愛恋の呪縛

サラ

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第120話

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 (……あれ?)



 一方、日向は魁蓮の様子が変わったことに片眉を上げていた。
 というのも、違和感に気づいたのは、魁蓮を落ち着かせようと声をかけ続けていた最中。
 部屋中に充満する妖力と、慌てた様子の肆魔の姿を見て、今の状況が危険だと思っていたのだが。
 どうやら、それは少し間違っていたようだ。



「魁蓮?」



 もし魁蓮の考えていること、感じていることが、そのまま妖力に影響されるのであれば、間違いなく魁蓮は穏やかではない。
 現に魁蓮のミンは、ところ構わず広がっているのだから。
 しかし、それを不機嫌だと言い切るのは、何か違う。
 なぜそう思うのかはハッキリと分からないが、とにかく魁蓮は怒っている訳では無いようだ。

 その証拠として、魁蓮の表情がいつもと同じ。
 無感情で、何を考えているか分からない、冷静なものだった。
 少し違ったのは、突然目を伏せたこと。



「魁蓮?いかがなさいましたか……?」



 これには、司雀も気づいたようだ。
 質問をぶつけた本人は、返事が返ってこないことに疑問を抱きながらも、魁蓮の様子が変わったことに気づいて、接し方を少し変えてみる。
 全員が息を飲んで、魁蓮の反応を伺っていると……



「えっ」



 突如、日向の腕を縛っていた鎖が、パッと姿を消した。
 同時に、廊下にまで広がっていた影は、ズズっと魁蓮の元へと戻っていって、こちらも消えてしまった。
 予想外の反応に、その場にいた全員が驚く。
 気持ちは、落ち着いたのだろうか。



「あ、あのぉ……魁蓮?」



 日向は腕の怪我に少し痛みながら、その場に立ち上がって、そっと魁蓮の顔を伺う。
 しかし、魁蓮は目を伏せたままで、覗き込んでくる日向の顔を見ようともしない。
 意外な反応を見せる魁蓮に、日向は戸惑いを隠せない。
 その時。



「……浴に入る」

「へ?」



 ボソッと呟いた直後、魁蓮は少し強引に日向を押しのけて歩き出した。
 そしてそのまま肆魔に目もくれず、廊下へと出る。



「え?いや、いやいやいやいや!ちょい待ち!?」



 日向は何も言わずに立ち去っていく魁蓮を、慌てて止めようと手を伸ばす。
 これには肆魔も立ち尽くしてポカンとしていた。
 漂う返り血の匂い、床に少し垂らしながら、魁蓮は振り返ることなく歩き出す。
 いきなりどうしたと言うのだろうか。



「ちょっ、魁蓮!?」



 日向は廊下に顔を出して、背中を向けて歩いている魁蓮に声をかける。
 しかし、魁蓮は反応もせず、振り返ることもしない。
 完全にシカトされている。



「魁蓮!待ってよ!まだ話がっ」



 直後。



 フッ……。



「はっ!?」



 魁蓮は日向が廊下に出てきた瞬間、瞬間移動でどこかへ消えてしまった。
 これは誰がどう見ても、逃げたように見える。
 声をかけても反応せず、顔を見ることもせず、挙句詰め寄ったら逃げられた。



「コノヤロどこ行きやがったあああああ!!!!!!」



 日向は突然消えた魁蓮に聞こえるくらい、城中に響き渡るほどの大きな声を轟かせた。
 話は終わってないのだ、バックれた魁蓮を日向が許せるはずがない。
 突然城に連れられて、意味わからないまま縛られて、落ち着いたと思ったら消えた。



 (クソかよアイツ!!!!!!!!!!!)



