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第162話
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「そうだよ!黒だ!黒がいるじゃん!」
日向は、思い出した適任の人物にパッと笑顔になる。
この城の庭に入り込んだことがある彼ならば、人間だらけの土地へ行っても、問題なく行動出来るかもしれない。
日向だって、初見は人間と見間違えたくらいだ。
魁蓮の目を欺けた男でもある、きっと大丈夫だろう。
と、考えていると……
『くろ……?どちら様ですか?』
「……あっ」
ポカンとした表情を浮かべる楊を見て、日向はハッと思い出す。
思えば、黒と会ったことはまだ誰にも言っていないのだ。
忌蛇はたまたま会ったことがあるものの、特に追求されることなく済んでいるため、彼も覚えているのかは分からない。
別に、隠していた訳でも無かった。
「ああ、実は前に庭でっ…………」
『……日向殿?』
説明をしようとした途端、日向はある考えが浮かぶ。
(今言うのは、流石にヤバいか……?)
というのも、誰かがこの城に忍び込んだというのは、魁蓮としては大問題の話だろう。
それを伝え忘れていたなど、言語道断。
そのため言いにくいという理由もあるが、それよりも気になることがあった。
それは、黒が庭に忍び込んでいたというのに、魁蓮がその後も何も気配を感じ取っていないことだ。
勘が鋭く、気配を感じ取りやすい彼が、だ。
それに、黒は謎だらけの男ではあるものの、日向に対して何も危害を加えようとしてこないため、日向自身も敵視はしていなかった。
そう考えれば、魁蓮が黒の気配を感じ取っていない時点で、彼は報告するほどの人物では無いのかもしれない。
黒だって、たまたま忍び込むことが出来た幸運の持ち主という可能性もある。
(まだ、言わんでもいっか)
ヘタに心配をかけるよりは、何も言わない方がいいのかもしれない。
なんて、逃げるようなことを言っているが、実際あれから何も起こっていない。
そもそも彼はただの放浪者だ、魁蓮だってただの旅人に興味を持たないだろう。
第一今言うとしたら、楊を伝って話が舞い込んでくるなど、きっと魁蓮が1番嫌う流れだ。
もし話すならば、直接本人に言った方がいい。
そう考えた日向は、1番に話すべき相手は楊では無いと考えて、この場は慌てて何とか誤魔化そうとする。
「あぁ、えっと……と、友達!あぁ何か、旅をしている奴でさ?まだ出会ったばっかりなんだけど、もしかしたら、そいつなら志柳に潜入出来るかもって!」
『友達?』
「そ、そう!友達!」
これならば、何とか誤魔化せる。
……と思ったのが、浅はかだった。
『日向殿の友達は、ほとんど人間ですよね?そんな方が、主君の協力を受け入れてくれるのですか……?』
「えっ!え、あ……えっとぉ……」
言われてみればそうだ。
日向はこの黄泉に連れてこられるまでは、魁蓮どころか妖魔にすら会ったことが無かったのだ。
それは城にいる全員が知っている話。
つまり日向が友人の話をする時は、必然的に現世にいる人間の誰かの話になる。
妖魔の可能性は、断じて無いのだ。
そもそも、妖魔の友達なんて出来るわけが無い。
自分から墓穴を掘ったことに、日向は顔が青ざめる。
「あ、あの……人間、なん、だけど……なんつーか、ちょっと変わった奴、で……。
た、旅人だからさ!謎が多い奴なんだ!」
『そんな方が、友達……?』
「そ、そうそう!」
『…………?』
明らかに、楊は疑っている。
まあ無理もない、こんなにも分かりやすい日向の反応を見れば、何かを隠しているのは一目瞭然。
ましてや、あの魁蓮の1部であり彼の力を宿しているとなれば、彼と同じくらいの勘の鋭さは多少あるだろう。
だが、ここで黒のことがバレるわけにはいかない。
日向は更に、懸命に隠し通そうとする。
「と、とにかく!万が一のことも考えて、遠回しに頼んでみるよ!力は強いんだ!それは保証できる!
