愛恋の呪縛

サラ

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第27話

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「シネ」

「っ!!!!!」



 異形妖魔は、日向に向かって妖力を放つ。
 しかし、虎珀が当たる寸前のところで身を翻し、なんとか攻撃を避けた。



「逃げるぞ人間!捕まれ!」

「う、うん!」



 日向は虎珀の背中を握りしめると、虎珀は素早い動きで異形妖魔から距離をとった。
 だが、異形妖魔は逃がすまいと、逃げる虎珀を追いかけてくる。
 その間、異形妖魔は龍牙に目もくれなかった。



「虎珀!龍牙がっ!」

「分かっている!だが今は、お前が最優先だ!」



 逃げる虎珀に向かって、異形妖魔は何度も攻撃を飛ばしてくる。
 虎珀は必死に避けながら、日向を守り続けた。
 日向は遠くなっていく龍牙を見つめ、振り落とされないように身を屈める。
 虎珀は建物の屋根を飛び移り、地面に降りて走るが、その行く手を阻むように、異形妖魔は虎珀たちの前へと飛び出してきた。



「くっ!!!!」



 虎珀は足を止めると、口の前で妖力の塊を作り、それを異形妖魔に向けて放った。
 しかし、異形妖魔は飛んできた妖力を腕で弾く。
 だがそれは、虎珀にとっては陽動に過ぎない。
 その隙に、虎珀は異形妖魔とは反対の方向へと走っていた。
 とはいえ、相手は龍牙と戦うことのできる実力者。
 逃げ続けるのにも限界がある。



「人間!このままではダメだ!俺が注意を引く!お前はなるべく遠くへ走れ!」

「待ってよ!それだと虎珀がっ!」

「龍牙が動かなくなった今、俺がやるしかない!言うことを聞け!」

「っ…………」

 

 負けた訳では無いが、龍牙は今、戦闘不能状態。
 その現実がどれだけの緊急事態なのか、虎珀は痛いほど分かっている。
 それでも、日向は虎珀を置いてはいきたくなかった。
 日向が悩んで歯を食いしばっていると、虎珀は走るのをやめて、半ば強引に体を傾けて地面に日向を転がした。
 日向が背中から落ちると、虎珀はグッと力を入れて異形妖魔の方へと転回する。



「虎珀!!!!!」



 日向が振り向くと、虎珀は眩い光に包まれて、その光からいつもの虎珀の姿が現れた。
 どこからか取り出した刃の大きな薙刀を持ち、虎珀は異形妖魔に立ち向かう。
 薙刀を扱う独特な動きで、なんとか異形妖魔の動きを止めようとするが、異形妖魔は軽々と虎珀の攻撃を避ける。



「走れ!!!!!」

「っ……!」



 虎珀の叫び声に、日向は駆け出した。
 なぜ狙われているのかが分からない、あの異形妖魔の目的は何なのか、龍牙は無事か、司雀の方は大丈夫か。
 色んな疑問が頭を埋めつくし、日向を追い込んでいく。
 日向は全力で走り続けた。
 虎珀は全身も使いながら、なんとか注意を引く。
 だが、



「オマエ、オソイ。ジャマダ」

「っ!!!!!」




 ドガンッ!!!!!




「っ!」



 背後から聞こえた音に日向が振り返ると、異形妖魔に蹴り飛ばされた虎珀が、建物の壁に激突していた。
 悪いところに当たったのか、グタッと気絶している。
 完全に、日向が孤立状態となってしまった。
 日向は思わず足を止めて、異形妖魔を見つめる。
 異形妖魔はギロリと日向を睨みつけていた。
 そして、日向に向けて指を指してくると、全身に妖力を巡らせた。



「オマエ、コロス……アルジ、メイレイ」



 低くつぶやくと、異形妖魔は足を踏み込んで、日向へと飛び込んできた。
 妖力を纏った異形妖魔の手が、日向にふれかけた……瞬間。





 バチッ!!!!!!!!!!!





