愛恋の呪縛

サラ

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第173話

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「貴方に頼みがあるんだ。でもこれは仙人としてではなく、私と瀧個人としての頼み。
 鬼の王……私と瀧と、手を組んで欲しい」

「………………あ?」



 魁蓮の口から、低い声が出た。
 眉間に皺を寄せ、魁蓮は鋭く凪を見つめている。
 こんな反応をされるのは、凪も予め分かっていた。
 しかし凪は、グッと拳を握って耐える。



「気に食わない頼みだって言うのは分かっている。私たちだって、無謀なことをしていると自覚しているんだ。でもっ」



 その時…………。



「っ!!!!!」



 突如、凪の足元に黒い影が広がった。
 同時に影からは、魁蓮の鎖「ジア」が顔を出して、一瞬で凪の体に巻きついてキツく縛る。
 あまりの速さに最強の仙人と言われる凪でさえ、反応が遅れてしまった。
 凪は手も足も出せないまま縛られ、思わずその場に膝をつく。



「凪!!!!!!!!」



 鎖の音が聞こえたのか、少し離れたところから瀧が走ってくる。
 その間、凪を縛るジアの力は増していく。
 鎖ということもあり、力が増せば増すほど体が痛い。
 凪は歯を食いしばりながら、必死に耐えた。
 そんな凪の姿を見た瀧は、血相を変えて剣に手をかける。
 何もしないとは言ったが、兄弟がやられそうな時に、見過ごすことなど出来ない。



「鬼の王!てめぇ凪をっ」

「瀧っ……待て!!!」

「っ……!」



 瀧が剣を抜こうとした時、痛みに耐える凪の声が響いた。
 瀧は凪の声に、慌てて足を止める。
 すると凪は、背後にいる瀧に声をかけた。



「何もするなっ……ここで手を出せば、意味が無い!」

「で、でもっ」

「私は大丈夫だから……
 それに……約束、したでしょ……?」

「っ………………」



 凪は、瀧を安心させるように笑みを浮かべた。
 瀧はそんな凪の笑みに、体が固まる。
 本心は助けたい、今すぐ鎖を解いてあげたい。
 でも、ここで鬼の王に手を出せば、今から話そうとしていることが無意味になる。
 瀧は必死に衝動を抑えこみ、剣にかけていた手をゆっくりと離した。



「……ありがとう、瀧……」



 抑え込んでくれたことに、凪は感謝を述べた。
 生まれた時からずっと一緒の兄弟だからこそ、今の瀧がどれだけ我慢してくれているのか、凪には分かっている。
 でも、今だけは抑えて欲しかった。
 必ず話を聞いてもらうために、凪は諦めない。
 自分の言葉を信じてくれた瀧に、凪は優しい笑みを浮かべる。

 だが……



「一体、何の話かと思えば……」

「「っ……!!!」」



 2人の会話を遮るような、低い声。
 その声音は、誰が聞いても不機嫌な状態と分かるほどには、威圧が含まれていた。
 瀧に向けていた視線を、凪は木の上にいる男へと向ける。
 するとそこには、瞳を赤く光らせる魁蓮がいた。
 どうやら、かなり触れてはいけない部分に触れてしまったのかもしれない。



「餓鬼共……我を誰と心得ている?
 我に手を組めと物申すとは……甚だ図々しい……」



 直後。



「ゔっ……!」



 凪を縛っていた鎖が、一気に力を入れた。
 正常な呼吸が出来なくなるほど凪はがっしり縛られてしまい、その驚きで苦しむ声が漏れる。
 ギチギチと、骨や内臓まで圧迫される感覚。
 あまりにも息苦しい状況。



「うっ……あ゛っ…………!」



 声を漏らせば、息も抜ける。
 空気すら吸えないほどに縛られている今、声を出すことだって惜しい。
 そんな凪の声に、流石の瀧も我慢出来なかった。
 全身に霊力を流して、ギリッと歯を食いしばりながら戦闘態勢になる。
 それでも自分に抑えろと言い聞かせ、葛藤していた。
 しかし魁蓮は、何も気にすることなく凪を見下している。



「誰が、仙人なんぞの頼みなど受けるか」



 これは、明らかに機嫌が悪い。
 あくまで妖魔の頂点に立つ王なのだ、礼儀がなっていない者はすこぶる嫌いなのだろう。

 こんな時、どうすればいいのか。
 どんなことを言えば、魁蓮は許してくれるのか。
 凪の頭は、そんなことばかりが浮かぶ。
 同時に感じる、死の感覚。
 今ここで、自分は縛られて窒息死してしまうのか。
 一瞬で、そんな弱々しい考えが過った。



