愛恋の呪縛

サラ

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第125話

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 (ともえ、様……?)



 聞いたことの無い名前に、日向は首を傾げた。
 巴と呼ばれた女妖魔は、艶めかしい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと大広間へと入ってくる。
 1歩、また1歩、巴が歩く度に甘い香りが漂った。



「変わらないわねぇ、ここは。魁蓮の妖力が充満していて、とても心地がいいわ」

「流石というべきでしょうか。
 そのようなことを仰るのは、巴様くらいです」

「ふふっ、当たり前じゃない。妾はそんなヤワな女じゃないんだから」



 自由に歩き回る巴を、司雀は冷静に対応する。
 しかし、龍牙たちの警戒心が弱まることは無い。
 むしろ、大広間へと足を踏み入れた瞬間から、その警戒心は限界にまで達していた。
 そんなこと気にもせず、巴はぐるりと大広間を見渡していく。



「ところで、魁蓮はどこにいるの?今日は、彼に会いたくて来たんだけど」

「魁蓮でしたら、自室にいますよ」

「えぇ?よりにもよって自分の部屋にいるの?あの場所は、妾でも近づけないのに~。呼ぶことは駄目?」

「魁蓮は今、考え事をしていまして。出来れば、そっとしておいてくれると助かります」

「あら。悩み事?1人で抱え込ませるなんて可哀想だわ?何もしてあげないの?」

「魁蓮が望んでいることなので、我々は待つだけですよ。それに、先程まで一緒に考えていたので」

「ふ~ん。貴方でも無理だったの。それは深刻な悩み事ね」



 さり気ない会話のように聞こえるが、この間、司雀はずっと警戒している。
 巴には伝わっていないようだが、なるべく刺激をしないようにと司雀がずっと気を配っているのは、他の肆魔には伝わっていた。
 その中でも、龍牙は必死に、日向を隠している。

 だがその努力は、巴の言葉で白紙になった。





「ところで……さっきからこの大広間の中に、
 を感じるんだけど?」

「「「「「っ!?」」」」」





 巴の言葉に、今度は日向も驚いた。
 恐らく、巴が言っている人間の気配は日向のこと。
 だがそれは、ありえない事だ。
 なぜなら、今の日向は魁蓮の力で守られていて、人間だということがバレないようになっている。
 姿を見たわけでも、会話を交わしたわけでもないのに、巴は気配だけで人間がいると感じ取った。
 その勘の鋭さは、肆魔全員が驚愕するほど。
 そして巴の恐ろしさは、これだけでは終わらない。



「ねぇ龍牙。貴方の後ろから感じるのよ。
 そこに誰がいるのかしら?」

「っ……!」



 巴は、どこにいるのかも言い当てた。
 そう、龍牙が日向を隠していた理由は、こういう事だった。
 龍牙はグッと歯を食いしばり、巴の言葉には何も答えない。
 退く気がない龍牙に、巴は首を傾げる。



「貴方が誰かを守ろうとするなんて……
 見ない間に、随分と変わったわね」

「うるせぇ……お前には関係ないっ……」



 龍牙の後ろにいた日向は、必死に息を殺した。
 いつもの日向なら姿を現しているところだが、肆魔が警戒している姿を見て、自分が出てはいけない状況だと理解する。
 そもそも、巴が何者なのか、日向は知らない。
 既に只者ではない雰囲気を纏う彼女に、真っ向から接すればどうなるか。
 何より、いつも騒がしい龍牙が、緊張の面持ちで巴に立ち向かっている。
 それが、何よりも危険だと暗示させる証拠だ。



「そう……退く気は無いのね。なら……」



 すると巴は、クイッと指を左に向けた。
 直後、龍牙の周りに赤い霧が現れ始めた。
 龍牙が警戒した瞬間。



「っ!?」



 ドカッ!!!!!!!!!!!!!



