愛恋の呪縛

サラ

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第78話

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 日向が地面に降りた瞬間、日向は縛られる。
 今までのように、屈折などを活かして逃げることは不可能だ。
 向かってくる鎖を見つめながら、日向は頭が困惑する。



 (このままじゃ捕まる……なにか、なにかっ……!)



 その時。





【この鎖は、というものに敏感でなぁ。必要以上の刺激を与えられると、稀に我の命令に背くことがある。最悪の場合、縛り上げた者をそのまま圧迫死させてしまうがな】

【……え?】

【あまり無駄な刺激はしてやるなよ?この鎖にとって、触れるという行いも刺激に繋がる。我でも手に負えなくなったら、本当に終いだぞ?】





 頭に蘇る、魁蓮の言葉。
 直後。





「おらああああ!!!!!!!」





 ガンッ!!!!!!!!!





 地面に降り立っていない、浮遊状態。
 日向は全身に思い切り力を入れると、大声と勢いに身を任せるように、浮遊状態でグルっと回る。
 そして、流れるように鎖を蹴り飛ばした。



「っ……!」



 日向の動きに、魁蓮は目を見開く。

 突如として浮かんだ、瞬時の考え。
 魁蓮の話では、鎖は刺激というものに敏感。
 触れるだけでも刺激に繋がり、鎖そのものの強度があがる。
 だがそれは、あくまで縛られた後にすればの話だろう。



 (瞬発的なものなら、もしかしたらっ……!)



 触れる時間、与える攻撃や抵抗。
 その全てが、一瞬の出来事ならば……。
 日向が鎖を瞬発的に蹴り飛ばしたところで、妖魔のように重い攻撃ではないため、鎖にとってはさほどの刺激にもならない。
 蹴り飛ばす時、鎖に触れる時間を極わずかにすることだけに集中すれば、鎖からすれば何が起きているのか分からなくなるはず。
 つまり、ほんの一瞬ならば触れても縛られない。
 日向は、そう考えた。



 (僕の一撃は、力がないから強くは無い。その点の刺激は心配いらないから、鎖に触れる時間さえ極度に短くすればっ……殴ったり、蹴り飛ばしても問題ない!)



 鎖を蹴り飛ばした後、日向は直ぐに体勢を整える。
 蹴り飛ばされた鎖は、ジャラッと音を立てながらよろめくも、すぐに立て直して切り返してくる。
 前後から向かってくる、2本の鎖。
 日向は、限界まで集中させた。



 (次はっ……)



 その時。



「やめ」



 ポツリと聞こえた、魁蓮の声。
 その声に、鎖は日向に触れる寸前でピタッと動きが止まる。
 日向はその光景を見つめながら、肩で息をしていた。
 少しでも動けば、鎖に触れる距離感。
 すると、鎖はゆっくりと日向から離れて、そのままミンの中へと消えていった。



「なかなかやるではないか、小僧」

「っ……!」



 魁蓮の声に顔を上げると、魁蓮は片眉を上げて口角を上げている。
 どうやら、1分逃げ切ることに成功したようだ。
 それを理解した途端、日向は全身の力が抜けて、グタッと膝から崩れ落ちる。



「きっっっっつ!!!!!!!
 まじで無理、しんどい!!!」

「3回目で成し遂げるとは、見所があるなぁ?」

「いや。お前の説明が無かったら、無理だったと思う。多分、まじで運が良かっただけ」



 (鎖を蹴り飛ばしたのも、完全に賭けだったし……)



 日向はそう考えながら、パパっと衣についた汚れを払う。
 仙人でもないのに、自由自在に動かせる自分の体に今はとても助けられていた。
 日向はふぅっと小さく息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。
 その時。



「ん…………」



 ふと、魁蓮が何かを感じ取った。
 日向から視線を外すと、眉間に皺を寄せ、ギラッと赤い瞳を光らせる。
 何かをのだろうか。
 日向はそれに気づき、緊張感が走った。
 じっと魁蓮を見つめていると、なにやら魁蓮は笑みを浮かべる。



「ククッ……」

「?」

「小僧、急用だ。今日は終いだ」



 そう言うと魁蓮は、フッと姿を消した。



「……え」




 何も理解できないまま、日向は修練場に1人取り残されてしまう。
 司雀がいつも言っている「何も言わずにどこかへ行ってしまう」というのは、恐らくこれだろう。



「なんか言えよおおおお!!!!!!!」





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 修練場を離れた魁蓮は、1人現世に来ていた。
 花蓮国の都から少し離れた、東に位置する大きな町。



