愛恋の呪縛

サラ

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第233話

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「その日から、俺はずっと黒神のことを調べていた。俺はただ、本当に魁蓮様が真実の悪なのかを、ちゃんと確かめたくて……毎日、毎日、あの大量の書物を読み漁っていた」



 そして現在。

 ここまでの過去の話をした虎珀は、目を伏せ、ぎゅっと拳を握った。
 今となっては、少し霞んできた過去の記憶。
 たった数年過ごした、志柳という世界。
 いつもあの部屋にいては、腰を下ろして書物を読んでいた。
 目が乾くほど、手に紙の匂いが染み付くほど、あの頃はずっと文字を見続けていた。



「もう、1000年以上も前の記憶だから、黒神の功績がどんなものだったのかはあまり覚えていない。
 だが、黒神が真に最強の仙人だということは、痛いほど理解していた記憶がある」



 鬼の王のことを知りたくて、彼に深く関係しているであろう黒神を調べ尽くした過去。
 だが得られたのは、鬼の王の情報ではなく、黒神が本当に凄い仙人だったという情報だけ。
 だからこそ思う、彼は本当に素晴らしい少年だった。
 故に読み進めていけば行くほど、龍禅が彼を深く崇拝していた気持ちも理解した。

 でもそれは所詮、過去の話なのだ。
 今の虎珀は、黒神なんて眼中に無い。



「まあ結局、俺は魁蓮様の背中を追いかける決断をしたがな。黒神を深く崇拝していた龍禅には悪いが、これが俺の選んだ道だ。
 こんなことをアイツに言ったら、どう言われるか」

「……………………」



 虎珀の過去の話を聞いていた日向は、どこか寂しげな表情を浮かべている虎珀を、じっと見つめていた。
 鬼の王について行くという決断は、虎珀にとっては全く悔いのない選択だったはず。
 だがその道を歩んでいくのは、長年連れ添ってきた親友を裏切ることと同じ。
 それだけは、きっと負い目を感じているのだろう。



 (親友の気持ちを跳ね返してまで、魁蓮についてきたのか……魁蓮はそれほど、背中を追いかける存在に相応しいんだな……)



 鬼の王 魁蓮。
 人間たちの中では、最も恐れられ、最も死を望まれている厄災。
 同時に妖魔の、中でも黄泉の世界では、神と同等のように扱われる妖魔界の王。
 良くも悪くも頂点に立つ男は、様々な理由でその背中を追われている。

 しかし、魁蓮が振り返ることは無い。
 彼は、何に対しても興味を示さないから。



「思えば……よく似ているな」



 その時、突然虎珀がそう口にした。
 日向は下げていた視線をあげると、虎珀はじっと日向を見つめている。



「似ている……?何が?」

「いや……さっき言った覡、天花寺雅のことだ。
 あの書物にあった絵と、お前がよく似ている」

「……っ……」



 虎珀の言葉に、日向は先程まで聞いていた話を思い出す。

 天花寺雅。
 腰まである長い白髪をした、女性と見間違えるほど美しい少年。
 花と神に愛されていた、覡……。
 確かに、白髪で、花に何かしら関係していたという点を見れば、日向とよく似ている。
 日向は、1000年以上前の時代にも、自分と似たような髪色をした人物がいたことに驚きだった。

 その時、日向はあることを思い出す。



「そういえば……天花寺って名前、前に巴って女妖魔が突然城に来た時に言ってた。もしかして、その書物に描かれていた人のことを言っていたのか……?」






【ねえアンタっ、名前は?】

【えっ......な、七瀬日向......】

【七瀬日向......?

