愛恋の呪縛

サラ

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第113話

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「おわっ!なに!?」

「危ねぇ!日向!」



 突然現れた結界に、日向は目を見開く。
 危険を察知した龍牙は、素早く日向を横抱きで抱えあげ、サッと後方へと下がった。
 直後、強い気配を感じ取った虎珀と忌蛇が、戦闘態勢をとったまま会場へと入ってくる。



「龍牙!何が起きた!?」

「虎ぁ!忌蛇と一緒にここにいる妖魔ども、外に連れ出せ!1人も残すな!
 俺はこのまま日向と残っとくから、被害が広がる前に、早く!」

「わ、分かった。忌蛇!」

「うん!」



 龍牙に言われた通り、虎珀と忌蛇は会場にいた妖魔たちを外に連れ出した。
 バタバタと走り去る妖魔たち。
 1度は死ぬ未来を見てしまったのだ、怯えて逃げるようになるのは仕方がない。



「急げ!」



 大声を張り上げながら誘導する虎珀は、ふと会場内にある謎の結界に目が止まった。
 類を見ない高度な結界術、あんなもの誰が張ったのか一目瞭然。
 だが気になったのは、その理由だった。



「虎珀さん!もうすぐ終わるよ!」

「っ……あ、あぁ!」



 忌蛇の声に、虎珀は現実に引き戻される。
 今考えるのは、無意味だ。
 何より、あの龍牙が警戒し始めたのだ。
 結界が張られる前に、何かがあったのだと伺える。
 事情は、あとから聞けばいい。



「龍牙!全員出たぞ!」



 会場内にいた妖魔がいなくなると、虎珀は声をはりあげて龍牙に合図を送った。




「お前らも外に出てろ!扉も閉めとけ!」

「は!?お前はっ」

「日向を1人には出来ねぇ!魁蓮のためにも、日向はここにいた方がいい!行け!」



 いつもなら、置いてはいけない。
 しかし、龍牙の真剣な眼差しに見つめられ、虎珀は意を決した。



「分かった。魁蓮様と司雀様を頼むぞ」

「大丈夫だって。あの2人だからさ」

「……お前も気をつけろ」

「……ははっ、おう」



 虎珀はそれだけ言い残すと、バタンっと扉を全て閉じた。
 妖魔がいなくなった会場は、やけに広く感じた。
 静寂が訪れた途端、龍牙は日向を抱きしめたまま、中が見えない結界を見つめる。
 対して日向は、何が何だか分からず、全てを龍牙に委ねていた。
 目の前にあるのは、中が全く見えない結界。
 だが、龍牙はそれ以上に、緊張していた。



 (どうしたんだよ、司雀っ……)





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「なんの真似だ?司雀」



 結界内。
 2人きりとなった空間の中、魁蓮は目の前の司雀を見つめる。
 既に、魁蓮が抱えていた不快な気持ちは消えた。
 興が削がれた、というのが正解なのだが……。
 それ以上に、今の状況。
 正直、あまり好ましくない展開になっているかもしれない。
 とはいえ、魁蓮は何一つ気にすることなく、キョロキョロと張られた結界を見回す。



 (完全隔離のものか……結界内の情報を、外に漏れさせない。どれだけ暴れようと、結界を張った者にしか破れない高度な結界……ククッ、流石だなぁ)



 魁蓮は目から入る結界の情報に、ニヤリと口角を上げた。
 今まで見てきた妖魔の中では、圧倒的に司雀の結界術が1番強い。
 条件によっては、魁蓮がどれだけ暴れようと、破ることが出来ないものも存在する。

 今張られている結界は、奥義などの大技であれば破れそうな、まだ優しいものだった。
 逃がすつもりはあっても、外側から邪魔をされないようにした、条件付きの結界。
 完全に、魁蓮を隔離するために作ったのだろう。
 あるいは、周りに見せたくないものでもあるのか。

 そんな魁蓮の疑問は、司雀の言葉で消えていった。



「もう、このままは耐えられません……
 ここならば、誰にも邪魔されずに、貴方と話せる」

「……?」

「今の貴方の言葉で確信しました。
 ですがっ……これ以上、貴方から先程のような言葉は聞きたくないっ……絶対にっ……」



 か細い、司雀の声が聞こえた。
 魁蓮はその声に、片眉をあげる。
 突然結界を張るものだから、少し怒らせたのだと思っていたが、その声からしてそうでは無いようだ。
 むしろ、どこか悲しんでいるように聞こえる。
 魁蓮が司雀の様子を伺っていると……。



