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第195話
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「どうすりゃいいのかなぁぁぁ!?!?!?!?」
その後。
着替えと食事を終えた日向は、大福の箱を持って庭に来ていた。
そんな日向の頭を埋め尽くすのは、先程の虎珀のこと。
何かあったとしか言いようがなかった状況に、大福を食べる気力すら起きない。
「もう僕、立ち直れないかも……」
日向は小さく蹲って、まだ暖かさを感じる草むらに縋るように寝そべる。
そんな日向の隣には、クスノキの確認をし終え、城に戻ってきた忌蛇が居た。
忌蛇は嘆く日向の姿を見ながら、日向に勧められた大福をパクパク食べている。
「大丈夫だよ日向。気にしすぎだって」
「いや無理無理無理。気にしすぎて頭沸騰するわ。
こんなんじゃ飯も食えない、元気も出ない、笑顔も出来ない、いつもより早めに寝込んでしまって夢の中だよぉぉ」
「あぁ、ぐっすり眠ることは出来るんだね。良かった」
「睡眠大事だろぉぉ…………」
「てか、この大福美味しいね」
「お口にあって何よりですぅ…………」
忌蛇が話しかけても、この有様だ。
相当虎珀との時間が傷ついたのか、立ち直る素振りすら無い。
うぅ、と嘆く日向から視線を外し、忌蛇は空を見上げながら考える。
「そういえば、虎珀さんって超がつくほど仙人大嫌いだったなぁ。嫌いの度合いなら、多分魁蓮さん超えてる」
「それもっと早く教えてくれ……そりゃ怒るわ、大嫌いな奴らの大人気商品勧められたらさ……」
まさに、無知は怖い。
何も知らなかったから許されます、なんて穏便に済むような話でもないだろう。
虎珀は一瞬でも我を忘れるくらい、仙人に対しての憎悪が強かったのだ。
きっと、口にすることだって忌々しいはず。
それを日向は、喜んで食べてくれるなど変な期待をして、最悪な展開だ。
「悪いことしたって分かってるんだけど、ごめんって言うのも何か違う気がする……なんというか、仙人嫌いを全面的に出してないような雰囲気があるし……もうどうすればいいんかなぁぁ……」
「まあ、確かに。虎珀さんあんまり言わないもんね。仙人が嫌いってこと」
虎珀の性格も、好きな物も、嫌いな物も。
考えてみれば、日向は本当に何も知らなかった。
抱いている印象と言えば、虎珀は龍牙の世話が誰よりも上手いということ。
むしろそれを除くと、虎珀がどんな男なのかがいまだ理解出来てないことが多い。
そんな中で、大嫌いなものに触れてしまうなど、どんな悪夢なのだろうか。
日向は、自分の軽はずみな行動に心底悔やまれる。
その時、日向はあることを思い出した。
「あ……そういえば忌蛇。龍禅って何か知ってる?
虎珀が言ってたんだけど」
それは、ずっと引っかかっていたもの。
虎珀が何やら困惑していた時、ポツリと呟いた初めて聞く単語だった。
聞いたこともないものだったので、日向は妙にその単語が頭に残っていた。
今になってそれが何なのか気になってきたため、日向は忌蛇に聞いてみるものの……
「りゅう、ぜん?……ごめん。僕も分かんない。
僕はこの城に最後に来たから、虎珀さんの昔の話とか、知らないことの方が多くて」
「あぁ、そっか」
過去や自分のことを話したがらない性格なのだろうか。
まるで魁蓮そっくりだ、なんてことを思いながら、日向はその単語を中心に考えを巡らせた。
(龍禅……何だろう……)
日向がうーんと考えていると、ふと忌蛇が何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「もしかして、親友さんの名前かも」
「……えっ?」
「前に聞いたことがあるんだ。
虎珀さん、凄く仲が良かった親友さんがいたって。名前は聞いたこと無かったんだけど」
「親友……」
忌蛇の言葉に、日向は自然と楊と会話した日のことを思い出した。
【実は、虎珀殿がこの城に来たばかりの頃。虎珀殿が司雀殿に話している内容を、偶然聞いたのです】
【司雀に?どんな内容だったの?】
【虎珀殿が言うには……。
どうやら虎珀殿の親友様が、花蓮国の歴史にまつわるものを、志柳で大事に守っていたそうです。詳細については、虎珀殿も聞いてないようで分かりませんが】
(あの時に話した、親友のことか……?)
