愛恋の呪縛

サラ

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第137話

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 それから日向は、魁蓮と共に城下町まで戻ってきた。
 次はコソコソと隠れず、魁蓮の隣を歩いて。
 まだ少ししか書いていない書き物を衣に隠し、離れないように、日向は魁蓮についていく。
 賑やかな城下町、あちこちから聞こえる民の声。
 でも、そんな声すら遠くに聞こえるほど、日向はボーッとしていた。





【お前は、他の者とは違う。お前は、我だけのもの。これ以上の理由など無い】





 気を抜けば、思い出してしまう。
 魁蓮が言う「我だけのもの」というのは、きっと日向自身のことではない。
 日向の力のことなのだ。
 日向自身は二の次か、初めから見ていないかのどちらか。
 だから、いちいち言葉に高ぶる意味などない。
 そう、分かっているはずなのだが。



 (……駄目だ、どうしてもチラつく……くそっ……)



 もう、気を抜かずとも脳裏に蘇ってくる。
 どうして、何がそんなに気になるのか。
 先程言われた言葉のせいで、日向は隣にいる魁蓮の顔だって、まともに見上げることすら出来なくなっていた。
 いつも通りの会話がしたいのに、何故緊張するのか。



「おい、小僧」

「っ!」



 その時、魁蓮から声をかけられた。
 何故今なんだ、出来れば時間差が欲しかった。
 日向が恐る恐る顔を上げると、魁蓮は眉間に皺を寄せていた。



「先程から呼んでいるというのに、無視とはなぁ?」

「……えっ?呼んでた?」

「ほう……?この我の声すら聞き入れんとは……。
 随分と生意気になったものだなぁ?餓鬼め……」



 魁蓮の声と態度から、本当にそうだったのだろう。
 まさか、隣にいる魁蓮の呼び掛けにすら気づけないほど、日向は自分の世界に入り込んでいたのか。
 あまりの集中力の無さに、日向は自分で驚く。



「え!ま、待って!ごめん!まじで聞こえてなかった!無視とかじゃなくて、ほんとごめん!ちょっとボーッとしてて……」

「あ?考え事か?」

「い、いや……ね、寝不足かなぁ?あははっ……」



 言えるわけが無い。
 先程の言葉が脳裏にチラついて、穏やかでは居られないなんて。
 恥ずかしさと困惑で、既にどうにかなりそうだと言うのに。
 当の本人である魁蓮にバレれば、一巻の終わりだ。
 そんなことを考えているなど知るはずもなく、魁蓮は不思議そうに日向を見つめていた。



 (落ち着け僕……一旦、これは忘れよう……)



 いつも通りで居られなくなるほどならば、一時的に記憶から消しておかなければ。
 覚えていろとは言われたものの、日向はこのままでは、自分の身が持たない気がした。
 日向はブンブンと頭を横に振って、静かに心を落ち着かせる。

 その時………………。





「さあさあ見てってくれ~!
 100年に1度しかできない、幻のスイカだよー!」

「……お?」



 遠くから聞こえた、商人の声。
 日向はその声に、ピタッと足が止まる。
 何とも興味を唆られる商売の声だ、好奇心旺盛な日向が見過ごせるはずもない。
 ぐるっと丁寧に首を回すと、何やら人集りが。
 日向は魁蓮のことを忘れて、引っ張られるようにその人集りへと足を進めた。



「さあ!買った買った!次に売られるのは、100年後だよ!良い100年にしたくないかい~?」



 日向は妖魔の人集りから、見えるところはないかと探した。
 そして何度かその場で飛び跳ねたり、隙間から覗いてみたり、試行錯誤してようやく目にした。



「えぇっ!?」



 日向は、店頭に置かれているスイカに驚く。
 微かにしか見えないが、そこに置かれているのは、日向が知っているスイカではない。
 よく見るスイカの倍の大きさ、黄緑に近い見た目と黒色のなみなみ模様。
 一見、普通のスイカと同じような見た目をしているのだが、その姿は圧巻のもの。
 幻のスイカ、と言われて納得するくらいには立派なものだった。



「みずみずしくて、なによりどこを食べても甘い!丹精込めて作られた100年に1度のスイカは、どの果物や野菜にも負けない、天下一品のものだよ!
 人間だって食べたことない珍しいものだ!さぁ買った買った!ちなみに、限定3個だよ!」



 日向の腹が、ぐうっと鳴った。
 あれは、厄介なものすぎる。
 日向の脳内は、想像で考える幻のスイカの味で埋め尽くされていた。
 甘い、限定、天下一品。
 すっかり日向は商売に乗せられている。



 (美味そう……食べてみたいっ……!!!!!!)



