愛恋の呪縛

サラ

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第259話

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『お前のせいだ』



 脳内に響く、怒りが含まれた声。
 この声、以前にも聞いたことのある声だ。
 その時も、同じように夢の中だった。
 自分と瓜二つの顔を持った、あの史上最強の仙人。
 黒神かれの声が、ずっと自分を責めてくる。
 募りに募った恨みを、永遠に向けられている。



『何故、まだ生きているんだ』



 目を閉じていても、声はずっと聞こえてくる。
 まるで逃がさないと、呪いをかけるかのように。
 彼の記憶は全く無いのに、この永遠に聞こえてくる声を聞けば、彼とはあまり良くない関係性だったのは自ずと分かった。
 誰の耳にも届かない夢の中で、精神的に追い詰めようと、果てのない恨みを向けられ続けた。

 そして声は、畳み掛けてくる……。





『お前が死ねば良かった』

『何故、お前が生き残った』

『何も守れなかった、弱者め』

『全部、壊れた。お前のせいで』

『返せ、全部返せ。奪ったもの全部だ』

『罪を償え、自害しろ』

『誰も、お前が生き残ることなど望んでいない』

『早く死んでしまえばいい』

『地獄に落ちろ』

『地獄に落ちろ』『地獄に落ちろ』

『地獄に落ちろ』『地獄に落ちろ』『地獄に落ちろ』





『地獄にっ……落ちろ!!!!!!!!!!!!』





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「っはぁっ……!」



 永遠に続く罵倒の声。
 その声から逃れるように、魁蓮は目を覚ました。
 首には汗が伝い、胸騒ぎがする。
 まさか、黒神の夢を連続で見ることになるとは、嫌な感じだ。



「お目覚めですか」

「っ……」



 魁蓮が息を整えていると、楊の声が聞こえてきた。
 魁蓮がその声に顔を上げると、楊は人間の姿で、洞窟の入口に座っていた。
 いつの間にか外は夜になっていた、恐らく魁蓮が目覚めるまで、楊が見張りをしてくれていたのだろう。
 楊は魁蓮と目が合うと、どこか切なそうに目を細めた。



「……顔色が悪いです。何か、悪夢でも見ましたか?」

「……阿呆か。暗いせいで、そう見えるだけだろう」

「…………」



 魁蓮は汗を拭うと、はぁっと深いため息を吐いた。

 あの夢に関しては、楊とて共有されないらしい。
 それは幸いだった。
 しかし、どうしてこうも連続で見ることになったのだろう。
 まさか本当に、黒神に呪いにでもかけられているのではないだろうか。
 そう考えてしまうほど、あの夢は繰り返されていた。

 その時、ふと魁蓮は思い出す。



「……楊、巴を見なかったか」



 魁蓮は眠りにつく前、巴と一緒に居たことを思い出す。
 思えば、巴と話していた途中から記憶が無い。
 寝落ち……をしてしまうほど寝不足だったわけでも無いはずだが、本当に疲れが溜まっていたのだろうか。
 魁蓮が楊に尋ねると、楊は立ち上がりながら答える。



「もうとっくの前に、どこかへ行きましたよ。意識を失った主君を巴殿が連れてきて、僕に預けてきたんです」

「……そうか」



 魁蓮が目を伏せると、楊は伸びをした。



「主君も起きたことですし、もうこの姿のままで居続ける必要は無いですね」



 基本、楊は鷲の姿でいる。
 だが魁蓮無しで戦う場合は、人間の姿の方が戦いやすいため、時折こうして人間の姿に変身することがある。
 今の今まで人間の姿だったのも、万が一に備えてだった。



