愛恋の呪縛

サラ

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第135話

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「あいすまんな。先程、我がこの餓鬼とぶつかってしまい、その衝撃で菓子を落としてしまった」

「「っ!!!!!」」



 魁蓮の言葉に、日向と子どもは驚く。
 何を言っているんだ?
 あのお菓子が無駄になったのは、ふざけて走ってきた男妖魔たちのせいだというのに。
 どうして、魁蓮がその肩代わりを?
 日向の頭は、困惑だらけ。
 そんなこと、魁蓮が気づくはずもなく、話は進んでいく。



「え、魁蓮様がですか?」

「あぁ。ひどく落ち込ませてしまったのでなぁ、詫びに再度買いに来たというわけだ」

「あぁ、そういうことでしたか!
 そういう理由でしたら、代金は受け取りませんのでっ」

「いいや、そこは払う。我の失態で起きた事だ。
 とにかく、同じ菓子を見せてくれ」

「あ、わ、分かりました!少々お待ちください」



 店主は慌てて、菓子を取りに行った。
 店主がその場から居なくなると、それを見計らって、子どもは魁蓮の羽織をクイッと引っ張る。



「王様!なんで!」

「何がだ?」

「何がって、王様は何も悪くないのに!」

「だったら何だ?」

「だ、だって……」



 子どもは、申し訳なさそうに目を伏せる。
 子どもでも、これがよくないことだと理解しているようだった。
 あのお菓子を落としてしまったのは、あの男妖魔たちとぶつかったから。
 自分の不注意もあって、落としてしまったから。
 魁蓮は、一切関わっていない。
 そんな魁蓮が、代わりに詫びなど、快く受け入れられるわけがないのだ。
 子どもでなくとも、遠慮する。
 どうしていいか分からず、子どもが悲しい表情を浮かべていると……



「わっ!」



 突然、魁蓮は子どもを片手で抱えあげた。
 いきなりの浮遊感と高くなった視界に、子どもは目を見開いている。
 何故、自分は抱っこされたのだろうか。
 そんな疑問を抱いていると、



「そんな顔をするな」

「っ……」



 少し優しい、低い声。
 真隣から聞こえた声に、子どもは首を回す。
 すると魁蓮は、子どもを抱っこしたまま、店の中から外を見つめた。
 城下町を行き交う妖魔たちを見つめ、そして口を開く。



「お前たちのような子どもは、これからの未来を担う存在。その子どもが悲しむなど、言語道断。子どもというのはな、我々からすれば宝も同然だ。
 その宝の明るい未来のため、笑顔のため、我々大人は導いてやらねばならん」

「っ………………」

「このようなことで悲しみに暮れるな。子どもは子どもらしく、元気に騒ぐのが1番だ。申し訳ないなど、思わなくていい。
 お前たちが住むこの黄泉は、我のものだ。ここに住まう妖魔は皆、気ままに生きる義務がある」

「王様の、もの?」

「ああ。故に、不祥事などは直ぐにでも取り除かねばならん。心地よい日々を壊すものは、我が許さん。
 お前もこの黄泉に住まう妖魔ならば、少なからず笑っていろ。今のその悲しい顔は、似合わん」



 魁蓮は、優しい笑みを浮かべた。
 子どもには、難しい言葉や考えというものは、ちゃんと伝わらない。
 きっと、魁蓮が今言ったことも、全てを理解出来ている訳では無いだろう。
 でも、子どもには直感というものがある。
 善か悪か、その程度の判断が出来るくらいには。



「……でも、いいの?お菓子貰っても」

「構わん。それに、これは我の我儘でもある」

「王様の、我儘?」

「あぁ」

「ふふっ、王様でも我儘言うんだね。何か変~」

「……どういう意味だ」



 魁蓮が片眉をあげると、子どもは魁蓮の首に手を回して、元気よく抱きついた。
 その姿は、とても嬉しそうだった。



 (魁蓮……)



 日向は、その光景に胸が暖かくなった。
 不器用ながらも、魁蓮の無意識の優しさ。
 子どもにも伝わる、彼の気遣い。
 それは本当に美しく、王に相応しい。
 他人に興味を抱かないはずの魁蓮が、子どもからの抱擁には嫌な顔ひとつせず、落ちないようにとそっと支えている。
 今まで見た事のない、魁蓮の姿だった。

