女装魔法使いと嘘を探す旅

海坂依里

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第1の事件『承認欲求の偽魔女』 第2章「食の街アステント」

第6話「差」

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「私たちは、魔女ではありませんよ」

 わざわざ魔女を目指している者ですと挨拶する必要もない。
 ノルカは魔女という誤解を解くために、それらしい設定を作り出す。

「世界の食文化を学ぶ旅をしている最中なんです」

 自分たちは魔女資格を証明するバッチが与えられていないことを示しながら、ノルカはリリアンカに挨拶をする。
 それに合わせて、俺もリリアンカに一礼する。

「将来的には、姉妹で飲食店を営むことができたらいいなって」

 ノルカの口から、なんの躊躇いもなく姉妹という言葉が出てきた。
 思わず吹き出しそうになっても、みんなを騙して女装をしていた自分が悪いと言い聞かせながら心を落ち着けていく。

「そう……」

 もっと爽やかな笑顔を浮かべて接客してくれてもいいのになぁと思ってしまうのは、キッチンで作業をする少女が晴れやかで快い笑みを浮かべながら客の対応をしているせいかもしれない。

(比較するのは申し訳ないけど……)

 接客担当の女性がリリアンカという名前だとしたら、キッチンを担当している少女がエミリになるのかもしれない。
 接客と調理の役割を交代した方がいいんじゃないかってくらい、エミリは表情豊かに調理と接客をこなしていた。

「まじょさん、たべよっ! たべよっ!」

 1卓のテーブルに時間をかけていられないくらい店が繁盛しているため、接客担当の女性は急いでキッチンへと戻って行った。

「まじょさんっ」

 フォークで切り取られた一口サイズのオムレツを、俺に差し出そうと手を伸ばしてくる子どもの姿を素直に可愛いと思った。

(食欲があるなら、もう心配する必要もないな)

 いつも通りの生活に戻ることができているということは、魔法が成功したということ。
 安堵しながら、俺は子どもの指示に従って口を開く。

「あーん」

 が、子どもには、どれくらいの大きさが人の口に入るのか判断ができないらしい。
 口をめいっぱい開かなければいけないくらいの大きさのオムレツが、俺の口の中へと運ばれていく。

「っ」
「おいし?」

 思わず、声を出しそうになってしまった。
 急いで手の甲で自分の口を塞ぎ、漏れ出そうになった声を抑え込む。

(うまっ……さすが、行列のできる料理店……)

 今まで感じたことがないくらい、舌が提供された食事の美味しさを拾い上げていく。
 美味いと言葉にせずにはいられなくなる。

「おいし? まじょさん?」

 首を何度も縦に振って、肯定の意を子どもに示す。
 俺の感想に満足してくれた子どもは、自分も食べると言い始めて一口サイズに切り分けたオムレツを次から次へと口に運んでいく。

(美味すぎる……)

 世界には美味しい食べ物が存在することに感動しながら、子どもに続いてオムレツを口にしようとフォークを手にする。

(これだけ美味いと、子どもが夢中になるのもわかる……)

 フォークを手にした瞬間、斜め向かいに座る母親の様子が目に映る。
 子どもとは正反対の感情を抱いているせいか、寂しそうな表情が余計に際立って見える。

(どうしたんだろ……)

 母親は、食事に手をつけることができずにいた。
 でも、食事に手をつけることができていない人物が、この場にもう1人いた。

(……あれ?)

 切り分けたオムレツを口に運んだノルカは、フォークを口に入れたまま動きを止めていた。
 辛うじて、ゆっくりとした速度で咀嚼を続けてはいるものの、口に含んだオムレツが飲み込まれる気配はない。

「すみません、魔法使いさんの口には合わなかったですよね」
「いえ……」

 母親と喋らなければいけない状況に立たされたノルカは、ようやく何度も噛み締めていたオムレツを喉へと通して会話を続ける。

「あの……その……いえ、あの、普通? 誰の口にも合うような、一般的な味で……」

 こんな風に、言葉を選びながら喋るノルカを初めて見た。

(は? え? こんなに美味しいじゃん……)

 子どもは、注文したオムレツの味に夢中になっている。
 俺も二口目をフォークで運ぶと、初めて食事を口にしたとき以上に美味しさを感じた。
 自由に声を出せる環境下なら、自分の声でこの幸福を表現したいとさえ思ってしまう。

「実は……私も、この店の味が合わないんです」

 ここで、寂しそうな表情を浮かべていた母親の顔に安堵の気持ちが宿ったことに気づく。

(……ノルカと味覚が同じってことに、安心したってことか)

 周囲を見渡すと、店の料理を褒めちぎる客で溢れ返っていた。
 俺も客と同意見で、この店の料理を美味しく感じていないのはノルカと母親のみ。

(そりゃあ、人によって味覚に差はあるだろうけど……)

 それにしたって、ノルカと母親の反応は異常に見えた。
 みんながみんな店の料理を絶賛していて、美味しく感じていないのは少数派。

「おいしいね、まじょさん」

 子どもの言葉を肯定できるのは、この場に俺1人。
 自分の舌で感じた美味しさを笑顔に込めると、子どもは嬉しそうな笑みを返してくれた。
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