「ほう?随分と、愉しそうではないか」



 そう言いながら笑みを浮かべる魁蓮の前には、その大きな町を覆い尽くす大きな黒い結界。
 張られたばかりなのか、完成型としてはまだ成り立っていなかった。
 魁蓮はその結界に近づきながら、赤い瞳をギラッと光らせる。



 (町の人間と……異質が1体、か……)



 魁蓮の目に映るのは、数多の青い炎のようなものと、その中に潜む赤黒い物体。
 いつも、魁蓮がものだ。
 そして、まだ未完成の結界の中から、ふと聞こえてくる。



「……助けて……!」

「出して……!」



 人間たちの、叫び声が。
 魁蓮はその声に耳を傾けながら、薄ら笑みを浮かべる。



「やはり、人間は愚かな存在だなぁ」



 耳は傾けても、魁蓮にとってはどうでもいいもの。
 一通り叫び声を聞き終わると、魁蓮はゆっくりと結界の中へと入る。

 結界の中へと入ると、そこは夜のように暗かった。
 結界自体が、黒いせいだろうか。
 真っ黒い空に、少し崩壊している建物。
 誰かが暴れたあとが、町には広がっていた。
 そして……



「だっ、誰っ……!?」



 突然結界の中へ入ってきた魁蓮に、結界の端で助けを求めていた人々は驚愕している。
 仙人でもない普通の人間でも、魁蓮の異様な雰囲気と圧から、彼が人間ではないと感知できるのだ。
 目の前に現れた男が、敵か味方か。
 その判断ができないほどには、魁蓮という存在の危険性が見た目から暗示できる。



「おいっ、ここから出してくれ!」

「アンタっ、どうやって入ってきた!?」

「どうやったら出られるの!?」



 困惑する人々は、結界を簡単にすり抜けてきた魁蓮に、助けて欲しいとせがむ。
 冷静な判断が出来ていない人々は、本能では危険だと分かっていても、せがむ他なかった。
 だが、魁蓮には何一つ聞こえていない。
 興味を持っていないのだ。



 (仙人は、既に到着済みか……だが、手こずっているようだな。実に哀れで情けない)



 から入ってくる情報を元に、魁蓮は結界内の状況を把握する。
 普通の人間とは違い、仙人は黄色い炎のようなもので表される。
 既に、黄色い炎がいくつか結界内で見つかった。
 すると魁蓮は、話しかけてくる人々を無視して、更に奥へと足を進めた。



「………………」



 あちこちで、人々の悲鳴と叫びが聞こえる。
 その声には聞く耳を持たず、魁蓮はひたすら探していた。
 結界外で見た、
 その時、魁蓮はふと足を止めた。



「……っ……」



 立ち止まって感じる、背後からの気配。
 同時に漂う、血の匂い。
 魁蓮は変化した状況に口角を上げ、横目で振り返る。



「ククッ……」



 振り返った先には……
 先程、魁蓮に声をかけていた人々を食べている姿が1人。
 そして感じる赤黒い異質、異型妖魔だった。
 地面を人間の血で染めて、まるで飢えた獣のごとく、異型妖魔は人間を食い荒らしている。
 おぞましい光景に、魁蓮は体ごと振り返った。
 どうやら、異型妖魔は魁蓮に気づいていない。



「我に背を向けるとは……無礼者め」

「っ……」



 魁蓮が声をかけると、異型妖魔はピタッと動きを止めた。
 そして、ゆっくりと振り返る。
 振り返った瞬間、異型妖魔は魁蓮と目が合った。
 じっと魁蓮を見つめ、口いっぱいに含んでいた人間の肉をゴクリと喉を鳴らして飲み込む。



「特徴のある赤い瞳と、顔まで広がる黒い模様……
 これは驚いた……本物の鬼の王じゃねえか……」



 (ほう……流暢に言葉を……)



 振り返った異型妖魔は、驚く程に言葉を話すのが上手だった。
 魁蓮が今まで見てきた異型妖魔の中では、圧倒的な高い知能を持っていると伺える。
 異型妖魔は口の周りについた血を拭うと、「よっこらせ」と呟きながら立ち上がった。