 妖力と妖力がぶつかる音が、その場に鳴り響いた。
 バチバチと雷のように飛び交う妖力は、どこか幻想的に見える。
 そんな中、日向はなぜか浮遊感がした。
 誰かに体を支えられている、そんな感覚。
 日向がゆっくりと顔を上げると、



「っ!」



 そこには、血だらけの龍牙がいた。
 龍牙は異形妖魔の攻撃を片手で受け止めながら、もう片方の手で日向を抱えあげている。
 ヒューヒューと、掠れたような息遣い。
 その痛々しい姿に、日向は言葉を失う。



「……勝手なことすんなっ……クソ虎ぁ……
 ちゃんと、守られてろよ……俺にっ……」

「っ……………!」



 振り絞った龍牙の声。
 龍牙はふと日向へと視線を落とすと、静かな眼差しで見つめる。
 その視線には、何の感情も含まれていない。
 まるで何も無い闇のようだった。
 吸い込まれるように、日向は視線が外せない。
 すると、龍牙は少し目を細める。



「……怪我は……」

「……えっ……」

「怪我、ねぇのか……」

「……なっ、ないっ……」

「……なら、いい……」



 龍牙はそう言うと、ゆっくりと異形妖魔へと視線を移した。
 そして、受け止めていた手に力を込める。
 直後、その場の空気が少しずつ変化していった。
 どこか重く感じ、緊張感が漂う。
 その空気の変化とともに、龍牙はニヤリと口角を上げた。



「なあ、お前……何の目的か知らねぇけどさ、俺と戦っている最中に、弱ぇやつ狙うなんて馬鹿なのかぁ?お前の相手は、俺だって言ったよなぁ……?」

「ジャマ、スルナ。ソイツ、ワタセ」

「……ハハッ……何処がいいんだよ、こんな人間やつ……」



 直後、龍牙は身を翻して、異形妖魔の顔面に蹴りを入れた。
 何も構えていなかったため、異形妖魔は思い切り後方へと吹き飛ばされる。
 目の前で見る龍牙の強さに、日向は目を見開く。
 だが、龍牙は全く気を抜いていなかった。
 グッと日向を抱え直すと、小さい声で語りかける。



「テメェ……クソ虎と逃げる時、俺のことずっと見てたろ……」

「えっ……う、うん……」

「……負けたとでも思ったのかよ」

「ち、違う!だって、こんな姿っ……」

「……ああ……これは、ちょっとヘマしすぎたな……」

「ヘマって……守ってくれたんだろ?僕たちをっ……」

「……………………」



 龍牙は、さっきまでの自分の姿を思い出す。
















「っ!よせ!!!!!!」




 異形妖魔が放った妖力は、遠くにいた虎珀たちの元へと飛ばされた。
 速度だけ見れば、全然追いつけるもの。
 だが、もし龍牙が止めようと妖力を使えば、ぶつかりあった衝撃で、日向も虎珀も巻き込んでしまう。
 このまま見過ごしても、2人に当たって即死。
 寸前に止めることが出来ればよかったが、足の痛みが邪魔をして、一瞬だけもつれてしまった。
 だから、判断した。

 何も対抗せず、全身で真っ向から攻撃を受ける、と。
 最悪死ぬかもしれない、そう思いながらも、自分の頑丈な体を信じて立ち向かった。
 結果、死ぬことはなかったものの、予想以上の出血に目がくらんでいた。



 (頭がっ……動かねぇ……)



 視界は歪み、息をするのも苦しい。
 全身激痛が走って、何も考えられなくなっていた。
 それでも、視界の片隅で、虎珀が逃げている姿が見えた。
 同時に異形妖魔は、その後を追っていた。
 日向を狙っているのは、確定した。
 でも、龍牙からすればどうでもよかった。



 (なんで……俺がっ……)



 なぜ人間を守らなければならないのか。
 ずっと殺したくて仕方がなかった。
 この際、異形妖魔に殺してもらえばいい。



 (もう……どうでもいい……)



 そう考えていた。
 でも………………。
















 気づけば、龍牙はここへ来ていた。
 なぜかはわからない、体が勝手に動いたのだ。
 自分の行動に、龍牙は呆れて笑ってしまう。
 あれほど嫌っておいて、結局はこうして助けてしまったのだ。
 呆れて仕方がない。
 その反応に、日向は不安そうな顔で見ていた。



「ハァ……俺、何やってんだか……
 クソ虎の、説教のせいにしとこ……」

「っ……」

「おいテメェ……俺の衣、掴んどけ。危ねぇから」

「えっ」

「最後に、全部ぶっ放す……振り落とされんなよ」



 日向は言われた通り龍牙にしがみつくと、龍牙は足元に妖力を集中させた。
 直後、龍牙の足元を中心に地面が少しずつ変わっていく。
 青より深く、美しい……が姿を現した。
 どこか幻想的な光景に、日向は目を見開く。



