愛恋の呪縛

サラ

文字の大きさ
155 / 302

第154話

しおりを挟む
 翌日



「うんっまぁ!」



 食堂では、日向と忌蛇が揃って朝餉を食べていた。
 毎日毎日食べているものなのだが、司雀の作る料理は、格別に美味い。
 美味しい、と一言では言い表せないほどに絶品だ。
 言葉にはしないものの、忌蛇も朝餉の美味しさに笑みを零している。
 日向はあまりの美味しさに、台所で食器を洗っている司雀に声をかける。



「なあ司雀、どうやったらこんなに料理上手くなるわけ?元から天才だったの?」

「あははっ、まさか。そんなことありませんよ。実は昔、色々なことについて研究していた時期がありまして、その時に料理も勉強したんです」

「努力の賜物すぎる。すっげぇ」

「ふふっ、ありがとうございます」



 日向はいつも美味しいと褒めてくれるので、司雀も満足気な表情を浮かべていた。
 魁蓮はあまり感想を口にしないため、好みにあっているかどうかの確認のしようがない。
 日向のように、魁蓮も何か言ってくれればいいのだが。

 そんなことを考えていると、司雀はあることを思い出す。



「そうです日向様。虎珀から伝言が」

「ん?虎珀?」

「はい。龍牙の状態がだいぶ落ち着いたそうなので、もう力は使わなくて大丈夫、だそうです。あとは、虎珀が1人で面倒を見るそうですよ」

「あっ、そうなんだ。でも、任せていいんかな」

「ご心配なく。虎珀は龍牙の看病や手当に関しては、私より上手ですので」

「そっか。なら、任せよっか」



 昨日、日向が龍牙に施した力は膨大なものだった。
 怪我が治ってきている手応えはあったため、あれ以上に酷くなることは無いだろう。
 それに、虎珀が傍にいてくれると言うならば、日向も安心だ。

 だが、一つだけ不安はある。
 次に龍牙が目を覚ました時、2人が仲直り出来ていればいいのだが。
 原因もハッキリと分からないままなので、日向は別の意味で余計に不安になる。



 (仲直り、出来るよな……)



 日向は、手に持っていた吸い物に視線を落とす。
 映っているのは、不安そうな表情を浮かべる自分。
 龍牙と虎珀の関係については、何一つ手を出すことは出来ない。
 こうして不穏な空気が流れている間も、何も出来ない自分が情けなく感じた。



 (まあとにかく、今は待っていよう……)



 ふぅっと一息ついて、心を落ち着かせる。
 今は、龍牙が無事に回復して、眠りから目覚めるのを待つしかない。
 他にも気にしなければいけないことは、数えきれないほどあるのだ。
 一つ一つに落ち込んでいる暇は無い。
 日向は、不安な表情が映った自分を消し去るように、吸い物をゴクッと一気に飲み込んだ。

 その時……。



「ピィッ!」



 廊下から、鳥の声がした。
 かなり近くで聞こえてきたその声に、食堂にいた全員が顔を上げる。



「おや、もしかして……」



 司雀は、食器を洗っていた手を止めて、閉まっている食堂の扉へと向かう。
 そして、扉に手をかけてゆっくりと開けると……



「ピィ~!」

「あらあら、ふふっ。やはり楊様でしたか」



 中に入ってきたのは、楊だ。
 楊は元気よく入ってきて、ぐるっと食堂の中を一周する。



「楊?」



 日向が首を傾げると、一周飛び終えた楊が、日向の肩へと降りてきた。
 日向が少し驚いていると、あることに気づく。



「楊……それ、何?」



 日向は、楊の口元を指さした。
 楊が何やら、口に紙のようなものを咥えていたのだ。
 手紙?伝言?それとも、どこかで拾ってきたのか。
 そんなことを考えていると、楊が突然、その紙を日向に押し付けてくる。
 どうやら、日向に渡すものだったらしい。
 日向がその紙を楊から受け取ると、何やら文字のようなものが書かれていた。
 見えやすいように、紙を机に広げる。
 すると書かれていたのは……





『話がある。裏山に来い』





 の、一言が書かれていた。
 この文面と楊が持ってきたことから考えるに、この文字を書いたのは、間違いなく魁蓮だ。
 そして、楊は日向の元へと降りてきて、この紙を渡してきた。
 楊は、魁蓮の伝言を届けてきてくれたのだ。
 そう理解した途端、日向は胸がザワつく。

 というのも、昨日魁蓮のことが好きだと自覚したばかりなのだ。
 今朝だって、朝餉の場に魁蓮がいるのでは無いかと、内心緊張しながら食堂に来た。
 もう既に、今まで通りの対応が出来ていない。
 ドクドクと、心臓の鼓動が早くなる。



 (お、落ち着け僕……)



 日向は、ゆっくりと深呼吸をした。
 無理に緊張していると、魁蓮に勘づかれる。
 何だ、どうした、などと問い詰められてしまっては、正直逃げ場なんてない。
 今まで通りの態度で居ようと、今から自分に言い聞かせていた。



