだしたが……。
「エミリと喧嘩をして……」
店の場所が分からないから帰れないのではなく、店に帰れない理由は喧嘩。
(そうだよなー……、そんなに都合よく記憶を失っている証拠が出てくるわけがないか)
料理を好きになる魔法を使っていたのはエミリではなく、リリアンカだった。
そんな驚愕の展開を期待したものの、ただの喧嘩ではなんの証拠にもならない。
活発に動き始めようとした脳は急激に冷静さを取り戻して、何かを見つけ出そうとしていた脳は落ち着き始める。
「どちらが悪かったんですか?」
「えっと……」
ノルカは律儀に、リリアンカの世間話に付き合おうとしていた。
急いで事件を解決しなければいけないのを分かっていながらも、ノルカは俺が作り出したリリアンカと話す機会を活かそうとしてくれている。
「エミリが悪いの……」
「エミリさん、ですか?」
「だって、ずっと2人でやってきたのに!」
落ち着いた雰囲気のリリアンカが、ここまで大きな声を出せることに驚いた。
街を行き交う人たちの足を止めてしまうほど、リリアンカの叫びは人々の注目を集めた。
「人を雇おうとするなんて……」
こんなにも感情を顕わにすることができるのに、それが接客という分野で活かされることがないなんてもったいないような気もする。
「ダメよ……なんで、そんな勝手なことするの……」
リリアンカの言い分が、よく分からない。
あれだけ繁盛している店なら、人を雇った方が作業を分担することができる。
仕事が楽になると誰でも想像できるのに、リリアンカは新たに人を雇うことを頑なに拒む。
ここで、料理に魔法を使用しているからという都合のよい言葉はもちろん出てこない。
「2人で守ってきた店なのに!」
リリアンカが大きな声を出したことは、特別大きな事件に繋がらない。
そう気づいた街の人たちは、リリアンカの叫びを無視して歩を進め始める。
「ずっとずっと、2人でやっていこうって……」
あれだけ人気店に勤めているリリアンカに対して、みんなが関心を持たないことにも驚かされる。
「2人で、幸せになろうって……」
確かにリリアンカの接客態度は普通、人によっては普通以下かもしれない。
でも、街の人たちが関心のあるのはエミリの料理だけで、肝心の経営者には関心がないってことに寂しさのような恐怖のような言葉にできない感情を抱く。
「リリアンカさん、大丈夫ですか?」
「私は、エミリと一緒にお店をやりたいの……」
人々を幸せにするための魔法が悪い方向に作用した結果、奇妙な感覚が生まれてしまったのかもしれない。
人々に関心のあるのは、あくまで料理。
料理を作っている人のことなんて、誰も気に留めないということ。
「私には、エミリが必要で……」
「リリアンカさん!」
叫び声をまき散らしていたリリアンカの声が弱まる頃、ノルカではない人物がリリアンカの名を呼んだ。
今にも泣き崩れてしまいそうなリリアンカを、エミリが迎えに現れた。
ノルカも、同じことを考えていたらしい。
「そろそろ乗り込んでもいいんじゃ……」
「証拠は何?」
「料理にかけられた魔法が解除できたら、それでいいと思うんだけど」
「やってないって、白を切られたら?」
「…………」
返す言葉がない。
「このまま街の人たちが、エミリの店の虜になるのを待つだけとか……」
食が盛んな街として有名なアステントを訪れている魔女や魔法使いは大勢いるはず。
その人たちは、街で起きている異変に気づくことができなかった。
小さな違和感が積み重なったからこそ、気づくことができなかった。
大きな事件にならないからこそ、気づくことができなかった。
(でも、俺たちは気づいた……)
それを幸運と呼ぶのか、不幸と呼ぶのか。
事件が終わらなければ、自分たちの運の強さは見えてこない。
「ねえ」
ノルカに呼びかけられ、顔を上げる。
早く事件の結末に辿り着きたいって気持ちが、俺たちに幸運を運んできた。
「あれは……リリアンカ!」
事件解決のヒントを呼び寄せる魔法なんて使ってはいない。
けど、願う力の強さが魔法を強力なものに変えるという世界の仕組みが、俺たちに救いの手を差し伸べてくれたのかもしれない。
「ノルカ! 適当に話を繋ぐんだよ!」
「は? 何を話せばいい……」
「店の営業時間を短縮している理由とか、理由とか!」
いくら慎重に行動しているノルカでも、事件を早く解決したいという気持ちは同じと信じたい。
ノルカの背中を無理矢理押して、ノルカの存在をリリアンカに気づいてもらえるように強引に事態を動かしていく。
「こんにちは」
顔立ちが整っているノルカは、誰が見ても綺麗だと褒めてくれるくらいの美しい笑顔でリリアンカに話しかけた。