確かに、名前のように聞こえなくもない。
人間ではあまり聞かないような名前でも、妖魔と考えれば納得出来る。
現に、龍牙と似たような名前だ。
恐らく忌蛇の予想は当たっているだろう。
「でも龍禅って言っていた時、虎珀凄く困惑してたというか、何か様子がおかしかったんだよ。仲がいい親友に対する態度では、無かった気がすんだよな……」
「えっ?な、何でだろう……」
だがどんな理由であれ、虎珀に嫌な思いをさせたのは事実だ。
何か関連があったのかもしれないと思い、日向は体を起こして、悲しげに目を伏せる。
「何か……嫌なこと思い出させちゃったんかな……。
大丈夫かな、虎珀……」
「……………………」
ずっと虎珀の心配をする日向に、忌蛇は優しい眼差しと笑顔を向けた。
「日向が、人間じゃなかったら良かったな……」
「……えっ」
ボソッと呟いた忌蛇の発言に、日向は虎珀の件での悩みが吹き飛ぶほどの衝撃を受ける。
今の言葉は、どういうつもりなのだろうか。
驚きが強すぎて何も考えられない日向は、戸惑いの表情を浮かべた。
そんな日向の反応に、忌蛇は慌てて訂正する。
「あっ、ち、違う違う。悪い意味じゃないよ。ごめん、言葉足らずだったね。
人間の寿命が、嫌だって言いたかったの」
「いや待って、どっちにしても驚きなんだけど。どういうこと?」
日向が困惑したまま尋ね返すと、忌蛇は何処か寂しそうに目を伏せて口を開く。
「だって…………。
日向、80年後には死んじゃうんだよね……?」
「えっ」
「雪が言ってたんだ。人間の寿命は、せいぜい80年前後って。つまりどれだけ頑張っても、日向とは長くて80年くらいしか一緒に居られない。
僕……それは、嫌だな……」
「っ……」
忌蛇は大福を食べ終わると、上体を起こした日向の肩にピタッと自分の肩をくっつけた。
その仕草は、まるで寂しがっている子どものようだった。
「とても、寂しいんだ。せっかくこうして出会えたのに、日向と一緒にいられる時間は凄く短い。こんなに周りのことを気にかけてくれる優しい日向を見れるのも、長くてもあと数十年だけなんだって。虎珀さんの心配してる日向を見たら、急にそんなこと考えちゃった」
「………………」
「日向とずっと一緒にいたいな。ずっと、こうやってお喋りしていたい。大福も一緒に食べたい。色んなことして、いっぱい遊んで……何より、
日向には、魁蓮さんのそばにずっと居て欲しい……」
人間の寿命と短い人生。
その儚さと、どうしようもなく変えられない事実の辛さを、忌蛇は雪の件で十分味わっている。
忌蛇と雪に関しては病死による死に別れだったが、たとえ病気にかかっていなかったとしても、忌蛇からすれば雪の寿命は短いと思っただろう。
だからこそ、重みのある言葉だった。
妖魔からすれば、人間の寿命なんてほんの少し。
80年なんて人間からすれば長く感じるのに、妖魔からすれば簡単に口にできるほど短いのだ。
妖魔が普通に生活している間に、人間はどんどん死んでいく。
時の流れというものは、残酷なのだ。
「どうしてなのかな。日向や雪のように、真っ直ぐで優しい子ほど、何で早くお空に帰っちゃうんだろ……。
日向が、雪が、僕らと同じ寿命だったらなぁ……」
「忌蛇……」
日向は、忌蛇の言葉に悲しい表情を浮かべた。
今まで、深く考えたことは無かった。
まだまだ長い人生、20年だって生きていない。
でも、妖魔からすればどうなのだろう。
魁蓮からすればどうなのだろう。
きっと、魁蓮たちが何気なく生きている間に、日向は先に死んでしまうのだ。
その現実が今になって押し寄せてきて、日向は少し暗くなる。
(そっか……きっとこの生活は、果てしなく長く続くんだって思ってたけど……魁蓮からすれば、ほんの僅かな時間かもしれないのか……)
これから生きていく中で、魁蓮は日向のことを見てくれるのだろうか。
長い長い彼の人生の中で、日向は強い印象を残すことが出来るのだろうか。
日向の短い寿命の時間も、魁蓮は一つ一つ噛み締めてくれるだろうか。
今の記憶喪失のように、魁蓮はいつか、日向のことを忘れてしまうのだろうか……。
(何か、嫌だな……)
