愛恋の呪縛

サラ

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第56話

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「ついたぁ!……あれ?日向、大丈夫?」

「は、吐くかと思った……」

「そんなに楽しかったの?あははっ!良かった!」

「ああ、もう、なんでもいいよ……」



 日向たちは、ようやく森の前へとたどり着いた。
 だが、龍牙の荒々しい移動方法に、日向は忌蛇を助ける前にぐったりしている。
 龍牙は、人間と妖魔が同じ体だと勘違いしているのでは無いだろうか。
 日向がため息を吐いていると、龍牙は森を囲む大きな結界を見上げた。



「すっげぇ……」



 目の前の結界に、龍牙は感動していた。
 結界術は、司雀の得意分野だ。
 絶対に突破できない、と言えるほどの高度な結界術。
 だというのに、司雀と同様の結界術を扱うことが出来る魁蓮は、やはり強者。
 司雀とは違う強さを持っている。
 だが、魁蓮の結界術は少し問題がある。



「日向、駄目だこりゃ」

「え?駄目って?」

「……俺、入れない」

「……へ?」



 魁蓮の結界術の問題点。
 それは、誰も通れないということ。 
 そもそも結界術なので、作りとしては完璧なのだが、結界術には仲間と認識する人物は行き来できる仕組みがあったりする。
 司雀の結界術も司雀の判断次第では、結界の中と外を自由に行き来できる者もいるのだ。

 だが、魁蓮の結界術に関しては、それが絶対に有り得ない。
 敵も仲間も、魁蓮の結界術に触れようとすれば、攻撃される仕組みなのだ。
 つまり、龍牙は傘下でありながら触れられない。



「魁蓮って、あんまり結界術使わないから油断してたぁ。こんなんじゃ俺、何も出来ないじゃん!」

「待って、だったら僕も無理じゃない?」

「いや?日向は多分入れるぜ?
 日向は今、魁蓮の力が備わってる。もしかしたら、魁蓮本人って結界が認識するかもしれねぇ」

「な、なるほど……
 じゃあ僕、今からこの中に1人!?」

「あははっ!だな!まあでも、魁蓮もいるから大丈夫だろ!」

「は、ははっ……」



 助けに行く、と思い切り言ったものの。
 ここまでの規模だとは予想していなかった。
 触れれば即死の猛毒。
 結界の向こう側で動いているモヤに、日向はゴクリと唾を飲み込んだ。
 本当に、死なずに済むのだろうか。
 魁蓮の力というものは、本当に守ってくれているのだろうか。
 そもそも、その本人は生きているのだろうか。
 色んな疑問が頭の中を埋めつくし、日向の緊張と恐怖を煽っていく。



「心配すんな!日向!」



 その時、その心配をかき消すように、龍牙が元気な声を上げた。
 龍牙に視線を向けると、龍牙は笑顔を浮かべている。



「もし魁蓮が森の中で死んでいたとしたら、まずこの結界術は無い。それと、俺たちがすぐに気づく。
 あれから時間は経ってるんだ、魁蓮は生きてるよ。だから、日向も死なないってこと」

「っ……うん」



 今は、それに賭けるしかなかった。
 日向は深呼吸をして、自分を落ち着かせる。
 ここまで来たのだ、もう引き返すことは出来ない。
 すると、龍牙はなにやら辺りを見渡した。
 日向はそれに気づき、首を傾げる。



「どしたん?龍牙」

「いや、もしかしたらさ。仙人が来るかも」

「えっ!」

「こんな馬鹿デカくて超強い結界を、仙人たちはすぐに感じ取るよ。緊急事態ってことで、多分こっちに向かってくる」

「ど、どうすんの!?その前に忌蛇を助けなきゃっ」

「そう!だから、俺が行く!」

「え?」



 龍牙はニヤリと口角を上げて笑うと、人間の村を見つめた。
 そして、全身に妖力を巡らせる。



「万が一、本当に仙人どもが来たら、俺が注意を引く!日向はその間にやっちまえ!」

「っ!ま、待ってよ!1人で行く気!?そんなのっ」

「大丈夫。俺、強いからっ!それと、約束する。
 注意を引くだけで、絶対に誰も殺さないよ」

「っ!!!」

「日向がいる所で殺したら、日向泣いちゃうだろ?
 人間嫌いだけど、今は日向の方が最優先だから我慢する!だから、安心しろ!来ればの話だがな!」



 龍牙は、満面の笑みを浮かべた。
 考えもなしに突っ込んでいく龍牙が、殺さないと言ってくれた。
 配慮をしてくれていることが、日向にとっては嬉しかった。
 垣間見える彼の優しさに、日向は感極まる。



「……ありがとう、龍牙」

「おう!ほんじゃ、様子見に行ってくる!」



 そう言うと龍牙は、そのまま人間の村へと降りていった。
 日向は龍牙の姿が見えなくなると、結界を再び見上げた。
 今まで日向が見てきた、凪の結界とは違う。
 やはり、仙人と妖魔では、何かが違うのだろう。



「大丈夫、大丈夫……僕なら行けるっ……」



 自分に言い聞かせ、落ち着きを取り戻す。
 この先に、忌蛇がいる。
 日向はもう一度深呼吸をして、覚悟を決めた。

 
 その時だった。





『……助けてくださいっ……』



「……えっ?」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「止まって……お願い……嫌だっ……」



 モヤの中心では、忌蛇が地面に蹲っていた。
 どれだけ体を抑えても、モヤは消えるどころか広がるばかり。
 目から涙が溢れ、傷よりも辛い苦痛を感じていた。
 もう、忌蛇の視界に映る森は、更地のようだった。



「ごめんっ、雪……ごめん、ごめんっ……
 ごめん、なさいっ……」



 守るはずのクスノキと森。
 その全てを、自分の毒で壊してしまった。
 こんなもの、彼女が見たらどう思うのか。
 忌蛇はそればかり考えてしまう。

 もう限界だった……。



「ここにいたか」

「っ…………」



 ブツブツと呟いている忌蛇の元に、魁蓮がたどり着いた。
 魁蓮は全身に紫色の痣が広がったまま、ただ蹲る忌蛇を見つめている。
 忌蛇は立ち上がることなく、そのまま打ちひしがれていた。



「魁蓮、さんっ……なんでっ……」

「お前に何かあれば、対処をするのは我だ」

「……離れてくださいっ……ここは、危険なんです……」

「見れば分かる」

「………………」



 魁蓮は、淡々と答えていた。
 だが、忌蛇の傷は抉れるばかりだった。
 恐らく、魁蓮がここに来たのは、この状況をどうにかするためなのだろう。
 でも、魁蓮は忌蛇に何もしない。

 そこで、忌蛇は分かってしまった。



「……魁蓮さんっ……お願いしますっ……
 僕をっ、殺してくださいっ……今、ここでっ……」
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