愛恋の呪縛

サラ

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第172話

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 深夜 現世。



「ピィ」

「遅かったな」



 花蓮国を一望出来る、高い崖の上。
 大きな木の上で寛ぐ魁蓮の元に、果物を咥えた楊が戻ってきた。
 楊は魁蓮の隣に降りると、器用に果物を食べていく。
 そんな楊をそっと撫でながら、魁蓮は町を見渡していた。



「やはり、夜は静かで良い」



 今日は、綺麗な月が上っていた。
 明るい月の光は、寝静まった町を優しく照らす。
 絶景と言えば絶景だ。
 魁蓮は木に身を委ねると、静かに肩を落とす。
 そして小さく、ため息を吐いた。



『やはり、気になりますか?日向殿のこと』



 ふと、魁蓮の様子を伺っていた楊が、そう尋ねた。
 脳内に伝わってくる楊の言葉。
 その言葉を聞きながら、魁蓮は口を開いた。



「さあな……よく分からん」

『もう3ヶ月も言葉を交わしていません。いい加減、話したらどうです?
 せっかく、様子は見に行っているというのに』

「………………」



 魁蓮は、目を伏せた。

 あの言い争いの日から、3ヶ月。
 魁蓮は自分の記憶探しと、それに繋がるきっかけになるものを探していた。
 そして同時に、全ての黒幕であろう「主」という存在を暴くため、異型妖魔との戦いも積み重ねていた。
 現世で食い止めておけば、黄泉には誰も来ない。
 誰も被害に合わず、魁蓮も自分の過去を思い出すことができる。
 そう考えながら動いていたら、いつの間にか帰らない日が続いていた。
 同時に、日向と会話を交わさなくなって3ヶ月経った。



「生きていれば、それに越したことはないだろ」



 ほとんど帰ってはいないが、顔色くらいは見ないと分からないこともある。
 だから誰も起きていない深夜に帰っては、魁蓮はこっそり日向の部屋を訪れていた。
 起こさないように気をつけながら、何も異常はないかと確認をして。
 それが、魁蓮が黙って城に帰ってくる理由だった。

 時々、夜遅くまで作業をしている司雀に会うこともあるが、幸い何かを深く追求されることは無かった。
 それに、司雀は黄泉での状況を教えてくれる。
 誰がどう成長したか、どう過ごしているか、分かりやすく簡潔に。
 そしてその話を聞く度に、何も異常が起きていないのだと知れた。
 だから、魁蓮は現世に居座ることができる。



「小僧には、彼奴らがついている。問題ない」

『ですがっ』

「これ以上何も言うな、楊。お前は我に従え」

『っ………………』



 遠くを見つめる主君の姿を、楊は悲しい眼差しで見つめた。
 魁蓮という男は、こういう時に限って馬鹿だ。
 何も言うなと言うくせに、自分は多くのことを考えている。
 隠しているつもりでも、楊には筒抜けだ。
 だからこそ、こうして現世に居座り続ける魁蓮が、切なくて仕方がない。
 それとも、楊に筒抜けだと分かっておきながら、何事もないと言い聞かせるために言っているのか。

 言葉にしない、魁蓮の本心。
 本当は……と、思っているのに……。



『主君……これだけは言わせてください。
 日向殿を、信じてあげても良いのでは……?』

「……………………」

『あの子は全て受け入れてくれますよ。絶対に。
 今も貴方の力になろうと、頑張っているはずです。貴方の記憶を、少しでも取り戻すために』



 人間だから、まだ子どもだから。
 そんな理由なんて意味が無いほど、日向という少年は魁蓮のことを気にかけてくれている。
 楊は、もうその事を分かっていた。
 だから、躊躇うこともない。
 日向は違う、他とは違う。
 彼だけは、信じても大丈夫な人間だと。

 だが……魁蓮は、そういうわけにはいかなかった。



「……だから、駄目なのだ……」

『えっ……?』

「これ以上踏み込んでしまっては……戻れない……」

『主君…………?』



 その時……………………








「っ……………………」

『っ……………………』








 魁蓮と楊は、ある気配を感じ取った。
 背後から、誰かが近づいてきている。
 隠れることもせず、ガサガサと枯れ葉を踏む音を鳴らしながら、ゆっくりとこちらへ。
 あまりにも警戒心の無い行動に、楊は緊張が走る。
 対して魁蓮は、気配からして誰が来たのか感じ取り、ニヤリと口角を上げていた。
 音がすぐ近くに来るまで、魁蓮は背中を向けて気づいてないフリをした。

 そして、音は近くまで来ると、パッタリ止んだ。
 たどり着いたのだ、魁蓮の近くまで。
 魁蓮はそれに気づくと、背中を向けたまま口を開く。



「貴様らは寝床に入る時間では無いか?餓鬼共」



 魁蓮はそう言いながら振り返ると……
 背後にいたのは、瀧と凪だった。
 木の上でゆったり座る魁蓮に、2人は真剣な眼差しで見上げている。
 意外な訪問者に、楊は目を見開いていた。



「だから来たんだよ、ボケ。
 昼間とか明るい時間だと、邪魔されるだろ」



 馬鹿にしたような魁蓮の言葉に、瀧はイラつきながらそう答える。
 相変わらずの生意気な態度に、魁蓮は呆れて鼻で笑った。
 対して凪は怖気付くこともなく、ただ真っ直ぐに魁蓮を見つめていた。
 魁蓮からすれば、こういう時に厄介だと感じるのは凪の方だ。
 凪の眼差しは、敵意なんてものが感じられない。
 何を考えているのか読みづらい。