 天花寺てんげいじ......じゃないの......?】

【......へ?】






 そう考えれば、全てが繋がる気がする。
 もし巴が髪色だけで判断したのならば、以前巴が日向に対して言った「天花寺」という名前は、天花寺雅のことだろう。
 妖魔の世界でも、白髪は実に珍しい。
 巴が見間違えても、何らおかしくはない。
 そして、そんな存在が1000年以上経った今の時代にいるなんて、確かに戸惑うだろう。
 だからあの時、巴が妙に困惑していたのは、そういう理由だった可能性が高い。

 その時…………。



「…………長い、白髪…………?」

「ん?」



 (……………………あれ……………………)



 日向は、ふとある会話が脳裏に蘇る。
 それは以前、楊と2人きりで話した時のこと。
 楊から魁蓮が記憶喪失だと説明された、あの時の会話だ。





【ほんのひと握り残っている、僕の微かな記憶の中に……貴方に似た方がいるのです】

【……えっ?】

【思い出そうとすると、モヤがかかって消えてしまいますが……貴方に似た方が、主君に向かって微笑んでいる光景が……僅かに残っていました。

 その方は、貴方と同じ白髪で青い瞳をしている綺麗な方です。貴方と違って、その方は長髪ですが。
 主君の記憶の、最も深い部分。その記憶の1部の中にいる】

【……最も、深い部分……?】

【恐らくですが……主君が過去の中で1番、大事にしていたものの可能性があるのです。もしかしたら……

 主君が、誰よりも愛していた人、かもしれない】





 (長い、白髪……綺麗な人…………)





 ドク、ドク、と心臓が嫌な音をたてる。
 指先が、小さく震え始めた。
 待ってくれ、考えたくない、違う。
 そんなはずは無いんだと、そう言い聞かせた。
 だが人間というのは、嫌な予感ほど、よく当たったりする。
 そして日向は、同時にある言葉を思い出した。

 かつて、魁蓮が日向に言った。





【案ずるな、小僧。お前の見た目は気味悪くなど無い。
 むしろ……綺麗ではないか。我は気に入っているぞ】

【次、そのようなことを言う下劣が現れれば、我に報告しろ。我のものに失礼極まりない態度をした罰だ、痛めつけて殺してやる。
 故に、お前は何も気にする事はない。自信を持て。
 今は、我がそばにいる】






「っ…………………………………………」



 胸が、何かで刺されたような痛みを感じた。
 嫌な予感、いや……嫌な事実に、気づいてしまったのかもしれない。
 記憶喪失の魁蓮の、1番奥深くに隠された思い出の中にいる人物。
 日向と同じ特徴を持つ、その存在。
 そして、彼が生きていた1000年以上前の時代。
 鬼の王の天敵とも言える黒神が、愛していた人。

 魁蓮の……記憶に留まり続ける、大切な人……。
 そして魁蓮が、日向を気にかける理由……。



 辻褄が、全て合ってしまった。



 (そういう、ことだったのか………………)



 日向は、ぎゅっと手を握った。
 全部、分かってしまったのだ。

 魁蓮が、日向の力に興味を持ったのは、
 魁蓮が、日向の表情を楽しんでいたのは、
 魁蓮が、日向の容姿を褒めたのは、
 魁蓮が、日向を守るのは…………………………



 日向が、から。
 大切な、1番奥深くの記憶にいる人物に。





 天花寺 雅に…………………………………………。





「……人間っ、どうした……?」



 その時、虎珀が慌てた表情で日向に声をかけた。
 どうして虎珀がそんな反応をしているのか、日向には分かっていた。
 しかし、日向はその声に返事ができない。



「っ……うっ……」



 視界が、歪んでいた。
 日向は、目からこぼれ落ちるものを止めようと、下唇を噛み締めるが……体は正直だ。
 虎珀が隣にいるにも関わらず、日向は、ボロボロと涙を零していた。



「に、人間っ……一体、どうしたんだっ……」



 当然、理由がわからない虎珀は、どうすればいいのかと困惑している。
 日向は虎珀に申し訳なさを感じながらも、その涙を止めることが出来なかった。
 止めようと意識すればするほど、体は意に反して心に正直であろうとする。

 辛い、と。



 (……知りたく、なかったなぁ……)



