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第142話
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「仙人の、剣……何でここにっ……」
日向の心臓が、早く脈を打つ。
信じ難い光景だった。
目の前にある仙人の剣は、真っ黒で、波打つような赤い模様がついている。
黒でありながら、やはり珍しい素材で作られた武器のせいか、剣は淡く輝きを放っていた。
大切に使い込まれたような、そんな雰囲気すら感じる。
しかし、今はそんなことに感動している場合ではない。
「何で、どういうことっ……?」
日向は、頭が困惑する。
当然だ、本来であれば有り得ないことが、今起きているのだから。
だってここは、妖魔しか入れない黄泉の世界。
その中心にある、鬼の王の城の中。
霊力を持った仙人でも、この世界ですら到達することの出来ない、言わば幻と同等の場所なのだ。
日向のように、何かしらの条件や理由が無ければ、この世界に足を踏み入れることも、触れることも出来ないだろう。
そんな場所に、この剣は存在している。
「何が、どうして……」
仙人に関する話は、よく瀧と凪に聞かせてもらっていた。
有名な仙人や、面白い仙人、そのほとんどは彼らからの情報によるもの。
しかし、誰かがここに来たという話は聞いたことがないし、何より先例だって無い。
仙人の誰かが、黄泉に消えたという話も聞いたことが無い。
だから、ここに剣があること自体、おかしいのだ。
いや、そんなことよりも気になることがある。
そもそもこの剣の持ち主は、誰だ……?
「ピィィ……」
「っ……」
日向が唖然としていると、楊の弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
日向が楊へと視線を移すと、楊は切ない眼差しで剣を見つめていた。
大きな瞳をゆらゆらと揺らしている。
どうやら、楊が見たかったのはこれだったらしい。
(何で楊は剣がここにあるって、知ってたんだ……?)
困惑、混乱、全てが襲ってきた。
いや待て、まずこの研究室は何だ。
ふと思えば、壁に書かれていた言葉は、古くて読めない文字ばかりだった。
パッと見、研究室に見えるこの空間も、しっかりと目を凝らして観察してみれば、何かが変だ。
ここは何だ。
誰が所有している部屋なんだ。
いや、違う、気にするべきはそこじゃない。
他にあるだろう。
どうして妖魔の世界に、仙人の武器がある?
「っ!そうだ!」
その時、日向はあることを思い出した。
幼い頃、瀧が教えてくれたのだ。
仙人の剣の持ち手には、小さい文字で、名前や通り名が刻まれている。
仙人にとって剣は、命同然。
万が一、持ち主の手から離れてしまったとしても、すぐに返してあげられるようにしているのだと。
それが本当ならば、あの剣にも刻まれているはずだ。
日向は慌てて剣に近づいて、そっと持ち手の部分を見回す。
(文字……文字……どこかにっ……)
妖魔の世界に、仙人の剣がある。
こんなの、誰が予想するだろうか。
まして、妖魔の頂点に立つ、鬼の王の城の中に。
何かしら、大きな理由があるのではないかと、日向は必死に探す。
「っ……!」
その時、日向の目が止まった。
持ち手の部分、何かが小さく刻まれている。
それはまさに、文字と言えるものだった。
日向はその部分に集中し、書かれている文字が何なのかを調べる。
ここに刻まれている文字が名前ならば、この剣の持ち主が分かる。
日向は緊張の面持ちで、じっと見つめた。
そして……書かれている文字を、声に出す。
「……………………黒神………………………?」
名前、というよりは通り名のようだった。
黒神、あまり聞きなれない通り名………だと思ったのだが、日向はその名前に聞き憶えがある。
1度では無い、何度も聞いた。
日向は頭を抱えて、必死に思い出そうとする。
「この名前……確か、夢の中で……」
ふと思い出したのは、あの不思議な夢のこと。
いつかの、夢の中。
穏やかな陽だまりの中で、誰かがそう呼ぶ声がした。
「黒神様!」「黒神様!」と。
誰の声かも分からず、あの場所が何なのかも分からない。
ただ分かっているのは、誰かが黒神を呼んでいたということ。
そしてもうひとつ…………
【雅……】
誰かが、そう呼んだ。
優しい声音、愛しさと思いを込めた声で……。
(僕、なんであんな夢を見たんだろう……)
そんなことを考えていた、直後のこと。
【魁蓮って、どんだけ強いの?龍牙でも超強いのに、魁蓮はそれ以上なんだろ?】
【もちろん!魁蓮が1番強いんだ!】
【みんなそう言うけど、昨日の龍牙の戦いみちゃったからさ。あんま実感ないんだよな】
【俺なんて、比べ物にならねぇよ?
