愛恋の呪縛

サラ

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第47話

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 それから、年月は進み……
 新たな春を迎えたある日。
 司雀は1人、クスノキが立つ場所に訪れていた。
 春の穏やかな風が吹き、司雀の髪を揺らす。
 そして、立ち止まった。



「……ここにいらしたんですね」



 そう話す司雀の前には、クスノキを背後に座る忌蛇の姿があった。
 衣はボロボロで、全身傷だらけ。
 忌蛇がずっと被っていた鬼の面は頭の上にあった。
 当の本人は、憔悴し切ったように項垂れている。
 忌蛇は司雀の呼び掛けに反応せず、ただ呆然としていた。
 忌蛇の周りには、彼の猛毒に犯され枯れてしまった雑草が広がっていた。



 (毒が……強くなってますね……)



 ふと、司雀はクスノキを見上げた。



「見事なクスノキですね。とても立派です」

「…………」

「うちにも、このくらい大きな木を植えましょうか……」

「……何しに来たの」



 その時、忌蛇が声を出した。
 声は掠れて、覇気がない。
 忌蛇の言葉に、司雀は優しい笑みを浮かべる。



「貴方に、会わせたい方がいます。
 来ていただけますか?」

「……なんで」

「申し訳ありませんが、強制なんです」

「……………………」

「いかがです?」



 することも無かった。
 このまま留まってても、時間だけが流れる。
 今の忌蛇は、ただ気晴らしがしたかった。
 そう思い、忌蛇は司雀の誘いに乗った。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「……あ、あの……」



 司雀の誘いに乗った忌蛇は、ただ司雀の後を追いかけていた。
 何も考えずに、ただ歩き続けていた。
 だがようやく、忌蛇は違和感に気づく。



「ここ、お城……だよね……?」

「はい」



 司雀に連れてこられたのは、黄泉にある城の中。
 黄泉に入った時点で何かがおかしいとは思っていたが、その中でも城に立ち寄るなど、誰が想像するだろうか。
 初めての黄泉の世界、初めての城の中。
 長く続く廊下を歩きながら、忌蛇は不安が募る。
 危ないヤツに、着いてきたのでは無いのか、と。



「こちらです」



 暫く廊下を歩いていると、ふと司雀が立ち止まった。
 目の前には、大きな扉。
 忌蛇がその大きさに目を見開いていると、司雀は丁寧な手つきで扉を開ける。
 そこは、城の大広間だった。
 灯りがない真っ暗闇の中、司雀は中に入るように促す。
 忌蛇はゴクリと唾を飲み込むと、慎重に部屋の中へと足を踏み入れた。
 その時。



 ボワっ。



「っ……!」



 大広間の中にあるロウソクに火が点った。
 一定の距離で立ち並ぶロウソクに、忌蛇はビクッと肩が跳ねる。
 何が起きたのかと考えていると……





「遅い」

「っ!!!!!」





 大広間に、低い声が響き渡った。
 その声と同時に、なぜかその場の空気がドシッと重くなる。
 何も乗せられていないのに、上から何かを叩き落とされたような圧迫を感じた。
 呼吸は浅くなり、同時に体がビリビリと痺れる。
 忌蛇は困惑していると、ふと前から気配を感じる。



「…………えっ…………」



 忌蛇が前へと視線を向けると……
 そこには、大きな玉座畳の上で脇息きょうそくに身を預けるようにしてくつろぐ一人の男。
 胸元を大きく開けた黒い衣を纏い、顔まである模様のような痣が広がる不思議な姿に、禍々しいほどの赤い瞳をギラつかせている。
 忌蛇が固まっていると、扉の近くに立っていた司雀が、少し困ったように微笑む。



「これでも急いだ方ですよ?
 大目に見てくれませんか?魁蓮」

「っ!?」



 司雀が口にした名前に、忌蛇は全身の血の気が引いた。
 妖魔の世界において、その名前を耳にしたことがない者はいないだろう。
 妖魔にとっては英雄とも取れる、大事件を引き起こした最強の鬼の王。
 魁蓮が、そこにいた。
 他者を避けて生きてきた忌蛇でも、彼のことは噂程度は耳にしたことがある。
 そして、その恐ろしさも。



「ふん……お前、名は何という」

「……忌蛇……」

「……忌まわしい蛇と書いて、忌蛇か。随分と呪われた名だな。ククッ、まあ相応しいではないか」 

「っ……」



 大広間に入った時は、一切気配などなかった。
 ビリビリと感じる威圧に、忌蛇は呼吸の仕方が忘れそうになる。
 圧倒的強者、圧倒的王者。
 まだ話しているだけだと言うのに、その全てを感じた。



