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第1の事件『承認欲求の偽魔女』 第2章「食の街アステント」
第8話「失敗への恐怖と悔しさ」
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「とても美味しいです」
芝居をしているわけでもなく、お世辞を述べているわけでもなく、ただ純粋に自分の味覚が感じ取ったことを言葉にしているように見えるノルカ。
「随分と久しぶりに美味しいという言葉を聞くことができました。ありがとうございます」
久しぶりの賛辞に感動した母親に水を差すように、店に入ってきた客が店主である母親に向かって話題を投げかける。
「でも、お嬢ちゃん。エミリの料理には敵わないだろ?」
「結局、エミリの料理には敵わないんだよなー」
完全にマナー違反の客だった。
エミリとは無関係の店に来ておきながら、エミリの店の料理を絶賛するのが良くないことは俺だって理解できる。
「ここで、そういう発言は失礼……」
ノルカが正義感を振るわせようとした瞬間、客側に援護が入った。
「だよねっ!」
母親が調理している姿を見守っていた子どもが、エミリという名前を聞きつけて大人の輪へと加わった。
「おっ、坊主もエミリの店の料理の虜かぁ~」
「とりこ? おいしいよねぇ」
「毎日通い詰めちゃうくらい、うめぇよな」
「まいにち!? いいなぁ~」
1人で店を切り盛りしている母親に、息子の声は届いていないかもしれない。
でも、マナー違反の客たちに混ざりながら母親の料理を否定する子どもの姿は見ていると、さすがに心が痛みを感じ始める。
「味には自信があったんですけどね」
店主には、ちゃんと子どもの声が届いていたらしい。
母親としての寂しさを抱きつつ、店主として店の料理はどれも自慢だと言わんばかりの複雑な表情を浮かべながら、次の料理が運ばれてきた。
「近いうちに店を畳もうと思っていて」
ノルカが会話に応じてくれている間に、新しく運ばれてきた料理に手をつける。
(やっぱりエミリの店の料理の方が美味い……)
客を取られたのも、経営が立ち行かなくなってしまったのも、仕方がない。
だって、何度も料理を口にしたところで、エミリの店の味には敵わない。
「今はお客が来たら、店を開くって感じでやっています」
義理や人情だけでは経営が成り立たないのが、現実ってやつだ。
(でも……)
店内は清潔で、優しそうな店主で接客も悪くない。
料理の味が合わない客がいたとしても、ノルカのように絶賛する人がいるのも事実。
味覚は、人それぞれ。
その絶賛する人たちが店を支持すれば、経営が立ち行かなくなることもないような気がする。
(っていうか、エミリの店を支持しているのって男ばっか……)
自分は、女装魔法使い。
性別は男。
エミリの料理を絶賛しているのは男が多いという共通を見つけるものの、その共通が何に結びつくのか分からない。
(性別の違いが、味の違いを生み出している……)
そんな発想が浮かんではくるものの、男だけに料理を好きになってもらったところで何に繋がるか分からない。
街の人たちはエミリに惚れこんでいるわけではなく、エミリの店で出される料理に惚れこんでいるのだから。
「坊主と話してると、エミリの料理が食べたくなってくるな」
「エミリちゃん! たべたいっ!」
さっき、エミリの店で食事をしたばかりの子どもが言葉を漏らす。
「わかるぜ! さっき食べたばかりでも、また食べたくなるのがエミリの料理だよな!」
「ねっ!」
働き盛りの男や、たくさん動き回る子どもがお腹を空かせる気持ちは理解できる。
「ママ~、エミリちゃんのおみせにいきたい~」
「さっき食べたばっかでしょ?」
「たべたい~」
でも、俺が助けた男の子は食事をしたばかり。
ノルカと母親がほとんどエミリの店の食事に手を付けなかったため、俺と男の子でオムレツを完食したようなものだった。
激しい運動をしてもいない子どもがたいして時間も経過していないうちに、お腹を空かせるなんてどう考えても可笑しい。
(もしかして、俺の魔法が失敗した……)
子どもに生じている異変の原因は自分にある。
あれだけ魔女になると意気込んでいたのに、魔女ではない自分は誰1人として救えないのだと痛感する。
「っ」