「では主君。僕はっ」



 その時……楊とすれ違うように、魁蓮は洞窟から抜け出した。
 楊はそんな魁蓮に、「えっ?」と驚く。



「しゅ、主君!何処へ!?」

「夜風に当たってくる。お前はここにいろ」

「ま、また留守番ですか……」

「黙れ」



 魁蓮は冷たく制すると、楊に振り返ることなく洞窟を離れた。





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 今日の夜風は、いつもより冷たい。
 現世は黄泉と違って、季節通りに環境も変わる。
 黄泉ではあまり感じない寒さに、魁蓮は眉間に皺を寄せながら、森の中を歩いていた。
 花蓮国の森は、至る所に広がっている。
 同じ森でも、そこに巣食う妖魔の数が違えば、実る果物もバラバラだ。
 流石は自然が美しい、花蓮国と言うべきか。
 だから、魁蓮は森の中を歩くのは嫌いでは無い。
 もし飽きても、別の森に移動すればいいのだから。



「この森も、もう何も無いか」



 今いる森は、思いのほか長居していた。
 果物も沢山あったし、何より妖魔がたくさんいた。
 情報集めに滞りがあったら、魁蓮は暇つぶしに妖魔を殺していた。
 そのため、退屈というものは一切無かった。

 だがそろそろ、別の場所に移るのもいいくらいだ。
 魁蓮の求めている情報や過去に関するものは、ここには無かったから。



「早々に切り上げ、黄泉に戻る手もっ」



 その時……。





「ギャアアアアア!!!!!!!」





 少し離れたところから聞こえた悲鳴。
 同時に感じる、複数の妖魔の気配。
 魁蓮はその空気に、ギロッと視線を巡らせた。



 (……気晴らしには、丁度いい)



 つい先程、後味の悪い夢を見たばかりだ。
 気分は、あまり良くないと言っても過言では無い。
 魁蓮は暇つぶしと少しの気分転換のため、今から視界に入った妖魔を全て殺すことにした。
 そして偶然にも、妖魔が近くにいる。
 飽きるまで殺せば、それなりに気分転換にはなるだろう……と、魁蓮が足を進めると、



「あんなの勝てっこない!!早く逃げろ!!」

「……?」



 悲鳴のした方向から、数体の妖魔が泣きながら逃げている。
 その姿は、人間の血肉を求める妖魔の姿からは考えられないほど、情けないものだった。
 魁蓮だけは、よく目にする光景だが。



 (実に無様だ……だが……)



 魁蓮はその妖魔たちを眺めていると、ほんの少し妖力を込めた。
 直後、逃げる妖魔たちの足元に、黒い影が現れて……大量の剣山が姿を現した。



「「「ギャアアアアア!!!」」」



 影から出てきた特殊な剣山は、妖魔たちの体を激しく貫通した。
 その剣山に、妖魔たちは青ざめる。
 この能力が誰の仕業なのか、分かっているからだ。
 すると魁蓮は、剣山に捕まっている妖魔たちに近づく。



「貴様ら、我の問いに1度だけ答えることを許そう。
 何故、そのような無様な姿を晒して逃げていた?」



 冷たく、重圧を感じる魁蓮の声。
 たった今、恐怖を感じていたものから逃げていたというのに、それ以上に恐ろしいものが待ち構えているなんて。
 妖魔たちは魁蓮の姿に、こっちに逃げなければよかったと心底後悔していた。
 しかし、魁蓮からすれば関係ないこと。
 魁蓮が妖魔たちの返答を静かに待っていると、一体の妖魔が震えながら口を開く。



「む、向こうに……化け物がっ……。
 仙人でも、妖魔でもないっ……本物の化け物がっ!」

「……あ?」



 その直後のこと……。



「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」



 先程の悲鳴に続いて、またも別の悲鳴が。
 魁蓮はその悲鳴に視線だけ向けると、目を細めた。



「ふん……化け物、か……まあ良い。
 貴様らは用済みだ……散れ」



 魁蓮がそう呟くと、捕まっていた妖魔たちの体は、内側からバンッと激しく弾け飛んでしまった。
 辺りに妖魔たちの肉片が飛び散り、その場には血溜まりが広がる。
 魁蓮はその光景になんの感想も抱かないまま、悲鳴がする方向へと足を進めた。



