愛恋の呪縛

サラ

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第91話

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「……こ、恋文なんだ!!!!!!!!!!!」



 日向の言葉に、魁蓮は紙に触れる寸前で手が止まる。
 そして、日向へと視線を戻した。
 対して日向は困惑しながら、必死に言葉を続けた。



「お、おおおおお前宛ての、ここここ恋文を書いてたんだ!!!!!」

「……あ?」

「ま、まだ完成してなくて!み、みんなに相談してたんだよ!僕、恋文書いたことないし、大丈夫か確認してもらってたんだ!!は、恥ずかしいから隠してただけだって!」



 頭は困惑、目はぐるぐる。
 全くもって正常では無いが、もう後には戻れない。



「あ、あああ!カッコイイなぁ魁蓮は!ほんと、目が離せないほどの美男子!!よっ!イケメン!!!
 好きが溢れて溢れて仕方ないよ!!惚れまくり緊張しまくり!!僕の心臓ドッキドキ!!!♡♡♡」



 日向は指でハートの形を作り、あざとく片目をパチッと閉じた。
 そんな日向の態度に、魁蓮は固まっている。
 日向の様子を見ていた龍牙・虎珀・忌蛇も、情報処理が追いつかず、開いた口が塞がっていない。

 ただ、風の吹く音だけが響いていた。
 地獄の時間とは、こういうことなのだろう。



「だ、だから!未完成の恋文見られんの、恥ずかしくてさ。みんなで隠してたんだよ!
 み、みんな僕の恋を応援してくれてさ!だから一緒に隠してくれてたんだ!みんなは悪くない!……てことで、許してくれる……?」



 もう、ここまで来たらヤケクソだった。

 なぜ日向がこの手段に出たのかと言うと、きっかけは先程していた質問でのこと。





 忌蛇
【あとは……嫌いではないけど、案外女性苦手なんじゃない?】

 日向
【え、女性?なんで?】

 忌蛇
【魁蓮さん、モテるから。色々苦労してそう】





 もしあの話が本当なのだとしたら、魁蓮は好意を向けられるということには慣れていたとしても、からの好意は、受け付けないのではないか。
 ましてや、人間である日向になど予想もしていないだろう。
 同性の男で大嫌いな人間からの、愛の恋文。
 こんなもの、気持ち悪い他に何と表す。

 日向は、そう考えたのだ。
 大人しく魁蓮の手は止まってくれたが……



 (何これ……黒歴史確定じゃん……)



 紙を守る代償が、あまりにも大きすぎた。
 日向は気まずいと思いながらも、何とか今の状態を維持している。
 効果はあったのか、無かったのか。
 その微妙な状況に立たされていた時…………



「はぁ………………」



 じっと日向を見つめていた魁蓮は、今までにないくらいのしかめっ面を見せた。
 眉は八の字になり、まるで汚物を見るような目で日向を見下す。



「なんとも、哀れな小僧だ……
 そこまで救いようのない阿呆になったとは。
 遂に頭が沸いたか?気色悪いぞ、その態度。
 身の程弁えろ、無様極まれり。
 恥さらしもいい所だ、不愉快なことこの上ない。
 一体、どう頭を回せばそのような戯言がっ」

「もういい、もういい、もういい!!!!
 やめてやめて、ほんとに泣いちゃう」

「……愚か」

「やめてください(泣)」



 見事な程の、罵詈雑言だった。
 ここまで言われると、たとえ嘘だろうと傷ついてしまう。
 すると、魁蓮はゆっくりと日向を地面に下ろした。
 どうやら、紙への興味が薄れたらしい。
 作戦は成功したが、日向はなにか大きなものを失った気がした。



「ふわぁっ……眠い、寝る」



 魁蓮は大きなあくびをすると、日向を無視して背中を向け歩き出した。
 その時。



「あぁ、そうだ」



 魁蓮は何かを思い出し、ピタッと足を止めると、横目で日向へと振り返った。



「小僧、お前の恋文とやら……終わり次第、聞かせろ」

「……は!?」

「肆魔に助力願うほど、丹精込めた文なのだろう?恐らく出来は、見事なものになるだろうなぁ?
 せいぜい、我が小僧に惹かれるほどの詞を書いてみせよ。愉しみにしているぞ?ククッ」



 魁蓮は悪戯っぽく笑うと、そのまま城の中へと入っていった。
 完全に、馬鹿にされている。
 日向は頑張って抵抗したことを、心の底から後悔した。



 (絶対、嘘って分かった上で言ってる!!!!!
  アイツっ、まじで性悪すぎる!!!!!)