 日向は、手で顔を覆った。

 まだ確定した訳では無いかもしれないが、日向はもう考えたくなかった。
 愛を知らない、鬼の王。
 しかしその愛すら、記憶喪失の1部だとしたら。
 彼が1000年前に、誰かを愛していた可能性はゼロではない。
 むしろあれほどの美貌を持つのだ、他者から思いを告げられたり、言い寄られたりすることは数え切れないほどあったはず。
 そしてその中から、誰かの手を掴んだことだって。



 (……そうだよ……魁蓮だって、男だもん……)



 初めは、冗談だと思っていた。
 彼の普段の姿から見て、誰か一人を一途に愛する姿など想像出来ない。
 だがそれは、その姿を見た事がないからだ。

 妖魔は、感情を持たない生物と言われているが、その考えはもう覆されている。
 だから、魁蓮だって例外ではない。



 (あぁ、駄目だ……これはっ……)



 どう頑張っても、涙が止まらない。
 日向はこれ以上この場に留まっていられず、その場に立ち上がる。



「人間……?」

「ごめん、虎珀……続きは、また今度聞かせて」

「えっ……?」



 直後、日向は逃げるようにその場から走り出した。



「あっ、ちょっ、人間!」



 虎珀が止めようとするも、日向は振り返ることなく、そのまま城の方へと走り出した。
 考えたら、涙なんて止まらない。
 そう分かっているはずなのに、恋というのは厄介で、どうしても好きな人のことが頭に浮かんでしまう。
 些細なことも、いつもと違う表情も、胸を締め付けられる出来事も……全て、鮮明に覚えている。

 そして、日向は魁蓮のことを考える度に、今まで得てきた情報が蘇る。
 中でも強く記憶に残っていたのは、1度楊の影に飲み込まれた時に聞いた、魁蓮の悲痛の声。





 何故なんだっ、雅っ……………………

 雅っ……教えてくれ…………





「はぁっ、はぁっ……っ……」





 何故逃げなかった……何故城にいたっ……?

 お前だけでも、逃げることは出来ただろう!?

 国と民が大事なのは、痛いほど知っている

 だがあの夜だけは、逃げるべきだった!!!

 約束を守ってくれたのは分かっている!

 でも俺はっ、逃げて欲しかった!!!

 異変に気づいた時点で、助けを呼んで欲しかった!

 なのに何故……俺をっ…………何故っ………





「……嫌だっ……思い出すなっ……」





 どうしていつも、自分を大事にしない…………?

 雅っ、俺はっ…………俺はっ…………

 俺はお前をっ……守りたかっただけなのにっ……





「っ……嫌だっ……嫌っ……」





 何故、俺が生きている……!?

 俺は守れなかった、何も守れなかったんだ!!!

 そんな奴は、生きる資格などないっ…………

 死ぬべきだった!!死ぬべきは俺だった!!!

 なのに、何故!?!?!?!?





「思い出さないでっ……知りたくないっ…………」





 黒神は死んだ、悲劇は止まったんだ…………。

 だが、黒神が死んだところで意味が無い!!!

 何も残っていないんだ!!守るべきものが!!

 何もかも死んだ、国も、花も、全てだ!!!

 彼奴が好きだった蓮も、全て消えたっ…………。

 でも俺は、今もまだ生きている…………。

 こんなの、許されるわけが無いっ……。





「魁蓮の口から、その名前を聞きたくないよっ……」





 なあ、雅…………教えてくれっ…………。

 俺はっ……どうすればいいんだっ…………。

 お前が居ないのならばっ……

 こんな世界っ、生きる意味も無いんだっ……。

 生きるべきは、お前だったのにっ……。

 俺はっ、俺はっ……………





「魁蓮っ………………………………」




 もう、限界だっ…………

 頼むっ……誰か俺をっ…………





 ''殺してくれっ……………''










 (好きになっちゃ、ダメだったんだ…………)



 日向は城に戻るまで、何度も何度も涙を拭い続けていた。
 道中、思い出したくもない今までの出来事が蘇り続け、日向の胸は苦しく張り裂けそうだった。
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