「昨日は、美味しいご飯をありがとうございました」
「…………」
相変わらず、エミリの店で働くリリアンカの表情は暗い。
接客に向いていない性格だということが一目瞭然というくらい、リリアンカはノルカの会話に一切乗ってこない。
(どうせ、客の顔を覚えてないんだろうなー……)
常連の注文にすら対応できなかったのだから、一度しか店を訪れていない俺とノルカの顔を覚えられるわけがない。
(食を学ぶために旅をしている魔法使いの姉妹って、結構斬新な設定だと思うんだけどな)
ノルカが適当に作り出した、俺とノルカの関係性を表す設定。
顔は覚えていなくても、ローブ姿の俺たちを見ればノルカの作り出した設定を思い出すかなという期待はあった。
けど、リリアンカは俺たちの記憶がまったくないような……初めましてと言わんばかりの不思議な表情を浮かべていた。
「もうすぐ夜営業の時間ですよね? お店には戻らないんですか?」
リリアンカの様子を観察していると、人と目を合わせるのが苦手。
もしくは嫌いなんだなって思った。
初めて会ったときに向けられた怪訝そうな視線は魔法使いだからではなく、単なる人間嫌いからきているんだろうなと。
いつまで経ってもノルカと視線を交えようとしない彼女を見て悟った。
「人気店ですから、早く戻らないと……」
「……帰れないの」
店に帰ることができないという言葉を聞いて、店の場所が分からない。
つまり、魔力を代償に記憶を失っていると決めつけようと脳が働きだしたが……。
「エミリと喧嘩をして……」
店の場所が分からないから帰れないのではなく、店に帰れない理由は喧嘩。
(そうだよなー……、そんなに都合よく記憶を失っている証拠が出てくるわけがないか)
料理を好きになる魔法を使っていたのはエミリではなく、リリアンカだった。
そんな驚愕の展開を期待したものの、ただの喧嘩ではなんの証拠にもならない。
活発に動き始めようとした脳は急激に冷静さを取り戻して、何かを見つけ出そうとしていた脳は落ち着き始める。
「どちらが悪かったんですか?」
「えっと……」
ノルカは律儀に、リリアンカの世間話に付き合おうとしていた。
急いで事件を解決しなければいけないのを分かっていながらも、ノルカは俺が作り出したリリアンカと話す機会を活かそうとしてくれている。
「エミリが悪いの……」
「エミリさん、ですか?」
「だって、ずっと2人でやってきたのに!」
落ち着いた雰囲気のリリアンカが、ここまで大きな声を出せることに驚いた。
街を行き交う人たちの足を止めてしまうほど、リリアンカの叫びは人々の注目を集めた。
「人を雇おうとするなんて……」
こんなにも感情を顕わにすることができるのに、それが接客という分野で活かされることがないなんてもったいないような気もする。
「ダメよ……なんで、そんな勝手なことするの……」
リリアンカの言い分が、よく分からない。
あれだけ繁盛している店なら、人を雇った方が作業を分担することができる。
仕事が楽になると誰でも想像できるのに、リリアンカは新たに人を雇うことを頑なに拒む。
ここで、料理に魔法を使用しているからという都合のよい言葉はもちろん出てこない。
「2人で守ってきた店なのに!」
リリアンカが大きな声を出したことは、特別大きな事件に繋がらない。
そう気づいた街の人たちは、リリアンカの叫びを無視して歩を進め始める。
「ずっとずっと、2人でやっていこうって……」
あれだけ人気店に勤めているリリアンカに対して、みんなが関心を持たないことにも驚かされる。
「2人で、幸せになろうって……」
確かにリリアンカの接客態度は普通、人によっては普通以下かもしれない。
でも、街の人たちが関心のあるのはエミリの料理だけで、肝心の経営者には関心がないってことに寂しさのような恐怖のような言葉にできない感情を抱く。
「リリアンカさん、大丈夫ですか?」
「私は、エミリと一緒にお店をやりたいの……」
人々を幸せにするための魔法が悪い方向に作用した結果、奇妙な感覚が生まれてしまったのかもしれない。
人々に関心のあるのは、あくまで料理。
料理を作っている人のことなんて、誰も気に留めないということ。
「私には、エミリが必要で……」
「リリアンカさん!」
叫び声をまき散らしていたリリアンカの声が弱まる頃、ノルカではない人物がリリアンカの名を呼んだ。
今にも泣き崩れてしまいそうなリリアンカを、エミリが迎えに現れた。
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