上 下
14 / 70
第1の事件『承認欲求の偽魔女』 第3章「偽魔女の跡を辿る」

第1話「魔法の限界」

しおりを挟む
「たべたいの~」
「ほら、おとなしくして。ね、静かに」

 自分の治療に、何かしらの落ち度があったのかもしれない。
 完璧に処置できていたなんて思い込みで、使用する魔法が間違っていたために子どもの体が異常を訴えているのかもしれない。

「あなたの治療は失敗していないでしょ」

 急いで席から立ち上がろうとすると、それを引き留めたのはノルカの一言だった。

「あんなに元気に動き回っていて、失敗しているわけがないじゃない」

 魔法学園の中から外に出て、練習では体験することができなかった出来事ばかりに遭遇する。
 練習では上手く魔法を使うことができていても、現実では上手く魔法を使用できているのか分からない。

「でも、さっき食べたばっかなのに、まだ食べたいとか……」
「だから、私たちがいるんでしょ」

 不安に駆られる俺に対して、ノルカは学園で学んだことを思い出せと言わんばかりに厳しい目を向けてくる。

「人々の困りごとを解決するのが、魔女に与えられた使命」

 自分が、子どもの治療に失敗したのではないか。
 あんなにも大きな事故が起きた後で、こんなにも元気になってくれたことに安堵しつつも心のどこかでは不安だったんだと思う。

「あの子どもは、私が助けてみせる」

 自分でなんとかしてみせる。
 そうかっこつけてみたかったけど、それができない。
 でも、心に宿った不安が消え去っていくのを感じる。

「私は追試に合格して、魔女になる」

 自分は、まだやれる。
 自分には、果たすべき役割がある。
 自分には使命ってものがあるってことを、魔女試験の追試で一緒に組むことになった相方が教えてくれた。

「街の調査をしてくるから、あなたはおとなしく待って……」
「催眠魔法、精神干渉魔法、考えられる魔法を片っ端から解除していく」
「ちょっと……」

 まだ子どもに対してできることがあるのなら、自分の力すべてを使って子どものことを救ってみせる。勢いよく席を立とうとすると、ノルカは俺の勢いを止めるために着ているローブの袖を強く引っ張る。

「待ちなさい!」
「俺は急いで……」
「そんなに魔法を使ったら、記憶が跳ぶわよ」

 魔法を使うには、魔力と呼ばれる力が必要だ。
 魔法の使用回数が多い人、高度な魔法を使う人ほど大量の魔力を消費する。
 魔力を使い果たすと一定時間魔法が使えなくなるが、自分の記憶を対価に魔法を使用することもできる。
 つまり魔力が枯渇したとき、魔法使いは自分の記憶を代償にすることができる。

「……俺は魔女になるって決めたのに、記憶を失ってられない」

 簡単な魔法や魔法の使用回数が数回程度なら、ここ数日の記憶。
 強大な魔法、魔法の使用回数が多いと大切な記憶が失われる。
 授業で何でも口うるさく言われてきたことだけど、ここで魔力を使い切って魔女になれないまま物語の終わりを迎えるなんてことはしたくない。

「すみません、本当にすみません」
「大丈夫だよ! 子どもは泣くのが仕事だからな」

 望みが叶わないと理解した子どもは泣きじゃくり始め、母親は不機嫌な子どもをあやしていく。

「お姉ちゃんたちと一緒に遊びましょうか」

 ノルカが子どもの気を引いて、母親から子どもを預かる。
 母親には調理と接客に集中してもらって、俺とノルカは子どもと真摯に向き合う。

「エミリちゃんのごはん……でも、まじょさんともあそぶ……」

 この男の子が魔女の恰好をした俺たちに関心を寄せてくれたおかげで、渋々とではありながら俺たちに従ってくれた。

(魔法を発動させるのに大事なのは想像力、創造力、妄想力、願う力……)

 嫌いな料理を好きになる魔法なら可愛げがあるけれど、子どもには母親の料理を拒絶するほどの異変が起きている。
 これは、単に事故に遭った子どもの命を救えば終わりって話じゃない。
 子どもに異変をもたらしている魔法を解く必要がある。

(子どもを、いつもの日常に戻す)

 それが、魔女になれなかった俺たちに与えられた使命だ。

(ノルカが子どもの気を引いてるうちに……)

 精神干渉魔法は様々な種類がある。
 ノルカが得意としているような感情を操る魔法から、思い込みを激しくさせる魔法。自分の考えを相手に信じさせる魔法。視野を狭めて、客観的に物事を見られなくなるっていう魔法などなど。
 魔女の素質やレベルに応じて、精神干渉魔法は存在する。

「…………」

 第三者の精神に干渉する魔法は、貴重で高難易度の魔法に該当する。
 魔女クラスの力があれば、精神そのものを乗っ取ることだってできる。
 魔女が善人であることに間違いはないけれど、魔女は複数人を一気に洗脳するだけの力があるということ。

(ん?)

 魔法が発動する気配は微塵も感じない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

【完結】ちょっと待ってくれー!!彼女は俺の婚約者だ

山葵
恋愛
「まったくお前はいつも小言ばかり…男の俺を立てる事を知らないのか?俺がミスしそうなら黙ってフォローするのが婚約者のお前の務めだろう!?伯爵令嬢ごときが次期公爵の俺に嫁げるんだぞ!?ああーもう良い、お前との婚約は解消だ!」 「婚約破棄という事で宜しいですか?承りました」 学園の食堂で俺は婚約者シャロン・リバンナに婚約を解消すると言った。 シャロンは、困り俺に許しを請うだろうと思っての発言だった。 まさか了承するなんて…!!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...