愛恋の呪縛

サラ

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第99話

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 日向の件から数日後。
 体に異常は無かったものの、念の為にと、日向は過度な運動を抑えていた。
 肆魔の支えもあり、この数日間、特に目立った変化も無かった。
 そして、魁蓮もこの数日間は、ずっと城に居てくれた。

 そんなある日の朝……。



















夏市なついち?」



 朝餉を食べ終え、食器洗いの手伝いをしていた日向は、司雀の提案に顔を上げた。
 司雀はニコッと笑みを浮かべると、言葉を続ける。



「黄泉の城下町では、春市、夏市、秋市、冬市と、四季によって特別な市場が設けられるんです。簡単に言えば、お祭りに近い感じでしょうか。
 今日は夏市が開催される日なので、よければご一緒しませんか?龍牙たちも誘って」

「市場か!なんか楽しそう!行きたい!」



 お祭り。
 この言葉は、大体の人が喜ぶものだろう。
 当然、日向もそのうちの一人だ。
 お祭り、特に夏場のお祭りなど、醍醐味ではないか。



「では、皆さんにもお声がけしてもらってよろしいですか?恐らく、部屋にいますので」



 すると司雀は、1枚の紙を日向に渡す。
 紙には、この城の構図のようなものが書かれていた。
 司雀の手書きだろうか、とても分かりやすい。
 改めて紙で確認すると、この城が大きいことが分かる。



「日向様は、皆さんの部屋は初めてですよね?よければ、この構図をお渡ししますので、必要な時に使ってみてください」

「わぁ!ありがとう!たまに迷ってたから助かる!
 ほんじゃっ、ちょっと行ってくる!」

「はい、お願いしますね」



 日向は紙を受け取ると、そのまま食堂を後にした。
 
 この黄泉の城は、5階建ての大きな城。
 日本城で表すならば、本丸と二の丸のように、上段と下段が連なった構造となっていて、下段にある水堀が城を取り囲んでいる。
 基本的に、日向は城の中で過ごすことが多いため、城の外の構造については詳しくはなかった。
 紙で確認すると、下段は日向が使っている庭よりも、広い庭が広がっている。
 特に目立ったようなものは置かれていない。
 建物などは、ほとんど上段に建てられていて、町からすれば完全な孤立状態とも言えるだろう。



「でっけぇなぁ、ここ」



 仙人の拠点である「樹」も、それなりには大きな屋敷だった。
 だが、やはり鬼の王が住む城だからか、その圧倒的な大きさには驚かされる。
 ここまで大きな城だと言うのに、住んでいるのは魁蓮と肆魔と日向だけ。
 勿体ないと言えば勿体ないのではないだろうか。



「えっと、とりあえず……まずは龍牙たちかな」



 日向は司雀に貰った紙に視線を落とし、全員の部屋の場所を確認する。
 1階には、客人を招く大広間と広い庭。
 2階には、食堂や修練場へと向かう長い廊下に大浴場など、全員が共有するような部屋が集中している。
 3階には、肆魔のそれぞれの自室が集中していた。
 4階には、日向の部屋が端にあり、少し離れた場所には日向専用の浴場がある。
 聞く話によれば、なるべく魁蓮に近い場所に居れるようにと、日向だけ4階になったらしい。
 そして5階に、魁蓮の部屋があった。

 すると日向は、あることに気づく。



 (あれ……あの場所がない)



 気づいたのは、魁蓮が作ったという蓮の湖の場所。
 その空間が、紙には書かれていなかった。
 日向の記憶では、あの湖の空間は庭の反対側にある。
 つまり、1階の1番奥。
 そもそも、誰1人としてあの空間のことを話している者がいない。



 (もしかして、知らないのか……?)