なんてったって、黒神を倒したんだからな!】
【……こくしん?】
「っ……!」
ごく自然と、脳内に蘇ってきた会話。
思い出せ。そう言われているように、その記憶は日向の脳内へと溢れ出てきた。
それはまだ、日向がこの黄泉に来たばかりの頃。
突然黄泉を襲撃してきた異型妖魔と龍牙の戦いが終わった後、庭で龍牙が聞かせてくれた話。
日向は、頭を抱えながら目を見開く。
「魁蓮が、倒した……黒神っ……」
黒神。
初めて聞いた名では無い。
むしろ、何度も耳にしたことのある名前だ。
現実でも、夢の中でも、何度も何度も……。
そして、龍牙に続けて虎珀の言葉も甦る。
【大昔に存在したと言われる、史上最強の仙人のことだ。その当時、黒神は妖魔たちの天敵で、誰一人として彼に傷をつけることが出来なかったらしい】
【え、すげぇ。英雄じゃん】
【だが、その男は仙人でありながら、他の仙人を仲間と認識せずに、たった1人で行動していたらしい。
妖魔は倒しても、人間を守っていた訳ではない。その冷酷な様から、「黒神」という異名で呼ばれていた】
【仙人なのに、周りの人はみんなどうでもよかったってこと?だいぶ冷めてんな、そいつ。
でも、そんな強い仙人を魁蓮は倒したってこと?】
【ああ。あくまで言い伝えではそう語られている。でも魁蓮様は、「興味無い」の一点張りだがな。相手が誰であろうと、人間である以上はどうでもいいんだろう】
「っ……………………」
歴史に名を残す、史上最強の仙人。
その通り名が、「黒神」
しかし、功績を残してきた最強の存在は、かつて鬼の王によって殺された。
たったこれだけの情報しか無いため、あまり印象には残っていなかったのだが……。
その本人の剣が、今ここにある。
彼を倒したと言われている、鬼の王の城の中に。
龍牙と虎珀から聞いた話は、一気に現実味が増してきた。
「……黒神って、何者なんだよ……」
魁蓮が現れるまで、誰一人として倒すことの出来なかった、最強の仙人。
妖魔の天敵であり、人間の味方というわけでもなかった。
そして、一匹狼のように生きてきた彼は、魁蓮の手によって殺されてしまった。
そんな中、今や彼の剣は黄泉の世界に存在する。
身は滅びても、剣だけは生きていた……。
こんなにも、謎を残す仙人は過去にいただろうか。
日向にとっての最強の仙人は、瀧と凪。
だがそれ以上に、黒神は強かったと言われている。
魁蓮だけが倒すことのできた実力者。
本当に、魁蓮は興味が無いのだろうか……。
「君の主様は……どんな人だったの……?」
日向は、剣に語りかける。
何を目的に、仙人として生きていたのか。
人間を守らなかったのは、何故なのか。
その強さは、一体どこから来ていたものなのか。
ここに武器があるのは、どうしてなのか。
なぜ自分の夢の中に、君の名前が出てきたのか……
どうして……………………………
「誰だ!!!!」
「っ!?」
日向が黒神のことを考えていると、ふと背後から声が聞こえてきた。
あまりにも突然のことだったため、日向はビクッと体が跳ね上がる。
ぼーっとし過ぎていた。
日向が恐る恐る、背後を振り返ると……
「……あれ、司雀?」
日向の背後に立っていたのは、司雀だった。
心のどこかでは魁蓮が来たと思っていたため、意外な人物の登場に、日向はポカンとする。
対して司雀も、目をじっと凝らして、目の前にいるのが日向だと分かると、目を見開いて驚いていた。
「……日向様、何故ここにっ?」
日向の心臓が、早く脈を打つ。
信じ難い光景だった。
目の前にある仙人の剣は、真っ黒で、波打つような赤い模様がついている。
黒でありながら、やはり珍しい素材で作られた武器のせいか、剣は淡く輝きを放っていた。
大切に使い込まれたような、そんな雰囲気すら感じる。
しかし、今はそんなことに感動している場合ではない。
「何で、どういうことっ……?」
日向は、頭が困惑する。
当然だ、本来であれば有り得ないことが、今起きているのだから。
