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第236話
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静かな湖、甘い香りの蓮の花、紙をめくる音。
その全てがひとつになって、日向と魁蓮が過ごす空間を作り上げている。
ぼんやりとしていて、長い時間が過ぎれば眠くなりそうなほど、どこか穏やかで。
「ねぇ、魁蓮……僕のこの見た目…………好き?」
「っ…………………………………」
だからこの言葉は、書物を読んでいた魁蓮にとっては、雷が落ちたような衝撃を受けるほどのものだった。
魁蓮はポツリと呟かれた声に、横目で振り返る。
今の質問をした当の本人は、魁蓮の方を振り返ってはいなかったが、膝を抱えて背中を丸めるその姿は、今の質問の答えを待っているようだった。
「………………………」
魁蓮は横目で、日向の後ろ髪を見つめた。
雪のように綺麗な白い髪、風になびけば光を帯びたように淡く輝き、指を通すのだって躊躇いそうな美しさを漂わせている。
見慣れない色をした見た目だが、日向の見た目は本当に綺麗で、国宝のひとつなのかと思うほど。
本人はその見た目で多くの苦労をしてきたのだろうが、いくら見つめても飽きないくらいには、魁蓮は日向の見た目を気に入っている。
本心から、綺麗だと思っていた。
人間にも妖魔にも見かけない、まさに唯一無二の姿。
「……我はっ」
「なーんてな!あっはは!」
しかし魁蓮が質問に答える前に、日向はケラケラと軽く笑って話を切り上げてしまった。
「ごめんなぁ?またこんなこと聞いちゃって。少し前に、お前は「綺麗だ」って褒めてくれたのによ。
ったく、僕ってどんだけ欲張りなんだ~?」
あまりにも不自然な反応だが、それは日向も自覚している。
質問の答えを待てなくなったからでは無い、急に怖くなったのだ。
魁蓮ならば、日向の喜ぶ言葉を言ってくれるだろう。
彼は1度だって、日向の見た目を悪く言ったことはない。
でも……きっとどんな答えを聞いても、今の日向は天花寺雅へと繋げてしまう。
褒められても、それはきっと似てるから……と。
「今の質問、気にしなくていいかんな?
ちょっと、沈黙に耐えられなくなっただけだから。にしても、もっと他に話題があったんだろうけど」
日向はそう言って、膝を抱え直す。
本当は、どう思っているのか気になっていた。
褒めてはくれるが、魁蓮は日向の見た目は「好き」なのかどうか。
そして以前の自分だったら、素直に聞いて、素直に彼の答えを受け入れることができたのだろう。
天花寺雅という存在に、気づかなければ…………。
日向は再び気分が落ち込みそうになり、手にギュッと力が入る。
その時……。
「っ…………………」
突如、日向の背中に寄りかかっていたはずの重みがスっと消え、次にほんの数歩の足音が聞こえてくると、足音は日向の前で止まり、その人物は日向の前でしゃがみこんだ。
日向は抱えていた膝に埋めていた顔をゆっくりと上げると、それを見計らうかのように、大きな手が日向の顔へと伸びてきた。
そしてその手は、前に垂れていた日向の髪に触れると、優しい手つきで髪を耳にかける。
「そのような問いをするのならば……
せめて、その姿を我に見せた上で聞け……」
「っ……!」
低く落ち着いた声と、耳に一瞬触れた冷たい手。
そして、吸い込まれそうなほど整った瞳と顔。
背中を預けて待っていたはずの魁蓮は、書物を閉じて、真っ直ぐに日向を見つめていた。
日向が少し前に傾けば、魁蓮に体を預けられるほどの至近距離、高鳴る鼓動が聞こえてしまうほど近い。
そんな距離感の中、2人は見つめ合った。
(あっ…………)
日向は、魁蓮の赤い瞳に映った自分の姿に気づいた。
ハッキリと見えるわけではないが、泣き腫らして情けない姿だと理解するには十分すぎるほど、瞳に映る日向の姿は情けなかった。