旅の目的が何かは知らんけど、謎多き花蓮国の歴史が明かされるかもって言ったら、興味を持ってくれるかもしれないし!」
『日向殿が言うなら、信じますけど……』
(よしっ……!)
半ば強引だが、何とか納得してくれたようだ。
だが、そんな時間もつかの間。
日向が心の中でガッツポーズをして喜んでいると、楊は新たな疑問をぶつけてくる。
『ちなみに、その方とは何処で会えるのです?』
「え?何処って………………………………」
日向の思考が停止する。
考えてみれば、黒と会ったのは城の庭。
しかも誰もいない時に、こっそりと。
それだけでは無い、日向が会いに行ったのではなく、黒が会いに来てくれたのだ。
連絡の方法、どこにいるのかの確認。
今の日向には、何も手段がなかった。
「ああああああ!!!!!そうだった!!!!
会う方法が分からねぇんだけど!?つか、今どこにいるのか分かんねぇし!!!」
『おやおや……あははっ』
頭を抱えて悩む日向に、楊は苦笑している。
ここは妖魔しか立ち入ることが出来ない世界。
楊としては、人間である日向の友人が、入れるわけが無いという考えがあった。
案の定、予想通りの反応だ。
『何か、その方の目印になるようなものがあればいいんですけど』
「目印?目印……えぇ、そんなのあったかな……。
僕、まだ黒と1回しか会ったことっ…………ん?」
『ん?どうしました?』
ふと、日向はある疑問が浮かぶ。
(あれ……僕まだ黒と1回しか会ったことないっけ?
それにしては、やけに黒を信用してるな……)
それは、黒と会った回数のこと。
初めて会った時は、忌蛇のことで悩んでしまい、たまたま庭に出ていた時に出会った。
でも日向の記憶では、その1回しか会っていない。
なのにどうしてか、彼とはもっと触れ合った気がしているのだ。
1回だけでは無い、変な感覚。
何故かは分からない、ただそんな気がするだけ。
「あれ……何で……」
何だか、不思議な感覚だ。
1回だけしか会っていないのに、沢山話した気がする。
どうしてなのか、日向は腕を組んで考える。
(黒との、記憶……黒との……)
だが、どれだけ考えても、やはり黒と会ったのは最初の1回だけ。
結局、日向のただの勘違いなのだろうか。
と、思っていたその時。
【変わらず、そのままでいてくれ……
君はずっと、私の特別だ。必ず迎えに来るよ】
「っ…………」
ふと、脳裏に浮かんだ言葉。
黒の優しい声音で語られた言葉に、日向は目を見開く。
日向の記憶では、そんな言葉を言われた覚えがない。
でも確かに、黒の声なのだ。
奥深く、呼び起こされるように浮かんできた言葉。
そして同時に、日向の脳裏にあるものが浮かぶ。
「……黒蝶」
それは、何度か見た不思議な黒蝶の姿。
淡い光を帯びた、神秘的な蝶だ。
何故それを急に思い出したのか分からないが、思えばあの蝶が何なのか、日向はまだ知らない。
でも1度だけ、あの黒蝶に触れた時に、脳内に語りかけてきた声があった。
【大丈夫、怖がらないで
私は、君のそばに居る。
私はいつでも、君を見守っている。
これは、2人だけの秘密だよ】
今思い返せば、あの黒蝶から聞こえた声。
黒にとても似ているのだ。
あの時は、声が聞こえた衝撃の方が大きくて、その声が誰の声なのかまで気が回らなかった。
不思議な蝶もいるものだと、その時は簡単に済ませてしまったのだが……。
そこで日向は、パッとある考えが思い浮かぶ。
「楊!僕の友達に繋がる目印があるかも!」
『えっ、ほんとですか!』
「うん!断言は出来ないけど、多分大丈夫!