「逃げろっ、逃げろ!!!」

「ダメだ!勝てねぇ!」



 足を進める度、情けない妖魔の声が耳を刺す。
 だが逆に言えば、妖魔が魁蓮以外に対して、こんなにも怯えるのは初めてのことだ。
 故に、魁蓮にとっては興味の1つでもある。
 そうして静かに足を進めていると…………





「っ……………………」





 見えてきたのは……
 大量の妖魔の死体と……その中心に立つ、1人の少年。
 血だらけの刀を握りしめ、呻き声を上げている妖魔の顔を踏みつけている。



「だ、誰かっ」



 妖魔が掠れた声で助けを求めた直後。
 少年は器用に刀を回すと、妖魔の首に刀をグサッと突き刺した。
 妖魔はそれ以上話さなくなり、バタッと全身から力が抜けた。
 辺りが静寂に包まれた後、少年は妖魔に突き刺した刀を抜き取り、べっとりとついた血を振り払う。



 (ほう……化け物、か……)



 先程の妖魔たちが言っていた化け物は、恐らくこの少年だろう。
 仙人でも妖魔でもない、と言ってはいたが、見た目だけ見れば人間のように見えた。
 だが辺りに散らばる妖魔の死体を見る限り、彼が只者では無いことは、容易に考えられる。
 現に少年が着ているのは、戦闘服のようなものだ。

 魁蓮が黙って少年を見つめていると、少年は少し綺麗になった刀を確認して、くるっと後ろに振り返る。



「っ……!!!!!!!」



 少年が振り返った瞬間……少年は、自分を見つめて立ち尽くす魁蓮の姿に、ピタッと動きが止まった。
 魁蓮は振り返った少年の姿に、目を細めた。



 (……なんだ、あれは……鬼の、面?)



 少年は、不思議な黒い鬼の面をつけていた。
 鬼の面と言えば、以前まで忌蛇が身につけていたのだが、あれはただのお面だった。
 しかし少年のお面は、何やら妙な力が込められているお面だったのだ。



 (妖魔には、見えぬが……仙人、か……?)



 魁蓮が腕を組んで見つめていた直後……



「っ……………………」



 少年は魁蓮に背中を向け、バッと素早くかけ出す。
 もしこの場にいる者が、他の者であれば逃げられただろう。
 だが生憎、そこにいるのは……鬼の王だ。



「待て」



 魁蓮が低く呟くと同時に、少年の前に現れたのは、いつの間にか地面に広がっていた影と、そこから顔を出した複数の動く鎖。
 鎖は壁のように連なると、少年の行く手を阻む。
 少年もこれは逃げられないと察したのか、グッと力を入れて、その場に踏みとどまった。



「おい餓鬼、何故逃げる」



 魁蓮はそう言いながら、少年に近づいた。
 背後から聞こえてくる足音、少年はその足音に、横目で振り返った。
 その間、少年は刀を離すことなく、じっと魁蓮の様子を伺っている。



「貴様、かなり腕が立つらしいが……何者だ?」

「っ……………………」



 魁蓮が尋ねるも、少年は沈黙を貫く。
 どれだけ待っても、少年は口を開かなかった。
 魁蓮は、少年が恐怖を感じすぎて口が回らないのだと思っていたが……どうやら、そうでは無いらしい。



 (……隙を、狙っているな……)



 少年が沈黙を貫く理由は分からないが、少年は一切怯えてなどいなかった。
 呼吸も安定していて、体や手先も震えていない。
 それどころか、鬼の王である魁蓮に未だ背中を向けている。
 普通では考えられない反応だ。
 だが、魁蓮もそんなに待てる男では無い。



 (答えぬか……ならば、探れば良い)



 そうして魁蓮が、赤い目を光らせると………………





 ブワッ……!