彼の瞳に映っているのならば、当然魁蓮にも同じように見えているのだろう。
そう考えた途端、日向は気恥ずかしくなり、未だ自分の頬の近くあった魁蓮の手を少し避けて、目を伏せる。
「……………………」
自分の手から分かりやすく離れた日向に、魁蓮は目を細めた。
ピクっと指先が動くと、魁蓮も反射的に手を下ろす。
「……小僧……」
「っ……ごめん……」
「……何故だ」
「違うんだ。触れられるのが、嫌とかじゃなくて。ただ……その……僕っ……」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
日向は、うまく言葉が出てこなかった。
泣き腫らした情けない顔を見られたく無い、確かにそれは嘘では無かった。
しかし……理由は他にもある。
(……やっぱり、思い出しちまう……)
日向は、目をぎゅっと閉じた。
思い込みが激しいせいか、今の日向は魁蓮の姿を見ただけで、天花寺雅という名前を思い出してしまう。
いや、見なくても嫌なほど脳裏を過ぎるのだが。
それでも、彼を見れば見るほど鮮明に思い出してしまい、同時に魁蓮はどんな表情を向けていたのだろうかと、考えたくもないことばかり浮かんでしまう。
優しい眼差しを向けたのだろうか、笑みをたくさん見せていたのだろうか、甘い言葉を囁いたのだろうか。
考えても仕方ないのに、恋というのはこんなにも心を蝕まれるのだろうか。
(とにかく、この状況をどうにかっ)
そう日向が考え始めた、その時だった………。
「っ………………………!!!!!!」
ふわっと、甘い蓮の花が目の前にきた。
同時に日向は、何やら大きなものに包み込まれ、完全に身動きが取れなくなる。
肩を、背中を、頭を、逞しいものが包んでいた。
それが何かを理解するまで、そう時間はかからなかった。
「……かっ、魁蓮っ……」
日向を包み込んだ、大きなもの。
日向が視線を前に戻すと、先程まで目の前にいたはずの魁蓮は、気づけば日向の肩に頭を置いていて、下ろしたばかりの手は再び上がり、もう片方も上がっていて、そしてその逞しい手と腕は、日向の体をこれでもかという程に強く抱きしめていた。
日向は緊張や恥ずかしさなんかより、驚きの方が勝ってしまい、どうしたのかと心配になる。
「魁蓮っ、どうしっ……」
日向が彼の様子を確かめようとするが、魁蓮は日向の肩に埋めた顔を上げるつもりは全くなく、むしろそれに抗うかのように、更に肩に擦り寄る。
試しに魁蓮の肩を掴んで自分から離そうとするも、鬼の王の異名を持つ彼の力に適うはずもなく、日向は魁蓮の大きな体に包み込まれたまま、その場から動けなくなってしまった。
(ど、どうしよう……)
その時。
「……………逸らすな……………」
肩から聞こえた、低く、そして珍しく震えた声。
魁蓮にしては全く聞き慣れない、弱々しい声だ。
日向はその声に驚き、どうしようかと探っていた手の動きが止まる。
すると魁蓮は、日向を更に強く抱きしめながら、その珍しい声で続けた。
「何故、逸らす……言ったはずだ、我はお前の容姿は綺麗だと……隠すことなど何も無い、だと言うのにお前は……」
「っ……………」
「我の言葉を上回るほど、お前が己の容姿で悩むようなことが起きるのならば……我は幾らでも言葉にする。何度でも、綺麗だと、美しいとお前に伝えよう……だから……
頼む、もう逸らさないでくれ……」
いつもなら、「禁ずる」だの「許さない」だの、まさに王と言わんばかりの強気な言葉を使うのに、今の魁蓮は普段の姿からは想像できないほど、普通のように感じた。
嫌だから、やめて欲しい。まるで子どものようだ。
でも同時に、魁蓮がそのような言葉遣いをするとは、余程視線を逸らされたのが嫌だったのだろう。
日向は魁蓮の言葉に胸が締め付けられ、探っていた手を魁蓮の背中に回すと、優しく肩を抱いた。
「ごめん、ごめんっ……まさか、お前がそんなに嫌がるとは思わなくてっ……。
