からっぽを満たせ

ゆきうさぎ

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思い出してはいけない⑦

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寝ずに勉強した翌日のバイトは宗田さんからの視線を感じるものになった。
バイトの上がり時間になると、宗田さんは鶏肉の入ったドリアとサラダを持ってバックヤードに来た。
「柳くん、はい食べてって」
いつもは料理を置くとそっと部屋を出ていく宗田さんご今日は正面に座ってきた。
とりあえず食べるように促されるので、気になりつつもいつも通り食べ始めた。
「おいしい?」
「はい」
「ね、柳くん、そのクマはどうしたの?無理してない?」
(それで見られてたのか)
宗田さんのいつもと違う行動の理由がわかり納得したが、無理をしている自覚はなかった。
「大丈夫です、昨日徹夜しただけで」
「えっ、やっぱり勉強阻害してる??バイト調整する?」
「いや、大丈夫です。バイトは減らすとまずいので…」
少し思案したあと、風間さんの家に行った事を話した。勉強ができなかったことは話さなかったが、大体の事情を宗田さんは察したようだった。
「あぁ、それで気を遣ったんだね。あいつの部屋なら消しカスで汚したっていいんだから、気にせずちらかしてやって勉強進めたっていいんだよ?あいつのことはガン無視して」
宗田さんは笑いながら言った。いつもは優しく丁寧に話しかけてくれる宗田さんの乱れた言葉遣いを新鮮に感じて、風間さんとの親密さを伺わせた。
「まぁでも遣うよねぇ…」
僕はどう反応していいのかよくわからなかった。はいそうです、といえば風間さんが気を遣わせてるようだし、いいえといえば嘘になる。風間さんはむしろ僕に気を遣ってくれていると僕自身少し感じてはいる。どちらの答えも正解にならない。正解でない答えを出すことは今の僕にはできなかった。宗田さんはそんな僕に答えを追求してこなかった。
「柳くんはもっとわがままに生きればいいと思うよ、俺はね」
「まぁ、理由聞いてちょっと安心したけどさ…徹夜は良くないよ。徹夜するくらいならちゃんと幸久に言いな。幸久なら勉強したいって理由で相手にされなくたって気を悪くしないから」
宗田さんは真剣な顔でそう言いきったあと、少し微笑み、そっと立ち上がりバックヤードの扉に手をかける。
「ちゃんと休んでね、お疲れ様」
いつものとても綺麗な笑顔を残して宗田さんは仕事に戻っていった。
宗田さんがそう言うということは、風間さんに勉強のことを告げてもおそらく本当に怒らないのではないかと思った。
(もう行くことはないと思うけれど…行ったら言ってみよう)
この場合は正解はそれだと判断し、そう決意した。確証もないのに宗田さんの言う風間さん像を信じていることを頭のほんの片隅で疑問に思っていた。
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