「おい、小僧」

「おわっ」



 日向がスイカに夢中になっていると、日向はヒョイッと持ち上げられた。
 日向が顔だけ振り返ると、不機嫌そうな顔で日向を抱え上げる魁蓮の姿が視界に入る。
 そこで日向は、自分が魁蓮から勝手に離れたことを思い出す。
 先程、離れるなと釘を刺されたばかりだというのに。



「言いたいことは分かるな?小僧……」



 魁蓮は、引きつった怒りの笑みを浮かべた。
 ああ、これは駄目だ。
 日向は気まずいと思いながらも、申し訳なく頭をさげる。



「す、すみません…………」



 これは、十割日向が悪い。
 しかし、日向は引き下がれなかった。



「そ、それより魁蓮!あれ!あれ見て!」

「?」



 そう言いながら、日向は人集りの先を指さす。
 魁蓮が軽く首を傾げて視線を向けると、大きなスイカを店頭に、何やら商売をしている妖魔が見えた。
 魁蓮はスイカを見た瞬間、「あぁ」と声を漏らす。
 当然、この黄泉を支配している魁蓮は、知っている品物だ。



「久々に見たなぁ。今年は丁度、100年を迎えたところだったのか」

「でっかくね!?しかも、なんか美味そう!魁蓮は、あれ食ったことある!?」

「無い」

「え、まじで!ならさ、興味持たない!?」

「持たん」

「は!?お前、正気か!?100年に1度だぞ!滅多に食えないものじゃん!100年!100年!ひゃく!!!」

「……お前、我をいくつだと思っている」

「え?せ、1000歳……?いやでも、お前は1000年封印されてたんだろ!?1000年お預け食らってたんだからさ、復活祝いに~」



 日向は、商人のようにスイカを勧める。
 というのも、本音は日向が食べてみたいからだ。
 生憎、今日はお金を持っていなかった。
 そのため、魁蓮に交渉する他ない。
 魁蓮の興味を少しでも持たせるために、日向はごますりのように話す。

 しかし、相手は鬼の王だ。
 一筋縄でいくような、簡単な男では無い。



「却下だ、興味無い」

「えぇ!?なーんーでー!」

「大体、お前が食いたいだけだろう?」

「うぐっ……で、でも!美味そうじゃん!
 じゃ、じゃあ!僕これ買いたいから、一旦城にお金取りいきたい!で、買う!そしたら、いいだろ!?」

「小僧が買う?
 ……念の為聞くが、値段は把握しているのか?」

「ん?値段?」



 そういえば、いくらかは知らなかった。
 100年に1度!幻のスイカ!とゴリ押しされるのだから、安価なものではないことは伺えるが。
 実際はいくらなのだろうかと、日向は目を凝らして、値札を探す。
 すると、数字が書かれている看板が目に止まった。
 書かれていたのは、こうだ。



 ''30万円''



「ヒョオッ……!?」



 高額、
 まあ幻のものと考えれば、安い……のか?
 物欲だらけだった日向の脳内は、値段を見た途端に、即座に諦めモードへと入る。
 あんな高額なもの、流石に手が出せない。



「た、高いっ……僕、買えないっ……」

「はぁ、莫迦め……」



 値段を把握していなかった日向に、魁蓮は呆れてため息を漏らす。
 そもそも、あんな高額なもの、買う者はいるのだろうか。
 余程の金持ちか貴族か何かでは、手が出せないようなもの。
 まさに、幻。



「……魁蓮、僕、諦める……」

「ふん……」



 破産するよりは、我慢する方がいい。
 日向は若干消失しながら、遠くに感じるスイカを見つめた。
 次、あのスイカに会えるのは、100年後だ。
 となると、日向は二度と会えないだろう。
 117歳まで生きるならば、別だが……。

 完全に諦めた日向を、魁蓮はゆっくりと地面に下ろす。
 そして、ようやく2人は城へと向かった。
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