でも、出来れば楊にも手伝って欲しいことが」
『手伝って欲しいこと?』
楊が首を傾げると、日向は真っ直ぐに見つめて口を開く。
「黄泉でも現世でも、どっちでもいいんだけど……。
淡い光を帯びた、不思議な黒蝶がいるんだ。多分だけど、その黒蝶と友達が関係あると思うんだ。だから、不思議な黒蝶を見つけたら知らせて欲しい!」
『………………えっ、黒蝶?』
「うん!」
日向の言葉に、楊は息が詰まりかけた。
というのも、彼はその言葉に聞き覚えがあったから。
それは、夏市の日のこと。
司雀が魁蓮に言っていた、あの言葉。
【黒い蝶に奪われた幸せを、全て取り戻す。
それが願いであり、私の使命です】
あの言葉を、楊は魁蓮の中で聞いていた。
初めて司雀が話してくれた、彼の野望。
だから、楊も印象に残っていたのだ。
そして昨日の、突然現れた異型の女妖魔。
彼女の頬には、黒蝶の模様があった。
そんな中での、今の日向からの話。
偶然にしては、出来すぎた話ではないか。
(まさかっ、日向殿の友達って…………)
楊は、背筋が凍った。
日向は一体、どんな奴と友達なのか。
その友達は、一体何者なのか。
もし司雀が以前言っていた黒い蝶、その正体が日向の友達ならば…………。
楊は、日向に慌てて尋ねる。
これは何か、嫌な予感がする。
『ひ、日向殿……その、黒蝶って……』
その時だった。
''楊!!!!!!!!!!''
『っ!!』
脳内に、魁蓮の声が響いた。
直後、楊は全身の力が抜けて、バタッとその場に倒れる。
「えっ、ちょっと楊!?どうしたん!?」
日向は、突然倒れた楊に目を見開いた。
だが、楊には分かっていた。
自分に何が起きたのか。
(しまった……気が抜けていたっ……)
日向から黒蝶の話を聞かされた時、楊はずっと保っていた集中力を緩めてしまったのだ。
衝撃が強すぎた影響で気が散ってしまい、魁蓮に探し当てる隙を与えてしまった。
結果、その一瞬を魁蓮が感じ取って、楊の力を無理やり押さえ込んでいる。
''楊、事情は問わん。代わりに、今すぐ戻れ!!''
『っ………………』
こうなってしまっては、もう逃げられない。
楊は最後の力を振り絞って、日向に言葉を投げかける。
『日向殿っ、もう時間がありません……。
なので最後に、聞いてくださいっ……』
「な、何?」
『僕は暫く、貴方とこうして会うことが出来なくなります。主君に抗いながら膨大な力を消費してしまったので、回復に時間がかかる……。
ですが、また外に出ることが可能になったら、必ず貴方の手助けをしますっ……それまではっ、日向殿に全てを任せることになってしまいますがっ……』
「い、いやいや!全然平気!十分教えてもらったから、僕なら大丈夫!あと、万が一友達に頼めないことも考えて、僕も志柳に行けるよう魁蓮に説得する!」
『……そのこと、なんですがっ……』
「…………楊?」
楊の口が回らない。
でも、伝えなければいけないことがある。
日向のいう友達、その存在のこと。
彼が探そうとしている、黒蝶のこと……。
『…………日向殿。黒蝶を、見つけたらっ…………』
だが、もう限界だった。
楊が言葉を言い切る前に、楊は力尽きた。
そして、みるみるうちに、その空間は崩れていく。
「楊……楊?楊!ねぇ、楊!?やっ……」
直後、日向は真っ黒に覆われた空間に飲み込まれ、一瞬で意識を失った。
その間もずっと、楊は必死に訴えていた。
(日向殿、黒蝶を見つけたら、見つけたらっ……
1人で、行かないでください!!
絶対、主君を呼んでください!!!!