「よしっ。楊、ちょっと待ってて。すぐ食べる」

「ピィ!」



 少し覚悟が出来ると、日向は残りの朝餉を急いで胃に放り込む。
 ところで、話とは何なのだろう…………。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 朝餉を食べ終わった日向は、楊に乗って裏山に向かっていた。
 乗っていて分かったのは、どうやら裏山というのは、以前夏市で楊に連れてきて貰った山のことらしい。
 魁蓮が居眠りをしていた、あの場所だ。
 あの時と同じように、今回も楊に連れられて。



 (大丈夫大丈夫……)



 日向は空を飛んでいる間も、平常心を保とうと心を落ち着かせていた。
 こんなに落ち着かないのは、生まれて初めてだ。
 裏山に近づくにつれて、魁蓮がいるのだと意識してしまい、頬が熱くなる。
 いつも通りを心がけようと、日向はパンっと両頬を叩いた。
 そして遂に、裏山にたどり着くと、楊がゆっくりと地面に降りる。
 日向も、そっと楊から飛び降りた。



 (ここも綺麗な場所だよな)



 来たのは2度目だが、妖魔の世界とは思えないほど、黄泉の自然は美しかった。
 花が好きな日向は、何度も目を輝かせる。
 何か、特別な力でもかけられているのだろうか。
 そんなことを思いながら、日向はふうっと一息つくと、魁蓮を呼ぼうと息を吸う。
 そして……



「おーい!魁れ゛っ……!!!!!」



 と、魁蓮の名前を呼ぼうとした瞬間。
 ドカッと、日向の頭に何かが強く当たる。
 後ろからの衝撃に、日向はグラッと脳内が揺れた。



「いってぇぇぇ!!!!!!!」



 何という痛さだ、尋常ではない。
 一体、何をどうしたらこんな痛みが来るのだ。
 日向が悶えながら頭を押さえていると、背後から「はぁ」と、深いため息が聞こえてきた。



「小僧」

「っ……」



 その声に、日向はハッと我に返る。
 低い、どこか落ち着く声。
 何度も何度も聞いてきて、今となっては耳がくすぐったくなる声だ。
 そして挙句の果てには、もうその声さえも愛しく感じてしまうような、どうしようも無い状態。
 日向がゴクリと唾を飲み込んで、恐る恐る振り返る。
 あの無駄に美しい顔面、逞しい姿。
 その人物が、今、後ろにっ。





「遅いぞクソガキ……文を届けてどれほど我を待たせるつもりだ。あぁ?」

「アッ………………」





 火照った日向の頬は、まるで冬でも来たのかと言うほどに、血の気が引いて青ざめる。
 背後に立っている好きな人……魁蓮は、驚く程に不機嫌だった。
 こめかみには、怒りの昇り龍。
 彼の背後には、地面に広がる影からジアの鎖が、ジャラジャラと音を立てながら揺れていた。
 先程、日向の頭にきた衝撃は恐らく鎖。
 後ろからあの鎖で、勢いよく叩いたのだろう。
 いつもなら「何すんだよ!」と怒っているところなのだが…………



「あ、あははっ……おはよう、か、魁蓮……」



 今回ばかりは、何も言い返せなかった。
 というのも、日向は朝餉を食べた後に着替えたり、緊張しすぎて心の準備が出来ずに、楊を待たせていたりと……。
 ここまで来るのに、それなりの時間をかけてしまったのだ。
 遅くなってしまった自覚は、十分ある。
 何も言えない日向は肩がすくみ、まるで小さくなったような気分だ。
 目の前から感じる重圧、一歩間違えたらあの世行きかもしれない。



「えっと……あ、あのさ魁蓮!」

「小僧……」

「はいっ……」

「一応聞く。弁明の余地はあるか?」

「あー、あのぉ……」

「あ・る・か????????」

「ナイデス、ゴメンナサイッ…………………………」



 日向は謝りながら、綺麗に土下座をした。
 いや無理だ、何を言っても火に油を注ぐ。
 待たせてしまったのは事実のため、日向は額を地面につけるほど、態度からも全力の謝罪をした。
 ここで殺されたくは無い。
 先程とは違う緊張が走っていると、頭上から呆れたようなため息が聞こえてくる。



「もう良い、顔を上げろ。ったく……」



 意外にも、魁蓮はあっさりと終わらせた。
 いつもならば、更に問いつめて怒るはずなのに、随分と諦めが早くなったものだ。
 日向が恐る恐る顔を上げると、魁蓮は腕を組んで、呆れた表情を浮かべていた。
 まあ説教を終わらせたからといって、魁蓮の不機嫌がすぐに治るわけでもない。
 日向はこれ以上刺激しないために、ササッと素早い動きで立ち上がる。



「あ、あのぉ、王様……?ところで、僕に何の用でしょうか?話がある、とは?」



 かしこまって尋ねると、魁蓮はふぅっと深いため息を吐いた後、気を取り直して向き直る。



「お前の修行のことだが……。
 今日から本格的に再開する」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

処理中です...