愛恋の呪縛

サラ

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第92話

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「ふぅ……もう少し……」



 それから、時間が経ち……
 現在、深夜。

 龍牙たちとの話し合いを終えた日向は、あれからずっと庭に座って鍛錬をしていた。
 食事やお風呂などはしっかり済ませ、ただ1人、花を咲かせる方法を考えている。



「だんだん、落ち着いてきたかも……」



 休憩も挟みながら続けているせいか、今まで起きていた力のブレなどが、少しずつ和らいでいた。
 今となっては、無駄に力を放出することなく保つことが出来ている。
 半日での成長としては、なかなかいい結果だ。
 だが……



「んー、花の咲かせ方が分かんねぇ……!」



 これだけの時間をかけていても、昨日のように花を咲かせることが出来なかった。
 やり方も、想像もできない。
 何度か力の入れ方を変えてみるものの、成果は全くと言っていいほど表れなかった。
 力を全身に流しながら、庭の草むらに触れる。



「昨日は確か、くしゃみして咲いたんだっけ。丁度力込めてた時だったから、無駄に力んだのかもなぁ」



 昨日の状況を思い出しながら、日向は想像を膨らませる。
 結果的に、力を強めればいいのだろうが、また昨日のような頭痛が起きては元も子もない。
 魁蓮たちに迷惑をかけないように、まだ落ち着いて力を扱える状態で、答えを導き出す。



「花……どんな花を咲かせたいのか、想像したらいいのか……?いやでも、それは意味無いかなぁ……」



 教えてくれる人もいない、手本となるような人もいない。
 出来るのは、自分との相談のみ。
 日向は集中力が切れそうになりながらも、試行錯誤し続けた。

 その時…………





「頑張ってるね」

「えっ?」




 背後から聞こえた、優しい声音。
 日向はその声に、くるっと後ろを振り返る。



「あっ!」



 日向が振り返った先にいたのは、綺麗な衣を纏い、長い黒髪を揺らしている姿。
 特徴的な優しい笑みの男に、日向は笑顔を浮かべる。
 そこには以前、同じように突然庭に現れた旅人、黒が立っていた。



「黒ぉ!また来てくれたん?」



 日向は黒に気づくと、その場に立ち上がった。
 黒は優しい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと日向に近づく。



「ふふっ、君に会いたくなって。来ちゃった」

「そういや、初めて会ったっきりだったもんな?元気してたかー?」

「うん。君は?」

「僕も元気!」

「ふふっ、それは良かった」



 黒は優しい笑みを浮かべると、日向が先程まで座っていた場所に視線を落とす。



「何をしていたんだい?」

「ん?あぁ、ちょっと鍛錬しててさぁ」

「鍛錬?こんな時間に?」

「あはは、集中しすぎて時間忘れるんだよな」



 それは事実だった。
 正直、まだそんなに遅い時間ではないと思っていたのだが、いつの間にか黄泉も城の中も静まり返っている。
 きっと皆、眠ってしまったのだろう。



「あんまりやり過ぎると危ないから、どこかで区切り打たないとなぁ」

「……ねぇ、私も隣で見てていいかな?」

「え?」



 黒の提案に、日向は顔を上げる。



「いいけど、暇じゃね?」

「そんなことないよ、君とも話したかったから」

「そう?なら、どうぞ~!」

「ありがとう」



 日向がその場に座り込むと、黒もその隣へと腰掛ける。
 肩が触れ合いそうなほどの近い距離、日向は少しだけ緊張しながら、先程の続きをする。
 全身に力を巡らせて、花を想像する。
 少し間を開けても、力は問題なく動かせていた。



「不思議な力だね」

「……あっ!」



 その時、日向はハッと声を上げた。
 考えてみれば、日向の力のことを黒は知らない。
 そもそも知られていいものなのかも分からない。
 日向はフッと力を消すと、慌てた様子で黒に向き直った。



「ご、ごめん黒!あの、えっと……
 その、僕の力のことなんだけどさっ」

「ん?あぁ、ふふっ。気にしないで。
 君のことは、

「あ……え?」



 日向がポカンとしていると、黒は優しく微笑んだ。
 知っている……日向の力のことだろうか。
 すると、黒はそっと、日向の頬に手を伸ばす。
 少し冷えた黒の手、日向はその冷たさにピクっと肩を動かした。



「知ってるって……」

「……なんだと思う?」

「えっ……」

「……………………」

「黒……?」

「……ふふっ、これはもう引き返せないかな。本当は、もう少し後でしようと思ってたんだけど……
 ごめんね、少し意地悪するよ」

「えっ」



 その時……





「んっ……!」





 日向の頬に優しく触れたまま、黒は日向へと顔を近づける。
 そして、優しく日向に口付けをした。
 突然触れる柔らかい感触に、日向は固まる。
 目の前には、視界がぼやけるほどに近い距離にいる、黒の美しい顔が。
 すると、黒はゆっくり日向から唇を離すと、近い距離のまま日向を見つめた。



「驚かせたよね……ごめんね。
 どうやらこの力は、私には少々重荷だったみたい」

「く、黒……何言って……」

「大丈夫。今起きていることは、無かったことになる」

「えっ、んっ!」



 理解が追いついていない日向に、黒はもう一度口付けをする。
 今度は、自分が何をされているのか、日向はしっかり理解することが出来た。
 目をぎゅっと閉じ、抵抗しようと手を伸ばす。
 だが、その手は黒によって捕まれ、止められてしまった。

