愛恋の呪縛

サラ

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第228話

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「龍禅さんっ……!?」



 虎珀に武器を向けていた志柳の妖魔たちは、意外な人物の割り込みに驚きを隠せない。
 どうやら、虎珀に襲いかかっていた武器や攻撃は、龍禅が弾き飛ばしてくれたようだ。
 完全に虎珀を守るような龍禅の態度、妖魔たちは困惑して目を見開いている。



「虎珀、大丈夫?」



 すると龍禅は、妖魔たちに背中を向けて、ずっと攻撃を受け止めていた虎珀に手を差し伸べる。
 だがこればかりは、虎珀からしても驚く行動だった。



 (何してんだ、コイツっ……)



 虎珀は、差し伸べてきた龍禅の手を見つめた。
 この手には、虎珀を心配する龍禅の気持ちが含まれているのだろうが、今この状況でその優しさが間違っていることくらい、虎珀にも分かる事だった。
 
 なぜなら龍禅は、半年ぶりに会えた志柳の住民たちに背中を向けて、彼らからすれば素性の知れない怪しい妖魔の味方をしているのだから。



「……ん?虎珀?」



 手を差し伸べてきた龍禅は、いつまで経っても手を取らない虎珀に首を傾げる。
 いや、この状況で手など取れるものか。
 虎珀は眉間に皺を寄せて俯くと、ふいっと顔を背けて、龍禅の手は取らずに自力で立ち上がった。



「……んなこと、しなくていい」



 優しさを跳ね返すような言い方だが、虎珀は龍禅の立場を考えて、そう冷たく言い放った。
 龍禅は、最初は虎珀の反応に驚いていたものの、すぐにいつもの優しい笑みに戻る。



「そっか、なんかごめんな。怪我は?」

「……してねぇ」

「なら良かったよ」



 目を細めて微笑む龍禅に、虎珀は小さく歯を食いしばる。



 (今は……そうじゃねえだろ)



 そう考えていた虎珀の気持ちは、志柳の妖魔たちによって代弁された。



「りゅ、龍禅さん!どういうことですか!?」



 2人のやり取りを後ろから見ていた志柳の妖魔たちは、虎珀の心配をする長の姿に未だ困惑していた。
 まだ彼らは虎珀に向けた武器を構えたままで、信頼する長の行動理由が知りたくて仕方がないというような表情をしている。



「っ、長!そいつから離れてください!危険です!」



 いよいよ我慢が出来なくなったのか、一体の妖魔が武器を構え直しながら、龍禅に声をかける。
 すると続けて、周りにいた妖魔も武器を構え始め、その矛先は虎珀に向いていた。
 虎珀は向けられる敵意に歯を食いしばると……



「待ってよ、みんな」



 またも緊張感漂う空気を壊す、龍禅の声。
 妖魔たちが龍禅を見つめると、龍禅はゆっくりと振り返り、切なげな表情で住民たちを見つめた。



「まず、君たちがどうして彼に攻撃を仕掛けたのか。俺はその理由が聞きたい。一体、どういうつもり?」

「「「「「っ…………………」」」」」



 そう話す龍禅の声は、どこか冷たかった。
 龍禅からすれば、半年共に過ごした友人を紹介したかっただけなのに、気づけば愛する住民たちが彼を殺そうとしていた。
 どちらも大切に思っている龍禅にとって、それは1番辛いことで、でも住民たちを身勝手に責めることは出来ないからと、ここは冷静に和解させようと考えていた。
 
 龍禅がじっと住民たちを見つめていると、一体の妖魔がおもむろに口を開く。



「長……そいつは、何者なんですか」

「俺の友達の虎珀。この半年、俺はずっと虎珀と一緒にいたんだ。訳あって、連れてきたけど」

「……お言葉ですが、彼を志柳の中に入れるのは、少し考え直して頂きたいです……」

「どうして?」

「……………………………」



 妖魔は一瞬口を閉じた後、酷く恐れるような表情で、龍禅に訴えかけるように続ける。





「その妖魔……鬼の王の妖力を、纏ってるんです!」

「……えっ?」





 妖魔の言葉に、龍禅は目を見開いた。
 そのまま他の妖魔たちの様子を見ると、皆同じ意見だと言うように、小さく頷いている。
 龍禅はそんな住民たちの反応に驚きながら、横目でゆっくりと虎珀に振り返る。
 対して虎珀は、何も言わず、眉間に皺を寄せたまま目を伏せていた。
 その姿は、まるで図星を突かれているような態度で、更に妖魔たちの不信感に火をつける。



