愛恋の呪縛

サラ

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第163話

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 その頃 ある場所では……。



「紅葉様」



 頬に「伍」の数字が刻まれた女妖魔が、机で書き物をしている紅葉の元へとやってきた。
 手には淹れたばかりのお茶があり、女妖魔は邪魔にならないようそっと机に置く。



「紅葉様、よければこちらを」

「ん?あぁ、ありがとうございます。ウー



 喉が渇いていた紅葉は、少し柔らかい表情でお礼を言った。
 お茶を持ってきてくれたことで、紅葉は作業を始めてからかなり時間が経っていることに気づく。
 グッと体を伸ばして、そろそろ休憩を挟もうと筆を置いた。
 軽く背もたれに寄りかかりながら、紅葉は彼女が淹れてくれたお茶をズズっと飲んで一息つく。
 丁度いい温かさ、疲れた体には最高だ。



「紅葉様、少し睡眠を取られては?」



 ふと、ウーと呼ばれた女妖魔が提案する。
 だが、紅葉は首を横に振った。



「いいえ。主様が準備に入っている今、休んでいる暇はありません。ですか、お心遣いには感謝しますよ」

「いえ……」



 ウーは、机に散りばめられた紙や書物に視線を落とす。
 頭脳明晰な紅葉は、主の最高の助手だ。
 主にも仲間にも信頼されているため、彼女を越えられる主の助手はきっと居ないだろう。
 だが、あまりにも真面目すぎるが故に、休むことがほとんどないのが少し気になる。
 当然、ウーもそのことを心配していた。
 お茶を持ってこなければ、紅葉は時間など気にせず作業に没頭していただろう。



「紅葉様、やはり少し休んだ方がっ」



 ウーが、もう一度睡眠を提案しようとした瞬間。





 バタン!!!!!!!!!





 紅葉たちがいる部屋の扉が、激しい音を立てて開かれた。
 すると、扉の前に誰かがいた。





「も~み~じ~」




 そこに居たのは、1人の男。
 扉を足で蹴ったのだろう、足が若干浮いていた。
 見るからに態度も礼儀も最悪な男。
 そんな彼は、紅葉の名前を呼びながら入ってくる。
 ズカズカと無遠慮に入ってくる男を見るなり、ウーは目を細めた。
 いわゆる不請顔で、男を睨みつける。



「相変わらず礼儀が無いですね、貴方は。ほんと救いようのないクズ」

「あ?おいおいなんだよ、ウー居たのかよ。あぁ気分最悪だわ。見たくもねぇツラ見ちまった」



 部屋に入ってきた男は、ウーを見るなり不機嫌そうな顔を浮かべた。
 ウーも、同じく不機嫌そうな顔を返す。
 たった一言会話を交わしただけだと言うのに、部屋の空気が一瞬で凍りついてしまった。
 だが、そんな空気の変化など気にせず、お茶を飲んで一息ついた紅葉が口を開いた。



「なにか御用ですか?スー



 紅葉は、男に声をかける。
 男は、頬に「肆」の数字が刻まれていた。
 そしてウーと同じように、の模様も刻まれている。
 彼もウーと同じ、異型妖魔なのだ。

 紅葉に話を振られると、スーと呼ばれた男妖魔は退屈そうな表情を浮かべた。



「なぁ紅葉~。いつになったら、鬼の王ぶっ殺しに行っていいの~?俺、待つの超嫌いなんだけど?」



 退屈そうな態度を取るスーに、紅葉はため息を吐いた。



「何度も言っているでしょう?鬼の王は、貴方では相手になりません。無惨に殺されないためにも、戦いは挑むなと主様にキツく言われたはずですが」

「いや、手合わせくらい良いじゃん!てかこのクソ女は黄泉に行って、しかも鬼の王に会ったって聞いたぜ?だったら俺も、動いていいだろ!?」

「いけません。ウーには様子を見に行って貰ったんです。それに、ウーはあなたと違って血の気が多くないので、先に行動してもらいました。
 貴方が行ったら、黄泉で無境なく暴れるでしょう?そんなの、鬼の王に殺されて終いです」