 ありえない話では無い。
 あの空間は、魁蓮が作った幻想的な空間。
 日向は魁蓮の力が備わっているため、問題なく行き来できている。
 だが、肆魔があの空間に入ればどうなるだろう。
 恐らく、無事では済まないはずだ。



「アイツ、秘密主義っぽいしな……」



 長年共にしている司雀でも、魁蓮については5割も知っているのか怪しいところだ。
 むしろ、なぜ魁蓮はあんなにも自分のことを語りたがらないのだろう。
 肆魔のことを、仲間だと思っていないのか……。







「……ここか?」






 考え事をしながらたどり着いたのは、龍牙の部屋。
 外側は、他とはあまり変わったところはないが、ここで合っているのだろうか。
 日向は緊張しながらも、部屋の中へと声をかける。



「りゅ、龍牙ー?」



 直後。
 何やら部屋の中から、ドタドタと走る音が近づいてきた。
 もう姿を見なくても、その足音が誰なのか理解出来る。
 日向はその音に気づいて、苦笑いを浮かべた。
 すると、ピシャンっと大きな音をたてて、扉が開かれた。



「ひ、日向ぁぁぁ!!!!!!」



 部屋の中から出てきたのは、目を輝かせる龍牙。
 日向が部屋に来てくれたことが嬉しくて、心の底から喜んでいる。
 考えてみれば、なぜ日向は今まで訪ねようとしなかったのだろうか。



「龍牙、今平気?」

「ぜんっぜん平気!!!!!!」

「ははっ。実はさ、司雀がみんなで夏市に行こうって提案しててさ。一緒に行かね?」

「夏市?……あ、そっか。久しぶりすぎて忘れてた。
 日向が行くなら、もちろん行く!」



 龍牙は拳をドンッと胸に当てて、自信満々に言う。
 そもそも、龍牙が断るとは思っていなかった日向は、予想通りの反応に笑みを零す。
 何より、お祭りのようなものならば、嫌がる人はあまりいないのではないだろうか。

 とりあえず、1人目は確保出来た。



「ほんじゃ次は……虎珀だな」

「俺も行っていい?」

「おう!むしろ、龍牙に道案内してもらおうかなって思ってたからさ」

「まっかせとけ!と言っても、虎の部屋はすぐ近くだけどな」



 龍牙は部屋から出てくると、扉を閉めて日向と廊下を歩きだした。
 余程日向が来てくれたのが嬉しかったのか、龍牙は鼻歌を歌いながら歩いている。
 そんな姿に、日向はクスッと吹き出した。
 その時、ふと日向はあることが気になり出す。



「そういや、龍牙と虎珀って仲がいいの?」

「え?なんで?」



 突然する質問では無いのだろうが、ずっと気になっていたのは事実だった。
 初めて黄泉に来た時から感じていた、少しの疑問。
 印象としては、仲が悪いというのが第1だったのだが、よく見ればそうでも無い関係性。
 しっかりとした答えが見えない龍牙と虎珀の、二人の関係性が、日向はどうしても気になってしまった。




「だって、虎珀はいつも龍牙のこと気にしてるし、龍牙は虎珀のこと「虎」って愛称みたいに呼んでるし。
 虎珀は、龍牙のこと弟みたいに扱ってるよね?」



 そう、あれを簡単な言葉で表すならば、弟の面倒を見ている兄というべきか。
 弟っぽい一面がある龍牙と、龍牙の尻拭いや手助けをよくしている虎珀。
 むしろ、兄弟と言われた方がしっくりくる。
 でも実際、2人は兄弟ではないのだろう。

 その時、そんな日向の考えを読んでいたかのような答えが、龍牙の口から放たれた。



「あー、まあ実際弟だからな」

「…………え?」



 龍牙の言葉に、日向は足が止まる。
 確かに兄弟みたいだとは思っていたが、冗談のつもりだった。
 妖魔に限って、兄弟など存在するのかも分からない。
 そんな中での龍牙の発言。
 当然、日向はそのままの意味で受け取ってしまう。
 すると、そんな日向の反応に気づいたのか、龍牙はニコッと笑った。



「あっはは!違う違う!俺と虎が兄弟なんじゃなくって、俺が弟って立場だからってこと!」

「……え?どういうこと?」



 その時、龍牙は元気な笑顔を浮かべて口を開いた。



「俺……がいたんだ~」
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