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第146話
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今から、1200年以上前。
仙人と妖魔全盛の時代より、100年程経った頃。
鬼の王が誕生したことにより、仙人と人間、妖魔の均衡というものが崩れ、世が混沌に満ちていた。
そんな時代の中での、ある話だ。
一体の妖魔が、死体の山となった仙人の上に座り、時間が過ぎ去っていくのを待っていた。
妖魔の本能には、人間を殺すことが含まれている。
大抵の妖魔であれば、食事をするためだったり、殺したい欲求のために人間を殺すことが多い。
だが、この妖魔は少し違っていた。
「正義を掲げる仙人という立場でありながら、その役目を全うしないなど……生きてる意味は無いだろ、死んで当然だ。半端者め」
その妖魔は、持ち前の強い力と流暢な言語力を持つ強い妖魔でありながら、名を持っていなかった。
そして、彼の行動理念の全ては、善と悪の判断。
種族など関係なしに悪を挫くことこそが、その妖魔の生きる意味であり、本能だったのだ。
現に、死体の山となっている仙人は、その妖魔にとっては悪だったため、殺された。
逆に、仙人であっても、善であれば手を出さない。
本当に、善と悪でしか物事を見極めない。
彼は、なんとも不思議で、変わった妖魔だった。
「はぁ……」
深いため息を吐きながら、妖魔は体の力を抜く。
妖魔というものは、長寿の生物。
当然、その妖魔もやることが無くなれば、終わりの見えない時の流れに身を任せるしかなく。
いつも通りの退屈な時間が訪れて、ため息しか吐き出せなかった。
足元から漂う血の香りを感じながら、ボーッと森の中を見つめる。
静寂が流れる中、ただじっと………………
「わぁ、凄い仙人の数だね」
「っ……!」
と思っていたのも束の間。
背後から聞こえた陽気な声に、妖魔は眉間に皺を寄せた。
それだけではなく、声と同時に感じるのは、強者の圧や気配のようなもの。
声をかけてきたのが只者ではないと察して、妖魔は限界にまで警戒心を高めた。
そしてそのまま、戦闘態勢を取りながら振り返る。
「っ…………」
振り返った先にいたのは、一体の妖魔。
青い衣を身にまとい、人間に近い見た目をしていた。
いや、そんなもんじゃない。
その妖魔はあまりにも、動作や立ち振る舞いが人間すぎる雰囲気だ。
まるで、人間として生きているような、実に奇妙。
だが間違いない、実力は大いにある妖魔だろう。
「何者だ」
妖魔は警戒したまま、青い衣の妖魔に尋ねる。
すると、青い衣の妖魔は笑顔を浮かべた。
「おっと、これは失礼。
俺の名前は、龍禅って言うんだ。よろしくね」
龍禅と名乗った妖魔は、ハキハキと元気よく自己紹介をした。
その態度が既に、妖魔の疑問を招く。
彼が何をしたいのか、一切分からない。
片眉を上げて困惑していると、龍禅は優しい笑みを浮かべた。
「ちょっとね、この近くに用があって来たんだけど……強い妖魔の気配を感じたものだから、気になって辿ってきたんだ。そしたら、君に辿り着いた」
「……戦いに来たと?」
「あははっ、違う違う。少しお話しようかなって」
「……は?」
そう言うと龍禅は、妖魔へと近づいた。
「この森、凄く綺麗だよね。空気も澄んでいて、美味しい果物も実ってる。そういえば、人間と妖魔の両種族から人気の場所って、前に小さな女の子が教えてくれたなぁ。こんなに綺麗なら、たまに来るのもいいかもしれない」
「……………………」
「あ、むしろ皆を連れてくるのもいいかも。俺が近くにいれば、危険な目には合わないし。それに、いい気晴らしになる。素敵な出会いだってあるだろうからね」
「………………………………」
「こうして外に出てきたのは、何年ぶりかな。いつもはあの場所で皆を守ってるから、久々の遠出は胸が踊るね。あ、そうそう。そういえばこの近くにっ」
その時。
ドォォォン!!!!!!!!!!!!!
