愛恋の呪縛

サラ

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第205話

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 龍禅が突如として明かした、彼の胸の奥に秘めていた本音。
 おふざけもない、さっきまでの子どもっぽい一面もない、真っ直ぐに向けられた思い。
 その真面目さは、虎珀の足を止めていた。



「頼む、虎珀……この通りだ」



 対して龍禅は、深々と礼儀正しく頭を下げて、態度からも懇願する。
 その姿から見て、龍禅が黒神の意志を継ぎたいという気持ちは本物のようだ。
 でもそれ以上に、虎珀には引っかかっていることがあった。



「……黒神って……誰だよ」



 虎珀は、ポツリと呟いた。
 先程から龍禅は、その人物と虎珀が似ていると断言している。
 だが虎珀は、そんな人物を知らない。
 そもそも名前だって、聞いたことがない。
 名前に「神」が入っているくらいだから、余程の大物なのだろうという予想は出来るが。
 少し嫌な予感を感じつつも、自分と思考が似ているというその人物について、虎珀は渋々尋ねる。

 すると龍禅は、ゆっくりと顔を上げると、視線だけは上げずに目を伏せて口を開いた。



「……仙人だよ」

「……はっ?」

「100年前か、200年前か……その時代に存在していた、史上最強の仙人……それが黒神」



 龍禅は、掠れた声で説明する。
 虎珀は一瞬、頭が真っ白になった。
 龍禅の言葉が、掠れた声が、頭に響く。

 初めから、いけ好かない妖魔だとは感じていた。
 それは今も尚変わらなくて、きっとこの妖魔の話をどれだけ聞いても、不快感というものは拭えない。
 募るばかりのこの嫌な気持ちは、今、頂点に達そうとしていた。
 やはり、この妖魔は自分たちとは違う。
 人間と生きているから、おかしいんだ、と。



「何、言ってんだお前っ……仙人って……」

「黒神はっ……」

「っ……」

「黒神は、仙人だけど……他の仙人とは違う。
 そう、違うんだ……似ても似つかないくらい」

「はぁっ……?お前、さっきから何言って」
 
「言いたいことは分かってる……でも本当に他とは違うんだ。
 人間と妖魔、その境界線を一切作らず、悪と思ったものは排除し、善と思ったものは傷つけない……何にも囚われない……でも正義を貫いた男だ」

「……………っ……………」

「黒神は俺たちみたいに、人間と妖魔が共に生きる未来は望んでいなかったみたいだけど、彼は種族による判断で、剣を振っていた訳じゃなかった。
 凄くかっこよかった……かっこよかったんだ」



 まるで、黒神を見たことがあるように語る龍禅。
 妖魔の方はとにかく、それほど何ものにも囚われず生きていたとなると、仙人や人間の間では相当有名な存在なのだろう。
 おまけに2つ名がつく程なのだから、一端の仙人では無いことは明らかだ。
 だがそう理解した途端、虎珀は眉間に皺を寄せた。



「……その、善と悪をはっきりさせている所が、俺に似ていると……お前はそう言っているのか?」

「うん」

「だから俺も、その黒神のようになれるって……?」

「そう」



 いくら話を聞いても、虎珀の不快感は消えない。



「見当違いも甚だしいな。そもそも俺は、その黒神ってやつのように、何かを守っていた訳じゃない。自分にとって、悪だと思う奴を滅ぼしているだけ。
 国のためとか、大切な人のためとか、そんなの1度だって考えたことは無い」

「……………………」

「悪かったな、期待通りじゃなくて。
 だが実際はそうだろ。仙人と妖魔が同じ思考を持つわけねぇだろうが。黒神に対して夢を抱いてるってんなら、本物の仙人を頼れよ。少なくとも、俺よりかは幾分マシな考えしてるだろ。黒神と同じ、だから」



 虎珀は、冷たく言い放った。

 善悪を見極めることができるから正義なのか。
 種族で物事を判断するから悪なのか。
 そんなの、正直誰にも分からない。
 どうでもいいような、深く考えもしない当たり前にあった薄っぺらい価値観というもので、世間論は作られている。
 周りがそうだから、だから合わせるしかない、世界とは結局そんなもの。
 個性というものを押し殺して、周りに歩幅を合わせて身を任せる。
 黒神は、ただそれに抗っていただけ。
 抗って抗って、生きていただけ…………。



 (……だから、何なんだよ)



 そんなの、虎珀には何も響かなかった。
 見たことも、聞いたこともなかった男と同じ思考だから。
 だから何なのだ、虎珀にとってはどうでもいい。
 たとえ自分の考えや価値観が、他人に賞賛されるような事だとしても、結果的には多数決の意見で終わる。
 誰かが1人名乗り出たとしても、「お前は違う」と言われ壁を作られる。
 そんなものだろう、世間というものは。