貴方1人では……危険だ!!!!!!!!)
だがそんな楊の思いは……
何一つ日向には届かなかった。
日向は、思い出した適任の人物にパッと笑顔になる。
この城の庭に入り込んだことがある彼ならば、人間だらけの土地へ行っても、問題なく行動出来るかもしれない。
日向だって、初見は人間と見間違えたくらいだ。
魁蓮の目を欺けた男でもある、きっと大丈夫だろう。
と、考えていると……
『くろ……?どちら様ですか?』
「……あっ」
ポカンとした表情を浮かべる楊を見て、日向はハッと思い出す。
思えば、黒と会ったことはまだ誰にも言っていないのだ。
忌蛇はたまたま会ったことがあるものの、特に追求されることなく済んでいるため、彼も覚えているのかは分からない。
別に、隠していた訳でも無かった。
「ああ、実は前に庭でっ…………」
『……日向殿?』
説明をしようとした途端、日向はある考えが浮かぶ。
(今言うのは、流石にヤバいか……?)
というのも、誰かがこの城に忍び込んだというのは、魁蓮としては大問題の話だろう。
それを伝え忘れていたなど、言語道断。
そのため言いにくいという理由もあるが、それよりも気になることがあった。
それは、黒が庭に忍び込んでいたというのに、魁蓮がその後も何も気配を感じ取っていないことだ。
勘が鋭く、気配を感じ取りやすい彼が、だ。
それに、黒は謎だらけの男ではあるものの、日向に対して何も危害を加えようとしてこないため、日向自身も敵視はしていなかった。
そう考えれば、魁蓮が黒の気配を感じ取っていない時点で、彼は報告するほどの人物では無いのかもしれない。
黒だって、たまたま忍び込むことが出来た幸運の持ち主という可能性もある。
(まだ、言わんでもいっか)
ヘタに心配をかけるよりは、何も言わない方がいいのかもしれない。
なんて、逃げるようなことを言っているが、実際あれから何も起こっていない。
そもそも彼はただの放浪者だ、魁蓮だってただの旅人に興味を持たないだろう。
第一今言うとしたら、楊を伝って話が舞い込んでくるなど、きっと魁蓮が1番嫌う流れだ。
もし話すならば、直接本人に言った方がいい。
そう考えた日向は、1番に話すべき相手は楊では無いと考えて、この場は慌てて何とか誤魔化そうとする。
「あぁ、えっと……と、友達!あぁ何か、旅をしている奴でさ?まだ出会ったばっかりなんだけど、もしかしたら、そいつなら志柳に潜入出来るかもって!」
『友達?』
「そ、そう!友達!」
これならば、何とか誤魔化せる。
……と思ったのが、浅はかだった。
『日向殿の友達は、ほとんど人間ですよね?そんな方が、主君の協力を受け入れてくれるのですか……?』
「えっ!え、あ……えっとぉ……」
言われてみればそうだ。
日向はこの黄泉に連れてこられるまでは、魁蓮どころか妖魔にすら会ったことが無かったのだ。
それは城にいる全員が知っている話。
つまり日向が友人の話をする時は、必然的に現世にいる人間の誰かの話になる。
妖魔の可能性は、断じて無いのだ。
そもそも、妖魔の友達なんて出来るわけが無い。
自分から墓穴を掘ったことに、日向は顔が青ざめる。
「あ、あの……人間、なん、だけど……なんつーか、ちょっと変わった奴、で……。
た、旅人だからさ!謎が多い奴なんだ!」
『そんな方が、友達……?』
「そ、そうそう!」
『…………?』
明らかに、楊は疑っている。
まあ無理もない、こんなにも分かりやすい日向の反応を見れば、何かを隠しているのは一目瞭然。
ましてや、あの魁蓮の1部であり彼の力を宿しているとなれば、彼と同じくらいの勘の鋭さは多少あるだろう。
だが、ここで黒のことがバレるわけにはいかない。
日向は更に、懸命に隠し通そうとする。
「と、とにかく!万が一のことも考えて、遠回しに頼んでみるよ!力は強いんだ!それは保証できる!