「忌蛇よ、もっと近う寄れ」

「……えっ……」



 すると魁蓮は、指をクイッと曲げて近づくように促す。
 彼の力を見たことは無いが、ここで逆らってはいけないことは、忌蛇でも分かった。
 忌蛇は深く息を吸って覚悟を決めると、魁蓮の方へと近づく。
 その時。



ミン

「っ……?」



 突然、魁蓮はそう口にした。
 忌蛇が思わずその声に足を止めると、何やら足元に違和感を持つ。
 忌蛇が視線を落とすと、床に真っ黒い影のようなものが現れ始めた。
 忌蛇の足元を中心に広がり、大広間の床を覆い隠す。



「……!?」



 忌蛇が身構えると、魁蓮はニヤリと口角を上げた。
 そして、



ヂン



 また、魁蓮が呟く。
 直後。



「あ゛っ!!!!!!!」



 真っ黒い影の中から、突然大きな剣山のようなものが無数に飛び出し、立っていた忌蛇の体を貫いた。
 四方八方に飛び出した剣山は、体・手・足の全てに貫通している。
 それどころか、痛みで力が入らず身動きが取れない。
 忌蛇は思わず、痛みに声を上げた。



「あぁっ!あ、うっ、あぁっ!!!!」

「喧しいぞ、耳障りだ。
 案ずるな、死にはせん。とはいえ、貴様の毒は未知数だ。我も少々力を強めたいところだが……それでは貴様を殺してしまいそうだからなぁ?ククッ……」



 痛みに叫ぶ忌蛇の声に、魁蓮は眉間に皺を寄せる。
 突き刺さったところから、じわじわと忌蛇の血が流れ落ちていった。
 すると、飛び出した剣山は忌蛇の血を内側に染み込ませ、直後じわじわと大きくなっていく。
 大きくなると同時に、忌蛇に突き刺さっていた部分は穴が広がっていった。
 傷口を無理やり開けられているような悲痛な現状に、忌蛇は更に苦しむ。



「ああああああっ!!!!!!!」



 その声を聞きながら、魁蓮は自分の腕を見た。
 忌蛇に触れている剣山から、親玉である魁蓮の元まで、忌蛇の猛毒が伝わってきている。
 ビリビリと痺れるような感覚を覚え、魁蓮は様子を伺っていた。
 徐々に、魁蓮の腕には紫色の痣が広がる、が。



「……毒に犯されたとて、我は死に至らんようだな。自分と差がある強さを持っている者には、あまり効き目はないのか…………。
 はぁ、拍子抜けだな」



 猛毒のことが分かると、魁蓮は忌蛇へと向き直り、顎に手を当て何かを考えていた。
 だが、忌蛇に対する魁蓮のやり方があまりにも痛々しく、後ろから見守っていた司雀は、少し困った顔を浮かべていた。



「魁蓮。少しやりすぎでは?
 拷問するために連れてきたのではないのですよ?」

「拷問?これのどこが拷問だというのだ」

「私にはそう見えますが。
 自分に毒が効くのか知りたかったのでしょう?もう十分では?彼は怪我しているのですよ」

「はぁ……まあ良い、丁度興が削がれたところだ」



 魁蓮がため息を吐くと、忌蛇を貫いていた剣山は、ゆっくりと影の中へと戻っていく。
 忌蛇の体には、いくつか穴が開いていた。
 穴から血が流れだし、忌蛇の呼吸も荒くなる。
 やっと解放された、そう思っていた時だった。



ジア



 解放した直後、魁蓮は再び呟く。
 そして今度は、複数の鎖が飛び出すと、忌蛇の手足を縛っていく。
 ジャラジャラと音を鳴らしながら手足を縛ると、その場に無理やり忌蛇に両膝を着かせ、体に巻きついていく。
 貫かれた穴にも巻きついてきて、痛みは増していくばかりだった。



「魁蓮!何をしているのですか!?」

「黙れ」

「で、ですがっ……!」



 これには、司雀も驚いていた。
 縛られた鎖のせいだろうか、忌蛇は妖力を使うことが出来なかった。
 完全に、力を使うのを止められていた。
 為す術なく膝まづいていると、魁蓮はギロリと忌蛇を睨みつける。



「忌蛇よ、貴様に問う。
 今ここで、死にたいか?」

「っ!!!」
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