愛恋の呪縛

サラ

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第147話

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 翌日。



「やぁ」



 宣言通り、龍禅は妖魔の元へとやってきた。
 昨日と同じ、優しい笑みを浮かべて。
 そんな龍禅の姿に、イノシシの肉を焼いて食べていた妖魔は、とても嫌な顔を浮かべる。
 妖魔の表情に、龍禅は困ったように笑った。



「ちょっと、なんでそんな顔するの?傷ついちゃうよ」

「……なぜ、ここが分かった」

「君、相当強い妖魔でしょ?気配とかで、何となく分かるよ。それに、昨日会ったんだから君の気配覚えてたし。昨日の場所にいなかったから、辿ってきた」

「はぁ……気持ち悪い」

「またド直球に……」



 本音だ、心の底からの本音だった。
 妖魔は龍禅が言った、「また明日来る」という言葉が気になり、龍禅に会わないようにと離れた場所に移動したのだが……
 そんな努力も虚しく、呆気なく見つかった。
 気配を感じ取って追いかけてくるなど、もう逃げる場所が無いと言われているようなものだ。
 こんな男が日々来るのではないかと思うと、退屈な日常は、絶望の日常に変わる。



「イノシシ、好きなの?」



 ガクッと項垂れていた妖魔に、龍禅はなんの躊躇いもなく、隣に腰を下ろしてきた。
 いきなりの距離の詰め方に、妖魔はギョッとする。



「俺はね、鶏が1番好き」

「聞いてねぇ」

「あ、豚も最近ハマってる」

「だから聞いてねぇ」

「そういえば、名前は?」

「ねぇよ」

「無いの?じゃあ、俺がつけてあげようか?」

「うぜぇ」



 勝手に話しだす、勝手に近づいてくる、勝手に仲良くなろうと距離を詰めてくる。
 ストレスや苛立ちを通り越して、もう不思議な何らかの生物にでも見えてきそうだ。
 せっかくのイノシシ肉も、龍禅の登場で不味ささえ感じてしまう。
 だが、龍禅は気にすることなく話し倒す。



「君、この辺に住んでいる妖魔なの?俺、あんまり外に出ないから詳しくなくてね。
 あっ。ここら辺で美味しい果物ってある?」

「………………」

「イノシシを食べているってことは、動物も近くにいるのかい?この季節でよりどりみどりだから、食物の秋の時期は、さぞ綺麗なものなんだろうね!」



 まるで呪いかのように、留まるところを知らない立て続けのお喋り。
 これは、お喋りが好きというよりは、完全に妖魔の気を引こうとしている。
 一刻も早くこの場から去りたい妖魔は、味わって食べていたイノシシ肉を、早めに胃の中へと放り込んでいく。
 もう味なんて感じている場合じゃない。
 だから…………。





「昨日、ここから少し離れた森の中で、数名の仙人が死亡しているのが発見された」

「っ……」





 妖魔の手が止まった。
 横から聞こえてくる声は、先程の陽気な声音のまま、まるで人が変わったかのような話の内容。
 妖魔が目を見開いて固まっていると、言葉は止まることなく続いていく。



「その数名の仙人は、近頃の功績があまり良くなくて、精神的圧力ストレスを感じていた。仙人の中でも落ちこぼれだった彼らは、その発散として弱い妖魔を生きたまま捕らえては、殺すことなく痛めつけて遊んでいた。
 仙人の本拠地への報告は、妖魔は殺したと偽ってね」

「……………………」

「でも、その仙人たちは何者かによって殺された。そして殺されたまま、森の中で死体遺棄されていたところを、別の仙人が発見。で、死んだことが判明した」



 まるで全て見ていたかのように、一連の流れを説明していく龍禅。
 妖魔は、早くなっていた食事の手がゆっくりと遅くなり、肉と一緒に龍禅の話す内容を噛み締める。
 聞いていないようなフリをしながらも、耳は傾けて。

 だが、龍禅は逃さなかった。
 耳を傾けていると気づいていた。
 だから……尋ねた。



「……君でしょう?その仙人を殺して、痛めつけられていた妖魔を助けたのは」



 矛先が、妖魔に向いた。
 その言葉に、妖魔は今度こそ手が止まる。
 口に含んだままの肉も飲み込めないほど、反応に困っていた。
 なぜなら、その通りだったから。



「昨日、君が座ってた仙人の死体の山。あれがそうなんだよね?」

「……………………」

「仙人を殺したことには納得する。俺たち妖魔って言うのは、そういう本能があるから。
 でも……痛めつけられていた妖魔を助けたのは何で?傷の手当までしたよね?」

「……………………」

「君は、一体何を考えてっ」

「どうでもいいだろ」

「っ…………」



 質問攻めしてくる龍禅の言葉を、妖魔は強く遮った。
 別に、彼に話すことなんて何も無い。
 自分が何をしようと、この男には関係ない。
 だから、何も言わない。
 他人からすれば、この妖魔がしたことなんてどうでもいいこと。
 故に、話すことに意味は無い。



