愛恋の呪縛

サラ

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第52話

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 そして時間は流れ、夜。
 夕餉の時間に間に合うために、忌蛇は黄泉に行く準備をしていた。
 司雀から教えてもらった簡単な結界を、クスノキの周りに張ると、問題ないかを確認する。
 クスノキに何かあった時や、侵入者が来た時は、すぐに忌蛇に伝わるようになっている。
 問題ないことが分かると、忌蛇はクスノキを見上げた。



「夕餉を終えたら、すぐ戻るよ。待ってて」



 優しい笑みを浮かべて伝えると、忌蛇はクスノキに背を向けて歩き出す。
 黄泉でご飯を食べるのは久しぶりだ。
 たった一夜だとはいえ、皆に会えるのは楽しみだった。
 忌蛇はどんなご馳走があるのだろうかと、胸を躍らせる。



 (雪にも食べて欲しいなぁ、司雀さんのご飯)



 何かいいことがあったり、面白いことがあれば、いつも雪を思い出す。
 1人ではなく、彼女と共有したい。
 そう願いながら。

 その時。





「強い、妖力……」

「っ!!!!!!」





 突然、背後から声がした。
 忌蛇は反射で振り返り、同時に衣から短剣を取り出して構える。
 先程、忌蛇は結界を張ったばかりだ。
 打ち破られるには早すぎる。
 すると、



「っ……」



 振り返った忌蛇の目の前に、一体の妖魔がいた。
 その姿は、上半身は人間のような見た目なのに、下半身は爪が尖った化け物のような姿。
 普通の妖魔ではありえない組み合わせ……

 異型妖魔だった。



 (なんで、ここにっ……)



 忌蛇は、以前龍牙と戦った異型妖魔の情報を聞いている。
 並外れた戦闘力と高い生命力を持つだけでなく、心臓となる核のようなものも無い人形のような体。
 複数の呪いが複雑に絡み合う、奇妙な存在だと。
 そしてなにより、忌蛇にとって1番問題な点があった。



 (戦闘力は、龍牙さんと互角っ……)



 異型妖魔は、肆魔の中で圧倒的な戦闘力を誇る龍牙と、ほぼ同じ戦闘力を持っているということ。
 忌蛇は、どちらかと言えば戦闘向きでは無い。
 戦うことは出来るが、龍牙ほどの力は持ち合わせていないのだ。
 
 このまま黄泉へ走れば、助けを呼べるかもしれない。
 だがそうしてしまった場合、クスノキはどうなってしまうのか。
 色んな考えが頭を過り、決断ができない。
 その時。



「邪魔者は、誰であろうと殺す。
 それが……の命令……」



 直後、異型妖魔は妖力を全身に巡らせると、バッと忌蛇に飛び出してきた。
 その驚くべき速度に忌蛇は目を見開き、飛びかかってきた異型妖魔を、寸前のところで避ける。
 素早く体勢を整え直すと、忌蛇はクスノキを背後にして短剣を構える。



 (言葉が話せるのかっ……!?
 これは、予想以上に厄介かもしれないっ……)



 異型妖魔相手に、1人という現状は最悪だ。
 今までのように短剣で戦うのは、正直理にかなっていない。
 初めから全力で挑まなければ、殺される。
 忌蛇は短剣を片付けると、全身に妖力を集中させた。
 この際、毒に頼る選択肢は無かった。



「ふぅ……」



 忌蛇は深呼吸をして、自分を落ち着かせる。
 命あるものであれば、どんなものでも命を奪う忌蛇の猛毒。
 だがその毒は、異型妖魔に効くのだろうか。
 仮に異型妖魔が、命あるものではなかったら……
 異型妖魔に触れようと近づいた時点で、自分から死にに行っているようなものだ。



 (魁蓮さんは、黄泉にいる……まずいな……)



 魁蓮か龍牙、そのどちらかがいればなんとかなるかもしれないが、2人とも今は黄泉にいる。
 こちらから助けを呼ばなければ、こちらの現状にも気が付かない。
 刻一刻と、黄泉に行かなければいけない時間が迫っていた。
 最初から、かなり苦しい状況だ。



「アルジ、アルジ……」



 忌蛇を仕留めきれなかった異型妖魔は、ゆっくりと立ち上がって振り返る。
 飛び出してきただけで、地面は複雑に割れている。
 もし当たっていたら、怪我だけでは済まなかった。
 忌蛇は深呼吸をして、異型妖魔の様子を伺う。



「悪いけど……僕、急いでるんだ……邪魔しないで」

「アルジの命令……
 全ては目覚めのために……殺す」

「っ……」



 忌蛇の首に、冷や汗が伝った。
 ボロボロになろうと、異型妖魔が現れたことを伝えなければいけない。
 頭脳戦にもなりそうな戦いが、始まろうとしていた。



 (雪……僕に、力を貸して……)



