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第24話
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翌日。
「日向様?」
「……えっ」
「大丈夫ですか?やはり、どこか具合が?」
「あ、ううん!なんも悪くねぇから!大丈夫!」
お昼前。
日向と司雀は、昨日行けなかった買い物をするために、黄泉の城下町へと来ていた。
日向はぐるっと町を見渡す。
黄泉の町は、とても美しいところだった。
装飾が施された綺麗な建物、漂う美味しい食べ物の匂い、様々な姿をした多くの妖魔たち、飛び交う商人の声。
一見、現世となんら変わらない。
なのに、まるで別世界のような幻想的な景色だ。
「つーか、本当に人間ってバレないんだな」
「当然ですよ。魁蓮の妖力は、凄まじいものなので」
日向は特に変装もせず、何かお守りみたいなものをつけることもなく、簡単に町を歩けている。
それは、魁蓮が日向にかけた力のおかげ。
日向が人間だということを隠し、黄泉の世界に溶け込めるようにしてくれている。
日向が人間だと気づくのは、肆魔の4人を除いて誰もいない。
おかげで日向も警戒せずに、気ままに町を見ていた。
「うおっ、なんかうまそーな肉!」
「あれならば、日向様も食べられそうですね。召し上がりますか?」
「んー……いや、腹壊すのやだし、我慢するっ」
「おやおや、ふふっ」
本当ならば、買い物を済ませたら帰る予定だったが、あまりにも日向が町の雰囲気に目を輝かせるので、2人はそのまま町を見て回ることになった。
司雀の説明を聞きながら、日向は黄泉の世界を眺めていく。
本来、人間は決して入ることが出来ない黄泉の世界。
ある意味、日向は貴重な経験をしている。
「少し休憩しましょうか、あちらに川があるので」
「おう!」
2人は近くの川へ行き、大きな石に腰掛ける。
荷物も置くと、日向はグッと伸びをした。
「すっげぇ綺麗なところだな!町もあるし、店もあるし、普通に妖魔が暮らしてるし、ちょー広いし、現世と似てる!」
「ふふっ、確かにそうですね。
違うところは、青空がないところくらいかと」
「あー……確かに、今は朝なのに夕方みてぇ」
「現世でいうなら、極夜……みたいな感じでしょうか。
現世では朝市があるように、黄泉では夜市があります。夜の方が、活気だってますよ」
「へー!夜も夜で楽しそーだな!」
(この黄泉を、魁蓮が作ったのか……)
改めて、日向は魁蓮の強さを実感していた。
霊力も妖力も持たない日向からすれば、その力がどんなものかは想像することしかできない。
だが、自分が黄泉で生きることができる現状が、更に彼の力の大きさを物語っている。
伝説で語られるだけは、あるものだ。
日向がしぶしぶそう考えていると、ふと司雀が口を開く。
「日向様」
「ん?」
「なにか……ありましたか?」
「えっ……?」
「今朝からどうも、元気がないように見えて。
昨日、何かあったのかと」
「っ…………」
そう指摘され、日向は昨日のことを思い出す。
司雀の言っていることは、図星だった。
今朝目覚めた日向は、昨日の出来事が忘れられなかった。
起きてすぐ考えてしまうほど、印象深くなっている。
「昨日、龍牙が言ってたんだ。
なんで魁蓮のことを傷つけた人間を、殺さず生かせって言うんだよって。人間は殺す存在ってことの、何が違うのかってさ」
「っ……」
「考えてみれば、そうだよな。僕たち人間が妖魔を敵視しているように、妖魔も人間を敵視している。そんな人間が黄泉にいるって……そりゃあ腹立つもんな」
日向が魁蓮の所有物になった理由も、どういった条件で呪縛を結んだのかも、龍牙たちは何一つ知らない。
何も知らされないまま、日向を受け入れろ。
そんなこと、誰もすぐには頷かない。
まだ殺されてないのは、本当に運がいいことなのだ。
魁蓮の気まぐれで、日向はいつだって殺される存在。
たとえ殺すのが魁蓮では無いとしても、魁蓮が命令を出せば、この黄泉にいる全ての妖魔が日向を殺しにくるだろう。
「ただ運がいいだけだもんな。もしかしたら、今日殺されるかもしれないってのにね」
日向はギュッと拳を握った。
ずっと一緒にいた瀧と凪も、恐らくもう会えない。