 日向は、ガクッと地面に四つん這いになって項垂れた。
 こんなことなら、バレた方がまだマシだったのかもしれない。
 そんな日向に、龍牙たちがゆっくりと近づく。



「お、おい……人間」

「ひ、日向……」



 状況と、日向の気持ちを理解している虎珀と忌蛇は、少し気まずそうに声をかけた。
 今の日向からは、負の雰囲気が漂っている。
 迂闊に先程のことに触れると、それこそ追い込みそうな勢いだ。
 頭を下げて後悔し続けている日向に、2人は気を遣うように声をかける。



「に、人間……さ、さっきの姿は見事なものだったぞ。自分の役目を全うするために、魁蓮様にさえも立ち向かうのは、並大抵の男では出来ないことだ。
 い、言い訳は……わ、悪くなかったと思う」

「やめてよ、今打ちひしがれてるってのに。
 そんなことで褒めたりしないで、余計辛い」

「ひ、日向。が、頑張った方だよ?
 本当に、困ったら頼って?作り方も、恋文も、何でも手伝うから」

「いや、もう、勘弁して」



 2人が頑張って日向を慰める中。
 たった1人だけ、状況を本当の意味で理解しておらず、完全に火に油を注ぐ男がいた。



「へぇ!日向って、魁蓮のこと好きだったんだな!
 俺、ちょー応援するよ!!!」

「なわけねぇだろがあああああ!!!!!!!!!」



 ((馬鹿……………))



 何も分かっていない龍牙の発言に、虎珀と忌蛇は深いため息を吐く。
 七瀬日向、人生初の黒歴史である。





「と、とりあえず!この紙を守ることは出来たんだ!もうそれでいい!過程は気にしない!!!!」



 日向は無理やり、顔を上げて声を張り上げる。
 もう、こうでもしないとやってられない。
 恋文の件については、一旦忘れることにした。

 話は、蓮蓉餡の饅頭へと戻る。



「この作り方、アイツの助言を貰いながら修正し続けてきた、司雀の努力の賜物なんだよ。
 正直、これは越えられる気がしない」



 この世で、魁蓮と1番長く時を共にしている司雀。
 そんな彼が、魁蓮の好みの味に近づけられるようにと工夫を重ねた1品。
 それに手を加えるのも申し訳なく、美味しく出来上がる保証もない。
 ましてや、魁蓮が気に入ってくれるかどうか。



「日向にしか出来ない、日向流の作り方……
 自分流を考えるのって、案外難しいよね」



 忌蛇は、ポツリと呟いた。
 気を取り直して、3人も頭を動かす。
 魁蓮の好みすらよく分かっていない中で、どうやって日向流の作り方を導き出すか。
 料理人でもない4人の、試行錯誤が繰り返される。

 その時、龍牙がうーんと声を出した。



「俺、料理のことはよく分かんねぇ。
 だって、日向にしか出来ないことは何かって聞かれても、他人の怪我を治すことが出来るとしか言えねぇもん。
 あとは、最近だとことができるってこと。日向流だと、もうそれぐらいじゃねえか?」

「……花を咲かせる?」



 龍牙の言葉に、日向はピクっと反応する。
 そして……



「ああああああ!!!!それだあああああ!!!!」

「「「っ!?」」」



 庭に響き渡るほどの大声を張り上げた。
 あまりの声量に、3人は思わず耳を塞ぐ。
 直後、虎珀は怒りの形相で日向を見つめた。



「おい人間!!!いきなりデカい声を出すな!!!」

「ああごめん!!!いやでも、分かったんだよ!!
 僕にしかできない、僕流のやり方が!!」

「あ?」



 虎珀が首を傾げると、日向は両手を広げた。



「蓮蓉餡って、蓮の実から作られる餡子だろ?
 僕が自分の力で蓮の花を咲かせて、その蓮から取った実で餡子を作る!それを、饅頭に使うんだ!」

「「「っ!」」」



 日向の提案に、3人は目を見開いた。
 確かにそのやり方ならば、司雀も、他の者にも出来ないこと。
 だが、3人はすぐに首を傾げた。
 共通の疑問が、3人の中に生まれたのだ。
 代表して、忌蛇が口を開く。



「え?でも日向。そもそも花、咲かせられる?昨日のは、偶然咲いたんだよね?意識的にじゃなくて」

「あっ」

「それに、原料は変わったとしても、饅頭としての味は変わらないんじゃ……」

「うっ……そ、それは!何とかして変える!任せろ!」

「急に大雑把だね……」



 結果論としては、日向流といえば日向流。
 だが、日向が求めている特別なものにたどり着けるのかは、正直怪しいところだ。



「そうと決まれば、まずは自力で花を咲かせる!羽織を返すまで稽古は禁止されてるから、この時間を利用して自主練だ!」

「大丈夫なの?」

「問題ない!空き時間全てを、力の鍛錬に使う。ちゃんと休憩も挟むから、心配しないで。
 そうと決まれば、この庭を使って練習だ!」



 後先考えないやり方かもしれないが、日向流として表すのには、1番いい方法だった。
 そして日向は、自分の力を伸ばすための、自主練を始めたのだった。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 その頃、食堂では。
 日向たちから離れた魁蓮が、食堂に顔を出していた。
 その姿に、司雀は笑みを浮かべる。



「おや、魁蓮。お目覚めですか?」

「司雀。早急に、莫迦に効く薬を作ってくれないか」

「……え?」

「小僧に飲ませる、即効性のあるものがいい。
 彼奴は嘘をつくのが下手すぎる。あれほど分かりやすい虚言を並べられては、聞いている側も疲れるというもの」

「ど、どういうことです?」

「小僧が、我を好いていると言い出した。もっとマシな嘘は吐けないものか……
 あれでは、先が思いやられるな」

「……満更でもないのでは?」

「阿呆か」
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