「さっさとどっか行け。俺は誰かとじゃれ合う気なんてねぇんだよ」



 冷たく言い放つと、妖魔は食べかけのイノシシ肉を適当に放り投げて、サッと立ち上がった。
 そして、何も言うことなく歩き出す。
 たとえ話の内容が良いものだとしても、妖魔にとって龍禅という男は、既に気持ち悪い存在だった。
 無遠慮に近づいてきて、お喋りしたいだの、仲良くなりたいだの。
 同じ種族とは思えない行いだった。
 だから、一刻も早く彼から離れたかった。



「あっ、待って!」



 だが、龍禅は許してくれない。
 慌てて立ち上がり、去っていく妖魔に向かって駆け寄ってきて、行く手を阻むように妖魔の前へと回り込んできた。
 突然足を止められて、妖魔の苛立ちは限界にまで達している。



「……どけよ」

「ごめん、何度も回りくどいことした。
 実は、君にお礼が言いたかったんだよ」

「……あ?」



 お礼?何の?
 妖魔が片眉を上げると、龍禅はコホンっと咳払いをして改まる。



「君が助けた妖魔、俺の家族の1人なんだ」

「……は?」

「ずっと姿が見えなくて探していたら、手当された状態で戻ってきて。それで、言ってたんだ
 白い衣を着た妖魔に助けられたって……」



 白い衣、まさにこの妖魔だった。
 似たような格好をした妖魔は他にいないし、この付近では妖魔すら見かけない。
 消極法で、彼しかいなかった。



「ありがとう。俺の家族を助けてくれて」



 龍禅は、深々と頭を下げた。
 その姿は、ちゃんと感謝が込められていた。

 だが、妖魔は引っかかっていた。
 龍禅が言った、ある言葉に。



「……家族って、何だ」

「えっ?」



 低く、疑問が含まれた声音。
 その声に深く提げていた頭を、龍禅はゆっくりと上げた。
 そして顔を上げた先にあったのは、信じられないとでも言いたげな、妖魔の表情。
 初めて何かを見た時のような、そんな衝撃を感じた表情だった。



「家族は、家族……だけど」

「そういう事じゃない。お前、妖魔だろ」

「そう、だけど……」

「妖魔に家族という概念は、無に近い。お前の今言ったその言葉は、明らかにイカれているぞ」



 家族。
 人間ならば、当たり前のようにある言葉だ。
 母体から生まれてくるのが人間で、その生まれた家庭の1人になる。
 だがそれは、あくまで人間の話。
 妖魔は、原因不明の自然発生生物。
 故に、自分を生んでくれた母親というものがいなければ、家庭だってない。
 家族なんて、存在しないのだ。



「お前……一体、何なんだ。ただの妖魔じゃねぇだろ」



 この龍禅という男の、全てが理解できない。
 昨日初めて会ったとはいえ、彼の思考や動き、接し方、全てが妖魔とは思えなかった。
 どちらかと言えば、人間より。

 そして、その妖魔の予想は……間違っていなかった。



「俺は……無主地である志柳の、現主領。
 志柳にいる行き場の無くなった人間と妖魔、その全てを守っているんだ」

「しや、なぎ……」



 妖魔は龍禅の言葉に、嫌悪感が増した。
 何よりも善と悪を重んじている妖魔にとって、その場所は理解が出来ない、理解なんてしたくない異質の場所。
 その、主領。

 妖魔は、眉間に皺を寄せながら、全身に妖力を巡らせた。
 妖魔の体は淡く光ると、その姿を大きくさせていき、ある動物の姿へと変化する。



「あぁ納得だ。その人間みたいな雰囲気。あんな場所で過ごしていたら、全てイカれるよなぁ。
 オマケに……その主領とは……」



 怒りを含んだまま変わった姿。
 それは、綺麗な白い毛並みをまとった、白虎だ。
 妖魔は白虎に変わると、鋭い牙をむき出しながら、龍禅を睨みつける。



「半端者が……俺に関わるな。食いちぎるぞ」



 白虎に変わってもなお、妖魔は妖力を込め続ける。
 今にでも飛びつきそうな勢いで、グルグルと喉を鳴らしていた。
 妖魔の白虎の姿は、普通の虎より大きい。
 普通ならば、怖気付くか、気絶するほど。

 だが、龍禅という男は違った。





「虎になれるの君!凄い!

「……は?」

「……あ!ちょっと待って。虎……白い、虎…………
 あっ!虎珀!いいね虎珀!」

「…………?」





 何かを思いついたように、龍禅はパッと明るい笑顔を浮かべてそんなことを言う。
 妖魔が困惑していると、龍禅は自信に満ち溢れた表情で口を開いた。



「名前無いとさ、話す時に困ったりするだろう?だから、仮の名前をつけておこうと思って。その感じだと、名前もつけるつもりないでしょ?だから、勝手に好きなように呼ばせて頂きます!」

「……はっ?」

「俺は今日から、君を虎珀って呼ぶ!
 嫌なら、なにか新しい名前を考えてよね」



 龍禅は、ニコッと満面の笑みを浮かべた。
 それが、全ての始まりだった。
 家族なんて、仲間なんて、何も知らずに生きてきた堅苦しい妖魔の……

 幸せと、悲劇の始まり……。
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