旅の目的が何かは知らんけど、謎多き花蓮国の歴史が明かされるかもって言ったら、興味を持ってくれるかもしれないし!」
『日向殿が言うなら、信じますけど……』
(よしっ……!)
半ば強引だが、何とか納得してくれたようだ。
だが、そんな時間もつかの間。
日向が心の中でガッツポーズをして喜んでいると、楊は新たな疑問をぶつけてくる。
『ちなみに、その方とは何処で会えるのです?』
「え?何処って………………………………」
日向の思考が停止する。
考えてみれば、黒と会ったのは城の庭。
しかも誰もいない時に、こっそりと。
それだけでは無い、日向が会いに行ったのではなく、黒が会いに来てくれたのだ。
連絡の方法、どこにいるのかの確認。
今の日向には、何も手段がなかった。
「ああああああ!!!!!そうだった!!!!
会う方法が分からねぇんだけど!?つか、今どこにいるのか分かんねぇし!!!」
『おやおや……あははっ』
頭を抱えて悩む日向に、楊は苦笑している。
ここは妖魔しか立ち入ることが出来ない世界。
楊としては、人間である日向の友人が、入れるわけが無いという考えがあった。
案の定、予想通りの反応だ。
『何か、その方の目印になるようなものがあればいいんですけど』
「目印?目印……えぇ、そんなのあったかな……。
僕、まだ黒と1回しか会ったことっ…………ん?」
『ん?どうしました?』
ふと、日向はある疑問が浮かぶ。
(あれ……僕まだ黒と1回しか会ったことないっけ?
それにしては、やけに黒を信用してるな……)
それは、黒と会った回数のこと。
初めて会った時は、忌蛇のことで悩んでしまい、たまたま庭に出ていた時に出会った。
でも日向の記憶では、その1回しか会っていない。
なのにどうしてか、彼とはもっと触れ合った気がしているのだ。
1回だけでは無い、変な感覚。
何故かは分からない、ただそんな気がするだけ。
「あれ……何で……」
何だか、不思議な感覚だ。
1回だけしか会っていないのに、沢山話した気がする。
どうしてなのか、日向は腕を組んで考える。
(黒との、記憶……黒との……)
だが、どれだけ考えても、やはり黒と会ったのは最初の1回だけ。
結局、日向のただの勘違いなのだろうか。
と、思っていたその時。
【変わらず、そのままでいてくれ……
君はずっと、私の特別だ。必ず迎えに来るよ】
「っ…………」
ふと、脳裏に浮かんだ言葉。
黒の優しい声音で語られた言葉に、日向は目を見開く。
日向の記憶では、そんな言葉を言われた覚えがない。
でも確かに、黒の声なのだ。
奥深く、呼び起こされるように浮かんできた言葉。
そして同時に、日向の脳裏にあるものが浮かぶ。
「……黒蝶」
それは、何度か見た不思議な黒蝶の姿。
淡い光を帯びた、神秘的な蝶だ。
何故それを急に思い出したのか分からないが、思えばあの蝶が何なのか、日向はまだ知らない。
でも1度だけ、あの黒蝶に触れた時に、脳内に語りかけてきた声があった。
【大丈夫、怖がらないで
私は、君のそばに居る。
私はいつでも、君を見守っている。
これは、2人だけの秘密だよ】
今思い返せば、あの黒蝶から聞こえた声。
黒にとても似ているのだ。
あの時は、声が聞こえた衝撃の方が大きくて、その声が誰の声なのかまで気が回らなかった。
不思議な蝶もいるものだと、その時は簡単に済ませてしまったのだが……。
そこで日向は、パッとある考えが思い浮かぶ。
「楊!僕の友達に繋がる目印があるかも!」
『えっ、ほんとですか!』
「うん!断言は出来ないけど、多分大丈夫!