 子どもがぎゅーっとしばらく抱きつくと、少し離れて、魁蓮に向けて満面の笑みを浮かべる。



「ありがとう!王様ぁ!」



 お礼を言った子どもに魁蓮は目を見開くと、直ぐにニヤリと口角を上げた。



「ほう?ありがとう、が言えるのか。
 良い良い、お前は立派な男だ。褒めてやろう」

「あははっ!くすぐったい~!やめて王様ぁ!」



 魁蓮はそう言いながら、子どもの頭を乱暴に撫でる。
 その魁蓮の仕草に、子供はキャッキャと笑っていた。

 しばらくしていると、店主が戻ってきた。



「魁蓮様、こちらがこの子どもが買った菓子です」

「これは、実に綺麗な見た目をしているな」

「はい!当店1番人気の品ですから!他にも、味が違うものがございますよ」



 魁蓮はその菓子を見つめていると、子どもへと視線を戻した。



「お前の言っていた、''みんな''とは、誰のことだ」

「お友達だよ!みんな仲良し!」

「数は」

「5人!僕をいれて6人で、いつも一緒なんだ~」

「ほう、そうか」



 すると魁蓮は、店主へと視線を戻して口を開いた。



「店主、この菓子を6人分。
 それから、別の味のものも同じく6人分包んでくれ」

「えっ!お、王様!?」

「頼んだぞ、店主」

「か、かしこまりました!すぐご用意します!」



 目の前の会話を聞いていた店主は、魁蓮の姿に目を輝かせながら、上機嫌でお菓子を包みに行った。
 流石にここまで来ては、子どもも唖然としている。
 すると魁蓮は、子どもに視線を向けることなく、口を開いた。



「良い店を教えてくれた礼だ、友と食え」

「い、いいの?」

「ククッ、断ったら怒るぞ?」

「っ!ううん!貰う!ありがとう!!!」



 子どもは再び、魁蓮に抱きついた。
 はたから見れば、2人は親子のようだった。
 子どもは先程までの暗い顔が嘘のように、今は笑顔で溢れている。

 それから店主の準備が終わると、魁蓮は菓子を片手に持ち、もう片方では子どもを抱っこしていた。
 店主に見送られながら、2人は城下町を歩いた。



「それでね!僕がドーンッて妖力を使ったら、鏡に当たって跳ね返ってきちゃったの!」

「つまり、自分の攻撃を食らったということか?」

「そう!すっごい痛かった!」

「ククッ、とんだ間抜けよの」

「間抜けって、ひどいよ王様ぁ!」

「ハハッ、すまんすまん」



 子どもは、すっかり魁蓮に懐いていた。
 そして魁蓮も、子どもの話に耳を傾けて、優しい笑みを浮かべている。
 幸せな空間だった。
 時々、すれ違う妖魔たちに不思議な視線を向けられていたが、全員が納得したように笑顔を浮かべると、誰一人として魁蓮には声をかけることは無かった。

 それから楽しい会話を繰り返していた魁蓮と子どもは、城下町から少し離れた村にたどり着いた。
 少し薄暗いその村では、5人の小さな子ども妖魔たちが、石を使って楽しく遊んでいる。



「みんなぁ!ただいまぁ!」



 子どもがその集団に声をかけながら手を振ると、その声に気づいた子どもたちが、パッと明るい表情を浮かべて、遊んでいた石を捨てて走ってきた。
 同時に、一緒にいる魁蓮に驚いている。