「何しに来た、仙人よ。一戦交えるつもりか?」



 魁蓮が挑発するように尋ねると、今度は凪が口を開く。



「いいや、そんなつもりは一切無い」

「?」



 では何しに来たのだろうか。
 魁蓮が疑問を抱いていると、突然凪が腰にかけていた剣を鞘ごと抜き取る。
 戦うつもりは無い、と言っておきながら。



『アイツっ……!』



 凪が剣に触れた瞬間、楊は静かに構えた。
 いつでも戦えるように力を込めていると……



「よせ、楊」

『っ!』



 楊の動きを止めるかのように、魁蓮が楊の前に手を出す。
 魁蓮は、凪の行動を見てみたいようだ。
 楊は飛びかかりたい衝動を押え、警戒は解かずに凪の様子を見続ける。
 すると凪は、鞘に入ったままの剣を、何故か自分の前に差し出した。
 その時。



 ゴトッ。



 凪は、前に差し出した剣をパッと離して、その場に豪快に落とした。
 本当に戦う気は無い、そう言うように。
 予想外の行動に、魁蓮と楊が目を見開くと、凪は落とした剣を拾わずに言葉を続ける。



「貴方と話がしたい、鬼の王」

「……話?」



 魁蓮が片眉を上げて尋ねると、凪はチラッと瀧に視線を送った。
 すると瀧は、何も言うことなく魁蓮に背中を向けて、そのまま歩いて行ってしまった。
 何をしているのか理解できない魁蓮は、眉間に皺を寄せる。



「何のつもりだ、餓鬼。あいつは何をしている」

「瀧は話し合いとか、そういうのは苦手なので。だから私に貴方との話し合いを任せる代わりに、私たちの会話が邪魔されないよう周りを見張ってくれる」

「ほう?備えはしてきたということか」

「というか、元々争うつもりでここに来たわけじゃない。瀧もそれを承知の上。
 だからこちらは手を出さない、何があっても絶対」

「ククッ……我が襲い掛かるとは考えなかったのか?貴様らなんぞ簡単に殺せるが?」



 魁蓮は、煽るように尋ねる。
 だが、凪は顔色ひとつ変えずに、鋭く魁蓮に視線を送った。



「貴方は絶対に、私たちを襲わない。
 その行為は、を傷つけるものだから」

「っ…………」

「貴方が日向をどう思っているかは知らないけど……とりあえず、貴方は私たちに手を出さないと断言出来る。
 日向が、貴方の元にいる限り」



 僅かに、魁蓮の心が揺れ動いた。
 その変化を、楊は静かに感じ取った。
 この反応は、図星を突かれた時のもの。
 今、凪が言った言葉は事実だ。
 魁蓮は瀧と凪を襲わない、いや……襲えないし殺せないのだ。
 そしてそれを、瀧と凪は既に分かっていた。
 つまり、魁蓮がずっと凪にしていた煽りは、全て無駄だったということ。
 初めから瀧と凪は、殺されないと分かっていながらここに来たのだ。



 (忌々しい、クソ餓鬼共が……)


 
 思えば、日向を連れ去った時に、この2人もいた。
 日向が魁蓮のそばにいる理由を、唯一知っている人間だった。
 まさかそれを逆手に取られるとは、魁蓮は思いもしなかった。
 少しばかりの苛立ちを抱えながら、魁蓮は凪を睨みつける。
 だが凪は、そのまま言葉を続けた。



「鬼の王。私たちはいずれ、貴方と戦うことになるかもしれない。でもそれは今じゃない。
 今だけは、この関係性に目を瞑って欲しい。対等に話がしたいだけなんだ。頼む」



 凪は、礼儀正しく一礼した。
 その姿はまさに、敵意もなく、争う気もない。
 本当に心から、純粋に魁蓮と話し合いがしたいのだと伺える。
 深々と頭を下げて、完全に無防備だ。

 そんな凪の姿に、魁蓮は呆れて吹き出す。



「我と対等に、か……ククッ、くだらん。一体、どの口が言っているのやら」

「……………」

「だが……丁度暇を持て余していたのでなぁ。内容によっては聞いてやる」

「っ…………」



 魁蓮の言葉に、凪はゆっくりと顔を上げた。
 すると魁蓮は、木の上に座ったまま体を凪の方へと向けて、ゆったりと足を組む。
 恐らく、話し合いを承諾すると言っているのだろう。
 こんなすんなり行くものだろうか、と凪は内心驚いていた。
 だかいちいち気にしてはいられない。
 凪は軽く一礼をして、態度で感謝を述べた。
 その姿を見た魁蓮は、楊に話しかける。



「楊、お前は生意気な餓鬼と共に見張りをしておけ」

『っ!し、しかし主君!』

「案ずるな、殺しはしない。見たところ、この餓鬼には仁義がある。争う気がないのは事実だろう」

『で、ですがっ……よろしいのですか?忌まわしき仙人などと言葉を交わすなんて……それに主君と対等なんて、無礼極まりないっ……』

「あぁ、構わん。それに、この餓鬼は頭が切れる方だろう。何か情報が得られるやもしれんからなぁ」

『……そこまで言うなら、分かりました……
 ですが、何かあればお呼びください。相手は仙人です。何をするかわかりませんから』

「あぁ……覚えておこう」



 すると楊は、しぶしぶ魁蓮の命令を受け入れて、瀧がいる方へと飛んでいく。
 楊も居なくなり、その場には魁蓮と凪だけになった。
 静かな時間、魁蓮は薄ら笑みを浮かべる。
 


「それで?話とは何だ。一応忠告するが、くだらん内容ならば仮死状態にするからなぁ」



 念には念を。
 魁蓮は煽りながら告げると、凪は肩の力を抜いて、そして話し出す。



「貴方に頼みがあるんだ。でもこれは仙人としてではなく、私と瀧個人としての頼み。
 鬼の王……私と瀧と、手を組んで欲しい」

「………………あ?」
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