「ハッ!それってつまり、コイツは戦意が全く無い役立たずだから、それぐらいしか仕事を任せられないってこと?アッハハ!超ウケる!」



 スーは、矛先を隣にいるウーに向けた。
 何を隠そう、この2人は驚く程に仲が悪い。
 本当に仲間なのかを疑うほどには、いつも顔を合わせては睨み合う。
 少しでも刺激すれば、喧嘩なんて簡単に始まる。

 つまり、これはいつもの風景。
 だいたいの喧嘩は、スーが仕掛けることがほとんどだ。



「様子見に行くだけで褒められるなんて、だいぶ役立たずだなぁ?でも本当は、鬼の王を前にして、ビビって小便漏らしたりしたんじゃねえの~?」

「黙れ」

「おやおや?どうしたのかな?顔が怖いぞ~?」

「チッ……」



 いつまでもふざけたことを言うスーに、隣で静かに聞いていたウーも我慢の限界だった。
 怒りを顕にするように、全身に妖力を流してスーを睨みつける。
 対してスーは、面白がっていた。



「あはは~?どうしちゃったのかなお嬢ちゃん?もしかして、気にしてたぁ~?それとも図星~?」

「……今ここで殺してやろうか?クズが」

「ハッ、やってみろよクソ女。泣かせてやっからよ」



 2人の妖力が、気配が、バチバチとぶつかる。
 今にも喧嘩が始まりそうな2人に、紅葉は言葉を挟んだ。



「やめなさい、2人とも。主様がいないんですから、出来るだけ大人しくしてください」

「「フン……」」



 紅葉の声を受け入れたのか、2人は限界まで高めていた妖力を、フッと消す。
 そしてぷいっと、互いにそっぽを向いた。
 そんな2人の姿に、紅葉は深いため息を吐いた。
 2人の仲の悪さには、紅葉も手を焼くほどだ。
 仲間である以上、合理的に協力して欲しいのが本音なのだが、あくまで彼らは異型妖魔、そう簡単にはいかない。



「ところでスー。貴方に任せた任務の準備は、進んでいますか?」



 気を取り直して、紅葉はそう尋ねる。
 するとスーは、先程までの不機嫌さが嘘だったかのように、笑みを浮かべて紅葉に向き直った。



「順調順調!駒も上手いことやってるぜ~?
 ただ1つ不満を言うなら、このクソ女と一緒に任務をこなさなきゃいけないってのが腹立つ」



 またこれだ。
 今おさまったばかりの喧嘩を、再燃させる言葉。
 どうしてこの男は学ばないのだろうか、と紅葉は心の中で愚痴をこぼす。
 紅葉もそう何度も止める気力など無い。
 少し呆れながら、2人の喧嘩がなるべく起きないよう言葉を選ぶ。



「そんなこと言わないでください。万が一、貴方が必要以上に暴れた際、それを止めるのがウーの役目、そう主様も言っていたでしょう?
 それが嫌ならば、その血の気の多さを何とかしてください」

「殺し合いがしたいって思うことの何が駄目なんだよ~。出来れば、鬼の王だって俺が殺したいのにさ」



 この男は、何を言っても無駄なのだろうか。
 いつまでも反省しないスーに、紅葉は真剣な眼差しを向ける。



スー。貴方は確かに強いですが……今の貴方では、鬼の王に傷をつけることも出来ません。主様に頂いた生命、無駄にする気ですか?」

「もー何度も聞いたってそれ、つか無駄にする気なんてねぇっての。でも鬼の王と戦ってみたいんだよ~」

「駄目です。鬼の王は、主様と互角の強さ。貴方が太刀打ちできる相手では無いのは、分かりきっていることでしょう」

「そりゃあね?主は、超強い。それと互角ってんなら、鬼の王もクソ強いんだもんな。でもさでもさ。
 主は昔、鬼の王に?」



 ニヤリと口角を上げながら、スーはそう尋ねてくる。
 その顔にイラッとしながらも、紅葉は答えた。



「そうですけど、それが何か?」

「なら、こっちが勝つ未来は決まってるじゃん。主が次目覚めた時、鬼の王なんてコテンパンにやられるぜ?あっちは負け戦になるってわけよ~」

「…………」

「だからせめて王が主に殺される前にさ、鬼の王と手合わせくらいはしておきたいって思うもんだろ?
 どうせ主が目覚めたら、鬼の王殺されるし。死んだら戦うことも出来ないし?」