 2人の間に、静かな風が吹く。
 互いが互いを睨みつけていると、ふと風が止んだ。



「「っ!!!!!」」



 それを合図に、2人は同時に飛び出す。
 異型妖魔は、腕を刀のような刃に変えて、忌蛇目掛けて振り下ろした。
 忌蛇は持ち前の速さで刃を避けると、異型妖魔に向けて手を広げた。



氷槍ひょうそう!」



 直後、忌蛇の手のひらから尖った氷が出てくると、素早い動きで異型妖魔の胸元を貫く。
 続けて忌蛇は、開いていた手をギュッと握った。



六花雪ろっかせつ!」



 忌蛇が叫ぶと、異型妖魔に突き刺さった氷槍から、四方八方に氷の枝のようなものが飛び出す。
 異型妖魔の胸元から飛び出したため、内側から受ける攻撃だ。
 だが、



「邪魔」



 異型妖魔は一切怯まず、自分に突き刺さっている氷を掴むと、バキッと乱暴に折る。
 同時に中に残っていた氷を、強引にかき出した。



 (やっぱり、心臓がないから効かないっ……)



 忌蛇の技のひとつである氷槍ひょうそうは、槍に見立てた氷で、確実に敵の心臓を貫く即死技だが、異型妖魔には心臓のようなものがないため、効き目がない。
 可能性に掛けて試してみたが、やはり駄目だった。
 その時。



「ふんっ!!!」

「っ!?」



 異型妖魔は、自分に突き刺さっていた氷槍を握りしめると、思い切り忌蛇に向けて投げつけてきた。
 思いがけない異型妖魔の行動に、忌蛇は一瞬反応が遅れてしまい、氷槍が頬をかすってしまう。
 ギリギリのところで避けた瞬間、異型妖魔は氷槍に着いて来るように、再び忌蛇へと距離を詰めた。



「ギャアアアア!!!!!!」



 叫び声を上げながら、異型妖魔は刃へと変わった腕を、もう一度忌蛇に振り下ろす。
 だが、忌蛇もそう何度も同じ手にはかからない。
 忌蛇は片付けたばかりの短剣を取り出すと、振り下ろされた異型妖魔の腕を寸前で受け止める。
 ギィンっと刃がぶつかる音が鳴り響いた。



 (つ、強いっ……重いっ……!)



 異型妖魔の力は凄まじく、忌蛇が両手で短剣を掴んでいても、押しつぶされそうな勢いだ。
 このままでは、押し切られてしまう。
 その時。



「ア゙ア゙ア゙!!!」

「ゔっ!!!!!」



 手ぶらだった異型妖魔のもう片方の拳が、忌蛇の脇腹へと叩き込まれる。
 拳に妖力を混ぜたのか、その威力は凄まじく、ぶつけると同時に衣が破れて忌蛇の素肌に触れてしまった。
 真っ向から食らってしまった忌蛇は、後方の木にぶつかってしまい、背中に大きな衝撃を受ける。



「ゲホッ、ゲホッ……っいったぁぁ……」



 脇腹を確認すると、打たれた衝撃で青紫に変色した肌が見えていた。
 だが、忌蛇はあることに気づく。



 (僕の体に……触れたっ……!)



 魁蓮の妖力で守られていた忌蛇の衣服は、猛毒を抑え込む力がある。
 その衣を突き破って攻撃してきたとなると、異型妖魔は忌蛇の毒に触れたも同然。
 忌蛇がバッと顔を上げると……



「……えっ……」



 忌蛇を殴った異型妖魔の拳は、腕ごと無くなっていた。
 何事かと考えていると、異型妖魔の足元に、切断された腕があるのに気づく。
 よく見れば、握られた拳に紫色の痣があり、毒が効いていることが分かる。
 だが、体に広がる前に腕を切断したせいか、本体は毒に犯されていなかった。



「へぇ……頭、いいねぇ……」



 異型妖魔も、腕の異変に気づいたのだろう。
 真っ先に腕を切り落とす手段を取ったのは、見事な判断だ。
 腕を切り落としたというのに、異型妖魔は怯んでいない。
 痛みも感じない、その可能性が伺える。
 その時。



「装」



 異型妖魔がポツリと呟くと、異型妖魔の体から何かが飛び出してきた。
 妖力により形を作っていくと、鎖などで繋がった棒へと変わっていく。
 
 異型妖魔の体から出てきたのは、三節棍だった。



「っ……!」



 異型妖魔は三節棍を手にすると、忌蛇に向けて構えた。



 (ああ、なるほど……僕に触れてはいけないって分かったから、毒に犯されないで叩き潰そうってことだね……
 加えて妖力が備わってる三節棍……当たったら、重症で済むものなのかな……しんどいな……)



 異型妖魔の考えを汲み取ると、忌蛇はゆっくりと立ち上がる。
 他者に触れなければいけない猛毒にとって、物で戦いを挑みに来る敵は、相性が悪い。
 忌蛇はふぅっと息を落ち着かせると、拳を握って構えた。



「僕、速さには自信があるよ……
 その三節棍で、避けられるかな……?」



 忌蛇は、煽るように笑みを浮かべた。
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