魁蓮、僕は本当に、お前に触れられたくないからとか、目を合わせたくないからって逸らしていたんじゃないんだ。ただ、泣きじゃくって顔がぐしゃぐしゃで、それを見られるのが恥ずかしかったんだ……なんというか、男らしくないだろ?」
日向は、慌てた様子で気持ちを伝える。
魁蓮でなくとも、視線をわざと逸らされるのは、心苦しく寂しいものだ。
そんなことにすら気を配れず、魁蓮を傷つけてしまう羽目になるとは。
日向は、自分のことしか考えていなかったことに、深く反省した。
真っ直ぐ言葉を伝えてくれた魁蓮に応えるように、日向も言葉を伝える。
「魁蓮、嫌なことしてごめん。お前は何も悪くないよ」
「では何故、あのようなことを聞いた」
「あれはっ……えっと……」
「この我の言葉が、信じれぬとでも言うのか?」
「違うっ!それは違うよ。
なんなら僕、お前に綺麗だって言われてから、自分のこの見た目が大好きだぜ!」
「………………」
「今まで、僕のこの見た目を褒めてくれた人は何人かはいた。綺麗って、可愛いって。でも、でもさ、僕はお前に綺麗だって言われたのが、今までで1番嬉しかったんだ!あの時の言葉、忘れたことなんてない!あの日以来、僕は鏡を見るのも嫌じゃなくなったし、堂々と歩けるようになった。お前が褒めてくれたから、他でもないお前が……だからっ」
そこまで言いかけて、日向は我に返った。
今並べた言葉に、嘘偽りは一切ない。
ちゃんと本心を伝え、そして言葉にした。
人は自分の気持ちを伝えるのは苦手だから、日向の今の行動は、とても良いものだと言える。
そう、普通ならば…………。
(今の、言い方って……なんというかっ)
「告白」
日向の脳内に浮かんだのは、その言葉だ。
本心は伝えた、隠しているものを明かすように。
しかしそれは、今の日向にとってはとんでもない大問題であって、このまま話を続けられるかと言われると、断じてそんなことは無い。
むしろ、本心ではあったが、今魁蓮に伝えた言葉全てを記憶から消したいくらいだ。
日向はだんだんと自分の行動が恥ずかしくなり、顔が真っ赤に染まっていく。
そして今の一連の流れ、この男が聞き逃すはずがない。
「他でもない、我……だから?」
今まで一度も顔を上げる気が無かった魁蓮が、この期に及んでゆっくりと顔を上げてきた。
日向は肩が軽くなったものの、魁蓮の逞しい腕からは未だ逃れられない。
そして顔を上げた魁蓮は、片眉を上げて、ポカンとしたまま日向を見つめた。
これこそ、最悪の状況だ。
「今の言葉は、どういうことだ?何故、我だから良いのだ?」
「いやっ、えっ!?そ、そのっ、なぁっ……!」
日向の脳内は、既に混乱状態だ。
自分がまいた種、自業自得だ。
しかし日向は、自分の気持ちを魁蓮に伝えるつもりは一切ないため、あれやこれやと言い訳を考える。
そしてようやく思いついたのが……
「お、お前はっ……しゃ、洒落てるからな!」
「………………………………………?」
「ほ、ほら!感性とかお洒落な人から綺麗って言われると、普通よりかは自信がつくだろー!お前は鬼の王で、この黄泉の支配者!そんな立場の男に褒められるってのは、有難いってもんよ!多分、黄泉の妖魔たちも指をくわえて羨ましがるぜ!?」
「……………………………」
「ま、まあ!だからっ、そのっ……
完璧なお前から褒められたら、嬉しいってこと!」
蓮蓉餡の饅頭の作り方が書かれた紙を見られないようにするために、魁蓮への恋文だと大々的な嘘をついた日以来の、新たな黒歴史になりそうだ。
気恥ずかしさの真っ赤な顔と、頼むから今の言葉で納得してくれ!という切なる願いからの青ざめた顔が混ざり合い、日向の心を困惑へと陥れる。
日向がニコッと頑張って笑う中、魁蓮はいつもの表情で日向をじっと見つめ、そして…………
「ほう……なるほどな。そういうことか」
どういう訳か、魁蓮はあっさり聞き入れた。
とても不思議な事だが、魁蓮は凄く頭が良いのに、感だって鋭いのに、こういう時は誰よりも馬鹿だ。
変なところで、鈍感というか。
(っしゃあああ!何とかなった!!!!!)