「でもその分、今を大切にしなきゃね」
「っ……」
暗くなっていた日向の隣で、忌蛇は少し明るい声を上げた。
日向が忌蛇を見ると、忌蛇は可愛い笑顔を浮かべて日向を見つめている。
「日向との時間、これからもいっぱい噛み締めなきゃ。
日向がいつか死んでしまった時、僕たちとの生活が楽しかったって思って貰えるように」
「……忌蛇……」
「急にごめんね、こんな暗い話しちゃって。
でも日向、諦めないで。魁蓮さんは絶対日向の魅力に気づいてくれる!虎珀さんとも仲良くなれるよ」
「……ははっ、あんがとな!忌蛇!」
こういう一面に、雪は惚れたのだろうか。
なんてことを考えながら、日向は決意を固めた。
(そうだ、僕は彼らに比べて寿命が短い。100年も1000年も生きることは出来ないんだ。
だから、今出来ることを全力でやるしかない。いつか魁蓮たちと離れてしまう、その日まで)
「っしゃああ!やったるわぁぁ!」
「おっ、元気出たね。日向」
「おうよ!落ち込む暇なんてねぇからな!」
「ふふっ」
キャッキャと騒ぐ日向と忌蛇。
そんな2人の明るい会話を、
買い物から帰ってきた虎珀が、2人に気づかれない場所で静かに聞いていた。
【どうしてなのかな。日向や雪のように、真っ直ぐで優しい子ほど、何で早くお空に帰っちゃうんだろ……】
忌蛇の言葉が、虎珀の頭を埋め尽くす。
優しい人ほど、命が儚い。
その言葉に、虎珀はギュッと目を閉じた。
「そんなの、決まっている……。
優しい奴らには、こんな汚れた世界は合わないからだ……だから、日向はここにいちゃいけない……。
もう、龍禅のような奴は見たくない……」
その後。
着替えと食事を終えた日向は、大福の箱を持って庭に来ていた。
そんな日向の頭を埋め尽くすのは、先程の虎珀のこと。
何かあったとしか言いようがなかった状況に、大福を食べる気力すら起きない。
「もう僕、立ち直れないかも……」
日向は小さく蹲って、まだ暖かさを感じる草むらに縋るように寝そべる。
そんな日向の隣には、クスノキの確認をし終え、城に戻ってきた忌蛇が居た。
忌蛇は嘆く日向の姿を見ながら、日向に勧められた大福をパクパク食べている。
「大丈夫だよ日向。気にしすぎだって」
「いや無理無理無理。気にしすぎて頭沸騰するわ。
こんなんじゃ飯も食えない、元気も出ない、笑顔も出来ない、いつもより早めに寝込んでしまって夢の中だよぉぉ」
「あぁ、ぐっすり眠ることは出来るんだね。良かった」
「睡眠大事だろぉぉ…………」
「てか、この大福美味しいね」
「お口にあって何よりですぅ…………」
忌蛇が話しかけても、この有様だ。
相当虎珀との時間が傷ついたのか、立ち直る素振りすら無い。
うぅ、と嘆く日向から視線を外し、忌蛇は空を見上げながら考える。
「そういえば、虎珀さんって超がつくほど仙人大嫌いだったなぁ。嫌いの度合いなら、多分魁蓮さん超えてる」
「それもっと早く教えてくれ……そりゃ怒るわ、大嫌いな奴らの大人気商品勧められたらさ……」
まさに、無知は怖い。
何も知らなかったから許されます、なんて穏便に済むような話でもないだろう。
虎珀は一瞬でも我を忘れるくらい、仙人に対しての憎悪が強かったのだ。
きっと、口にすることだって忌々しいはず。
それを日向は、喜んで食べてくれるなど変な期待をして、最悪な展開だ。
「悪いことしたって分かってるんだけど、ごめんって言うのも何か違う気がする……なんというか、仙人嫌いを全面的に出してないような雰囲気があるし……もうどうすればいいんかなぁぁ……」
「まあ、確かに。虎珀さんあんまり言わないもんね。仙人が嫌いってこと」
虎珀の性格も、好きな物も、嫌いな物も。
考えてみれば、日向は本当に何も知らなかった。
抱いている印象と言えば、虎珀は龍牙の世話が誰よりも上手いということ。
むしろそれを除くと、虎珀がどんな男なのかがいまだ理解出来てないことが多い。
そんな中で、大嫌いなものに触れてしまうなど、どんな悪夢なのだろうか。
日向は、自分の軽はずみな行動に心底悔やまれる。
その時、日向はあることを思い出した。
「あ……そういえば忌蛇。龍禅って何か知ってる?