だってここは、妖魔しか入れない黄泉の世界。
その中心にある、鬼の王の城の中。
霊力を持った仙人でも、この世界ですら到達することの出来ない、言わば幻と同等の場所なのだ。
日向のように、何かしらの条件や理由が無ければ、この世界に足を踏み入れることも、触れることも出来ないだろう。
そんな場所に、この剣は存在している。
「何が、どうして……」
仙人に関する話は、よく瀧と凪に聞かせてもらっていた。
有名な仙人や、面白い仙人、そのほとんどは彼らからの情報によるもの。
しかし、誰かがここに来たという話は聞いたことがないし、何より先例だって無い。
仙人の誰かが、黄泉に消えたという話も聞いたことが無い。
だから、ここに剣があること自体、おかしいのだ。
いや、そんなことよりも気になることがある。
そもそもこの剣の持ち主は、誰だ……?
「ピィィ……」
「っ……」
日向が唖然としていると、楊の弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
日向が楊へと視線を移すと、楊は切ない眼差しで剣を見つめていた。
大きな瞳をゆらゆらと揺らしている。
どうやら、楊が見たかったのはこれだったらしい。
(何で楊は剣がここにあるって、知ってたんだ……?)
困惑、混乱、全てが襲ってきた。
いや待て、まずこの研究室は何だ。
ふと思えば、壁に書かれていた言葉は、古くて読めない文字ばかりだった。
パッと見、研究室に見えるこの空間も、しっかりと目を凝らして観察してみれば、何かが変だ。
ここは何だ。
誰が所有している部屋なんだ。
いや、違う、気にするべきはそこじゃない。
他にあるだろう。
どうして妖魔の世界に、仙人の武器がある?
「っ!そうだ!」
その時、日向はあることを思い出した。
幼い頃、瀧が教えてくれたのだ。
仙人の剣の持ち手には、小さい文字で、名前や通り名が刻まれている。
仙人にとって剣は、命同然。
万が一、持ち主の手から離れてしまったとしても、すぐに返してあげられるようにしているのだと。
それが本当ならば、あの剣にも刻まれているはずだ。
日向は慌てて剣に近づいて、そっと持ち手の部分を見回す。
(文字……文字……どこかにっ……)
妖魔の世界に、仙人の剣がある。
こんなの、誰が予想するだろうか。
まして、妖魔の頂点に立つ、鬼の王の城の中に。
何かしら、大きな理由があるのではないかと、日向は必死に探す。
「っ……!」
その時、日向の目が止まった。
持ち手の部分、何かが小さく刻まれている。
それはまさに、文字と言えるものだった。
日向はその部分に集中し、書かれている文字が何なのかを調べる。
ここに刻まれている文字が名前ならば、この剣の持ち主が分かる。
日向は緊張の面持ちで、じっと見つめた。
そして……書かれている文字を、声に出す。
「……………………黒神………………………?」
名前、というよりは通り名のようだった。
黒神、あまり聞きなれない通り名………だと思ったのだが、日向はその名前に聞き憶えがある。
1度では無い、何度も聞いた。
日向は頭を抱えて、必死に思い出そうとする。
「この名前……確か、夢の中で……」
ふと思い出したのは、あの不思議な夢のこと。
いつかの、夢の中。
穏やかな陽だまりの中で、誰かがそう呼ぶ声がした。
「黒神様!」「黒神様!」と。
誰の声かも分からず、あの場所が何なのかも分からない。
ただ分かっているのは、誰かが黒神を呼んでいたということ。
そしてもうひとつ…………
【雅……】
誰かが、そう呼んだ。
優しい声音、愛しさと思いを込めた声で……。
(僕、なんであんな夢を見たんだろう……)
そんなことを考えていた、直後のこと。
【魁蓮って、どんだけ強いの?龍牙でも超強いのに、魁蓮はそれ以上なんだろ?】
【もちろん!魁蓮が1番強いんだ!】
【みんなそう言うけど、昨日の龍牙の戦いみちゃったからさ。あんま実感ないんだよな】
【俺なんて、比べ物にならねぇよ?