日向は心の中でガッツポーズをする。
だがそんな余裕は、魁蓮の言葉で一瞬で壊される。
「我はてっきり、お前が我に気があるのかと思ったが」
その全てがひとつになって、日向と魁蓮が過ごす空間を作り上げている。
ぼんやりとしていて、長い時間が過ぎれば眠くなりそうなほど、どこか穏やかで。
「ねぇ、魁蓮……僕のこの見た目…………好き?」
「っ…………………………………」
だからこの言葉は、書物を読んでいた魁蓮にとっては、雷が落ちたような衝撃を受けるほどのものだった。
魁蓮はポツリと呟かれた声に、横目で振り返る。
今の質問をした当の本人は、魁蓮の方を振り返ってはいなかったが、膝を抱えて背中を丸めるその姿は、今の質問の答えを待っているようだった。
「………………………」
魁蓮は横目で、日向の後ろ髪を見つめた。
雪のように綺麗な白い髪、風になびけば光を帯びたように淡く輝き、指を通すのだって躊躇いそうな美しさを漂わせている。
見慣れない色をした見た目だが、日向の見た目は本当に綺麗で、国宝のひとつなのかと思うほど。
本人はその見た目で多くの苦労をしてきたのだろうが、いくら見つめても飽きないくらいには、魁蓮は日向の見た目を気に入っている。
本心から、綺麗だと思っていた。
人間にも妖魔にも見かけない、まさに唯一無二の姿。
「……我はっ」
「なーんてな!あっはは!」
しかし魁蓮が質問に答える前に、日向はケラケラと軽く笑って話を切り上げてしまった。
「ごめんなぁ?またこんなこと聞いちゃって。少し前に、お前は「綺麗だ」って褒めてくれたのによ。
ったく、僕ってどんだけ欲張りなんだ~?」
あまりにも不自然な反応だが、それは日向も自覚している。
質問の答えを待てなくなったからでは無い、急に怖くなったのだ。
魁蓮ならば、日向の喜ぶ言葉を言ってくれるだろう。
彼は1度だって、日向の見た目を悪く言ったことはない。
でも……きっとどんな答えを聞いても、今の日向は天花寺雅へと繋げてしまう。
褒められても、それはきっと似てるから……と。
「今の質問、気にしなくていいかんな?
ちょっと、沈黙に耐えられなくなっただけだから。にしても、もっと他に話題があったんだろうけど」
日向はそう言って、膝を抱え直す。
本当は、どう思っているのか気になっていた。
褒めてはくれるが、魁蓮は日向の見た目は「好き」なのかどうか。
そして以前の自分だったら、素直に聞いて、素直に彼の答えを受け入れることができたのだろう。
天花寺雅という存在に、気づかなければ…………。
日向は再び気分が落ち込みそうになり、手にギュッと力が入る。
その時……。
「っ…………………」
突如、日向の背中に寄りかかっていたはずの重みがスっと消え、次にほんの数歩の足音が聞こえてくると、足音は日向の前で止まり、その人物は日向の前でしゃがみこんだ。
日向は抱えていた膝に埋めていた顔をゆっくりと上げると、それを見計らうかのように、大きな手が日向の顔へと伸びてきた。
そしてその手は、前に垂れていた日向の髪に触れると、優しい手つきで髪を耳にかける。
「そのような問いをするのならば……
せめて、その姿を我に見せた上で聞け……」
「っ……!」
低く落ち着いた声と、耳に一瞬触れた冷たい手。
そして、吸い込まれそうなほど整った瞳と顔。
背中を預けて待っていたはずの魁蓮は、書物を閉じて、真っ直ぐに日向を見つめていた。
日向が少し前に傾けば、魁蓮に体を預けられるほどの至近距離、高鳴る鼓動が聞こえてしまうほど近い。
そんな距離感の中、2人は見つめ合った。
(あっ…………)
日向は、魁蓮の赤い瞳に映った自分の姿に気づいた。
ハッキリと見えるわけではないが、泣き腫らして情けない姿だと理解するには十分すぎるほど、瞳に映る日向の姿は情けなかった。
彼の瞳に映っているのならば、当然魁蓮にも同じように見えているのだろう。
そう考えた途端、日向は気恥ずかしくなり、未だ自分の頬の近くあった魁蓮の手を少し避けて、目を伏せる。
「……………………」