 その時……



「っ…………!?」



 何やら、体に違和感を抱いた。
 じわじわと、何かが体を駆け巡る感覚。
 同時に、日向の頭がふわふわとなり始めた。
 黒は、その間もずっと優しい口付けを落とすだけ。
 何も話してくれない、止めてもくれない。
 すると、日向はだんだんと力が入らなくなってきた。



「んっ、く……ろっ……」

、君はずっと綺麗だよ……
 その神秘的な見た目も、優しさも……

「っ……やっ……」

「この力は、君にしか似合わない……
 だから……

 



 直後……
 日向はガクッと力が抜けて、意識を失った。
 倒れそうになっていた日向を、黒は寸前のところで支える。
 日向は目を閉じ、ゆっくりと寝息をたてていた。
 そんな日向の寝顔に、黒は目を伏せて微笑む。



「少し、手荒だったかな。今はまだ、君のことを傷つけたくはないんだけど……」



 その時、2人を取り囲むように、庭に黒蝶が姿を現し始めた。
 淡い光を帯びた、神秘的な黒蝶。
 1匹、また1匹と姿を現し、日向と黒の周りを優しく舞う。
 黒は日向の額に、トンっと人差し指を置いた。
 そして、体にを巡らせる。



「今ここで起きたことは、君の記憶から消しておこう。もちろん、その事実も全て……
 初めての口付けは……がいいだろうから」



 そう話す黒の脳裏に、赤い瞳を宿した男の姿が思い浮かんだ。
 美しい顔に、持ち得た強い力。
 そして……

 かつて1度だけ見た、彼の……姿



「ふふっ……もう一度、私に見せておくれ……
 君は、私にとって必要な存在なんだから……」



 ポツリと呟きながら、黒はさらに力を強める。
 それに並行して、黒蝶もだんだん数が増えてきた。
 それは、あまりにも幻想的な光景だった。
 腕の中で眠り続ける日向を、黒は愛しさを含めた眼差しで見つめ続けた。



「変わらず、そのままでいてくれ……
 君はずっと、私の特別だ。必ず迎えに来るよ」



 黒はそう呟き、再び日向の額に口付けを落とした。
 そして、ニヤッと口角を上げる。



「鬼の王……私は、君を待っているよ。
 私たちは、永遠にさ……

 そして……この子も、いずれ私のものにする。
 死ぬ気で守ってみな。私に勝てるのならば、ね」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「……あ゛っ!!!!!!」



 それから、どれほどの時間が経っただろうか。
 日向はいつの間にか眠っていて、突如起きた頭痛で目が覚める。
 庭に横たわったまま、日向は頭を抱えた。



「な、なんでっ……!」



 この頭痛を、日向は知っている。
 昨日と同じことが起きているのだ。
 だが、日向の記憶の中では、そこまで強く力を使った覚えは無い。
 ではなぜ、突然呼び起こされたのか。

 そして、辛かったのはそれだけでは無い。





『花蓮国の、未来のため……!』

『やはり、我らの主は美しい』





 頭痛と同時に聞こえた声が、再び頭に響く。



「うっ、あっ……!!!!」



 動けない、体が痺れるような感覚。
 昨日よりも、症状が酷かった。
 時間は深夜のため、誰も起きていない。
 助けを呼びに行くことも出来ない。
 日向は痛みに耐えながら、懸命に頭を動かす。



 (昨日はっ、アイツの怪我を治したら、頭痛が消えた……力を無理やり放出するのがいいのかっ……!?)



 日向はそう考え、ゆっくりと力を込める。
 どうなるのか分からない、見えない恐怖。
 それでも、もう苦しむのは耐えられなかった。
 じわじわと体を流れる全快の力。

 その時。





「力を……貸してっ……!!!!!!!!!!」





 日向は、無意識にそう叫んだ。
 直後。



 ブワッ!!!!!!!!!!!!!



 蹲る日向を中心に、庭全体に花が咲き誇った。
 色とりどりで、多種の花々。
 すると、日向が感じていた頭痛がスっと消えた。
 日向は苦しみから解放され、自分を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
 そして、ゆっくりと体を起こした。



「はぁ、はぁ、はぁっ……はっ!?」



 そこで日向は、ようやく状況に気づく。
 自分を中心に広がった、庭を覆い尽くす無数の花。
 日向はポカンとして、開いた口が塞がらない。



「あ、れ……出来た」



 あれほど苦戦していたのに、いとも簡単に花は咲いた。
 しかも、1輪どころでは無い。
 日向は自分の手のひらに視線を落とし、異常が無いかを確かめる。
 だが、違和感があったのは、見た目ではなかった。



「今……力の使い方、分かってた……」



 違和感。
 それは、自分に対してだった。
 知らないはずの花の咲かせ方。
 何故か日向は、そのやり方をどうすればいいのか、不意に分かっていたのだ。
 つまり、今庭に咲いている花は、日向が意図的に力を使い咲かせたもの。
 そして不思議だったのは、今まで知らなかった力の使い方を、何故か知っていること。



「なんで、今……?どうして知ってるの……?」



 頭に浮かぶ、全快の力の別の使い方。
 考えたことも実践したこともないのに、こうやって力は使うのだと、脳と体が覚えている。
 結果、日向は花を咲かせることが出来た。
 暴走ではなく、自分の力で……。



「でも、どこでこんな使い方……」



 その時。



「わあああ!すげぇ!!!!」

「っ!」



 日向の耳に届いた、元気な声。
 日向が顔を上げると、庭に入る入口のところで、龍牙が目を輝かせていた。
 その隣では、司雀・虎珀・忌蛇が立っていて、庭の光景に目を見開いて驚いている。
 そして……



「何だ、今の気配は」



 肆魔の背後から、魁蓮が姿を現した。
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