「魁蓮っ……お尋ねしたいことがあります……」



 震える声で、司雀はそう話す。
 杖を握りしめる手は震え、顔は歪む。
 ただ、目の前にいる魁蓮を、悲しい眼差しで見つめた。



「正直に答えてください、嘘偽りなく」

「……どういうことだ」

「本当は、もっと早く聞くはずだったんです。
 違和感に気づいた瞬間、聞くべきだった……」



 そう切り出した途端、司雀は1粒の涙を流した。
 それは、悲しみから来るものなのか、怒りから来るものなのか、分からない。
 それでも、穏やかな思いでは無いことは確かだ。



「何だそれは、司雀」

「っ……お気になさらず」



 止めるつもりもない涙。
 指摘されようと、司雀は気にせず決意を固める。



【断言する。所詮、我らと小僧は永遠に啀み合う関係性だ。いくら仲を築こうと、いくら信頼を向けようと、それらが真の意味で叶うことは無い】



 先程の魁蓮の言葉が、蘇った。
 でもその言葉は、司雀が1番聞きたくなかったもの。
 いや、今までもあった、聞きたくない言葉。
 何故そんなことを言うのだろうと、考えていた。
 でも、それは既に、分かりきっていたこと……。



 (魁蓮っ……どうか、無礼をお許しくださいっ……)



 ずっと聞きたかった、ずっと確かめたかった。
 魁蓮は、何も話してくれないと、誰よりも分かっていたはずなのに。
 どうして今まで、ちゃんと聞かなかったのだろうと。
 聞かなければ、教えてくれないことばかりなのに。
 何を遠慮していたのだろうか。
 司雀はグッと杖を握る手に力を込めて、覚悟を決めた眼差しで魁蓮を見つめる。
 そして口にした、今日までずっと聞けずにいたことを。





「魁蓮っ……。
 貴方っ、封印前の記憶が無いのでしょう?」

「……………………」





 それは、不確かなこと。
 でも、どうしてか自信のある考えだった。
 この違和感は、まだ司雀しか気づいていない。
 というのも、彼が1番魁蓮の傍に居たからこそ、この違和感に気づくことが出来たのだ。



「貴方が何を忘れているのか、そこまでは分かりません。ですが、部分的に欠けている記憶はあるはず」

「…………………………」

「いつものように、話してくれないだけだと思っていました。でも、違った……。
 無いのですよね?あるはずの、記憶がっ……」



 司雀は、涙が溢れそうになった。
 誰よりも、魁蓮のことを分かっているはずだった。
 この世に誕生した時から、ずっとそばに居た。
 分からないことがあれば、本人に聞くなり、自分で調べるなり、あの手この手を使ってきた。
 だから、基本的に困ったことなんて無かった。
 でもそれは、あくまで司雀から見た意見。

 もし本当に、過去の記憶が消えていたとしたら。
 魁蓮といえど、気にしないはずが無い。
 しかし……。



「ククッ、我が記憶をなくしているだと?何を言っているんだ?」



 ずっと話を聞いていた魁蓮は、馬鹿にするように笑った。
 いつもと変わらない、いつもの反応だ。
 だがこれは、司雀の想定内。



「では、そんなことは無いと……?」

「当然。我は全て覚えている」



 そう、この反応も想定内。
 だから、切り札を叩きつけた。



「ならばっ、教えてください。
 封印された時のことをっ……」

「っ……………」



 覚えている、と反応された時に聞こうとした内容。
 司雀の言葉に、今まで余裕の笑みを浮かべていた魁蓮は、突然口を閉じた。
 そして、睨みつけるように司雀を見つめる。

 この時点で分かってしまった。
 長年、魁蓮のそばに居たからこその勘が、働いた。
 この表情、この反応、間違いない。
 魁蓮は、ほんの少し動揺している。
 そしてその反応が……全て物語っているようなものだった。
 それでも、司雀は質問を続ける。




「1000年前の、7月7日。貴方が封印された日。
 一体、何があったのですか……?私の考えが正しければ、全て狂ったのは7月7日……その日がきっかけだったはず」

「………………」

「覚えているのなら、答えられますよね……?
 貴方を封印したのは、誰です?貴方を1000年も眠りにつかせたのは、誰なのですかっ……?
 我々から、貴方を奪ったのはっ……誰っ……?」



 震える声で、何度も尋ねる。
 でも、分かっていたのだ。



 (魁蓮っ……やっぱり、貴方はっ……)



 きっと魁蓮は、過去の記憶が本当に無い。
 それを、誰にも言わずに隠している。
 それでも司雀が尋ねるのを辞めないのは、せめて覚えているものだけでも聞きたかった。
 欠片で構わない、部分的なもので構わない。
 何も知らない無の状態より、一欠片程度のことさえ知ることが出来れば、無いよりマシだった。
 だから、どれだけウザがられようと聞き続ける。
 1番謎に包まれている、あの日のことを……。




 7月7日。
 この日は、司雀にとって……いや、肆魔にとっては、間違いなく最悪の日だった。
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