自分の手から分かりやすく離れた日向に、魁蓮は目を細めた。
ピクっと指先が動くと、魁蓮も反射的に手を下ろす。
「……小僧……」
「っ……ごめん……」
「……何故だ」
「違うんだ。触れられるのが、嫌とかじゃなくて。ただ……その……僕っ……」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
日向は、うまく言葉が出てこなかった。
泣き腫らした情けない顔を見られたく無い、確かにそれは嘘では無かった。
しかし……理由は他にもある。
(……やっぱり、思い出しちまう……)
日向は、目をぎゅっと閉じた。
思い込みが激しいせいか、今の日向は魁蓮の姿を見ただけで、天花寺雅という名前を思い出してしまう。
いや、見なくても嫌なほど脳裏を過ぎるのだが。
それでも、彼を見れば見るほど鮮明に思い出してしまい、同時に魁蓮はどんな表情を向けていたのだろうかと、考えたくもないことばかり浮かんでしまう。
優しい眼差しを向けたのだろうか、笑みをたくさん見せていたのだろうか、甘い言葉を囁いたのだろうか。
考えても仕方ないのに、恋というのはこんなにも心を蝕まれるのだろうか。
(とにかく、この状況をどうにかっ)
そう日向が考え始めた、その時だった………。
「っ………………………!!!!!!」
ふわっと、甘い蓮の花が目の前にきた。
同時に日向は、何やら大きなものに包み込まれ、完全に身動きが取れなくなる。
肩を、背中を、頭を、逞しいものが包んでいた。
それが何かを理解するまで、そう時間はかからなかった。
「……かっ、魁蓮っ……」
日向を包み込んだ、大きなもの。
日向が視線を前に戻すと、先程まで目の前にいたはずの魁蓮は、気づけば日向の肩に頭を置いていて、下ろしたばかりの手は再び上がり、もう片方も上がっていて、そしてその逞しい手と腕は、日向の体をこれでもかという程に強く抱きしめていた。
日向は緊張や恥ずかしさなんかより、驚きの方が勝ってしまい、どうしたのかと心配になる。
「魁蓮っ、どうしっ……」
日向が彼の様子を確かめようとするが、魁蓮は日向の肩に埋めた顔を上げるつもりは全くなく、むしろそれに抗うかのように、更に肩に擦り寄る。
試しに魁蓮の肩を掴んで自分から離そうとするも、鬼の王の異名を持つ彼の力に適うはずもなく、日向は魁蓮の大きな体に包み込まれたまま、その場から動けなくなってしまった。
(ど、どうしよう……)
その時。
「……………逸らすな……………」
肩から聞こえた、低く、そして珍しく震えた声。
魁蓮にしては全く聞き慣れない、弱々しい声だ。
日向はその声に驚き、どうしようかと探っていた手の動きが止まる。
すると魁蓮は、日向を更に強く抱きしめながら、その珍しい声で続けた。
「何故、逸らす……言ったはずだ、我はお前の容姿は綺麗だと……隠すことなど何も無い、だと言うのにお前は……」
「っ……………」
「我の言葉を上回るほど、お前が己の容姿で悩むようなことが起きるのならば……我は幾らでも言葉にする。何度でも、綺麗だと、美しいとお前に伝えよう……だから……
頼む、もう逸らさないでくれ……」
いつもなら、「禁ずる」だの「許さない」だの、まさに王と言わんばかりの強気な言葉を使うのに、今の魁蓮は普段の姿からは想像できないほど、普通のように感じた。
嫌だから、やめて欲しい。まるで子どものようだ。
でも同時に、魁蓮がそのような言葉遣いをするとは、余程視線を逸らされたのが嫌だったのだろう。
日向は魁蓮の言葉に胸が締め付けられ、探っていた手を魁蓮の背中に回すと、優しく肩を抱いた。
「ごめん、ごめんっ……まさか、お前がそんなに嫌がるとは思わなくてっ……。
魁蓮、僕は本当に、お前に触れられたくないからとか、目を合わせたくないからって逸らしていたんじゃないんだ。ただ、泣きじゃくって顔がぐしゃぐしゃで、それを見られるのが恥ずかしかったんだ……なんというか、男らしくないだろ?」
日向は、慌てた様子で気持ちを伝える。