 だから虎珀は、龍禅が信じ崇めている黒神と同じと言われても、正直何とも思わなかった。
 それが、英雄だと言われていた男だとしても……





「それでもっ……」

「…………………?」





 虎珀が、暗いことを考えていると、龍禅は震えた声を出す。
 虎珀が片眉を上げて様子を伺うと、龍禅は真っ直ぐ虎珀を見据えた。





「それでもっ……俺は、黒神を信じてる。おかしいと言われても、他とは違うと言われても、俺が信じている気持ちは変わらない。
 君にもいつか、分かる時が来る。感じることが出来る。似ている思考を持った君なら、分かるはずだ。彼がしてきたことが、この歪んだ世界を正せたのだと、理解出来る日がっ……」





 諦めの悪い男……というよりは、
 理想を抱きすぎていると言った方が、正しいのかもしれない。
 これはもう、何を言っても無駄なのだろう。
 完全に洗脳されているかのようだ。
 虎珀は反抗する気力も失い、ただ異質なものを見るように、龍禅をじっと見つめた。
 すると龍禅は、虎珀に向かって笑顔を浮かべた。



「俺は、いつでも待っている!君が、力を貸してくれる日を……黒神が思い描いた未来を作る手伝いを、してくれる瞬間をっ……待ってるから!」



 それだけ言い残すと、龍禅は虎珀に背中を向けて走り去っていった。
 彼の姿が見えなくなるまで、虎珀は龍禅の背中を静かに見つめ続けていた。
 嵐のように現れて、嵐のように去っていく。
 理解できないことばかりを述べて、満足気に帰っていって……

 全くもって、自分勝手な妖魔だ。



「……くだらねぇ」



 虎珀はポツリと呟くと、龍禅とは真反対の方向へと進んで行った。
 そして、一度も振り返ることは無かった。







┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈







 現在。
 初めて黒神という存在を知った日のことを語った虎珀は、影を落とした瞳で目を伏せる。



「普通に考えて、妖魔が仙人を崇めてるとか……馬鹿馬鹿しい話だと思うだろ。逆に言えば、人間側が妖魔を尊敬するのと同じだからな」

「っ……………………」

「お前は、種族関係なく接するから、龍禅アイツと似ている部分は少なからずあると思う。
 とりあえず、ここまで話を聞いてどう思った」



 虎珀は、隣で静かに話を聞いていた日向に、現時点での彼の気持ちを尋ねる。
 日向は顎に手を当てると、重たい口を開いた。



「……凄く、人間らしい妖魔だなって思う」

「…………………………」

「なんていうか……上手く言えんけど、悪い奴ではないってのはハッキリ分かった。仙人を崇めている妖魔なんて、聞いたこと無かったし……しかもそれが、志柳の長だなんて……。
 でも、そんなに険悪な仲だったのに、どうやって仲を深めることになったの?虎珀は、志柳に行くのを嫌がってたんだろ?」



 日向は首を傾げて尋ねた。
 現時点での話の流れからだと、虎珀が志柳で暮らし始めたような展開はまるでない。
 むしろ、遠ざかっている気がする。
 日向が気になって先を急ぐと、虎珀は、今度は空へと視線を向けた。



「……本当に、些細なことだ。特別な理由とか、そんなんは全く無い。まあ、ムカつく奴だったけど……頭のどこかでは、気になってたんだと思う……」

「……龍禅のことを?」

「あぁ……だって、お前の言う通り……
 気味悪い奴だとは思ってたけど、悪い奴では無いって、思ってたからな……」



 すると虎珀は、どこか気恥ずかしそうに頭を掻きながら、顔を下げる。





「……無駄に真っ直ぐで、無駄に明るくて、自分を曲げたりはしない頑固な奴で、いつも笑ってて……
 ……そういう所に、惚れ込んだんだろうな……」

「………………………………………えっ?」





 虎珀の言葉に、日向は目を見開く。
 惚れ込んだ……?
 今の虎珀の言葉は、一体どういう意味だろうか。
 聞いてもいいのか、ツッコんでいいのか。
 日向の頭の中がグルグルとまわる中、そのモヤモヤを解消するかのように、虎珀が口を開く。



「……あんまり、言いたくはないが……
 アイツのことは、案外好きだった。あの日から……」

「……あの日?」

「あぁ……。
 俺が、アイツに手を貸そうって、そう決心した日から……ずっと……」



 虎珀は、自分の指を手探るように触り始めた。
 胸に残ったままのもどかしさは、吐き出す場所を見つけることが出来ないまま、今も虎珀の中に留まり続けて。
 やっと彼を認めたあの日のことを思い出しながら、虎珀は、ゆっくりと目を閉じる。





「初めて……守りたいと思った奴だったよ……」
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