 (私は……このまま………………)


 
 いや、そんなの無駄な考えだろう。
 それに、弱気になっている場合じゃない。
 たとえどんな目に合っても、この話だけは受け入れてもらわなければ困る。
 馬鹿な考えだと、無謀な行動だと分かっていても、2人は諦めるわけにはいかないのだ。
 凪は僅かに残っている息を頼りに、魁蓮へと言葉をぶつける。





「言っただろう……これはっ、仙人としての頼みじゃない……私と瀧、2人の個人的な頼みだとっ……。
 それにっ……これは、のためなんだ!!!」

「っ…………」





 凪の言葉に、魁蓮はピクっと反応した。
 直後、限界まで高められていた鎖の力が弱まって、凪はやっと呼吸が出来るようになった。
 一気に息を吸い込んで、凪は激しく咳き込む。



「凪!!!!!」 



 そんな凪に、瀧は慌てて駆け寄った。
 未だに鎖は縛られたままだが、息は出来る。
 凪は飛びかけていた意識を戻し、呼吸も調える。
 その時、魁蓮がおもむろに口を開いた。



「小僧のため、だと……?」



 どうやら魁蓮が引っかかったのは、日向のようだ。
 凪が話している内容が日向に繋がるものだと分かった途端、魁蓮は怒りの熱が少しずつ冷めていく。



「ゲホッ、ゲホッ……そ、そうだっ……この頼みは、日向のため……それが一番なんだよ……」



 やっと整ってきた呼吸。
 凪はゆっくり深呼吸をすると、駆け寄ってくれた瀧に大丈夫だと合図を送る。
 話はまだ終わっていない、むしろ始まったばかり。
 ここでまた何かしてしまえば、今度こそ魁蓮は話を聞いてくれなくなるだろう。
 それは瀧も分かっていた。



「……気ぃつけろよ……」

「うんっ……」



 本当はまだ心配だったが、瀧は凪を信じることにし、再び見張りへと戻って行った。
 瀧が居なくなり2人になると、凪は再び説明を始める。



「貴方にも、伝えなきゃいけないと思ったんだ……頼む、日向のためにも今は聞いてくれ」

「……………………」

「少し前、言葉を話す異型妖魔を生け捕りにした。奴らの情報を聞き出すためにね。少しでも異型のことを暴くために、私たちは生け捕りにした日から毎日尋問したんだ。目的や、仲間など……でも、初めは何も話してくれなくて、ただ呻くばかりだった。知り得たい情報だって、1つも取れず終い。
 でもある日……異型が初めて目的を暴いたんだ……でもそれが、予想外の内容だったんだよ……」

「……何だ」



 含みのある凪の言い方。
 魁蓮が尋ねると、凪は歯を食いしばり、少ししてから重たい口を開く。





「我々は、主のために戦う。そして捕らえるのだ。
 主が長年求める存在……覡  を……と」

「っ……!!!」





 凪の言葉に、魁蓮は目を見開いた。
 それはまさに、誰を目的としているのか分かる言葉だった。
 理由はとにかく、目的としている人物が何者か、どういう人物なのかを丁寧に。
 だがそれは同時に、混乱を招くもの。
 話してくれた凪も、未だにどういう意味か分かっていないのだろう。
 今もどこか戸惑った表情を浮かべていた。



「七瀬日向なんて、同じ名前の人物はいない……間違いなく日向のことを言っているんだ。異型妖魔たちは、日向を捕らえようと動いているんだよ……。
 でも、でもっ…………」



 凪は、声を震わせていた。
 彼としては、異型妖魔の狙いのひとつが日向だと分かり、不安に駆られているのだろう。
 きっとそれは、瀧も同じ。
 だから2人は、今や日向の全てを握っている魁蓮に話を持ちかけてきたのだろうか。

