愛恋の呪縛

サラ

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第175話

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「紅葉……?」



 初めて聞く名前だった。
 突然現れたことと、何の躊躇いもなく自己紹介をした女性。
 正直、怪しい部分しか見当たらない。
 流石の日向も少し怖くなり、1歩後ずさってしまう。
 何故自分は、こういう肝心な時に限って1人でいるのだろうと、心底悔やまれるほどだ。



 (龍牙を呼ぶか……?
  いや、呼びに行く間に何かされたら……)



 日向の頭の中は、既に戦闘態勢だった。
 黒とは違って、彼女からは安心感が伺えない。
 とはいえ真っ向から戦っても、恐らく負ける。
 だから、1番良い作戦は、肆魔の中でも強い龍牙を呼ぶことだった。
 どうにか呼びに行けないかと、日向は思考を巡らせる。

 その時、日向はあることに気づいた。



「あれ……何で僕の名前知ってんの?」



 疑問を抱いた瞬間、日向は立ち止まる。
 思えば、紅葉は日向の名前を口にした。
 となると、日向のことを前から知っている人物なのだろうか。
 しかし、日向からすれば赤の他人で初対面。
 名前も初めて聞いたし、彼女のような女性は見たことがない。
 何より……

 

 (ここにいるってことは……妖魔だよな……)



 この黄泉に入ってきている時点で、まず人間では無いことは確か。
 ならば、日向は妖魔に名前を知られているということ。
 魁蓮と一緒にいるから、噂でも広がっているのだろうか。
 もしそうだとしたら、あまり好ましい状況ではない。

 だが、そんな日向の疑問と不安は、紅葉の言葉で消え去ってしまった。



「貴方のことは、主様から聞いております。
 1度貴方に会って、という愛称で呼ばれるようになったと伺っていますが」

「っ!」



 紅葉から出たのは、まさに日向が探している人物。
 黒の名前だった。
 本名では無いのだが、日向が名付け、そして呼んでいるのは1人しか居ない。
 日向はそれに気づくと、先程とは違って前のめりになった。



「黒を知ってんの!?知り合い?」

「知り合いというより、私の命の恩人です。
 かつて私は、黒様に助けられたことがありまして。以来、あの方の手伝いをしております」

「そうなんだ」



 どうやら彼女は、黒を知っている妖魔のようだ。
 日向は高まっていた警戒心が一気に消え、はぁっとため息を吐きながら肩を落とす。



「あぁ、まじでビビった。てっきり敵でも来たのかと思った。まあでも、黒を知ってるなら話は早い!」



 ほんの少しだが、繋がりがあっただけでも良かった。
 日向はその場に立ち上がると、トンっと自分の胸に拳を当てて笑顔を浮かべる。



「もう知ってると思うけど、改めて。
 僕は日向!よろしくな、紅葉さん!」

「呼び捨てで構いませんよ」

「え?そう?ほんじゃあ、紅葉!よろしく!」

「えぇ、こちらこそ」



 さっきまでの警戒心が嘘のように、日向は満面の笑みで自分の名前を名乗った。
 対して紅葉は、礼儀正しく一礼する。



「てか、よく入ってこれたね?しかも今、魁蓮いないから運がいいというか」

「あぁ、黒様の力を借りてここへ来ています。
 私個人の力では到底無理なので」

「へぇ!」



 やはり、黒はかなり凄い妖魔らしい。
 放浪者とはいえ仲間がいるならば、きっと今も一人でいる訳では無いのだろう。
 少しは信頼してくれる人物がいることに、日向はホッと安心した。
 その時、日向はハッと気づく。



 (もしかしたら、黒の居場所を知ってるかも……!)



