愛恋の呪縛

サラ

文字の大きさ
55 / 302

第54話

しおりを挟む
 その頃、黄泉の城では。



「遅い!!!!」



 夕餉の準備が終わり、日向たちは食堂で忌蛇を待っていた。
 が、時間は過ぎているのに一向に現れない。
 お腹を空かせている龍牙は、全然来ない忌蛇に腹を立てていた。
 そんな龍牙を、日向が隣で宥めている。



「っだよアイツ!遅れんなって言ったのに!」

「まあまあ、もう少し待ってみようぜ?龍牙」

「もういっぱい待ってるよ!ご飯冷えちゃうー!」

「んー……でも本当に、遅いよね?」



 日向が司雀へと視線を向けると、司雀も顎に手を当て考えていた。



「変ですね……基本、忌蛇は遅れることなど無いんですが……何か、あったんでしょうか……」



 魁蓮の伝達係をしているため、忌蛇は基本遅刻をしたことが無い。
 そもそも、肆魔の中で1番速い彼が、遅れるなど以ての外。
 珍しい事態に、全員が違和感を持っている。
 その時、城に帰ってきていた虎珀が、その場に立ち上がった。
 そして、腕を組んで座っている魁蓮に向き直る。



「魁蓮様、自分が様子を見てきます。少々、時間を頂けませんか」

「……好きにしろ」

「ありがとうございます」



 虎珀は魁蓮に一礼すると、食堂を出ていった。



 (どうしたんかな……忌蛇……)









「全く……魁蓮様を待たせるとは、何事だ」



 城を出た虎珀は、黄泉の出入口へと向かっていた。 
 まだ肆魔の4体だけならば良かったが、今日は魁蓮もいるのだ。
 魁蓮を強く慕っている虎珀にとって、魁蓮を困らせたり待たせるのは、罪にも等しいと考えている。
 故に、虎珀もお怒りだ。



「喝を入れなければいけないな」



 そう言いながら、虎珀は現世へとたどり着いた。



「確か、忌蛇がいつもいる場所は向こう……ん?」



 忌蛇がいつもいるクスノキの森の方角へと視線を向けると、なにやらその森がモヤに包まれていた。
 霧でもない、雨も降っていない。
 夜で上手く見えず、虎珀はグッと目を凝らす。
 その時。



「……はっ?」



 虎珀が見たのは、モヤにまみれて枯れていく森。
 触れたことも、あまり見た事もないが、虎珀の直感が訴えている。
 あのモヤの正体が、忌蛇の猛毒だと。



「何があった……?とにかく、魁蓮様に報告をっ」



 虎珀は急いで黄泉へ引き返した。

 あの猛毒に耐えることが出来たのは、魁蓮のみ。
 忌蛇に何かあった時のために、常に魁蓮の近くで動いていた。
 それなのに、なぜ魁蓮が近くにいない時に限ってこんなことが起きたのか。
 色んな考えが頭の中を飛び交いながら、虎珀は食堂を目指す。

 息を切らしながら、虎珀は食堂にたどり着いた。
 息を整える暇もなく、バンっと大きな音を立てて扉を開ける。



「あれ、虎珀?」



 突然開いた扉に、日向たちはぽかんとしていた。
 虎珀は息を軽く整えると、魁蓮へと視線を向ける。



「魁蓮様!大変です!
 現世の方で、忌蛇の猛毒がモヤと化して暴走しています!森は既に、8割ほど枯れ果ててっ……」

「っ……」



 虎珀の報告に、魁蓮は目を見開いた。
 当然、その場にいた全員も驚いている。
 日向以外の全員は、忌蛇の猛毒がどれだけ危険なのか、十分知っているからだ。
 虎珀からの報告を受けると、魁蓮は立ち上がった。



「少し外す」



 そう言うと魁蓮は、フッと姿を消した。
 魁蓮が居なくなると、虎珀はその場に膝を着いて息を整える。
 司雀は台所から水を持ってくると、虎珀の元へと持っていった。
 呼吸が整うように、優しく背中も撫でる。



「ね、ねぇ……暴走ってどういうこと?」



 日向は、焦った様子で尋ねる。
 すると、虎珀の背中をさすっていた司雀が口を開いた。



「今まで、忌蛇の猛毒が暴走したことはありません……恐らく、現世で何かに巻き込まれたのでしょう。あるいは、長年抑え込んでいた反動か……」

「忌蛇、大丈夫なの……?」

「正直、分かりません……魁蓮が、なんとかしてくれるといいのですが……
 あの毒に耐えられるのは、魁蓮だけですから……」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 虎珀の報告を受けた魁蓮は、現世に来ていた。
 黄泉との出入口の場所から見える、森に漂う紫色のモヤ。
 虎珀の報告通り、モヤはクスノキを中心とした森の8割を飲み込んでいた。
 それだけに留まらず、モヤは森の近くにある人間の村の近くまで流れ込んでいた。
 このままでは、人間の村を襲うのも時間の問題。
 魁蓮はその光景に、眉を顰める。