虎珀が言ってたんだけど」
それは、ずっと引っかかっていたもの。
虎珀が何やら困惑していた時、ポツリと呟いた初めて聞く単語だった。
聞いたこともないものだったので、日向は妙にその単語が頭に残っていた。
今になってそれが何なのか気になってきたため、日向は忌蛇に聞いてみるものの……
「りゅう、ぜん?……ごめん。僕も分かんない。
僕はこの城に最後に来たから、虎珀さんの昔の話とか、知らないことの方が多くて」
「あぁ、そっか」
過去や自分のことを話したがらない性格なのだろうか。
まるで魁蓮そっくりだ、なんてことを思いながら、日向はその単語を中心に考えを巡らせた。
(龍禅……何だろう……)
日向がうーんと考えていると、ふと忌蛇が何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「もしかして、親友さんの名前かも」
「……えっ?」
「前に聞いたことがあるんだ。
虎珀さん、凄く仲が良かった親友さんがいたって。名前は聞いたこと無かったんだけど」
「親友……」
忌蛇の言葉に、日向は自然と楊と会話した日のことを思い出した。
【実は、虎珀殿がこの城に来たばかりの頃。虎珀殿が司雀殿に話している内容を、偶然聞いたのです】
【司雀に?どんな内容だったの?】
【虎珀殿が言うには……。
どうやら虎珀殿の親友様が、花蓮国の歴史にまつわるものを、志柳で大事に守っていたそうです。詳細については、虎珀殿も聞いてないようで分かりませんが】
(あの時に話した、親友のことか……?)
確かに、名前のように聞こえなくもない。
人間ではあまり聞かないような名前でも、妖魔と考えれば納得出来る。
現に、龍牙と似たような名前だ。
恐らく忌蛇の予想は当たっているだろう。
「でも龍禅って言っていた時、虎珀凄く困惑してたというか、何か様子がおかしかったんだよ。仲がいい親友に対する態度では、無かった気がすんだよな……」
「えっ?な、何でだろう……」
だがどんな理由であれ、虎珀に嫌な思いをさせたのは事実だ。
何か関連があったのかもしれないと思い、日向は体を起こして、悲しげに目を伏せる。
「何か……嫌なこと思い出させちゃったんかな……。
大丈夫かな、虎珀……」
「……………………」
ずっと虎珀の心配をする日向に、忌蛇は優しい眼差しと笑顔を向けた。
「日向が、人間じゃなかったら良かったな……」
「……えっ」
ボソッと呟いた忌蛇の発言に、日向は虎珀の件での悩みが吹き飛ぶほどの衝撃を受ける。
今の言葉は、どういうつもりなのだろうか。
驚きが強すぎて何も考えられない日向は、戸惑いの表情を浮かべた。
そんな日向の反応に、忌蛇は慌てて訂正する。
「あっ、ち、違う違う。悪い意味じゃないよ。ごめん、言葉足らずだったね。
人間の寿命が、嫌だって言いたかったの」
「いや待って、どっちにしても驚きなんだけど。どういうこと?」
日向が困惑したまま尋ね返すと、忌蛇は何処か寂しそうに目を伏せて口を開く。
「だって…………。
日向、80年後には死んじゃうんだよね……?」
「えっ」
「雪が言ってたんだ。人間の寿命は、せいぜい80年前後って。つまりどれだけ頑張っても、日向とは長くて80年くらいしか一緒に居られない。
僕……それは、嫌だな……」
「っ……」
忌蛇は大福を食べ終わると、上体を起こした日向の肩にピタッと自分の肩をくっつけた。
その仕草は、まるで寂しがっている子どものようだった。
「とても、寂しいんだ。せっかくこうして出会えたのに、日向と一緒にいられる時間は凄く短い。こんなに周りのことを気にかけてくれる優しい日向を見れるのも、長くてもあと数十年だけなんだって。虎珀さんの心配してる日向を見たら、急にそんなこと考えちゃった」