その場に、大きな音が鳴り響いた。
あるものとあるものがぶつかり合い、大きな音と共に砂埃が立ち上がり、地面がひび割れていく。
一瞬の出来事、他の誰かであれば、死んでしまうほどの威力だ。
そう、他の誰かであれば……。
「……いきなり殴りかかってくるなんて、怖いよ」
先程の優しい声音のまま、龍禅はそう話す。
そんな彼の目の前には、殺意の目を浮かべた妖魔がいた。
何やら変形した腕と拳で、楽しそうに話していた龍禅に打撃を与えようとしていた。
しかし、龍禅はその拳を、妖力を込めた手で掴んで受け止めていた。
2人がぶつかり合った衝撃は、広範囲に広がる。
「お前の独り言を、黙って聞くと思ったのか?」
「あっ、もしかして……誰かと話すの、嫌?」
「何で話す必要があるんだよ。邪魔すんじゃねえ」
「邪魔なんて、するつもり無かったよ。それに、君だって退屈そうにしていたじゃない」
「……………………」
睨み続ける妖魔に、龍禅は優しい笑みを浮かべる。
人のことは言えないが、何とも奇妙な妖魔だった。
敵意も殺意も全く無く、争う気なんて微塵も感じない。
本当に、話をしたいがために近づいてきたようだ。
でもそれは、妖魔にとっては気味が悪い。
今も、自分の拳を握る手が、気に食わない。
握る拳を中心に、嫌気がさしていた。
「手、離せよ」
「じゃあ離す代わりに、俺とお喋りしようよ」
「はぁ?ふざけたこと言ってんじゃねえぞテメェ」
「ふざけてない。本気」
「無理だ。テメェ、何がしてぇんだよ」
少し強めに言い放つと、今まで優しい笑みを浮かべていた龍禅は、どこか寂しい表情を浮かべた。
でも、その表情は一瞬で、すぐに先程の優しい笑みへと戻る。
「君に、ちょっと興味あって。仲良くなりたいなって」
「は?気持ち悪い」
「あははっ、ド直球……。
でも、嘘じゃないよ」
「尚更気持ち悪い」
「ふふっ」
なぜ、こんなに笑っているのだろう。
仲良くなりたい?冗談じゃない。
妖魔という種族には、仲間意識なんてほとんどない。
基本的に単独行動を好む生物だというのに、他の誰かと関わりを持とうなど、イカれている。
妖魔は、自分のことをまともだと、普通だと思ったことは無いが、ここまでイカレてはいないと自信を持って言えるほどには、龍禅という男が気味悪い。
可能であれば、すぐにでも離れたかった。
こんな男と仲良くなってしまったら、変な悪影響を受けて、おかしくなるかもしれない。
「いいから、離せや」
「あれ、仲良くしてくれないの?」
「当たり前だ、何でいけると思ったんだよ」
「んー……何となく」
「意味わからん」
もう、頭が痛くなる。
どうして自分は、この男に拳を振り下ろしてしまったのだろうか、と思うほどには、龍禅に距離を詰めてしまったことを妖魔は後悔していた。
独り言を無視して、この場から立ち去るのが、1番効率的だったのでは無いだろうか。
妖魔は眉間に皺を寄せて不機嫌な顔を浮かべていると、そんな妖魔の気持ちを感じ取ったのか、龍禅は笑みを浮かべたままため息を吐く。
「わかった。じゃあ、今日は帰るよ」
龍禅の言葉に、妖魔は弾くように顔を上げた。
最高だ、やっと折れてくれた。
これでようやく、意味のわからない龍禅という男から離れられる。
と思ったのも、夢のまた夢の話だった。
「また明日来るから、その時はお話付き合ってよね?」
「…………は?」
「ふふっ、それじゃあね」
妖魔が片眉をあげると、龍禅は妖魔の拳を掴んでいた手を離し、何もせずに背中を向けて歩き出した。
本当に、何がしたかったのだろう。
まるで風のように現れて、風のように過ぎ去っていった。
結局、妖魔は龍禅という男が気味悪すぎて、その日は最悪な気分に包まれた。