「長!その妖魔、もしかしたら鬼の王の仲間かもしれません!そんな奴、ここには入れられない!」

「龍禅さんは会ったことないから分からないかもしれませんが、俺たちは鬼の王の姿を見たことがあります。その時感じた気配と、全く同じなんです!」

「しかも、長と半年一緒にいた……?長、何か騙されてるんですよ!友達だなんて、呼ばない方がいいです!」



 繰り返される、妖魔たちの罵倒。
 ずっと彼らの様子を見ていた人間の住民たちも、抱いていた虎珀への興味が、段々恐怖へと塗り変わっていく。



 (これは……駄目だな……)



 虎珀は、俯きながら考えていた。

 そもそも、志柳に来たこと自体間違いだったのかもしれない。
 志柳という場所は、かつて行き場を無くしたり、生きる希望を見いだせず放浪していた者たちが、せめて最後くらいは幸せに暮らしてみたいと願った結果、同じ境遇にいる者たちと協力しようと集まって出来た世界だ。
 似ている目的、似ている立場、似ている過去。
 それらを持った彼らは、きっとどの世界と比べても絆が強い。

 そんな世界、人間と妖魔が共存すること自体批判していた虎珀が立ち入れるわけが無い。



「長!とにかく、離れてください!その妖魔、どんな力を隠しているか分かりません!」

「貴様、鬼の王の命令でここに来たんじゃないのか!?俺たちの長に、何をした!?」

「なんて奴だ……こんな男が、龍禅さんと半年も……
 やっぱり、鬼の王はこの世の悪なんだっ……!」



 (……この世の、悪……)



 無主地とはいえ、鬼の王の印象というものは、どこへ行っても変わらないのか。
 その真実を確かめるために来たというのに、調べる前に突きつけられている気がした。
 虎珀は言い訳をする気にもならず、ただ顔を俯かせて罵倒の声を聞いている。

 こういう時、大して傷つかないのは妖魔だからだろうか。
 人間だったら、罵倒されるだけで泣きたくなるほど苦しくなるのだろうか。
 なんてことを考えていると…………





「大丈夫」

「……っ……」





 ふと、虎珀の手に龍禅の手が重なった。
 少しひんやりした龍禅の手は、先程と同じように、虎珀の手を包み込むようにして握ってくる。
 その優しさ溢れる仕草と言葉に、虎珀はバッと顔を上げた。
 すると、龍禅は虎珀に背中を向けたまま、でも虎珀の手は離さずに、罵倒し続けていた住民たちを見つめる。



「虎珀は、鬼の王の仲間じゃないよ」

「っ!」



 それは、この場においては衝撃的な言葉だった。
 これでもかと言うほどに訴えていた妖魔たちの言葉を、龍禅はたった一言で跳ね返す。
 断言するような龍禅の態度に、思いのまま言葉をぶつけていた妖魔たちは、目を見開いて固まっている。
 驚くのも当然だろう、危険だと言っているのに、龍禅は何一つ聞き入れてくれないのだから。



「長、何故です……?だってそいつはっ」

「確かに、今の虎珀から妙な気配がするのは認める。でもそれが鬼の王のものだと決めつけるのは、流石に可哀想じゃないかな」

「で、ですが!鬼の王を見たことがある俺たちには分かるんです!それは間違いなく、鬼の王の妖力!奴に似た妖力を持った妖魔なんて、この世に一体もっ」

「でも虎珀は、俺が鬼の王の話を持ちかけるまで、奴の存在を知らなかったよ」

「それはっ、貴方を騙すためにとぼけているからでっ」

「その証拠は?」

「っ………………」



 妖魔たちは、龍禅の言葉にだんだん言い返せなくなってくる。
 確かに、鬼の王を見たことがない龍禅からすれば、虎珀から感じる妙な気配が鬼の王かどうかなんて、判断できない。
 だから、妖魔たちの言葉に耳は傾けても、今ここで肩を持つことはしなかった。