 不穏な空気を漂わせる日向に、司雀は困った顔で声をかける。



「ま、まぁまぁ日向様。落ち着いてっ」

「おー!ちゃーんと落ち着いてる!この上なく冷静だぜ僕は!好き勝手やりやがったクソジジイ王様と、まだ話すことがあるからねぇ!?!?!?怒ってる暇なんて無いんだよなぁ!!!!!!!」

「お、怒ってます……よね?」

「いいいやぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」

「あ、あはは……」



 これを怒っていると言わず、何と言うだろう。
 むしろ、怒りを最大限に引き出している日向に、肆魔全員が苦笑している。
 だが、気持ちは理解できる。
 魁蓮の行動は、いつも予測不能だが、今回ばかりは本当にどうしたのか分からない。
 怒っているようにも見えたが、意外にも冷静に考え事をしていたようにも見えて。
 ハッキリとした判断は、できない。

 まあ、そんなこと、日向にはどうでもいいこと。
 今はただ、魁蓮と話が終わっていないことの方が重要なのだから。
 特に、呪縛のことはちゃんと話さなければならない。



「浴に入るって言ってたな!
 司雀!アイツと話すから、場所教えて!」

「あ、えっと………………」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈




 大浴場の床を染めていく、赤い血。
 お湯と一緒に流れていき、少しばかり鼻を突き刺すような匂いを漂わせている。
 せっかく仕立てたばかりの着物が、妖魔たちの返り血で汚れてしまった。
 無我夢中で行動してしまったのが原因なのだが、今になって少し後悔する。



「……はぁ……」



 とにかく着物についた血も流したくて、魁蓮は脱がずに大浴場へと入っていた。
 湯船には浸からずに、壁から流れてくるお湯に当たって、ある程度流せるところまで流す。
 血の匂いには慣れている、見ることにも。
 むしろ、弱者でつまらない者たちの血を見るのは、快楽に近いものを感じていた。
 死んでいく様が実に無様で、救いようのない哀れさが、面白かった。

 でも今だけは、忌々しくて仕方がない。



「……………………」



 だんだんと着物が肌に張り付くのが気持ち悪くなって、魁蓮は上体だけ脱ぐことにした。
 少し脱ぎづらさを感じながらも、上半身を顕にして再びお湯にかかる。
 その時、ふと大浴場の鏡に視線が止まった。



「……っ……」



 鏡に映るのは、血まみれの着物を着た自分。
 そして……黒い模様に包まれた、自分の体。
 そっと鏡に近づけば、より一層模様がよく見える。
 鏡に触れて、自分の体を見つめた。
 



「何とも……醜い姿だ…………」



 ギリっと歯を食いしばり、拳に力を入れた。
 直後、魁蓮は鏡に拳をぶつけて鏡は割れた。
 大きな割れる音と共に破片がバラバラと床に落ちて、魁蓮の拳は割れた衝撃で切ってしまい、血が垂れていた。
 この程度の痛みなんて、何も感じない。
 でも、今は違った。腹立たしかった。



「忌々しいっ……何もかもっ…………」



 情緒が、大きく揺れ動く。
 今日はずっと、調子がおかしくなる。
 気持ちは落ち着かない、壊してもスッキリしない。
 それどころか、更に苛立ちが募っていた。
 割れて歪んだ鏡に映る、更に醜くなった自分の姿。
 目の前に映るものを壊したとて、自分の体に刻まれた黒い模様は、消えてくれない。



「はぁ……はぁ……はぁっ…………」



 浴に入る度に、苛立ちが募った。
 
 魁蓮は、ずっと悩んでいた。
 過去の記憶が思い出せないこともそうだが、1番自分を追い詰めて、悩ませているもの。
 それが、自分の体にある黒い模様だった。
 これは、封印される前からあったもの。
 でも、これが何なのか、魁蓮は知らないのだ。
 何も知らない、何も分からない。
 自分のことだけが、何一つ分からないまま。



「必ず見つけ出す……我の消えた記憶も、忍び寄る影も、小僧を縛った痴れ者もっ……全てっ…………!」



 その時。



「魁蓮!?今の音何!?」

「っ……」
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