愛恋の呪縛

サラ

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第96話

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「ま、待ってくれ!やめてくれ!」

「では答えよ」

「ほ、本当に知らないんだよ!!!!
 俺たちはっ……
 本当の姿の主に、会ったことがないんだ!!!!」

「……あ?」



 異型妖魔の言葉に、魁蓮は片眉をあげる。



「本当の姿?どういうことだ」

「あ、主は最初の1回しか会うことが出来ない!それ以降は、が命令を伝えに来る!」

「女?」

「主の側近だ!その女も滅多に現れないが、用があれば来る!!主の代わりに!!!」

「女の名は」

「そ、それは分かんねぇ……いつも無表情で、何を考えてんのかも分からないっ……
 ただ、いつも主の傍にいて離れないって聞いた!」



 (側近、しかも女か……)



 異型妖魔の情報は、初めて聞いたものだった。
 主のことさえ分かれば良かったのだが、側近がいるとは聞いたことがない。
 警戒しなければいけない存在が増え、魁蓮はため息を吐いた。



「では、主の本当の姿というのは?」

「主は、誰にも本当の姿を見せたことがない。姿が統一されてないんだよ!
 主がどんな姿だったのか他の異型妖魔に聞いたら、性別や年齢、種類も全員異なっていた!どれが本当の主の姿なのか、誰も知らない!!!」

「…………」



 ますます分からなくなってきた。
 新たな情報は掴めたが、解決への道からは遠のいている気がする。
 そして何より、異型妖魔が言っていることが全て事実ならば、他の異型妖魔に同じ質問をしても、同じ答えしか返ってこない。
 異型妖魔からの情報収集という手段が、かなり狭まってしまった。



 (姿も分からず、目的の詳しい詳細も不明……恐らく異型は、ただの駒に過ぎないのだろうな……)



「では、「覡」とは何だ」 

「……は?」

「聞こえなかったか?覡が何かを聞いている」

「お、おい……冗談よせよ……
 アンタが持ってんだろ!?何で知らねぇみたいな顔してんだよ!俺たちはそのためにアンタに接触してんだぞ!?」



 (やはり、此奴もか……)



 この反応は、魁蓮が戦った雷の力を使った異型妖魔と同じ。
 彼も覡は魁蓮が持っていると答えていた。
 そして、知らないフリをすれば、殺せと命じられている。



「では聞く。覡を捕え、どうするつもりだ?」

「そ、そんなの知らねぇ!ただ、主がずっと欲しがってることしか知らない!俺たちは、主のために覡を捕まえて、主に渡す!それだけだ!」




 となると主の1番の目的は、
 何よりも求めているという「覡」だと考えられる。
 そしてその覡を、異型妖魔たちは魁蓮が持っていると思い込んでいる。
 覡というものが何か分かれば、主という存在に接触できる良い機会なのだが……



 (覡……一体、なんだ……)



 本当に身に覚えのない響きに、魁蓮は顎に手を当て考えた。
 覡。1000年前でも、そんなもの持っていた記憶などない。
 そもそも、神を信じていない男が、神に関するものを持つわけが無いのだ。
 濡れ衣か、勘違いをされているか、もうそんなことしか考えられなかった。


 その時。





「かん、なぎっ……?」

「……?」





 ふと、背後から声がした。
 魁蓮が振り返ると、何やら凪が目を見開いている。
 そして、唖然とした顔で言葉を続けた。



「覡って……1000年以上前の話だろ……?」

「っ……」



 凪の言葉に、魁蓮はピクっと眉を動かす。
 凪の反応からして、彼は何かを知っているようだった。
 ありえない、とでも言いたげな凪の表情に、魁蓮は目を細める。
 なぜ人間である凪が、知っているのだろうか。
 そんな魁蓮の代わりに凪に反応したのは、異型妖魔だった。



「んなの知るかよ!主は、何も教えちゃくれない!
 俺たちがするのは、覡を捕えることだ!」



 声を荒らげ対抗する姿に、魁蓮は眉間に皺を寄せた。
 恐らく、主が異型妖魔たちに何も教えてくれないのは、誰かに気づかれるのを避けるため。
 今のこの状況も、きっと見越しての判断。
 自分の情報が漏れないようにするために、あえて何も言っていないのだろう。
 分かっていたことだが、やはり異型妖魔を作り出すだけある。
 そこまで相手も、甘くはないようだ。



「異型、知っていることを話せ」



 ここまで来ては、もう知っていることを吐かせる他なかった。
 大雑把な尋ね方だが、魁蓮は改めて質問する。
 すると異型妖魔は、怯えながらも口を開いた。



「ほ、他は何も知らねぇ!主のことが知りたいならっ、側近の女に聞いてくれ!それかっ……
 「ともえ」って名前の女妖魔に聞け!」

「……巴?」

「あ、あぁ!そうだ!仲間になったわけじゃないみたいだが、あの女は主に何度も会っている!実力もそれなりに備わっているから、主も気に入ってるはずだ!」



 異型妖魔の言葉に、魁蓮は分かりやすく反応した。
 その反応は、まるで不意をつかれたように。
 巴という名前を聞いた瞬間、魁蓮の中にある考えが芽生える。



「巴……生きていたか」



 目を伏せながら、魁蓮はポツリと呟いた。
 その表情は、普段の魁蓮からは想像できないほど、どこか懐かしさを感じている表情だった。
 彼自身、その女妖魔に思うところがある。