「っ……」



 魁蓮が少年をようとした途端……少年の体は黒い瘴気に包み込まれ、そして消えた。
 直後、魁蓮の背後に気配が……。



「ほう……」



 魁蓮が横目で振り返ると、先程の少年がいつの間にか背後にいて、いつ攻撃が来てもいいように刀を構えていた。
 その動きは、魁蓮からすれば初めて見るものだった。



 (我の考えを呼んだか……これはなかなか……)



 只者では無い……どころの話では無い。
 今、魁蓮の目の前にいる少年は、仙人が束になっても倒せないほどの強者かもしれない。
 ただ探りを入れるだけでは、到底何も分からないだろう。
 そう理解した途端、魁蓮は自分の足元に黒い影を広げると、その中からまたも複数の鎖が姿を現した。



ジア、命令だ。その餓鬼を探れ。
 ただし、殺すことも傷つけることも、許さん」



 魁蓮がそう言った直後……鎖たちは一斉に、少年に向かって伸びていった。
 少年はグッと力を入れると、自分に立ち向かってきた鎖を、軽い身のこなしで避ける。
 そしてそのまま、少年と鎖の攻防が始まった。

 刀と鎖のぶつかる甲高い音が、何度も何度も響く。
 魁蓮の技の一つである「ジア」は、魁蓮が最も愛用する技なのだが……その技を、少年はいとも簡単に受け止める。
 彼の動きから見て、どうやら余裕のようだ。



 (これは驚いた……奴は、龍牙以上か……)



 少年の動きを見てわかったのは、魁蓮の次に強いとされている龍牙すらも超える強者だということ。
 一切無駄のない動きと、刃こぼれしにくい刀の扱い方、少年はかなりの手練だ。
 試しに魁蓮は、再び瞳を光らせて少年の正体を確かめようとする。
 しかし……





 ブワッ!!!





 少年は先程と同じように、黒い瘴気に包まれて姿を消すと、また別の場所へと瞬間移動する。
 そしてすぐ、鎖との攻防が始まるのだ。
 休みなどない鎖の攻撃を受けながらも、少年は鎖の攻撃を簡単に受け止め避けるどころか、少し離れた場所から見ている魁蓮の動きも把握している。



 (……なかなかに、興味があるな……)



 今の遠慮したような攻め方では、この攻防はきっと永遠に続くだろう。
 何より、少年の本気は今のままでは見れない。
 ただ攻防を続けていても、少年の本気も正体も分からず終いだ。

 ならば……本気を出させればいい。



「ククッ……」



 ふと、魁蓮がジアの力をほんの少し弱めると、鎖の動きが鈍くなって少年にほんの少しの余裕を持たせる。
 だがその直後、魁蓮は目で追えない速度で少年へと近づいた。
 そして、少年の心臓を狙うような動きを、わざと見せる。
 はたから見れば、魁蓮は本気で少年を殺そうとしているように見えるはずだ。
 魁蓮はそれを利用して、少年の本気を見出そうとした。

 そして魁蓮が、少年の体に触れようとした……その時。





 少年がつけていた、鬼の面。
 その目の奥から……が見えた。





「っ…………!!!」



 魁蓮がその光を見た途端、少年は常人離れな動きで、魁蓮の攻撃を避ける。
 その動きは、鍛え上げた仙人や妖魔でさえ出来ない動き。
 まさに、超越した力だった。

 だが魁蓮が引っかかったのは、そこでは無い。



 (今の光は……)



 魁蓮が疑問を抱いていたのは、鬼の面の目から見えた赤い光。
 その光が見えた途端、ほんの一瞬、人の目が見えたのだ。
 つまり光ったのは鬼の面ではなく、その奥にある少年の瞳。
 そして魁蓮は見た、その瞳が……

