愛恋の呪縛

サラ

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第71話

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「ふわぁぁ……」



 深夜。
 夕餉もお風呂も済ませた日向は、自室に戻って寝台の上にいた。
 襲ってきた睡魔にあくびをすると、そろそろ寝ようと横になる。



「とりあえず、明日からアイツと稽古か……強くなれるといいけどな……」



 そう言いながら、日向は目を閉じた。

 その時。



「……ん?」



 ふと、日向は何かの気配を感じ取り、ゆっくりと目を開ける。
 すると、



「あっ……」



 日向の目に映ったのは、光り輝く黒蝶だった。
 普通の黒蝶より大きく、なにやら淡い光を帯びて輝いている。
 輝きながら舞う黒蝶は、日向の周りをヒラヒラと飛んでいる。



「綺麗……でも、どっから入ってきた?」



 部屋の中を見渡すが、扉も開いていない。
 外から入ってくるような隙間も無かった。
 では、この黒蝶はどこから来たのだろうか。
 日向が考えていると、黒蝶は突然扉の方へと飛んでいく。
 その時だった。



「はっ!?」



 黒蝶は、スウッと扉をすり抜けたのだ。
 何事かと思い、日向は慌てて寝台から飛び降りると、黒蝶がすり抜けた扉へと向かった。
 なんの術もかけられていない、ただの部屋の扉。
 日向は扉を開けて、廊下に出る。
 だが、先程の黒蝶はどこにもいなかった。



「あれ、どこ行った?」



 日向はそう考えながら、後ろ手に扉を閉める。
 そのまま廊下を軽く歩いてみるが、黒蝶はどこにも見当たらないままだった。



「なんだったんだ……不思議な蝶だったなぁ」



 黒蝶が見つからないと分かり、日向は諦めた。
 再び眠りにつこうと、部屋へと戻ろうとしたその時。



「まだ起きていたのか」

「ん?」



 ふと、聞こえた低い声。
 日向が顔を上げると……



「っ!」



 そこには、廊下をゆっくり歩く魁蓮がいた。
 だが、その魁蓮の姿は、日向の息が詰まるものだった。



「おまっ、それっ……」

「……?」



 日向が目にしたのは、血だらけの着物を着ている魁蓮の姿だった。
 顔まで飛び散った血は、痛々しく見える。
 魁蓮は片眉を上げてポカンとしていたが、やっと日向が何に驚いているのか理解すると、乱暴に顔についた血を拭った。



「あぁ、これか?帰り際に邪魔をされたのでなぁ。全く、無礼な奴らっ」



 その時。
 話していた魁蓮の言葉を遮るように、日向がパシッと魁蓮の腕を掴む。
 突然触れられたことに、魁蓮は驚き目を見開いた。
 対して日向は、焦った表情で魁蓮の顔を伺う。



「邪魔されたって何!?襲われたってこと!?
 しかもこの血っ……どこか怪我したのか!?」

「……は?」

「帰り遅かったのって、そういう理由!?司雀がずっと心配してた、大丈夫だったのか!?」

「……………………」



 日向は、魁蓮の怪我を心配していた。
 今までの彼ならば、ありえない事だ。
 日向自身も、内心何故なのか分かっていない。
 だがいつもの癖で、怪我をしているのではと思った途端、放っておくことは出来なかった。
 反射的に腕を掴んでしまい、離す機会も失ってしまう。