 ただの知り合い、顔見知り、などという枠では収まりきれない関係性。
 それが、魁蓮と巴。



「異型よ、巴はどこにいる」

「し、知らねぇ……あの女も、いつもふらついているからっ……」

「……そうだな、彼奴が1箇所に留まることは有り得ん。
 巴……随分と、懐かしい名だ」



 すると魁蓮は、異型妖魔に背中を向けた。
 質問は終わったと言うように、スンっと異型妖魔への興味を無くす。
 そして、頭の中で考え始めた。



 (巴が接触していたとは、想定外の出来事だ。それより、調べなければならん事が増えた……)



 何もかも、上手いこと事が進まない。
 歯がゆい状況に、魁蓮は穏やかでは居られなかった。
 
 復活した日から、全てがおかしい。
 1000年前には居なかったはずの、異型妖魔の出現。
 主という存在、求め続ける覡の存在。
 必要以上に狙われる、魁蓮の命。
 現世の膨大な被害。
 七瀬日向という、不思議な力を持った人間。
 そして…………

 魁蓮が抱えている、ある悩み。



「はぁ…………」



 頭で考えるのも疲れてきて、魁蓮は深いため息を吐いた。
 面倒事ばかり、分からない事ばかり。
 もう、全てがどうでも良くなってくるほど。
 猫の手も借りたい、こういう時に使いたくなるものだ。



「お、おいっ……」



 ふと、異型妖魔が口を開いた。
 何も質問が来なくなったため、異型妖魔は解放されるのをずっと待っていたのだ。
 だが、魁蓮はもう異型妖魔に興味を無くしている。
 つまり……

 今の異型妖魔は、ただの下劣同然。
 勝手に口を開くことだって、もう許されていなかった。



「我に話しかけるな、無礼者」

「えっ」



 直後。





 グシャッ!!!!!!!!!!!!!!!!!





 異型妖魔は、内側から激しく破裂した。
 なんの前触れも無い、自爆にも見える光景。
 いきなり起きたことに、双璧は何一つ理解が追いついていない。
 対して魁蓮は、自分の手を開いたり閉じたりしていた。



「やはり、この奥義は根本の仕組みを変える必要があるな」



 すると、異型妖魔が消えた瞬間、魁蓮たちがいた空間はフッと消えた。
 いつの間にか、魁蓮と双璧は元いた現世の場所に帰ってきている。



 ((何だったんだ、今のっ…………))



 まるで置いてかれているような、そんな感覚。
 気づかない間に事が進み、時間だけが過ぎていくような状況に、双璧は開いた口が塞がらない。
 すると、目を伏せていた魁蓮は顔を上げた。



「次は貴様らだ」

「「っ!」」



 その言葉に、双璧はゴクリと唾を飲み込む。
 あの赤い湖の空間は消えた。
 だが、双璧の腕には鎖が絡みついたまま。
 最悪なことに、互いに利き腕が縛られている。
 このままでは、剣もろくに掴めない。
 双璧はグッと霊力を込める。


 その時。



「ピィッ!」

「っ……」



 魁蓮の頭上から、鳥の声が聞こえた。
 ゆっくりと顔を上げると、そこには楊が鳴き声を上げながら、ユラユラと飛んでいる。
 楊が来た……日向が起きた合図だ。



 (随分と、早いな)



 日向はよく気を失うものだから、もう少し長く眠り続けているものだと、魁蓮は思い込んでいた。
 だが、今までの中では1番早く目覚めている。
 状況はあまり良くないが、目覚めた日向を放置するのも、気が引けた。
 魁蓮はため息を吐くと、双璧に背中を向ける。



「急用だ、日を改める。またな」

「っ!ま、待ってくれ!」



 立ち去ろうとする魁蓮に、凪は慌てて呼び止めた。
 魁蓮は楊を慣れた手つきで呼び寄せて、妖力を込めると、横目で凪に振り返る。



「日向はっ……日向は、無事なのかっ!」



 何となく、分かっていた質問だった。
 この双璧2人は、どのような状況でも、日向の安否が知りたくて仕方ないのだろう。
 この機会を逃すまいと言うような、凪の発言。
 分かりきった言葉に、魁蓮は少し退屈そうな表情を浮かべる。



「生きてはいる」

「っ…………」



 その言葉を最後に、魁蓮は楊と共にフッと姿を消した。
 普段の魁蓮からすれば、今日は大人しく帰ってくれたようだった。
 魁蓮が倒してくれたおかげで、異型妖魔の被害は最小限に抑えられた。
 無駄な被害はなかった。



 (日向っ……)



 ただ、双璧は……何も出来なかった。
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