愛恋の呪縛

サラ

文字の大きさ
上 下
25 / 201

第24話

しおりを挟む
 翌日。



「日向様?」

「……えっ」

「大丈夫ですか?やはり、どこか具合が?」

「あ、ううん!なんも悪くねぇから!大丈夫!」



 お昼前。
 日向と司雀は、昨日行けなかった買い物をするために、黄泉の城下町へと来ていた。
 日向はぐるっと町を見渡す。

 黄泉の町は、とても美しいところだった。
 装飾が施された綺麗な建物、漂う美味しい食べ物の匂い、様々な姿をした多くの妖魔たち、飛び交う商人の声。
 一見、現世となんら変わらない。
 なのに、まるで別世界のような幻想的な景色だ。



「つーか、本当に人間ってバレないんだな」

「当然ですよ。魁蓮の妖力は、凄まじいものなので」



 日向は特に変装もせず、何かお守りみたいなものをつけることもなく、簡単に町を歩けている。
 それは、魁蓮が日向にかけた力のおかげ。
 日向が人間だということを隠し、黄泉の世界に溶け込めるようにしてくれている。
 日向が人間だと気づくのは、肆魔の4人を除いて誰もいない。
 おかげで日向も警戒せずに、気ままに町を見ていた。



「うおっ、なんかうまそーな肉!」

「あれならば、日向様も食べられそうですね。召し上がりますか?」

「んー……いや、腹壊すのやだし、我慢するっ」

「おやおや、ふふっ」



 本当ならば、買い物を済ませたら帰る予定だったが、あまりにも日向が町の雰囲気に目を輝かせるので、2人はそのまま町を見て回ることになった。
 司雀の説明を聞きながら、日向は黄泉の世界を眺めていく。
 本来、人間は決して入ることが出来ない黄泉の世界。
 ある意味、日向は貴重な経験をしている。



「少し休憩しましょうか、あちらに川があるので」

「おう!」



 2人は近くの川へ行き、大きな石に腰掛ける。
 荷物も置くと、日向はグッと伸びをした。



「すっげぇ綺麗なところだな!町もあるし、店もあるし、普通に妖魔が暮らしてるし、ちょー広いし、現世と似てる!」

「ふふっ、確かにそうですね。
 違うところは、青空がないところくらいかと」

「あー……確かに、今は朝なのに夕方みてぇ」

「現世でいうなら、極夜……みたいな感じでしょうか。
 現世では朝市があるように、黄泉では夜市があります。夜の方が、活気だってますよ」

「へー!夜も夜で楽しそーだな!」



 (この黄泉を、魁蓮アイツが作ったのか……)



 改めて、日向は魁蓮の強さを実感していた。
 霊力も妖力も持たない日向からすれば、その力がどんなものかは想像することしかできない。
 だが、自分が黄泉で生きることができる現状が、更に彼の力の大きさを物語っている。
 伝説で語られるだけは、あるものだ。
 日向がしぶしぶそう考えていると、ふと司雀が口を開く。



「日向様」

「ん?」

「なにか……ありましたか?」

「えっ……?」

「今朝からどうも、元気がないように見えて。
 昨日、何かあったのかと」

「っ…………」



 そう指摘され、日向は昨日のことを思い出す。
 司雀の言っていることは、図星だった。
 今朝目覚めた日向は、昨日の出来事が忘れられなかった。
 起きてすぐ考えてしまうほど、印象深くなっている。



「昨日、龍牙が言ってたんだ。
 なんで魁蓮のことを傷つけた人間を、殺さず生かせって言うんだよって。人間は殺す存在ってことの、何が違うのかってさ」

「っ……」

「考えてみれば、そうだよな。僕たち人間が妖魔を敵視しているように、妖魔も人間を敵視している。そんな人間が黄泉にいるって……そりゃあ腹立つもんな」



 日向が魁蓮の所有物ものになった理由も、どういった条件で呪縛を結んだのかも、龍牙たちは何一つ知らない。
 何も知らされないまま、日向にんげんを受け入れろ。
 そんなこと、誰もすぐには頷かない。
 まだ殺されてないのは、本当に運がいいことなのだ。
 魁蓮の気まぐれで、日向はいつだって殺される存在。
 たとえ殺すのが魁蓮では無いとしても、魁蓮が命令を出せば、この黄泉にいる全ての妖魔が日向を殺しにくるだろう。



「ただ運がいいだけだもんな。もしかしたら、今日殺されるかもしれないってのにね」



 日向はギュッと拳を握った。
 ずっと一緒にいた瀧と凪も、恐らくもう会えない。
 別れの挨拶もしてきたのだ、日向の死に場所は黄泉ここなのだから。
 日向はそう自分に言い聞かせ、龍牙の言葉を思い出す。
 自分を殺すのは、もしかしたら龍牙かもしれない。
 そんなことを考えながら。