 常日頃から黒の手伝いをしているのならば、紅葉は黒が今どこにいるのかを知っているはずだ。
 互いに挨拶をし終えると、日向は話題を持ちかける。



「紅葉、黒と知り合いなんだよね?
 なら、少し頼みがあるんだけど」

「頼み……?何でしょう」

「実は僕、黒にどうしてもお願いしたいことがあるんだ。でも、僕はこの黄泉から出ることが出来なくて、黒を探しにいけない。会いに行くことも出来ない」



 そもそも何故、紅葉はここに来たのか。
 その理由は気になるが、何より日向は急いでいた。
 少しでも早く志柳に隠された情報を得るために、黒の協力が必要不可欠。
 一刻を争う現状、正直他のことを気にしている暇なんてない。



「だからお願い。
 代わりに、黒に伝えて欲しいことがっ」

「お断りします」

「あっ……えっ?」



 必死に事情を話そうとした矢先。
 紅葉から出たのは、あまりにも唐突な返事だった。
 内容くらいは聞いてくれると思っていたのだが、そもそも頼み事を受け付ける気など無かったのだろうか。
 即断られてしまった日向は、ポカンとしてしまう。

 だが、紅葉はコホンっと咳払いをした。



「黒様に頼み事があるというのならば……。
 よろしければ、直接お伝えしてはどうかと」

「……えっ?」



 伝達係をする気はない、だから自分で行け。
 紅葉はそのつもりで断ったのだった。
 すると紅葉は、続けて言葉を発した。





「黒様は今、にいらっしゃいます。
 日向様が黒様にお会いしたいというのならば、私たちが全力でお手伝いしましょう。黒様も、日向様に会いたがっていますので」

「っ!!!!!」





 紅葉の言葉に、日向は目を見開いた。
 その情報はまさに、今の日向にとっては最高のもの。
 一気に目標へとたどり着ける近道のような気がした。



「黒は今、志柳にいるの!?まじで!?」

「えぇ。最も、日向様と現世で会うならば、志柳が1番安全だと仰っていました。貴方とこの黄泉で会ってから、今度は貴方が来る日を望んでいたのでしょう。
 黒様は、志柳で貴方と会えるのを待っています」



 なんてことだ。
 まるで未来を見ているかのような、黒の行動。
 確かに、妖魔に邪魔されず、魁蓮にも邪魔されない場所と言えば、志柳以外思いつかない。
 安全を取るならば、真っ当な考えだった。
 そして何より、日向の勘は当たっている。



 (やっぱり黒は、志柳に人間として潜入出来るんだ)



 今の志柳は、妖魔が立ち入ることが出来ない土地。
 そんな場所に足を踏み入れ、さらに日向を待っているなど、潜入捜査としては素晴らしい。
 そこに人間の日向が行けば、あの鬼の王だって手は出せない。
 問題なく、志柳を探ることが出来る。
 
 でも、別の問題が残ったままだった。



「でもなぁぁ、魁蓮がなぁぁ」



 日向は頭を抱えた。
 そう、今の日向の全ては魁蓮が握っている。
 勝手な行動は出来ないし、何より今の魁蓮は現世にいるのだ。
 万が一、魁蓮とばったり会ってしまったなんてことが起きたら、日向は言い訳すら出来ない。
 何より1番気にしているのは、黄泉から許可なく抜け出したとなれば、彼の傍を離れないという約束を破ることにも繋がりかねない。

 そうなると、現世の人間たちも危うくなる。



「んー……やっぱり、僕はここから出られねぇわ。
 魁蓮がいる限り、完全な自由は無いし」



 現世に行く。
 それを我慢すれば、あとは何不自由ない。
 別に困ることだって無いのだ。
 だがまさか、それが今になって厄介だと思うものになるとは。

 しかし、この話は予想外の方向へと転がる。



「いいえ、貴方はここから抜け出せます。
 我々が、しっかりお供させていただきますから」

「……ん?」



 頭を抱えて悩む日向に、紅葉はそう答えた。
 日向が首を傾げて顔を上げると、何やら紅葉が衣からあるものを取りだした。
 出てきたのは、古い紙で作られた蝶だった。
 蝶は意志を持つようにヒラヒラと舞い、そして紅葉の手へと戻ってくる。
 紅葉は蝶を落ち着かせると、日向に向き直った。





「美しいでしょう?
 これは、黒様の力で作られた特別な蝶です。黒様が貴方のために作った、この世でたった一つの……」

「僕の、ため……?何で?」



 日向が片眉をあげると、紅葉は真剣な眼差しを向けた。





「日向様……単刀直入に申し上げます。
 黒様と、縛りを結びませんか」

「……えっ……?」
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