 魁蓮と同じように、赤く光る光景を。



 (何故だ……何故、我と同じ力を)



 魁蓮が今の出来事に驚いていると……





「我は、貴方と戦う気は無い」





 魁蓮から離れた少年が、ふと呟いた。
 魁蓮がその声に振り返ると、少年は刀を鞘に入れ、じっと魁蓮を見つめている。
 その時、少年の目はもう光っていなかった。



「……貴様、何者だ?今の力……どういうことだ」



 魁蓮は鎖と影を消しながら、少年に向き直る。
 これはもう、直接探りを入れるのが1番良いかもしれない。
 そう思い魁蓮が尋ねると、少年は少しの沈黙の後、おもむろに口を開く。



「……遺伝、だ」

「遺伝?誰のだ」

「……我の…………父の、遺伝…………」

「………………………………」



 そう話す少年の声は、どこか言いにくそうだった。
 だが魁蓮は、何一つ納得していない。
 そもそも魁蓮の瞳の力は、魁蓮しか持っていない特殊なもの。
 膨大な力を消費するため、他の者では到底扱えない。
 なのに、その力と似通った……いや、あれはもはや同じものだった。
 そんな力が、この少年にもあるなんて。



「どうりで我の動きも、迷わず読めたのか。
 ならば質問を変えよう。何故、正体を隠す」

「っ…………」

「正体を探られては困るのか?貴様のその力も」



 魁蓮が質問を変えると……この質問には答えられないのか、少年は沈黙を貫いた。
 どうやら、少年は自分の正体を隠しており、あの鬼の面も正体を隠す1つの手段なのだろう。
 その時……



「申し訳ない、我にはやらねばならないことがある。
 故に、我はここで失礼する。では……」



 少年はそう言うと、黒い瘴気に包まれて姿を消した。
 1人になった途端、魁蓮は腕を組んで考え込んだ。
 普段なら返事も待たずに居なくなった少年を殺すところだが、今日はそういう気分でも無かった。
 むしろ……



「……実に、面白い餓鬼がいたものだ……」



 魁蓮は先程の少年に、興味を持っていた。
 魁蓮にとって、強者は暇つぶしの1つだ。
 戦いがいのある者がいればいるほど、魁蓮も喜ぶというもの。
 魁蓮は少年の存在に小さく笑うと、気分転換する必要がもう無くなったため、そのまま楊の待つ洞窟へと帰っていった。



 その近くでは、先程の少年が魁蓮からは見えない木の上から、魁蓮の背中を見つめていた。



『夜叉様っ、ご無事ですか……!?』



 そんな少年に、彼が乗っている木がガサガサと揺れると共に、少年に声をかける。
 魁蓮と戦った少年……殲魔夜叉は、グッと拳を握った。



「無事だ……あちらも手を抜いていたのでな。我が、傷つかぬようにと」

『そうでしたか……とにかく、ご無事で何よりです。
 それより、何故鬼の王は夜叉様に攻撃を?あんなの、有り得ません。貴方たちは、親子なのにっ……』



 木は怒ったように、そう話す。
 しかし殲魔夜叉は、小さい声で答えた。





「仕方がない。父は、我の記憶を失っているのだ……まあ、失っているのは父だけでなく、母もだが。
 気にするな。ただ今は、赤の他人というだけだぞ」

『ですが、夜叉様っ…………』





 殲魔夜叉はそう言うと、その場に腰を下ろす。
 そして、夜空に浮かぶ欠けた月を見上げた。
 その度に、殲魔夜叉の胸に広がるのは……目を背けたくなるような寂しさだ。





「だが、時折考えたりはする。
 普通の親子は、どんなことをするのか。子は、親の腕にいつも抱かれるのか。いつも一緒にいるのか。
 我には……何一つ、分からない。親子というものが」





 そう呟く彼の声は……悲しく、小さく震えていた。
 しかしその声は……魁蓮に届くはずもなかった。
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