「………………」
「日向とずっと一緒にいたいな。ずっと、こうやってお喋りしていたい。大福も一緒に食べたい。色んなことして、いっぱい遊んで……何より、
日向には、魁蓮さんのそばにずっと居て欲しい……」
人間の寿命と短い人生。
その儚さと、どうしようもなく変えられない事実の辛さを、忌蛇は雪の件で十分味わっている。
忌蛇と雪に関しては病死による死に別れだったが、たとえ病気にかかっていなかったとしても、忌蛇からすれば雪の寿命は短いと思っただろう。
だからこそ、重みのある言葉だった。
妖魔からすれば、人間の寿命なんてほんの少し。
80年なんて人間からすれば長く感じるのに、妖魔からすれば簡単に口にできるほど短いのだ。
妖魔が普通に生活している間に、人間はどんどん死んでいく。
時の流れというものは、残酷なのだ。
「どうしてなのかな。日向や雪のように、真っ直ぐで優しい子ほど、何で早くお空に帰っちゃうんだろ……。
日向が、雪が、僕らと同じ寿命だったらなぁ……」
「忌蛇……」
日向は、忌蛇の言葉に悲しい表情を浮かべた。
今まで、深く考えたことは無かった。
まだまだ長い人生、20年だって生きていない。
でも、妖魔からすればどうなのだろう。
魁蓮からすればどうなのだろう。
きっと、魁蓮たちが何気なく生きている間に、日向は先に死んでしまうのだ。
その現実が今になって押し寄せてきて、日向は少し暗くなる。
(そっか……きっとこの生活は、果てしなく長く続くんだって思ってたけど……魁蓮からすれば、ほんの僅かな時間かもしれないのか……)
これから生きていく中で、魁蓮は日向のことを見てくれるのだろうか。
長い長い彼の人生の中で、日向は強い印象を残すことが出来るのだろうか。
日向の短い寿命の時間も、魁蓮は一つ一つ噛み締めてくれるだろうか。
今の記憶喪失のように、魁蓮はいつか、日向のことを忘れてしまうのだろうか……。
(何か、嫌だな……)
「でもその分、今を大切にしなきゃね」
「っ……」
暗くなっていた日向の隣で、忌蛇は少し明るい声を上げた。
日向が忌蛇を見ると、忌蛇は可愛い笑顔を浮かべて日向を見つめている。
「日向との時間、これからもいっぱい噛み締めなきゃ。
日向がいつか死んでしまった時、僕たちとの生活が楽しかったって思って貰えるように」
「……忌蛇……」
「急にごめんね、こんな暗い話しちゃって。
でも日向、諦めないで。魁蓮さんは絶対日向の魅力に気づいてくれる!虎珀さんとも仲良くなれるよ」
「……ははっ、あんがとな!忌蛇!」
こういう一面に、雪は惚れたのだろうか。
なんてことを考えながら、日向は決意を固めた。
(そうだ、僕は彼らに比べて寿命が短い。100年も1000年も生きることは出来ないんだ。
だから、今出来ることを全力でやるしかない。いつか魁蓮たちと離れてしまう、その日まで)
「っしゃああ!やったるわぁぁ!」
「おっ、元気出たね。日向」
「おうよ!落ち込む暇なんてねぇからな!」
「ふふっ」
キャッキャと騒ぐ日向と忌蛇。
そんな2人の明るい会話を、
買い物から帰ってきた虎珀が、2人に気づかれない場所で静かに聞いていた。
【どうしてなのかな。日向や雪のように、真っ直ぐで優しい子ほど、何で早くお空に帰っちゃうんだろ……】
忌蛇の言葉が、虎珀の頭を埋め尽くす。
優しい人ほど、命が儚い。
その言葉に、虎珀はギュッと目を閉じた。
「そんなの、決まっている……。
優しい奴らには、こんな汚れた世界は合わないからだ……だから、日向はここにいちゃいけない……。
もう、龍禅のような奴は見たくない……」
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