愛恋の呪縛

サラ

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第58話

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「終わったよ、見て」



 日向はそう言って忌蛇を離すと、忌蛇は涙を流していた。
 枯れていたのが嘘のように、森は元通り。
 心做しか、以前よりも若々しい葉をつけている。



「どう、してっ……」



 忌蛇が驚いていると、ふと日向が忌蛇の頬に触れた。



「あっ、やった!」

「えっ……?」

「毒、無くなってる!ほら、触っても問題ない!」

「っ!」



 日向の言葉に、忌蛇は我に返った。
 日向は力を使わずに、そのまま忌蛇に触れている。
 しかし、日向は毒に犯されていない。
 紫色の痣も出ていない。
 その現象に、忌蛇は言葉を失った。
 対して日向は、喜びのあまり忌蛇に抱きついた。



「よかったあああああ!!!!
 ほんとよかったあああああ!!!!」

「えっ……?」

「やっと、忌蛇の顔を間近で見れた!やっと、忌蛇に触れられた!すっげぇ嬉しい!どうしよ!
 もう僕、このままずっと忌蛇と距離が遠くなったままなのかと思ったあああ……」

「あ、あのっ……」



 困惑する忌蛇を無視しながら、日向は忌蛇から離れ、ガシッと肩を掴む。



「お前、結構かっこいい顔してんじゃん!隠してんの勿体ないって!あと、ちょっと細身じゃね?ちゃんと食ってる?食事制限でもしてんの?」

「いや、あのっ……」

「あ、そういや龍牙がちょー怒ってたぞ?遅い!って。もう、こんなことになってんなら、もっと早く教えてくれればっ」

「待って!」



 喜びのあまり喋りすぎてしまった日向に、忌蛇は無理やり言葉を挟む。
 日向が首を傾げると、忌蛇は日向の手に視線を落とす。
 自分から触れたのは、あの日の雪以来1度もない。



 (本当に、消えたのなら……)



 まだ疑いながらも、忌蛇は手袋を外した。
 緊張しながら、忌蛇は日向の手に自分の手を重ねる。
 だが、何も起こらなかった。



「……どうして……何をしたのっ……?」

「んー、それが僕にも分かんなくてさ。
 なんか、出来ちゃった」

「えっ、と……」

「まあ、細かいことは気にすんな!結果的に良かったし!森も元通り~ ♪ 」

「っ………………」



 ニコッと笑顔を浮かべる日向に、忌蛇は言葉につまる。
 もし本当に、毒が全て消えたのならば。
 忌蛇は日向から視線を外すと、蘇ったばかりの草むらに視線を落とした。
 今まで、直接触れたことは無かった。
 ゴクリと唾を飲み込み、忌蛇は思い切って草むらに触れる。



「……あ、ああっ……」



 こちらも、何も起こらなかった。
 初めて触れる、植物。
 どこか柔らかくて、少しくすぐったい。
 どんなに触れても、もう毒の被害は起きなかった。
 それを理解した途端、忌蛇は涙が溢れた。



「柔らかいでしょ?お日様の匂いがするんだぜ?」



 涙を流して喜ぶ忌蛇に、日向はそう語り掛ける。
 忌蛇は両手を広げて、全身で感じるように触れる。
 草、土、小さな虫。
 全てが、とても愛おしく感じた。
 そんな忌蛇の姿に、日向は笑みを零す。



「忌蛇は優しいよな。誰も傷つけないように、皆から離れて。僕のことも、気にかけてくれてさ。
 ずっと、寂しかったはずなのに、皆のことを一番に考えてた」

「っ…………」

「でも、もうこれで大丈夫だよ。1人にならなくていい。離れなくていい。だから……
 皆が待ってる黄泉に、一緒に帰ろ!」



 日向の笑顔を見た途端、忌蛇は雪の姿を思い出した。
 やはり、似ている。
 太陽のように明るく笑うところが、似ている。
 その笑顔があまりにも眩しくて、愛おしくて……



「おわっ!」



 忌蛇は、ぎゅっと日向に抱きついた。
 もう、遠慮することも離れることもない。 
 少ししか触れることが出来なかった人間の温もり、それが今は全身に感じる。
 胸元に耳を当てれば、心臓の音が聞こえた。
 生きている、そう感じた。