仙人と妖魔全盛の時代より、100年程経った頃。
鬼の王が誕生したことにより、仙人と人間、妖魔の均衡というものが崩れ、世が混沌に満ちていた。
そんな時代の中での、ある話だ。
一体の妖魔が、死体の山となった仙人の上に座り、時間が過ぎ去っていくのを待っていた。
妖魔の本能には、人間を殺すことが含まれている。
大抵の妖魔であれば、食事をするためだったり、殺したい欲求のために人間を殺すことが多い。
だが、この妖魔は少し違っていた。
「正義を掲げる仙人という立場でありながら、その役目を全うしないなど……生きてる意味は無いだろ、死んで当然だ。半端者め」
その妖魔は、持ち前の強い力と流暢な言語力を持つ強い妖魔でありながら、名を持っていなかった。
そして、彼の行動理念の全ては、善と悪の判断。
種族など関係なしに悪を挫くことこそが、その妖魔の生きる意味であり、本能だったのだ。
現に、死体の山となっている仙人は、その妖魔にとっては悪だったため、殺された。
逆に、仙人であっても、善であれば手を出さない。
本当に、善と悪でしか物事を見極めない。
彼は、なんとも不思議で、変わった妖魔だった。
「はぁ……」
深いため息を吐きながら、妖魔は体の力を抜く。
妖魔というものは、長寿の生物。
当然、その妖魔もやることが無くなれば、終わりの見えない時の流れに身を任せるしかなく。
いつも通りの退屈な時間が訪れて、ため息しか吐き出せなかった。
足元から漂う血の香りを感じながら、ボーッと森の中を見つめる。
静寂が流れる中、ただじっと………………
「わぁ、凄い仙人の数だね」
「っ……!」
と思っていたのも束の間。
背後から聞こえた陽気な声に、妖魔は眉間に皺を寄せた。
それだけではなく、声と同時に感じるのは、強者の圧や気配のようなもの。
声をかけてきたのが只者ではないと察して、妖魔は限界にまで警戒心を高めた。
そしてそのまま、戦闘態勢を取りながら振り返る。
「っ…………」
振り返った先にいたのは、一体の妖魔。
青い衣を身にまとい、人間に近い見た目をしていた。
いや、そんなもんじゃない。
その妖魔はあまりにも、動作や立ち振る舞いが人間すぎる雰囲気だ。
まるで、人間として生きているような、実に奇妙。
だが間違いない、実力は大いにある妖魔だろう。
「何者だ」
妖魔は警戒したまま、青い衣の妖魔に尋ねる。
すると、青い衣の妖魔は笑顔を浮かべた。
「おっと、これは失礼。
俺の名前は、龍禅って言うんだ。よろしくね」
龍禅と名乗った妖魔は、ハキハキと元気よく自己紹介をした。
その態度が既に、妖魔の疑問を招く。
彼が何をしたいのか、一切分からない。
片眉を上げて困惑していると、龍禅は優しい笑みを浮かべた。
「ちょっとね、この近くに用があって来たんだけど……強い妖魔の気配を感じたものだから、気になって辿ってきたんだ。そしたら、君に辿り着いた」
「……戦いに来たと?」
「あははっ、違う違う。少しお話しようかなって」
「……は?」
そう言うと龍禅は、妖魔へと近づいた。
「この森、凄く綺麗だよね。空気も澄んでいて、美味しい果物も実ってる。そういえば、人間と妖魔の両種族から人気の場所って、前に小さな女の子が教えてくれたなぁ。こんなに綺麗なら、たまに来るのもいいかもしれない」
「……………………」
「あ、むしろ皆を連れてくるのもいいかも。俺が近くにいれば、危険な目には合わないし。それに、いい気晴らしになる。素敵な出会いだってあるだろうからね」
「………………………………」
「こうして外に出てきたのは、何年ぶりかな。いつもはあの場所で皆を守ってるから、久々の遠出は胸が踊るね。あ、そうそう。そういえばこの近くにっ」
その時。
ドォォォン!!!!!!!!!!!!!
