愛恋の呪縛

サラ

文字の大きさ
123 / 302

第122話

しおりを挟む
「……これで逃げられるとは、考えないのか」

「……えっ?」



 魁蓮の発言に、日向は顔を上げる。
 魁蓮は、日向の方には視線を向けず、何か考え事をするように目を伏せていた。
 その姿は、魁蓮にしては珍しいものだった。



「……今の、どういうこと……」

「……………………」



 逃げる。
 そんなこと、もうとっくの昔に捨てた考えだった。
 ここにいる限り、魁蓮の傍にいる限り。
 人間たちは殺されない、だから死ぬまでここにいる。
 ここで、自分は死ぬ、と。
 もう変えるつもりのない決心をした。
 それなのに。



「我と対等の者がいる可能性があるのだ。ならば、呪縛を利用して頼むことが出来るだろう。
 我を殺して、自分を助けてくれ、と」

「っ……………………」

「解放されるのだ。お前からすれば、良い話だろう?」



 (なんで、いきなりそんなことっ…………)



 耳を疑った。
 あれほど、自分のものに手を出すなと言っていた男が、何故か弱気になってそんなことを言う。
 誰かに殺して欲しいなんて、魁蓮は思っているわけがないはずなのに。
 自分には何の利益にもならない助言をするなんて。
 助かる方法があると、魁蓮から提案してくるなんて。

 どうかしてしまったのか。



「生きる未来が見えてきたのだ。先が短い人間といえど、すがりつきたいものだろう」

「……………………」

「ならばっ」

「何言ってんだよ」

「っ…………」



 話を続けようとする魁蓮を、日向は強引に遮った。
 違う、彼はこんなことを言う男では無いはずだ。
 何を考えているのか分からないが、理由を聞いたとしても分かりたくもない。
 せっかく決めた自分の意思を、魁蓮が打ち砕こうとするなど、訳が分からない。
 日向は歯を食いしばりながら、魁蓮に近づく。



「言っただろ。僕は、僕のすべてをお前に捧げる。力も、命も、全部お前のものだって。今更、逃げるつもりなんてねぇよ。もうそうするしかないんだからっ」



 鬼の王に全てを捧げれば、人間は殺されない。
 今まで、そうやって考えてきた。
 その成果あって、今日まで人間たちは魁蓮に殺されていない。
 ここまで来て、諦める訳にはいかない。

 でも、日向にはそれ以外の思いがあった。




「それに…………
 何者かも分かんねぇ奴に頼むより、お前の近くにいた方が……安心できるよ」

「っ……」



 日向の言葉に、魁蓮は顔を上げた。
 少し驚いた顔をしている魁蓮に、日向は気まずくなりながらも、その歩みを止めずに。
 お風呂の中を歩いて、やっと魁蓮の元へとやってくると、日向は目を伏せた。
 そして、ちゃんと聞いてほしいとでも言うように、袖を弱い力で引っ張ると、緊張しながら魁蓮を見つめた。



「僕の全部をあげる代わりに……お前は、僕を万物から守ってくれるんだろ……なら、最後までやれよ。
 逃げないから……ちゃんと、守ってくれ。この呪縛が、意味無くなるくらい……」

「……………………」



 日向は、蓮の湖の場所で話したことを思い出す。





【僕を、他の妖魔に殺されないように。もちろん、それ相応の対価もやる】

【ほう?対価はなんだ?】

【……力だけじゃない。僕の、全て】

【っ!ククッ、フフフッ……随分とイカレたものだ。
 良いのか?小僧。二言は無いな?】

【おうよ。男に二言はいらねぇだろ】

【良いだろう、受けてやる。

 小僧……しかと聞け。
 今よりこの魁蓮が、お前を万物から守ってやる。
 他の愚者なんぞに下るなよ?お前は我のものだ】





 あの約束は、今でも覚えている。
 嘘は言っていない、本気で約束したことだ。
 初めは自分の力だけを捧げる代わりに、人間たちを殺さない約束だった。
 だが、この力が少しずつ知れ渡ってきた今、日向自身も危うい立場になっている。
 人間たちを守る前に死んでしまっては、本末転倒。
 ならば、変わらず約束を守ってくれていて、且つ力ある彼の傍にいることが……
 不服だが、1番安全で、1番良い考えだった。