魁蓮でなくとも、視線をわざと逸らされるのは、心苦しく寂しいものだ。
そんなことにすら気を配れず、魁蓮を傷つけてしまう羽目になるとは。
日向は、自分のことしか考えていなかったことに、深く反省した。
真っ直ぐ言葉を伝えてくれた魁蓮に応えるように、日向も言葉を伝える。
「魁蓮、嫌なことしてごめん。お前は何も悪くないよ」
「では何故、あのようなことを聞いた」
「あれはっ……えっと……」
「この我の言葉が、信じれぬとでも言うのか?」
「違うっ!それは違うよ。
なんなら僕、お前に綺麗だって言われてから、自分のこの見た目が大好きだぜ!」
「………………」
「今まで、僕のこの見た目を褒めてくれた人は何人かはいた。綺麗って、可愛いって。でも、でもさ、僕はお前に綺麗だって言われたのが、今までで1番嬉しかったんだ!あの時の言葉、忘れたことなんてない!あの日以来、僕は鏡を見るのも嫌じゃなくなったし、堂々と歩けるようになった。お前が褒めてくれたから、他でもないお前が……だからっ」
そこまで言いかけて、日向は我に返った。
今並べた言葉に、嘘偽りは一切ない。
ちゃんと本心を伝え、そして言葉にした。
人は自分の気持ちを伝えるのは苦手だから、日向の今の行動は、とても良いものだと言える。
そう、普通ならば…………。
(今の、言い方って……なんというかっ)
「告白」
日向の脳内に浮かんだのは、その言葉だ。
本心は伝えた、隠しているものを明かすように。
しかしそれは、今の日向にとってはとんでもない大問題であって、このまま話を続けられるかと言われると、断じてそんなことは無い。
むしろ、本心ではあったが、今魁蓮に伝えた言葉全てを記憶から消したいくらいだ。
日向はだんだんと自分の行動が恥ずかしくなり、顔が真っ赤に染まっていく。
そして今の一連の流れ、この男が聞き逃すはずがない。
「他でもない、我……だから?」
今まで一度も顔を上げる気が無かった魁蓮が、この期に及んでゆっくりと顔を上げてきた。
日向は肩が軽くなったものの、魁蓮の逞しい腕からは未だ逃れられない。
そして顔を上げた魁蓮は、片眉を上げて、ポカンとしたまま日向を見つめた。
これこそ、最悪の状況だ。
「今の言葉は、どういうことだ?何故、我だから良いのだ?」
「いやっ、えっ!?そ、そのっ、なぁっ……!」
日向の脳内は、既に混乱状態だ。
自分がまいた種、自業自得だ。
しかし日向は、自分の気持ちを魁蓮に伝えるつもりは一切ないため、あれやこれやと言い訳を考える。
そしてようやく思いついたのが……
「お、お前はっ……しゃ、洒落てるからな!」
「………………………………………?」
「ほ、ほら!感性とかお洒落な人から綺麗って言われると、普通よりかは自信がつくだろー!お前は鬼の王で、この黄泉の支配者!そんな立場の男に褒められるってのは、有難いってもんよ!多分、黄泉の妖魔たちも指をくわえて羨ましがるぜ!?」
「……………………………」
「ま、まあ!だからっ、そのっ……
完璧なお前から褒められたら、嬉しいってこと!」
蓮蓉餡の饅頭の作り方が書かれた紙を見られないようにするために、魁蓮への恋文だと大々的な嘘をついた日以来の、新たな黒歴史になりそうだ。
気恥ずかしさの真っ赤な顔と、頼むから今の言葉で納得してくれ!という切なる願いからの青ざめた顔が混ざり合い、日向の心を困惑へと陥れる。
日向がニコッと頑張って笑う中、魁蓮はいつもの表情で日向をじっと見つめ、そして…………
「ほう……なるほどな。そういうことか」
どういう訳か、魁蓮はあっさり聞き入れた。
とても不思議な事だが、魁蓮は凄く頭が良いのに、感だって鋭いのに、こういう時は誰よりも馬鹿だ。
変なところで、鈍感というか。
(っしゃあああ!何とかなった!!!!!)
日向は心の中でガッツポーズをする。
だがそんな余裕は、魁蓮の言葉で一瞬で壊される。
「我はてっきり、お前が我に気があるのかと思ったが」
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