「おかえりー!ってあれ?王様?」

「わあ!王様だ!」

「王様!なんでここにいるの?」

「見て見て!王様、すっごい大きいよ!」

「かっこいい!」



 子どもの好奇心が、溢れまくっている。
 魁蓮はキャッキャと騒ぐ子どもたちを横目に、ずっと抱えていた子どもをそっと地面に下ろした。



「みんなに、お土産があるんだよ!」

「「「「「えっ、なになにー!」」」」」



 5人が目を輝かせる中、魁蓮は子どもに先程買った2種類のお菓子を渡す。
 そして子どもは、そのお菓子をパカッと開けた。



「「「「「わぁぁぁ!美味しそう!!」」」」」



 色とりどりで綺麗なお菓子に、皆夢中だ。
 その反応が嬉しくて、子どもは更に口を開く。



「でしょでしょ!実はね、王様が買ってっ」



 嬉しそうに子どもが話そうとすると、魁蓮はその子どもの口を手で塞ぎ、無理やり口を挟んだ。



「この者がお前たちの為にと、遠い城下町まで足を運んで買ったものだ。お前たちの友は、素晴らしい男だ。たくさん礼を言ってやれ。実に立派だったぞ」

「っ……!」

「「「「「わーい!ありがとう!!!!!」」」」」



 魁蓮の言葉を聞いた子どもたちは、満面の笑みでお礼を言った。
 だが子どもは、どうして?というような表情を浮かべて、魁蓮を見上げている。
 すると魁蓮は、キャッキャと騒ぐ子どもたちに気づかれないように、小声で子どもに話しかけた。



「落としたとしても、お前はしっかり菓子を買っていただろう?誰の手も借りず、たった1人で成し遂げようとした。立派ではないか。お前は十分、よくやった」

「っ!」

「これも全ては、お前の努力の賜物だ。自分が成し遂げたと、心に刻んでおけ。
 我は、お前に「ありがとう」と言われただけで、十分恩は返してもらった。あとは、全てお前のものだ」

「王様っ………………」



 子どもは、涙目になりながら抱きついた。
 子どもにとって、今の魁蓮は、本当に神々しく見えている。
 
 初めて、1人で行った城下町。
 たくさんの妖魔がいて、何度も迷子になりながら、1度食べてみたいと皆が言っていたお菓子の店を見つけ、ずっと貯めていたお金で買ったお土産。
 大人からすれば小さなことでも、子どもにとっては広い世界の、1つの大きな冒険だった。
 結局、自分が買ったものは無駄になってしまったが、皆の願いを叶えることは出来た。

 その全てを、魁蓮はちゃんと見ていた。
 だから、ここまで見届けたのだ。



「いつでも城下町に遊びに来い。次は、友も連れて。
 その時は、美味いものを食わせてやろう」

「「「「「「やったあ!!!!!」」」」」」



 子どもたちは、揃って両手を上げて喜んだ。

 その光景を、日向は離れた場所から見ていた。
 初めて見た、魁蓮の姿。
 王としての、彼の姿。
 子どもに見せる、あの屈託のない笑顔。
 その全てが……何だか……。



「……優しいんだな、アイツっ……」



 黄泉にいる妖魔たちが、あんなにも魁蓮のことを尊敬している理由が、今分かった。
 彼は、ちゃんと見ているのだ。
 自分以外の全てがどうでもいい、そんな態度を取っているのに、実際はそんなことなくて。
 王として、この黄泉を、妖魔たちを、ずっと見守り続けている。
 人間が決して知ることの無い、彼の本当の姿。

 それを知った途端、日向の胸がギュッと、締め付けられた。
 痛くは無い、暖かくて、どこかむず痒い。
 彼を見つめれば見つめるほど、苦しい。
 同時に、頬が熱くなってきた。



 (かっこいいよ……お前……)



 決して口には出せないけど、嘘偽りない本音だった。
 子どもと話している魁蓮を見つめながら、日向は優しい笑みを零す。
 そして、このままここにいても邪魔になるだろうと思い、日向はそのまま帰ることにした。

 ところが………………



「……ん?」



 ふと、魁蓮たちに背中を向けた途端、いきなり腕を捕まれ、同時に腰に手が回ってきた。
 日向がポカンとしていると、グイッと後ろに引っ張られる。



「おわっ!?」



 日向はバランスを崩して、体がよろめいた。
 だがそのよろめいた体は、後ろにあった壁のようなものに支えられ、日向はギリギリのところで足を踏ん張る。
 何事かと日向が驚いていると……





「それで?お前は一体、何をしている。小僧」

「っ!」





 耳元から聞こえたのは、甘ったるい低い声。
 もう、何度も聞きなれた声。
 そして……。

 今、1番胸がくすぐられる、特別な声だった。
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