でも、出来れば楊にも手伝って欲しいことが」
『手伝って欲しいこと?』
楊が首を傾げると、日向は真っ直ぐに見つめて口を開く。
「黄泉でも現世でも、どっちでもいいんだけど……。
淡い光を帯びた、不思議な黒蝶がいるんだ。多分だけど、その黒蝶と友達が関係あると思うんだ。だから、不思議な黒蝶を見つけたら知らせて欲しい!」
『………………えっ、黒蝶?』
「うん!」
日向の言葉に、楊は息が詰まりかけた。
というのも、彼はその言葉に聞き覚えがあったから。
それは、夏市の日のこと。
司雀が魁蓮に言っていた、あの言葉。
【黒い蝶に奪われた幸せを、全て取り戻す。
それが願いであり、私の使命です】
あの言葉を、楊は魁蓮の中で聞いていた。
初めて司雀が話してくれた、彼の野望。
だから、楊も印象に残っていたのだ。
そして昨日の、突然現れた異型の女妖魔。
彼女の頬には、黒蝶の模様があった。
そんな中での、今の日向からの話。
偶然にしては、出来すぎた話ではないか。
(まさかっ、日向殿の友達って…………)
楊は、背筋が凍った。
日向は一体、どんな奴と友達なのか。
その友達は、一体何者なのか。
もし司雀が以前言っていた黒い蝶、その正体が日向の友達ならば…………。
楊は、日向に慌てて尋ねる。
これは何か、嫌な予感がする。
『ひ、日向殿……その、黒蝶って……』
その時だった。
''楊!!!!!!!!!!''
『っ!!』
脳内に、魁蓮の声が響いた。
直後、楊は全身の力が抜けて、バタッとその場に倒れる。
「えっ、ちょっと楊!?どうしたん!?」
日向は、突然倒れた楊に目を見開いた。
だが、楊には分かっていた。
自分に何が起きたのか。
(しまった……気が抜けていたっ……)
日向から黒蝶の話を聞かされた時、楊はずっと保っていた集中力を緩めてしまったのだ。
衝撃が強すぎた影響で気が散ってしまい、魁蓮に探し当てる隙を与えてしまった。
結果、その一瞬を魁蓮が感じ取って、楊の力を無理やり押さえ込んでいる。
''楊、事情は問わん。代わりに、今すぐ戻れ!!''
『っ………………』
こうなってしまっては、もう逃げられない。
楊は最後の力を振り絞って、日向に言葉を投げかける。
『日向殿っ、もう時間がありません……。
なので最後に、聞いてくださいっ……』
「な、何?」
『僕は暫く、貴方とこうして会うことが出来なくなります。主君に抗いながら膨大な力を消費してしまったので、回復に時間がかかる……。
ですが、また外に出ることが可能になったら、必ず貴方の手助けをしますっ……それまではっ、日向殿に全てを任せることになってしまいますがっ……』
「い、いやいや!全然平気!十分教えてもらったから、僕なら大丈夫!あと、万が一友達に頼めないことも考えて、僕も志柳に行けるよう魁蓮に説得する!」
『……そのこと、なんですがっ……』
「…………楊?」
楊の口が回らない。
でも、伝えなければいけないことがある。
日向のいう友達、その存在のこと。
彼が探そうとしている、黒蝶のこと……。
『…………日向殿。黒蝶を、見つけたらっ…………』
だが、もう限界だった。
楊が言葉を言い切る前に、楊は力尽きた。
そして、みるみるうちに、その空間は崩れていく。
「楊……楊?楊!ねぇ、楊!?やっ……」
直後、日向は真っ黒に覆われた空間に飲み込まれ、一瞬で意識を失った。
その間もずっと、楊は必死に訴えていた。
(日向殿、黒蝶を見つけたら、見つけたらっ……
1人で、行かないでください!!
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