 謎多き異型妖魔が求める、日向の存在。
 ふと、魁蓮は今まで集めた情報を思い出していた。





 遊郭邸で会った妖魔は言っていた。

【お、俺も詳しいことは分かんねぇよ!
 でも、その異型妖魔は、与えられた任務を遂行するために動く人形だって聞いたことがあるっ……】

【任務?】

【そ、その異型妖魔は2種類いるんだ。
 ひとつめ、強者に反応する異型妖魔。
 ふたつめ、人間を襲うためだけの異型妖魔】





 初めて手合わせした異型妖魔は言っていた。

【なぁアンタ……、知らね?】

【カムナギ……?】

【あれ、アンタなら知ってるって聞いたんだけど。
 えーと、なんだっけ。ほら、神様とかの……】

【ん?……あぁ、かんなぎのことか。
 神と人間のなかだちをする者のことだろう】

【あーそれそれ。その、カンナギってやつ。
 悪ぃんだけどさ、俺に渡してくれねぇかな】

【……は?】

【いやいや、は?じゃなくて。知ってるでしょ?それに、俺はそういう命令受けてるからさ。
 アンタが持ってるカンナギってやつを捕まえて、生きている状態でに渡すってね】





 1度、奥義で捕らえた妖魔は言っていた。

【では、「覡」とは何だ】

【……は?】

【聞こえなかったか?覡が何かを聞いている】

【お、おい……冗談よせよ……
 アンタが持ってんだろ!?何で知らねぇみたいな顔してんだよ!俺たちはそのためにアンタに接触してんだぞ!?】





 伍の数字が刻まれた女の異型妖魔は言っていた。

【鬼の王、早速で申し訳ないのですが……私はある方に会いに来たのです。

 、という方はいらっしゃいますか?】

【……………………あ?】



















































「……そういうことか……」

「っ……?」



 全てが、繋がった気がした。
 いや、心のどこかでは何となく分かっていた。
 魁蓮は、なぜ異型妖魔がこんなにも自分を狙ってくるのかが分からなかった。
 度々聞かされる覡というものも、何なのか不明。
 ずっと身に覚えのないことで襲われてきた。

 でも、ようやく分かった。



「覡とは、小僧のことだったか……」



 ならば、魁蓮が狙われた理由も納得する。
 確かに異型妖魔からすれば、覡をそばに置いているくせに「知らない」など言われたら、訳が分からないだろう。
 そして異型妖魔たちは、魁蓮が白を切れば殺す命令も受けていた。
 そうまでして、日向を奪いたかったのか。

 その時、魁蓮はあることを思い出した。





【かん、なぎっ……?
 覡って……1000年以上前の話だろ……?】





 それは、以前魁蓮が異型妖魔を奥義で捕らえた時、一緒に奥義の中にいた凪が発した言葉。
 思えば、凪は覡が何かを知っているようだった。
 今、凪が困惑しているのは、覡が何かを知っているからなのかもしれない。
 ならまずは、話が出来る人物に聞くのがいい。



「おい餓鬼。貴様は覡が何かを知っているのだろう?それは小僧と関係があるのか?」



 魁蓮は、凪に尋ねた。
 覡というものが何かは、魁蓮もだいたいは知っている。
 だがこの半年近く、魁蓮は日向と過ごしてきたものの、覡に繋がるような気配も素振りも無かった。
 そもそも本人が、そんなの自覚していない。
 何かの間違いでは、魁蓮はそう思った。
 すると凪は、またもや困惑した表情を浮かべている。



「何って……貴方、1000年以上前に存在していた妖魔だろ?何も知らないのか?」



 凪の指摘に、魁蓮はムスッとした顔を浮かべる。
 確かに時系列で考えると、1000年以上前に存在していた魁蓮の方が詳しいはず。
 不思議に思うのも無理もない。
 でも今の魁蓮には、過去の記憶がほとんど無い。
 恐らく、凪より知識は少ないはずだ。



「あいすまんなぁ。興が乗らんものは記憶に残さん主義だ。我が覚えていないとなれば、余程くだらんものなのだろうがな」



 そんなことを言って、魁蓮は誤魔化した。
 しかし凪は、ポカンとしている。



「くだらない……?貴方が生きていた時代では、それなりに知られたものだと思うが……」

「…………………………………」



 どうやら、覡というものはそこそこ有名らしい。
 凪の口ぶりからして、忘れる方が驚きのようだ。
 少し口が滑りすぎたと思いながら、この状況を何とか乗り切ろうと、魁蓮は続きを話せと凪に促す。
 すると凪は、まるで信じ難いとでも言いたげな顔を浮かべて口を開いた。
 この時の魁蓮は、そこまで大袈裟な顔を浮かべるだろうかと疑問に思っていた。

 だがそんな考えは、凪の言葉で一変する。





「覡ってのは、
 今から1000年以上前に存在していた花蓮国の殿下……
 《天花寺 雅てんげいじ みやび》の通り名のことなんだ」

「…………何?」
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