「龍牙は、生まれた時から人間に酷い目に合わされていましたから」



 その時、ふと司雀が口を開いた。
 日向が顔を上げると、司雀はどこか悲しいような笑顔を浮かべている。



「それがきっかけで強くなったのですが、きっと独りで生きていくことは、望んでなかったはず。
 だからこそ、自分を助けてくれた魁蓮が、彼の中では生きる指針。全ての善悪も、判断も、魁蓮が基準なのです」

「えっ……助けたの?魁蓮アイツが?そんな風には見えないけど」

「正確には、龍牙が魁蓮を気に入って着いてきたって感じなんですけどね。でも、龍牙にとっては、魁蓮は親も同然。だから、魁蓮を滅ぼそうとする人間が嫌いなのです。龍牙じぶんも、過去に痛めつけられてますから」

「……親代わりってこと?」

「はい。龍牙は、魁蓮が大好きですから。大好きな彼に追いつきたいから強くなりたい。
 強者にしか分からない苦しみを、一緒に背負ってあげたい。それが龍牙の願いなのです。だから、魁蓮を苦しめる全てのものは、龍牙にとっては殺す対象……」

「……………………」



 きっと、その通りなのだろう。
 初めて会った時から、龍牙は魁蓮に構って欲しい感じがしていた。
 妖魔からしたらどのくらいの感覚かは分からないが、魁蓮がいなかった1000年間は、彼にとってどれほどの時間だったのか。
 復活して久々に会えたのに、人間を連れて帰ってきたなど、受け入れられるわけがないはず。
 龍牙からすれば、胸糞悪い話だ。
 そして……



 (強者にしか分からない、苦しみ……)



 その言葉を聞いた日向は、瀧と凪を思い出していた。
 彼らは、今の時代の仙人の中で、最強の2人。
 互いを高め合い、歩んできた。
 だがそれは、1人じゃなかったから。
 だから、孤独はあまり感じなかったはず
 でも龍牙はたった1人で、この世を彷徨っていた。
 1人で強くなってしまったのだ。
 その上で、強者ゆえの孤独を感じてしまった。



「……怪我を隠してたのは、弱っているところを見せたくなかったんだな……」



 日向は、今までの自分の行動に反省していた。
 他人の事情も知らずに突っかかったせいで、龍牙の心の傷を抉っていた。
 心配だということに変わりは無い、できれば治してあげたい。
 でも、彼の話を聞けば近づきにくくなる。



「貴方が気負いすることはありません」



 その時、心を読まれたのかと疑うほどに、司雀は日向にそう語りかける。



「龍牙にとっては、受け入れ難いことでしょうが。貴方は龍牙の怪我を治そうと、何度も向き合おうとしてくれています。きっと、その気持ちは龍牙にも伝わっていますよ」

「……そうかな、僕ウザすぎねぇ?」

「そんなことありません。龍牙自身が、他人との関わり方がまだ不器用なだけです。貴方は何も悪くない。
 どうか、そのままでいてください。貴方は優しい人です」



 司雀は、優しく微笑んだ。
 なぜ彼はこんな風に言ってくれるのだろうか。
 日向は人間、司雀からすれば殺す対象のはず。
 それでも、こうして優しい言葉をかけてくれて、日向が不安にならないように接してくれる。
 その温かさが、今の日向を包み込んでくれた。



「……ありがと、司雀」





 その時……





 ドオオオオオオン!!!!!!!!!!!





「うわっ!え、なに!?」



 黄泉に響いた、大きな衝撃音。
 同時に地響きがして、日向はビクッと跳ねる。
 司雀は目を見開き、辺りを見渡した。
 すると、町から少し離れた黄泉の森から、なにやら砂埃のようなものが上がっている。
 日向もそれに気づき、バッと立ち上がった。



「何かあったの?森の中で」

「そのようですね……ですが、何かおかしい……」

「おかしいって、何が?」

「……………………」



 司雀が目を凝らすと、なにやら森の中から大きな影が姿を現した。
 それは、昨日龍牙が現世から持ち帰ったものより、もっと大きなもの……



「っ!!!!!」



 森から出てきたのは、怒り狂った巨大な異形妖魔だった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

何故ですか? 彼にだけ『溺愛』スキルが効きません!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:902pt お気に入り:167

公爵閣下と仲良くなっているので邪魔しないでくださいね

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:679

あっくんって俺のこと好きなの?

BL / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:9

この転生が、幸せに続く第一歩 ~召喚獣と歩む異世界道中~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:534

百花の王

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:6

どうでもいいですけどね

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:570

すてられた令嬢は、傷心の魔法騎士に溺愛される

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,208pt お気に入り:69

転生した愛し子は幸せを知る

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:624pt お気に入り:3,846

処理中です...