愛恋の呪縛

サラ

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第161話

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「愛していた、人っ…………?」



 日向は、震える声で尋ねる。
 こんな話が来るなんて、微塵も思っていなかった。



『あくまで、僕の考えです。主君が誰かを愛していたなんて話、聞いたことがありませんから。
 でもよくよく考えてみれば、記憶喪失の中に、誰かを愛していた気持ちも含まれているかもしれません』

「……………………………………」



 鬼の王は、自分のことは語らない。
 話していることが、真実とは限らない。
 だから、愛を知らない・くだらない、と話す彼も本音か分からない。
 疑い深いかもしれないが、結局はそうなのかも。

 もし、出来事以外の記憶も無くしているのならば。
 ずっと抱えていたを忘れているのならば。
 愛する気持ちを記憶と共に失っている可能性だって、少なからずはあるだろう。
 本当は、愛が何かを知っているのかもしれない。
 今はただ、忘れているだけで……。



 (そっか……ちゃんといるんだ、大事な人……)



 胸が、苦しかった。
 何かをグッサリと深くまで刺されたように。
 海の中にいて、息が出来ずに苦しくなるように。
 心臓を、強く握りつぶされたように。
 辛くて、切なくて、苦しさでいっぱいになった。
 心のどこかでは、こんな話が来なければいいなと、願っていたのかもしれない。



「……ははっ」

『日向殿?』



 日向は、弱々しく吹き出した。
 どうしようもなく、自分が情けなく感じた。
 勝手に大丈夫だと安心しきって、何かを知ってしまえば、勝手に落ち込む。
 結局、自分1人がずっと考え、感じていたことに過ぎないのに。
 舞い上がって、落ち込んで、絶望して……。
 何とまあ、いい迷惑で、自分勝手な感情なのだ。



『日向殿、大丈夫ですか……?』

「っ……あっはは!何ともねぇよ!思い出し笑い!
 じゃあ楊が僕に打ち明けてくれたのは、その記憶の中にいる人に似ているから、もしかしたらきっかけになるかもしれないって思ったんだな?」

『はい。主君が貴方を大事にするようになったのも、無意識にそれが関係しているのかな、と』

「なるほど、ね?」

『だから、僕が少なからず覚えている記憶の欠片を、貴方に教えました。
 黒神の剣の在り処と、先程貴方に聞かせた主君の声。それが僕が覚えている、僅かな記憶の欠片です』

「教えてくれたんだな、僕に……」



 何となくだが、今までの楊の行動の理由は分かった。
 全ては、魁蓮の記憶を取り戻させるため。
 そのために、記憶の中にいる人物と似ている日向に協力してもらい、きっかけ探しをしていたのだ。
 無関係とはいえ、確かに情報共有は大事だ。

 日向は笑顔を浮かべると、楊の頭に手を伸ばして優しく撫でる。



「ありがとなぁ楊。そんな大事なこと、僕に教えてくれてさぁ。ずっと1人で抱え込んでたんだろ?」

『いえ。貴方はお優しい方なので、勝手に僕が判断したまでです。むしろ、すみません……』

「いいのいいの!なんか、頼られてる感じがして嬉しいからさっ!それに……」

『?』

「魁蓮には、たくさん助けて貰ってるから。そろそろ恩返ししないといけないし。記憶を取り戻して、全て思い出して…………。
 大事な人のことも、思い出して欲しいからな!」

『っ!日向殿っ…………』



 日向は、頑張って笑顔を浮かべた。
 自分は今、自然に笑っているように見えるだろうか。
 無理してるように、見えていないだろうか。
 それが心配でたまらなかったが、乗り切るしかない。
 今はただ、こんな大事なことを話してくれた楊に、心配はかけたくなかった。

 彼は、主君である魁蓮のことを思って行動してくれた。
 記憶を無くしているなんて、誰彼構わず教えることは出来ない事態だ。
 そんな大事なことを、明かしてくれた。
 助けて欲しいと、救いを求めてくれた。
 信じてくれたのだ。



「僕にできることは限られてるかもしれんけど、協力するよ!楊!一緒に、魁蓮の記憶、取り戻そうぜ!」

『はいっ!』

「つーか、アイツにはってもんが何なのか、教えてやらなきゃいけなかったんだよな。
 丁度いい!記憶取り戻させて、同時に愛が何かってのも思い出してもらう!超一石二鳥!!!」

『ふふっ、そうですね』



 この際、自分のことはどうでもいい。
 自分の気持ちなんて、はなから叶わなかったのだ。
 だが、今知れたのは良かった。
 まだ好きだと自覚して少ししか経っていない、諦めるのに時間はかからないだろう。



「てか、魁蓮を好きにさせたその人がどんな人か、なんか気になってきた。だって他人に興味を持たない鬼の王が、惚れた人だぜ?」

『確かに、想像できませんもんね』

「だよなぁ?いやぁ、相当良い人なんだろうなぁ。何か僕も会ってみたくなった。あのクソ鉄壁な男を惚れさせるなんて、人柄が凄い人だよ絶対」

『ふふっ、そんなに気になりますか?』

「えっ、気にならねぇ?アイツが誰かに惚れたって、世間じゃ大騒ぎの話だろ?
 あっ……僕も会ったら、惚れちゃうかな?」

『おやおや、ふふっ』



 そんな他愛ない話をして、気を紛らわす。
 でも、どんな人なのか気になるのは事実だ。
 嫉妬とか、そんなことでは無い。
 ただ純粋に、魁蓮がどんな人と出会ったのかが、とても気になった。
 だって、その人物の存在があれば、彼は孤独ではないと思えるかもしれない。
 そして魁蓮の想いが、成就すれば…………。