「僕のところに来たってことは、治して欲しいってことじゃないのか!?」

「……………………」

「それとも、何か大変なことがっ」

「喧しい」

「痛っ」



 いつまでも落ち着かない日向に、魁蓮はコツンと日向の額を叩く。
 日向は額に手を当てると、魁蓮の顔を見上げた。
 魁蓮は片眉を上げ、どこか呆れた表情をしている。



「まさか、お前に安否を確認される日がくるとはな」

「し、仕方ないだろ!怪我してたら放っておけないんだよ!」

「馬鹿者。全て下劣共の返り血だ」

「え、そうなの?はぁぁ……ビビった……」

「話も聞かず思い込むとは……落ち着きの無い奴だ」

「悪かったなぁ!」



 心配したのが馬鹿らしくなってきて、日向は今の自分の発言全てに後悔した。
 叩かれた額をさすりながら、ため息を吐く。



「それで、お前はここで何をしている」



 魁蓮は日向を見つめながら、首を傾げた。
 日向は魁蓮の言葉で、自分が廊下に出てきた理由を思い出す。




「そうだった!さっき、不思議な蝶がいたんだよ」

「蝶?」

「そう。なんかめっちゃ綺麗な黒い蝶でさ、キラキラしてたんだ。淡く光ってた!そんで、僕の周りをヒラヒラヒラ~って回ってきた。
 何だろーって思って見てたらさ、その蝶が僕の部屋の扉をすり抜けたの!」

「…………………………」

「ただの蝶じゃない!って思って廊下に出てきたんだけど、見当たらなくてさ……
 ずーっと探してんだけど、いないんだよ。あ、お前見てない?キラキラした黒い蝶。ちょっと大きめ」

「…………………………」

「……あのぉ、なんでさっきから黙ってんの?」

「いや、とうとう救えないほどイカれたかと思ってな」

「大マジだっつーの!!!!!!!!!」



 どうやら、魁蓮は信じてくれないようだった。
 嘘つきだと勝手に思われ、日向は怒りで歯を食いしばる。
 正直に話すべき相手では無かったようだ。
 日向は頬を膨らませ、腕を組んで怒っている。
 そんな日向の姿を、魁蓮はつまらなさそうに見つめていた。



「つーかお前も、帰り遅くなるなら一言くらい言ったら?司雀、ちょー心配してたぞ?」

「知らん。どうせ分かっているだろ」

「うーわ、報・連・相できないとか、鬼の王だっさぁ」

「蝶如きに寝ぼける小僧は、まだまだ餓鬼だなぁ」

「はっ倒すぞテメェ!!!!!!!!
 嘘じゃねえっつってんだろが!!!!!!」

「はぁ……やれやれ、威勢のいい猿だ」

「……わざと怒らせてますぅ?」

「ククッ、怒れば怒るほど野生味が増すぞ?」



 魁蓮はそう言い残すと、愉しそうに笑いながらその場から歩き出す。
 そんな魁蓮の姿を見つめながら、日向はポツリと呟く。



「……1000歳以上の鬼クソジジイが……」



 直後。
 日向の足元に影が現れると、一瞬で鎖が姿を現し、日向の体をガッシリと縛り付ける。
 そしていつもとは違う、とんでもないほどの優しい笑みを浮かべた魁蓮が振り向いた。
 その優しすぎる笑顔に、日向はダラダラと冷や汗をかく。



「一応は訊いてやろう、弁解の余地はありそうか?」

「ナイデス、スミマセンッ……………………」



 (聞こえてたぁぁぁぁぁ 怖ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ)



 日向が絞り出した声で謝ると、鎖と影はパッと消えた。
 本当に殺されるのかと思い、日向は心臓がバクバクと大きな音を立てる。
 冗談でも、あまり喧嘩を売らない方が身のためなのかもしれない。
 日向がその場に腰を抜かしていると、ふと魁蓮がなにかに気づく。



「あぁ……小僧」

「な、なんすか」



 日向が疲れきったまま顔を上げると……



「知らぬ間に切っていたようだ、これは治せるのか?」



 着物を脱ぎ、半裸になった魁蓮が立っていた。
 そして目の前には、抉れたほどの重症を負った魁蓮の腹があった。
 大きく開いた傷口からは、大量の血が流れている。
 やはり、魁蓮の着物に染み込んでいた血は、ほとんどが彼の怪我によるものだったようだ。



「違和感があったのでな、確かめたらこれだ」

「超重症じゃねぇかよボケェェェ!!!!!!!!」
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