「……人間って、こんなに暖かいんだね……」

「っ!あははっ、もちろん!
 これからいっぱい、ギューってできるな!」

「ふふっ、うんっ……」



 2人は互いに抱きしめ合った。
 かつて感じた人間の温もり、たった一瞬だった。
 でも今は、違う。
 その喜びに、忌蛇は感動していた。

 その時。



「ククッ、フフフッ……」



 背後から、低い笑い声が聞こえてきた。
 2人が顔を上げると、ずっと二人を見ていた魁蓮が、愉しそうに笑っている。
 同時に魁蓮は、笑いながら結界を解いた。
 モヤが無くなったのだ、結界は必要ない。



「魁蓮、さん?」



 あまりにも愉しそうに笑う魁蓮に、どうしたのかと忌蛇が尋ねると、



「フハハハハハハッ!!!!!!!!」

「「っ!!!」」



 突然、魁蓮が大声で笑い始めた。
 彼がこんなにも大きな声を上げて笑うのは、滅多にない。
 魁蓮の姿に、日向と忌蛇はゾッとしている。

 そんな中、魁蓮は心から喜んでいた。
 体中に広がっていた紫色の痣も、先程の淡い光に飲み込まれたことで、綺麗に消えていた。



 (やはり、完全なる力では無かったか!小僧の力は、まだ全貌を秘めている!面白い!!!!)



 愛、感情、思い出、記憶。
 それらを語らい、明るい未来を手にした2人など、魁蓮は気にしていなかった。
 彼の今の愉しみは、日向の力のみ。
 日向の力の全てを知るために、魁蓮は日向を守り、傍に置いているに過ぎない。
 目の前で起きている感動も、魁蓮にとってはどうでもよく、興味の範疇には無い。

 どこまで行っても、彼は鬼の王なのだ。



「愉快愉快っ……魅せてくれたではないか、小僧」



 己の考えていること、最終的な目的は決して言わずに、魁蓮は日向を褒めた。
 日向はポカンとしていたが、魁蓮は喜びに溢れていた。



 (このまま小僧の力を目覚めさせ、全貌が明かされた時……小僧の力を我がものにする。
 そうすれば小僧は用済みだ。真っ先に殺してやる。誓約も破棄となり、人間は皆殺しだ……ククッ……)



 魁蓮の目的。
 それを知る者は、誰もいない。



「えぇ、どうしたんだよコイツ……」



 ずっと笑い続けている魁蓮に、日向は少し引き気味だ。
 忌蛇はどこか、気まずそうに笑っている。
 その時。



「日向ぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

「ぶへぁっ!!!!!!」



 ポカンとしていた日向に、とんでもない速さで龍牙が飛びついてきた。
 あまりの衝撃に、日向は一瞬気絶しそうになる。
 地面に背中をつけて倒れると、龍牙は日向に覆いかぶさった。



「日向ぁ!無事で良がっだあ!」

「い、痛い……重い……」

「そうだ!仙人たち来なかった!でも、そろそろ来るかもしれねぇから早く帰ろ!面倒だし!
 にしても流石日向ぁ!大好きぃぃ!!!」

「ちょ、あの、情緒……」



 泣きながら喜んでいる龍牙に、日向はどう反応していいかわからず困惑していた。
 すると、龍牙は後ろで笑っている魁蓮に気づく。



「魁蓮も無事だったんだな!
 てか、ちょーご機嫌じゃね?どったの?」

「ああ、龍牙。やはりお前の仕業だったか」

「ああああ!怒んないでー!勝手に日向を連れてきたのは謝るからさ!」

「ククッ、良い良い。今回ばかりは許してやろう。お前が小僧を連れてきてくれたおかげで、良いものが見れた。感謝するぞ?」

「え!ほんと!やったああ!」



 怒られるどころか、感謝されたことに、龍牙は両手を上げて喜んだ。
 とはいえ、なぜ感謝されているのかは理解していない。
 日向と忌蛇は、顔を見合せて笑った。

 夜に起きた忌蛇の猛毒の暴走は、日向の新たな力により無事に収まった。
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