 赤い霧は、まるで実態を持ったかのように龍牙にまとわりつくと、勢いよく龍牙を壁側へと投げ飛ばす。
 思い切り壁にぶつかった龍牙は、強い衝撃が走る体を抑え、その痛みに耐えていた。
 たった1度の衝撃で、龍牙の全身は血だらけだ。



「あ゛っ……!!!!!!!!」

「うふふっ、大丈夫よ?死なない程度にしたから」



 痛みに耐える龍牙に、巴は軽々とそう口にする。
 なんと酷い行いだ。
 壁になってくれていた龍牙を失った日向は、今の一瞬の出来事に、声が出せない。
 あの龍牙が、いとも簡単に。
 この巴という女妖魔は、危険だ。



「さてと……一体誰がっ……………………」



 龍牙を投げ飛ばした巴は、ずっと隠れていた日向へと視線を移した。
 呆然としていた日向は、ハッと我に返って、巴を見上げる。
 目がパチッと合うと、日向はゾワッと恐怖を感じた。
 殺される、何かされる、そう覚悟した。
 ところが…………。



「えっ………………?」

「っ……?」



 日向を見た瞬間、巴は今まで浮かべていた笑みが消え、目を大きく見開いていた。
 その反応に、日向は疑問を抱く。
 巴は、ただ日向を真っ直ぐに見つめた。
 まるで、自分の今見ているものが、信じられないとでも言うような。
 動くことが出来ず、日向はただ、見つめられるのを見つめ返すことしか出来なかった。
 しかし、意外だったのは、ここからだった。



「……何で、アンタがここにいるの……」

「……えっ?」

「どういうつもり……何でいるのよっ……」

「えっ、あのっ、一体何をっ」



 その時。



「う゛っ!!!!!!!!!」



 先程、龍牙を投げ飛ばした赤い霧が、今度は日向の首元にまとわりついて、グイッと日向を宙に浮かせる。
 首を絞められている状態の日向に、肆魔は目を見開いた。



「巴様!何をっ!」

「黙りなさい、妾はこの子に用がある。
 手を出せば、この子の首を折るわよ」

「っ……!!!!!」



 巴は、眉間に皺を寄せた。
 目の前で、首を絞められて苦しむ日向を見つめながら、ギリっと歯を食いしばる。



「何でここにいるのよっ……一体どういうつもり!?」

「あっ……は、はなし、てっ……」

「答えなさい!何でここにいるの!?アンタっ、自分が何をしているのか分かっているの!?」

「く、苦しっ……お、ねがっ」

「どうして魁蓮の近くにいるのよっ……アンタのせいでっ、アンタがいたせいでっ…………
 彼はっ、苦しんだっていうのに!!!!!!!」



 (何のことっ……何を言ってるんだっ……!?)



 巴の言葉は、日向には訳が分からなかった。
 真剣な、いや、怒りを含めた眼差しを向けられ、日向は反抗することすら出来ない。
 対して巴は、目に涙を溢れさせていた。
 恨み、憎しみ、それら全てを含めた憎悪の眼差しは、しっかりと日向を捉えている。



「今更戻ってくるなんて、頭イカれているの!?アンタっ、魁蓮の気持ちを軽んじているんじゃないでしょうね!?どの面下げて、戻ってきたのよ!!!!!」

「うっ、あっ……あ……」

「アンタが、せいでっ……魁蓮は、生き地獄を味わったのよ!!」



 訳が分からない。
 彼女は、一体何を言っているのか。
 なぜあんなに怒っているのか。
 ただ、首を絞められている苦しみが続いて、考えることすら出来ない。
 でも、一つだけ伝わってくるのは……

 巴は、魁蓮のことを思って怒っている。



「アンタだけは許さないっ……。
 国を守りきれず、魁蓮から離れたアンタをっ、妾はっ!!!!!!」

「うっ…………はっ…………」



 意識が遠のく。
 目眩がする。
 このままではっ……。



 (た、助けてっ………………魁蓮っ……)



 その時だった……。





 ブワッ!!!!!!!!!!!!!!





 突如、大広間を黒い影が覆い尽くす。
 影は深く飲み込んでいき、日向の首を絞めていた赤い霧を、バチンっと断ち切った。
 直後。



「っ……!」



 瞬きをした一瞬。
 巴の前に現れた、1人の姿。
 赤い霧から解放された日向を抱きかかえ、巴へと背中を向ける。
 その姿から感じるのは、重苦しい妖力の気配。



「久しいな、巴。無礼極まりないお前の挨拶。
 しかと受け取ってやろう……だが、2度は無い」



 そう言って振り返ったのは、赤い瞳をギラりと禍々しく光らせた、魁蓮だった。
 魁蓮は日向を抱えたまま、巴へと向き直る。
 その態度、姿から、魁蓮が怒っているのが伝わった。
 そして巴は、目の前で起きている光景に、戸惑いを隠せない。



「魁蓮っ………………?」
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