「安心して、みんな。虎珀はそんなやつじゃない」

「で、でもっ……」

「仮に、虎珀が本当に鬼の王の仲間だったとして……俺と半年も一緒にいる理由は、どこにもないだろう?」

「そ、それは、そうかもしれませんが……」

「それに、俺は一度も虎珀から痛めつけられたことは無い」



 すると龍禅は、優しい笑みを浮かべると、ゆっくりと虎珀の隣に並んだ。





「虎珀は、俺にとって大切な友達だ。それをみんなが理解する必要はない。でもね……
 俺は、虎珀のことを信じてる。それだけさ」





 龍禅はそう言いながら、虎珀に微笑みかけた。
 その姿に、虎珀は呆然としていた。



 (……なんでっ……)



 虎珀の頭の中は、ぐちゃぐちゃだった。
 どうして、なんで、意味がわからない。
 何故、この場で住民たちの話を聞き入れない?何故、自分の隣に来た?何故、こちらに向かって微笑んでいる?

 何故……自分の味方を、するのか……。



「……龍禅……」

「……なぁに、虎珀……」



 虎珀は歪んだ表情で、龍禅を見つめた。
 どうにかして、この男を離さなければ。
 龍禅が変な誤解を招かれる前に、虎珀はゆっくりと龍禅の手を離そうとする。
 しかし、そんな虎珀の思いを龍禅は分かっていたようで、優しい笑みを浮かべたまま首を横に振る。
 それは、手を離す気は無いという返事。
 そんな龍禅の反応に、虎珀は眉を八の字にした。



「……やめろっ……」

「ううん、やめない……」

「なんで……聞けよ、大切な住民たちの言葉を……」

「うん。聞いた……聞いた上で、こうしてる」

「違うっ……それは、今じゃないっ……」

「だったら、いつならいいの……?」

「いつならって……そんな瞬間は必要ないっ……今も、これからも……だからっ」

「ねぇ、虎珀。俺は、守りたいものを守ってるだけなんだ。それとも、そんなことすら自由にさせてくれないの……?」

「何言ってるんだ……そんなことしたら、ここでしたらっ…………お前がっ……」



 ''非難の目を、向けられるかもしれない''

 そう言いかけて、虎珀は言葉を飲み込んだ。
 龍禅の行動や考えにも驚くが、虎珀は自分が他人を気遣うようなことを考えていることにも驚いていた。
 いつから、自分は他人の立場や思いに気を遣うようになっていたのだろうか、と。
 龍禅が非難の目を向けられようと、自分には関係ないはずなのに。

 そんなことを考えていると、ふと、龍禅は虎珀の手を掴み直し、そして住民たちに向き直る。



「というわけで、俺たちは用事があるので!この辺で失礼しまっす~!文句や苦情はいつでも聞くから、虎珀をこれ以上虐めちゃだめだぞ~?じゃあな!」



 そう言うと龍禅は、虎珀の手を引いたまま走り出した。
 突然離れていく龍禅に、住民たちは反応に遅れる。



「えっ!?ちょっ、龍禅さん!?」

「お、お待ちください!長!!」



 しかし、龍禅は満面の笑みで答える。



「ごめんなみんな~!急いでるんだ!
 あっ、みんな元気そうで嬉しかったぜ!時間が出来たら、久々に遊ぼうな!」



 龍禅はそれだけ言い残すと、笑顔で志柳の中を駆け抜けていった。
 行く先々で、龍禅の帰還を知らなかった住民たちが、声をかけたり止めようとしていたが、龍禅はそれすらも笑顔で返し、走る足は止めなかった。
 そしてその間も、龍禅が虎珀の手を離すことはない。



「お、おい!どこに行く!?」

「決まってんだろ~!俺の家!」
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