「ずっと独りぼっちのアイツには……まあ、幸せになって欲しいからなぁ。早く思い出させてやりてぇ。そしたら、司雀たちも安心するかもな」

『日向殿…………』



 出来ることはしよう、全力で。
 魁蓮が全て思い出して、その人を思い出すことが出来たら、きっと日向はいらなくなる。
 特別な力より、特別な人の方が大事だ。
 もう先が長くない人生かもしれない、死が段々と近づいてきているかもしれない。
 それでも、日向は構わなかった。

 好きな人が幸せになることが、日向の望みだ。



「それで、まずどうする?
 魁蓮にも、肆魔にもバレちゃ駄目。勘づかれでもしたら、終わりだよな?どこから攻めるべき?」



 日向は気を取り直すと、楊に尋ねる。
 まずは、魁蓮の過去がどんなものか、日向も知る必要がある。
 すると楊は、真剣な表情で日向を見つめた。



『今可能な手段は、3つ。
 1つ目は、城の書物庫を読み漁ること。
 2つ目は、巴殿に協力してもらうこと。
 そして3つ目が……志柳です』

「……え、志柳?」



 日向は、片眉を上げて首を傾げた。



「何で志柳が?」

『実は、虎珀殿がこの城に来たばかりの頃。虎珀殿が司雀殿に話している内容を、偶然聞いたのです』

「司雀に?どんな内容だったの?」

『虎珀殿が言うには……。
 どうやら虎珀殿のが、花蓮国の歴史にまつわるものを、志柳で大事に守っていたそうです。詳細については、虎珀殿も聞いてないようで分かりませんが』

「えっ、花蓮国の歴史が、志柳に!?」



 日向は、思わず立ち上がった。
 この長い年月、仙人や考古学者たちが必死に探していた国の歴史。
 いくら頑張っても明かされなかった歴史が、無主地である志柳に隠されているというのか。
 まさか、そんなことが本当にあるのか。



『とはいえ、その話は1000年前の話です。今は名前も変わってしまった土地なので、親友様が守っていたものが残されているとは限らない。
 ですが、あの場所から異型妖魔が出た情報がある限り、あの土地が謎多き場所ということには変わりない。もしかしたら、まだ歴史に関しても……』

「つまり、志柳の中を調べれば分かるかもしれない?」

『はい。もし主君が、過去に花蓮国と深い関わりを持っていたとしたら、国の歴史を調べれば自ずと分かるかもしれない。それに、鬼の王の伝説も花蓮国から出た話です。可能性は十分あります』

「確かに……志柳の謎ってのも、花蓮国に関することがあるからなのかもしれないし……」

『えぇ。それともう少し期待を寄せるとすれば……
 主君の全てだけでなく、黒神との関わりも分かるかもしれません。黒神の剣がここにある理由も』

「っ……………………」



 史上最強の仙人と、妖魔の頂点に立つ鬼の王。
 彼らの関わりと過去が、全ての鍵を握っているのかもしれない。
 そして、魁蓮の記憶の奥深くにいる、日向にそっくりな人物の存在。
 今、1番調べるべきは……志柳だ。



「じゃあ、まずは志柳を攻めるべきだね。虎珀の親友さんが守ってたものがあれば、話は早いんだけど……1000年も経ってたら、望みは薄いかなぁ……」

『まあ、そうですね……それに、虎珀殿の親友様は妖魔です。今や人間しかいない志柳の土地で、それを継続して守り抜いている人間がいるとは思えませんし』

「てか待って。僕、さっき志柳に行くなって言われたばっかなんだけど!あぁ、どうしよう……」



 たった今、志柳に行くことを禁じられた日向が、どうやって志柳を調べればいいのか。
 今の志柳は、人間しかいない。
 妖魔に頼むことは出来ないし、かと言って瀧や凪を始めとした仙人たちにお願いしても、誰も鬼の王の手助けなどしないだろう。



「誰か、問題なく潜入できる奴がいれば、簡単な話だよなぁ。それか、僕たちに手を貸してくれて、尚且つ怪しまれない人間」

『お言葉ですが、主君の手助けをしてくれる人間がいるとは到底思えません……彼は、人間の天敵ですし』

「だよなぁ?てなると、妖魔にしか頼めないんだけど……。
 一見人間にしか見えなくて、言語を話せて、知識もあって、旅人!みたいに振る舞える強い奴っ…………
 
 あっ」

『ん?どうしました?』



 ふと、日向はある人物が思い浮かんだ。
 人間として、いや、人間のような姿をしても違和感がなく、そしてどこにでも潜入できるほどの強者。
 旅人の雰囲気を漂わせる、潜入にはもってこいの存在。
 そう、最強の鬼の王が支配している黄泉の世界に入り込み、且つ誰にも気づかれることなく、庭へと足を踏み入れて日向に会いに来た人物……。





「……くろ……黒がいる……」

『えっ?』





 日向が思い浮かんだのは、偶然この城の庭で出会った謎の放浪者……

 黒だった。
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