 すると、日向の話を聞いていた魁蓮が、ゆっくりと口を開いた。



「では……改めて、我に誓え」

「……?」



 日向が顔を上げると、魁蓮は日向の後頭部に手を回し、優しく日向を引き寄せる。
 そして、コツンっと額を合わせた。
 至近距離にある魁蓮の顔に、日向はビクッと肩が跳ねる。
 だが魁蓮は、どこか真剣な表情で、間近で日向を見つめた。



「何があっても、我から離れるな。
 お前は……我のものだ」

「っ…………」



 今まで言ってきた言葉とは、あまり変わらない。
 だが、意味は違って聞こえた。
 少しばかりの優しい声音と、真剣な眼差し。
 それが語るのは、命令というよりは、願いのよう。
 揺れ動く赤い瞳は、しっかりと日向を捉えている。
 その瞳の奥に宿るのは、一体どんな思いなのか。



 (皆を守るために……僕は……)



 日向は、そっと魁蓮の頬に手を伸ばす。
 そして、優しく包み込むように、お湯で濡れた頬を撫でた。



「とっくの昔に、誓ってる。ずっと変わらないよ」

「……………………」



 どうしてだろう。
 人間たちを守るためのはずなのに、どこか胸が締め付けられている気がした。
 誓ったことを後悔しているわけでもない、では何故。
 少しの違和感を抱えながらも、日向は真っ直ぐに見つめてくる魁蓮を、同じくらい見つめ返した。
 湯気がたつ大浴場は、とても暑くて、その熱気にあてられて頭がフワッとする。
 それでも、決意だけは曲がらなかった。



「怯むなよ、小僧」

「ハハッ、馬鹿にすんじゃねぇよ」



 日向が小さく笑うと、魁蓮は優しく目を細めて、柔らかに笑みを浮かべた。



「あ、ところでさ。このびしょ濡れになった衣、どうしてくれるわけ?」

「知らん、自分で何とかしろ」

「誰のせいだよ!!!!!」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 その頃……。



『感じる……感じるぞっ……』



 ガサガサと、小さく揺れる木々。
 森、山、道端に咲く花。
 花蓮国にある自然全てが、まるで意思を持っているかのように、小さく揺れ動いていた。
 人間たちには見えないくらい、小さく。
 だが、その動きとは裏腹に……気持ちが高揚する。



『帰ってきたのか……本当にっ!』

『あぁ、この力……間違いない!』

『帰ってきたんだよ!この国に!あの方が!』

『でも、どうやって蘇った?』

『分からないが、これでこの国は救われるはずだ!』

『あれから……1000年以上も経ったのかっ……。
 長かったっ…………』



 感情が溢れ出す。
 喜びが溢れ出す。
 今か今かと待ち望んでいたものが、目の前にある。
 気持ちが通えば通うほど、その思いが湧き上がってきて、木々たちの意思が強くなる。



『帰ってきた……我らが主っ…………
 殿がっ、帰ってきた!!!!』

『だが、まだ完全な力では無いな……少し弱い』

『いや、だとしてもこの力の気配は間違いない……。
 この力は、殿下だけのものだ!』

『もしや、あのクスノキが倒れたことと関係がっ……?』

『っ!そうだよ!1番長く生きていたクスノキが、突然倒れたのは、きっと殿下に力を返したからだ!』

『何だと!?だから、もうクスノキは蘇らなかったのか!殿下の力を、無くしたから!』

『そうか!クスノキは、見つけてたのか!殿下をっ!』

『流石は、我らの頂点に立つ方だ!クスノキ様!』

『クスノキを守り続けていた、という妖魔も、きっと分かってくれる!』

『これで救われるっ……花蓮国は、平和に包まれる!』

『早く、お会いしたいっ…………』



『『『『我らが主、みやび殿下!!!!』』』』



 誰にも聞こえない、植物たちの声が……
 今、花蓮国に響き渡った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

処理中です...