なんてったって、黒神を倒したんだからな!】
【……こくしん?】
「っ……!」
ごく自然と、脳内に蘇ってきた会話。
思い出せ。そう言われているように、その記憶は日向の脳内へと溢れ出てきた。
それはまだ、日向がこの黄泉に来たばかりの頃。
突然黄泉を襲撃してきた異型妖魔と龍牙の戦いが終わった後、庭で龍牙が聞かせてくれた話。
日向は、頭を抱えながら目を見開く。
「魁蓮が、倒した……黒神っ……」
黒神。
初めて聞いた名では無い。
むしろ、何度も耳にしたことのある名前だ。
現実でも、夢の中でも、何度も何度も……。
そして、龍牙に続けて虎珀の言葉も甦る。
【大昔に存在したと言われる、史上最強の仙人のことだ。その当時、黒神は妖魔たちの天敵で、誰一人として彼に傷をつけることが出来なかったらしい】
【え、すげぇ。英雄じゃん】
【だが、その男は仙人でありながら、他の仙人を仲間と認識せずに、たった1人で行動していたらしい。
妖魔は倒しても、人間を守っていた訳ではない。その冷酷な様から、「黒神」という異名で呼ばれていた】
【仙人なのに、周りの人はみんなどうでもよかったってこと?だいぶ冷めてんな、そいつ。
でも、そんな強い仙人を魁蓮は倒したってこと?】
【ああ。あくまで言い伝えではそう語られている。でも魁蓮様は、「興味無い」の一点張りだがな。相手が誰であろうと、人間である以上はどうでもいいんだろう】
「っ……………………」
歴史に名を残す、史上最強の仙人。
その通り名が、「黒神」
しかし、功績を残してきた最強の存在は、かつて鬼の王によって殺された。
たったこれだけの情報しか無いため、あまり印象には残っていなかったのだが……。
その本人の剣が、今ここにある。
彼を倒したと言われている、鬼の王の城の中に。
龍牙と虎珀から聞いた話は、一気に現実味が増してきた。
「……黒神って、何者なんだよ……」
魁蓮が現れるまで、誰一人として倒すことの出来なかった、最強の仙人。
妖魔の天敵であり、人間の味方というわけでもなかった。
そして、一匹狼のように生きてきた彼は、魁蓮の手によって殺されてしまった。
そんな中、今や彼の剣は黄泉の世界に存在する。
身は滅びても、剣だけは生きていた……。
こんなにも、謎を残す仙人は過去にいただろうか。
日向にとっての最強の仙人は、瀧と凪。
だがそれ以上に、黒神は強かったと言われている。
魁蓮だけが倒すことのできた実力者。
本当に、魁蓮は興味が無いのだろうか……。
「君の主様は……どんな人だったの……?」
日向は、剣に語りかける。
何を目的に、仙人として生きていたのか。
人間を守らなかったのは、何故なのか。
その強さは、一体どこから来ていたものなのか。
ここに武器があるのは、どうしてなのか。
なぜ自分の夢の中に、君の名前が出てきたのか……
どうして……………………………
「誰だ!!!!」
「っ!?」
日向が黒神のことを考えていると、ふと背後から声が聞こえてきた。
あまりにも突然のことだったため、日向はビクッと体が跳ね上がる。
ぼーっとし過ぎていた。
日向が恐る恐る、背後を振り返ると……
「……あれ、司雀?」
日向の背後に立っていたのは、司雀だった。
心のどこかでは魁蓮が来たと思っていたため、意外な人物の登場に、日向はポカンとする。
対して司雀も、目をじっと凝らして、目の前にいるのが日向だと分かると、目を見開いて驚いていた。
「……日向様、何故ここにっ?」
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