からっぽを満たせ

ゆきうさぎ

文字の大きさ
上 下
26 / 154

温度⑨

しおりを挟む
風間さんに連れられて着いたのは小さな食事のための建物だった。入り口にはメニューが置いてあり、1番大きな写真はクマの顔に見えるようにトッピングなどで飾られたカレー、クマカレーだった。メニューを見て、風間さんは好みを聞いてきたが、僕はそれに対して答えがなく、本当になんでもよかったので、どれでも食べれる、とだけ答えた。風間さんはそれを気にした様子もなく、メニューの1番大きな写真であるクマカレーを指差した。
「せっかくだからこういうの食べない?」
その風間さんの言葉にただ従うように返事をして、風間さんは僕に席を取って座ってるよう指示をくれるとそそくさと注文口へと向かった。
僕は周りを見渡して適当な席を見つけると座って待った。昼を少し外しているので満席ではなく、注文口から割と近くにある、観葉植物のすぐ隣が空いていたのでそこを取って座った。
風間さんがすぐ見つけられなかった時に声がかけられるよう、風間さんが並んでいる列をしっかりと見て待っていると、風間さんはカレーを二つ持って迷わずにこちらへ向かってきた。
「お待たせ~いい席取れたね、ありがとう」
風間さんはカレーを置きながらそう言って僕の正面に座る。
「じゃ、食べよっか!」
「はい」
「いただきます」
クマカレーは写真の通り、可愛くクマに盛り付けられていた。丸く盛られたサフランライスに耳はハンバーグ、目はグリンピース、口元はチーズの上に海苔がのっていて、頬のあたりからカレーが囲んでいる。その頬のサフランライスにスプーンを立ててカレーと一緒に掬って口に運ぶ。湯気が出ていただけあり温かい。そして辛みを感じた。
また味覚を感じなくなったかと思っていたが、風間さんと食事をしていると感じるようだ。
ピリッと辛くて温かいカレーをパクパクと食べ進めて、クマの形なんてすぐになくなってしまった。耳がハンバーグなところもお腹を膨らませ、皿の上からクマが消える頃にはなんとなく空きを感じていたお腹は満たされたようだった。
「はぁー!結構ちゃんと満足感あったなぁ~!柳くんの口にもあったみたいでよかった」
口元を拭きながら風間さんが言う。その口元を拭く仕草も綺麗で上品な振る舞いだった。
「柳くんが今日はちょっと楽しそうだから本当に良かった」
風間さんは少し休憩するつもりなのだろう。食べ終わったが席を立とうとせず、背もたれに背をつけながら僕に言った。
僕はなんと返していいかわからなかった。
それでも何か聞いてもらいたいような気がして、そっと口に出す。
「僕、いろいろと思い出したんです」
つらつらと、僕が今日、温度を思い出したことも、両親と来た動物園の曖昧で僅かな記憶、そして味覚のこと。それを口に出して説明した。こんなに僕のことばかりで風間さんには関係のないことなのに、風間さんはずっと目を逸らさず、口も挟まず、適度に相槌を打ちながら話を聴いてくれた。
「そっか、思い出したんだね!よかったね」
風間さんは頭を撫でてくれた。
「きっともっと思い出せる。きっともっと楽しませるから、俺ともっと遊んでくれる?」
風間さんといると気が緩み、思い出さないほうがいい記憶が思い出される。忘れようとした記憶だったが、その記憶が戻ってほしいとも思う自分がいて、僕は気づけば迷わず答えていた。
「はい」
風間さんはいつものように綺麗に微笑んだ。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

囚われ王子の幸福な再婚

BL / 連載中 24h.ポイント:1,043pt お気に入り:156

宮廷画家は悪役令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:379

ライオンガール

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:20

フリー台本置き場(声劇、朗読)

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:360

処理中です...