「まだ未完成だけど……試すには、丁度いいわ……」



 そして龍牙は、日向を抱えたままフワッと飛び上がる。
 突然の浮遊感に、日向は思わず掴む手に力が入った。



「っ……凄いっ……」




 飛び上がると、更に藍色の池が美しく見えた。
 幻なのか本物なのか分からないが、その幻想的な光景は心を奪われるようだった。
 日向が藍色の池に気を取られていると、前方から大きな音が聞こえてきた。
 その時、蹴り飛ばされた異形妖魔が、怒りの形相で戻ってきているのに気づく。



「ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!」

「来たっ……!!!!!」



 日向が驚いていると、龍牙はそっと池に向かって手をかざす。
 そして、ふぅっとゆっくり息を吐いた。
 同時に目を閉じて、を待つ。



 (まだ……まだだ……)



 しんと、静まり返ったような。
 無音の世界に入った龍牙は、ただ異形妖魔が来るのを待ち続けた。
 異形妖魔は全身に妖力を溜め込み、龍牙へと突進してくる。
 怒りは頂点に達し、確実に日向と龍牙を殺しにくる勢いだ。
 だが、そんな圧も龍牙には効かない。



 (初めて魁蓮の「ウオ」の技を見て、かっけぇって思ってからこっそり練習していたこの技……の俺だったら、絶対に出来なかった……
 でも、俺は更に強くなったんだ……!)



 感覚が研ぎ澄まされ、龍牙の集中が藍色の池へと伝わる。
 次第に、藍色の池がひとりでに動き始めた。
 風が無い中で、バシャバシャと水音をたてながら。

 ずっと追いかけていた、ずっと憧れだった。
 この世でただ1人、着いていきたいと願った魁蓮に、少しでも近づけるようにと彼の技を参考にした龍牙の奥義。



「スベテハ、アルジノタメ!!!!!!!」



 異形妖魔が、藍色の池の上へ来た瞬間。
 龍牙は目を開けて、一気に力を込める。
 そして……



 (今だっ!!!!!!!)





黒青火山こくせいかざん!!!!!!!!!!」





 ブワッ!!!!!!!!!!!!!!!!!





 龍牙がそう叫ぶと、藍色の池から大きな青黒い炎が立ち上がる。
 その炎は異形妖魔へと直撃し、まるで捕らえるようにまとわりついた。
 その場の空気の気温が瞬時に上がり、日向も炎の熱さで思わず顔を覆う。
 立ち上がった炎を中心に池がゆらゆらと揺れ動くと、池だったはずのものは、本物の火山のようにブクブクと煮えたぎり始めた。



「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」



 異形妖魔は、必死に足掻いた。
 だが炎は決して離れず、じわじわと異形妖魔をマグマと化した池の中へと引きずり込む。
 高温にあてられ、妖力も溶け込んでいく。
 まさに、地獄の業火。
 そして、異形妖魔が池の中へと引きずり込まれそうになったその時。



「やれ!!!虎!!!!!!」

「っ!!!!!」



 龍牙は突然、そう叫んだ。
 その声に応えるように、気絶していたはずの虎珀が起き上がり、衣から縄のようなものを取り出す。
 そしてそのまま、その縄に妖力を流し込むと、引きずり込まれそうになっている異形妖魔へと放った。
 縄は素早い動きで異形妖魔をぐるぐると縛りあげる。



「っ……」




 完全に異形妖魔の身動きが取れなくなったのを確認すると、龍牙はフッと炎と藍色の池を消し去った。
 その場に縄で縛られた異形妖魔が残され、龍牙の攻撃で妖力をほとんど吸い取られたせいか、異形妖魔は完全に意識を飛ばしていた。



「終わった……?」



 日向が呟くと、龍牙はそのまま地面に降りる。
 そしてその場に日向を下ろすと、ゆっくりと異形妖魔へと近づいた。
 近づいても、異形妖魔は反応しない。
 じっと見つめ、龍牙は深いため息を吐く。



「捕縛、完了だな……はぁ……」



 勝った。
 そう実感した途端、龍牙が膝から崩れ落ちる。
 妖力も使い果たし、体は傷だらけ。
 完全に瀕死状態となっていた。
 全身の力が抜け、そのまま倒れ込みそうになる。
 だが……



「っ!!!!!!」



 龍牙が地面に倒れ込む寸前、龍牙の元に走ってきた日向に抱えられた。
 日向は龍牙を抱きしめると、怪我の具合を確認する。
 龍牙の怪我は、かなり危険なところまで来ていた。
 それが分かると、日向は龍牙を地面に寝かせて、龍牙の胸元に両手を当てた。



「お願い!!!龍牙を助けたい!!!!!」
 
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