「参ったなぁ……俺、今日休みだってのに」



 異型妖魔は、どこか気だるげそうに頭を搔く。
 まるで人間のような仕草に、魁蓮は片眉を上げた。



「休み……?何やら任でも受けていたのか?」

「あー、まあそんな所だな。
 そういえば、急に空気変わったと思ってたんだよ。アンタだったか……納得。まあいいわ、この際」



 異型妖魔は何かを諦めると、片手を腰に当てて魁蓮へと視線を移す。



「なぁアンタ……、知らね?」

「……?」



 突然の異型妖魔の質問に、魁蓮は眉間に皺を寄せた。



「カムナギ……?」

「あれ、アンタなら知ってるって聞いたんだけど。
 えーと、なんだっけ。ほら、神様とかの……」

「ん?……あぁ、かんなぎのことか。
 神と人間のなかだちをする者のことだろう」

「あーそれそれ。その、カンナギってやつ。
 悪ぃんだけどさ、俺に渡してくれねぇかな」

「……は?」

「いやいや、は?じゃなくて。知ってるでしょ?それに、俺はそういう命令受けてるからさ。
 アンタが持ってるカンナギってやつを捕まえて、生きている状態でに渡すってね」



 (主…………)



 魁蓮は、異型妖魔の言葉に反応した。
 今まで会ってきた異型妖魔のほとんどが口にする、「主」という言葉。
 現段階では、異型妖魔は誰かの手によって作られているということ。
 そして、その人物は「主」と呼ばれている可能性がある。



「主とは、何だ」

「それは言えねぇな、駄目って言われてるからさ」

「ほう……」



 魁蓮は、ニヤリと口角を上げた。
 何も言えないとはいえ、異型妖魔の反応が物語っている。
 魁蓮が考えていることは、ほぼ確定した。
 異型妖魔は誰かに作られていて、その人物が主と呼ばれていること。
 そして新たに分かったのが、その主は「覡」というものを求めているということ。



「言えぬものは仕方がない、気にするな。
 生憎だが、我は覡というものに身に覚えがない」

「……嘘、ついてる?」

「いや?そも、我は神など信じておらぬ。
 人間の夢想の存在など、くだらんことこの上ない」

「……あ、そう……なら、仕方ねぇよな」



 異型妖魔はそう呟いた。
 直後。



 ドオオオオオオオオン!!!!!!!!!!



 異型妖魔は、魁蓮へと飛び込んできた。
 瞬時に妖力を込めた拳を握りしめ、魁蓮へと振り下ろしている。
 だが、魁蓮はその拳を、難なく片手で受け止めた。
 魁蓮は異型妖魔の拳を握りしめながら、不気味な笑みを浮かべる。



「貴様、我を誰と心得ている?
 初めから無礼極まりないぞ、痴れ者が」

「いや、アンタも大概じゃない?
 覡のこと、知らないわけないのにさ。身に覚えがないなんて嘘つくんだから。こうするしかないでしょ」

「ククッ、それも主とやらのめいか?」

「まあ、そういうこと。
 シラを切ったら、殺せって言われてるから」

「ククッ……ハハハッ、くだらんな」



 そう言うと魁蓮は、グッと異型妖魔の拳を握りしめ、思い切り後方に投げ飛ばす。
 異型妖魔は軽々と体勢を整えて、難なく地面に降り立った。
 直後、異型妖魔は全身に妖力を込める。



「ほんと嘘だけは勘弁してよね。
 こっちだって、暇じゃないんだから」

「決めつけるか?本当に知らないと言ったら、どうする」

「そんなはずないよ、だって……
 アンタから、カンナギの気配を感じるんだから」

「………………?」

「まあいいや。とりあえず、殺しあってくれる?」

「……ククッ、いいだろう。
 だが……これは邪魔だ」



 魁蓮はそう言うと、指をパチンっと鳴らす。
 直後、異型妖魔が張った結界がバリンっと音をたてて割れた。
 いとも簡単に結界を壊した魁蓮に、異型妖魔は呆れた顔をする。



「結構頑張ったんだけど……」

「それはすまんなぁ、歪な結界内にいるのは耐えられん」

「それはすんませんね。
 それで、殺しあってくれるってこと?」

「ああ。貴様が我に一撃でも入れることが出来れば、その覡とやらを探すのを手伝ってやる。かかってこい」

「……すっげぇ助かるわ、それ。その話乗った」



 互いに睨み合い、集中する。
 崩れ落ちていた瓦礫が、コトっと地面に落ちたのを合図に、魁蓮と異型妖魔は互いに飛び出した。
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