 スーに限らず、鬼の王と力比べをしたいと願う妖魔は大勢いる。
 突如誕生した鬼の王、彼の存在は、良くも悪くも世間に刺激を与えた。
 そして彼を倒した者は、文字通り「最強」の名を手にすることができる。
 そのため、鬼の王が持っている地位と名声欲しさに、日々戦いを挑もうと皆が活気立っている。

 思えば、王が封印されていた1000年間、一体どれだけの妖魔が力を伸ばしてきたのだろう。
 皆、封印から目覚めた鬼の王と戦うために、長い年月をかけて鍛錬していた。
 だが、そんなの無駄としか言いようがない。
 鬼の王の強さは、正直計り知れないものだ。



「とにかく、貴方は戦ってはいけません。主様が目覚めるまで待っていなさい」

「ちぇー。つまんねぇの」



 やはり、主という存在には逆らえないのか。
 スーは納得していないような表情を浮かべながらも、紅葉の注意を受け取る。
 しかし、スーがここで落ち着くわけが無い。
 彼の中にある願望は、口に出さずには居られない。



「あぁ、今からでも楽しみだぜ!早く来年の7月7日になんねぇかな?主にも会いてぇなぁ!
 それに戦争!鬼の王との戦争が待ってるんだぜ!主が真の王になる日が来る!!気分アガるー!!!」



 1人だけ気持ちが昂っているスーに、紅葉とウーは呆れ顔だ。
 だが、気持ちがわからない訳では無い。
 昂ることは無いものの、主に会いたい気持ちと、鬼の王を倒す日を待ち望んでいるのは同意見だった。

 愛すべき主の姿、皆がその姿を思い出す。
 紅葉も、優しい笑みを浮かべる主を思い浮かべた。



「私たちは、主様のために戦う。
 それが生きる指針であり、生きる意味です。彼の望む未来を作るため、鬼の王を倒さなければ」



 紅葉がそう呟くと、スーウーもコクリと頷いた。
 今までずっと、ただ1人の背中を追いかけた。
 望む未来を作るため、共に戦ってきた。
 そして遂に、その未来へたどり着くためのカウントダウンが始まっている。
 紅葉はゆっくりと顔を上げると、2人に向かって口を開いた。



「私も、主様に任されている任務があります。何度か席を外すことがありますが、気を抜かないように」

「承知しました」

「へいへーい」



 紅葉からそう言われると、2人は並んで扉へと向かった。
 そして静かに、部屋を出ていく。



「はぁ……」



 1人になった途端、部屋はしんと静まり返った。
 持っていたお茶を机に置いて、再び作業に取り掛かろうと筆を持つ。
 その時。



「あっ……」



 ふと、紅葉は近くに置いてあった書物に目を落とす。
 そこに書かれていたのは、鬼の王の伝説のこと。
 鬼の王 魁蓮にまつわる話だ。
 もう何度読んだのだろう、暗記ができるくらいにまで読み続けた伝説の話。
 人間の天敵が生まれた、誕生秘話だ。
 そしてその伝説の中には、あの「黒神」の名も刻まれている。



「史上最強の仙人を倒した、鬼の王……」



 つい、口に出していた。
 だが部屋は紅葉しかいない。
 誰にも聞かれていないことに安堵し、紅葉はそのまま読み続ける。
 その度に、紅葉は「鬼」という文字に目が止まる。



「鬼の、王……彼をと表すなんて……。
 本当に、上手いことを言いますよね」



 紅葉は小さく、そう呟いた。

 よく聞く鬼の印象は、角が生えていて、金棒を振り回す恐ろしい存在。
 絵本などでも、悪役として登場する。
 だが時に、鬼は別の印象として描かれることもある。
 とある国では、こんなことを言うのだ。



 鬼は……「死者の魂そのもの」だと……。
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