その場に、大きな音が鳴り響いた。
あるものとあるものがぶつかり合い、大きな音と共に砂埃が立ち上がり、地面がひび割れていく。
一瞬の出来事、他の誰かであれば、死んでしまうほどの威力だ。
そう、他の誰かであれば……。
「……いきなり殴りかかってくるなんて、怖いよ」
先程の優しい声音のまま、龍禅はそう話す。
そんな彼の目の前には、殺意の目を浮かべた妖魔がいた。
何やら変形した腕と拳で、楽しそうに話していた龍禅に打撃を与えようとしていた。
しかし、龍禅はその拳を、妖力を込めた手で掴んで受け止めていた。
2人がぶつかり合った衝撃は、広範囲に広がる。
「お前の独り言を、黙って聞くと思ったのか?」
「あっ、もしかして……誰かと話すの、嫌?」
「何で話す必要があるんだよ。邪魔すんじゃねえ」
「邪魔なんて、するつもり無かったよ。それに、君だって退屈そうにしていたじゃない」
「……………………」
睨み続ける妖魔に、龍禅は優しい笑みを浮かべる。
人のことは言えないが、何とも奇妙な妖魔だった。
敵意も殺意も全く無く、争う気なんて微塵も感じない。
本当に、話をしたいがために近づいてきたようだ。
でもそれは、妖魔にとっては気味が悪い。
今も、自分の拳を握る手が、気に食わない。
握る拳を中心に、嫌気がさしていた。
「手、離せよ」
「じゃあ離す代わりに、俺とお喋りしようよ」
「はぁ?ふざけたこと言ってんじゃねえぞテメェ」
「ふざけてない。本気」
「無理だ。テメェ、何がしてぇんだよ」
少し強めに言い放つと、今まで優しい笑みを浮かべていた龍禅は、どこか寂しい表情を浮かべた。
でも、その表情は一瞬で、すぐに先程の優しい笑みへと戻る。
「君に、ちょっと興味あって。仲良くなりたいなって」
「は?気持ち悪い」
「あははっ、ド直球……。
でも、嘘じゃないよ」
「尚更気持ち悪い」
「ふふっ」
なぜ、こんなに笑っているのだろう。
仲良くなりたい?冗談じゃない。
妖魔という種族には、仲間意識なんてほとんどない。
基本的に単独行動を好む生物だというのに、他の誰かと関わりを持とうなど、イカれている。
妖魔は、自分のことをまともだと、普通だと思ったことは無いが、ここまでイカレてはいないと自信を持って言えるほどには、龍禅という男が気味悪い。
可能であれば、すぐにでも離れたかった。
こんな男と仲良くなってしまったら、変な悪影響を受けて、おかしくなるかもしれない。
「いいから、離せや」
「あれ、仲良くしてくれないの?」
「当たり前だ、何でいけると思ったんだよ」
「んー……何となく」
「意味わからん」
もう、頭が痛くなる。
どうして自分は、この男に拳を振り下ろしてしまったのだろうか、と思うほどには、龍禅に距離を詰めてしまったことを妖魔は後悔していた。
独り言を無視して、この場から立ち去るのが、1番効率的だったのでは無いだろうか。
妖魔は眉間に皺を寄せて不機嫌な顔を浮かべていると、そんな妖魔の気持ちを感じ取ったのか、龍禅は笑みを浮かべたままため息を吐く。
「わかった。じゃあ、今日は帰るよ」
龍禅の言葉に、妖魔は弾くように顔を上げた。
最高だ、やっと折れてくれた。
これでようやく、意味のわからない龍禅という男から離れられる。
と思ったのも、夢のまた夢の話だった。
「また明日来るから、その時はお話付き合ってよね?」
「…………は?」
「ふふっ、それじゃあね」
妖魔が片眉をあげると、龍禅は妖魔の拳を掴んでいた手を離し、何もせずに背中を向けて歩き出した。
本当に、何がしたかったのだろう。
まるで風のように現れて、風のように過ぎ去っていった。
結局、妖魔は龍禅という男が気味悪すぎて、その日は最悪な気分に包まれた。
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