手渡された現実の過酷さに悔しさを抱いたところで、子どもの異変を取り除いてやることすらできない。手のひらに、爪が深く食い込んでいく。
芝居をしているわけでもなく、お世辞を述べているわけでもなく、ただ純粋に自分の味覚が感じ取ったことを言葉にしているように見えるノルカ。
「随分と久しぶりに美味しいという言葉を聞くことができました。ありがとうございます」
久しぶりの賛辞に感動した母親に水を差すように、店に入ってきた客が店主である母親に向かって話題を投げかける。
「でも、お嬢ちゃん。エミリの料理には敵わないだろ?」
「結局、エミリの料理には敵わないんだよなー」
完全にマナー違反の客だった。
エミリとは無関係の店に来ておきながら、エミリの店の料理を絶賛するのが良くないことは俺だって理解できる。
「ここで、そういう発言は失礼……」
ノルカが正義感を振るわせようとした瞬間、客側に援護が入った。
「だよねっ!」
母親が調理している姿を見守っていた子どもが、エミリという名前を聞きつけて大人の輪へと加わった。
「おっ、坊主もエミリの店の料理の虜かぁ~」
「とりこ? おいしいよねぇ」
「毎日通い詰めちゃうくらい、うめぇよな」
「まいにち!? いいなぁ~」
1人で店を切り盛りしている母親に、息子の声は届いていないかもしれない。
でも、マナー違反の客たちに混ざりながら母親の料理を否定する子どもの姿は見ていると、さすがに心が痛みを感じ始める。
「味には自信があったんですけどね」
店主には、ちゃんと子どもの声が届いていたらしい。
母親としての寂しさを抱きつつ、店主として店の料理はどれも自慢だと言わんばかりの複雑な表情を浮かべながら、次の料理が運ばれてきた。
「近いうちに店を畳もうと思っていて」
ノルカが会話に応じてくれている間に、新しく運ばれてきた料理に手をつける。
(やっぱりエミリの店の料理の方が美味い……)
客を取られたのも、経営が立ち行かなくなってしまったのも、仕方がない。
だって、何度も料理を口にしたところで、エミリの店の味には敵わない。
「今はお客が来たら、店を開くって感じでやっています」
義理や人情だけでは経営が成り立たないのが、現実ってやつだ。
(でも……)
店内は清潔で、優しそうな店主で接客も悪くない。
料理の味が合わない客がいたとしても、ノルカのように絶賛する人がいるのも事実。
味覚は、人それぞれ。
その絶賛する人たちが店を支持すれば、経営が立ち行かなくなることもないような気がする。
(っていうか、エミリの店を支持しているのって男ばっか……)
自分は、女装魔法使い。
性別は男。
エミリの料理を絶賛しているのは男が多いという共通を見つけるものの、その共通が何に結びつくのか分からない。
(性別の違いが、味の違いを生み出している……)
そんな発想が浮かんではくるものの、男だけに料理を好きになってもらったところで何に繋がるか分からない。
街の人たちはエミリに惚れこんでいるわけではなく、エミリの店で出される料理に惚れこんでいるのだから。
「坊主と話してると、エミリの料理が食べたくなってくるな」
「エミリちゃん! たべたいっ!」
さっき、エミリの店で食事をしたばかりの子どもが言葉を漏らす。
「わかるぜ! さっき食べたばかりでも、また食べたくなるのがエミリの料理だよな!」
「ねっ!」
働き盛りの男や、たくさん動き回る子どもがお腹を空かせる気持ちは理解できる。
「ママ~、エミリちゃんのおみせにいきたい~」
「さっき食べたばっかでしょ?」
「たべたい~」
でも、俺が助けた男の子は食事をしたばかり。
ノルカと母親がほとんどエミリの店の食事に手を付けなかったため、俺と男の子でオムレツを完食したようなものだった。
激しい運動をしてもいない子どもがたいして時間も経過していないうちに、お腹を空かせるなんてどう考えても可笑しい。
(もしかして、俺の魔法が失敗した……)
子どもに生じている異変の原因は自分にある。
あれだけ魔女になると意気込んでいたのに、魔女ではない自分は誰1人として救えないのだと痛感する。
「っ」
手渡された現実の過酷さに悔しさを抱いたところで、子どもの異変を取り除いてやることすらできない。手のひらに、爪が深く食い込んでいく。
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