「暴走か……あながち、間違いでは無いな……」



 魁蓮は状況を確認すると、フッと森の近くまで瞬間移動した。
 森の近くまで来ると、猛毒の気配を全身に感じる。
 当てられている訳では無いのに、既に猛毒の強さが伝わってくる。
 足元に視線を落とすと、じわじわと地面に生えた草木が枯れていくのが分かった。



「随分と、厄介なものだ……」



 魁蓮は、ふと人間の村へと視線を向けた。
 このまま毒が暴走すれば、毒は人間の村まで充満し、村にいる人間は全員死んでしまう。
 魁蓮にとっては、正直どうでもいいこと。
 むしろ、日向との約束のせいで、魁蓮はしばらく人間を殺していない。
 この際人間が死ぬのならば、魁蓮にとっては好都合だった。



「人間など、どうでもいい……」



 そのまま、毒に犯されて死ねばいい。
 そう思い、魁蓮はふっと視線を外す。
 その時。





【僕は……もう、自分が憎くて仕方がないっ……この毒も、腹立たしいほどに嫌になるっ……】



「………………」





 魁蓮の脳裏に蘇る、忌蛇の言葉。

 生まれた時から、猛毒を宿していた忌蛇。
 思えば、その猛毒の威力に興味を持ったのが始まりだった。
 司雀の力も使いながら、忌蛇がどんな妖魔なのかを調べていた。
 だがそこで知ったのは、人間と時を共にしている姿。
 妖魔でありながら、人間と歩んでいた。
 魁蓮は、意味が分からなかった。



 (奴は、イカれている……)



 内心、そう思っていた。
 殺しもせず苦しめもせず、ただそばに居た。
 ずっと一緒など、どう足掻いても無理な話。
 それをわかった上で同じ時を共にするのは、狂っていなければ出来ないはずだ。
 でも……

 人間の娘といる時の忌蛇は、幸せそうだった。



「……………………」



 今となっても、忌蛇の心には少女がいる。
 まるで呪いのように離れず、ずっとそばに。
 そして、忌蛇はあれから誰も殺していない。
 人間と共に歩んだ時間があるせいか、人間を殺さないようにと気をつけていた。
 それを、魁蓮はずっと見てきた。



「……はぁ……」



 魁蓮はため息を吐くと、パンっと手を合わせる。
 そして、妖力を高めた。

 もしこのまま、モヤを止めなかったら。
 人間の村をモヤが襲ったと忌蛇が知ったら。
 彼は、いよいよ壊れてしまうだろう……。



「……貸しひとつだ、忌蛇……」



 直後、モヤが広がった森全体に大きな結界が張られた。
 結界は高度な妖力で作られ、外に広がろうとしていたモヤの進行を止める。
 モヤは結界の中で、蠢いていた。



「やはり、人間を殺すのは自らやるのが1番だ」



 魁蓮はそう言うと、足元に影を作り出す。
 すると、影の中から妖力を帯びた、大きな黒い鷲が姿を現した。
 鷲は魁蓮の肩に乗ると、グルグルと周りを見渡す。
 魁蓮は鷲の背を優しく撫でると、口を開いた。



「忌蛇を探せ、上からだ」



 魁蓮の言葉を聞くと、鷲は大きな声で鳴き、そのまま空高く飛んだ。
 鷲の姿が見えなくなると、魁蓮は目を光らせた。
 赤い光を纏う魁蓮の目には、なにやら禍々しいものが映り込んで来る。
 だが、魁蓮はそんなこと気にせず、ゆっくりとモヤに近づいた。
 モヤが漂う所まで足を踏み入れると、一瞬で魁蓮の体に紫色の痣が浮かび上がる。



「……あの日より、強くなっている……
 全てを拒絶するつもりか……ククッ、面白い……」



 ビリビリと痺れる感覚。
 妖力を使おうとすれば、拒まれる感じがした。
 初めて会った日に比べると、忌蛇の毒の力が増していた。
 意外な部分の成長に、魁蓮はニヤリと笑う。



「これでも死ぬことが出来んとは……
 我の頑丈な体にも困ったものだな」



 魁蓮はそう呟くと、ゆっくりとモヤの中へと入っていった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

【完結済】どんな姿でも、あなたを愛している。

キノア9g
BL
かつて世界を救った英雄は、なぜその輝きを失ったのか。そして、ただ一人、彼を探し続けた王子の、ひたむきな愛が、その閉ざされた心に光を灯す。 声は届かず、触れることもできない。意識だけが深い闇に囚われ、絶望に沈む英雄の前に現れたのは、かつて彼が命を救った幼い王子だった。成長した王子は、すべてを捨て、十五年もの歳月をかけて英雄を探し続けていたのだ。 「あなたを死なせないことしか、できなかった……非力な私を……許してください……」 ひたすらに寄り添い続ける王子の深い愛情が、英雄の心を少しずつ、しかし確かに温めていく。それは、常識では測れない、静かで確かな繋がりだった。 失われた時間、そして失われた光。これは、英雄が再びこの世界で、愛する人と共に未来を紡ぐ物語。 全8話

処理中です...