別れの挨拶もしてきたのだ、日向の死に場所は黄泉なのだから。
日向はそう自分に言い聞かせ、龍牙の言葉を思い出す。
自分を殺すのは、もしかしたら龍牙かもしれない。
そんなことを考えながら。
「龍牙は、生まれた時から人間に酷い目に合わされていましたから」
その時、ふと司雀が口を開いた。
日向が顔を上げると、司雀はどこか悲しいような笑顔を浮かべている。
「それがきっかけで強くなったのですが、きっと独りで生きていくことは、望んでなかったはず。
だからこそ、自分を助けてくれた魁蓮が、彼の中では生きる指針。全ての善悪も、判断も、魁蓮が基準なのです」
「えっ……助けたの?魁蓮が?そんな風には見えないけど」
「正確には、龍牙が魁蓮を気に入って着いてきたって感じなんですけどね。でも、龍牙にとっては、魁蓮は親も同然。だから、魁蓮を滅ぼそうとする人間が嫌いなのです。龍牙も、過去に痛めつけられてますから」
「……親代わりってこと?」
「はい。龍牙は、魁蓮が大好きですから。大好きな彼に追いつきたいから強くなりたい。
強者にしか分からない苦しみを、一緒に背負ってあげたい。それが龍牙の願いなのです。だから、魁蓮を苦しめる全てのものは、龍牙にとっては殺す対象……」
「……………………」
きっと、その通りなのだろう。
初めて会った時から、龍牙は魁蓮に構って欲しい感じがしていた。
妖魔からしたらどのくらいの感覚かは分からないが、魁蓮がいなかった1000年間は、彼にとってどれほどの時間だったのか。
復活して久々に会えたのに、人間を連れて帰ってきたなど、受け入れられるわけがないはず。
龍牙からすれば、胸糞悪い話だ。
そして……
(強者にしか分からない、苦しみ……)
その言葉を聞いた日向は、瀧と凪を思い出していた。
彼らは、今の時代の仙人の中で、最強の2人。
互いを高め合い、歩んできた。
だがそれは、1人じゃなかったから。
だから、孤独はあまり感じなかったはず
でも龍牙はたった1人で、この世を彷徨っていた。
1人で強くなってしまったのだ。
その上で、強者ゆえの孤独を感じてしまった。
「……怪我を隠してたのは、弱っているところを見せたくなかったんだな……」
日向は、今までの自分の行動に反省していた。
他人の事情も知らずに突っかかったせいで、龍牙の心の傷を抉っていた。
心配だということに変わりは無い、できれば治してあげたい。
でも、彼の話を聞けば近づきにくくなる。
「貴方が気負いすることはありません」
その時、心を読まれたのかと疑うほどに、司雀は日向にそう語りかける。
「龍牙にとっては、受け入れ難いことでしょうが。貴方は龍牙の怪我を治そうと、何度も向き合おうとしてくれています。きっと、その気持ちは龍牙にも伝わっていますよ」
「……そうかな、僕ウザすぎねぇ?」
「そんなことありません。龍牙自身が、他人との関わり方がまだ不器用なだけです。貴方は何も悪くない。
どうか、そのままでいてください。貴方は優しい人です」
司雀は、優しく微笑んだ。
なぜ彼はこんな風に言ってくれるのだろうか。
日向は人間、司雀からすれば殺す対象のはず。
それでも、こうして優しい言葉をかけてくれて、日向が不安にならないように接してくれる。
その温かさが、今の日向を包み込んでくれた。
「……ありがと、司雀」
その時……
ドオオオオオオン!!!!!!!!!!!
「うわっ!え、なに!?」
黄泉に響いた、大きな衝撃音。
同時に地響きがして、日向はビクッと跳ねる。
司雀は目を見開き、辺りを見渡した。
すると、町から少し離れた黄泉の森から、なにやら砂埃のようなものが上がっている。
日向もそれに気づき、バッと立ち上がった。
「何かあったの?森の中で」
「そのようですね……ですが、何かおかしい……」
「おかしいって、何が?」
「……………………」
司雀が目を凝らすと、なにやら森の中から大きな影が姿を現した。
それは、昨日龍牙が現世から持ち帰ったものより、もっと大きなもの……
「っ!!!!!」
森から出てきたのは、怒り狂った巨大な異形妖魔だった。
「日向様?」
「……えっ」
「大丈夫ですか?やはり、どこか具合が?」
「あ、ううん!なんも悪くねぇから!大丈夫!」
お昼前。
日向と司雀は、昨日行けなかった買い物をするために、黄泉の城下町へと来ていた。
日向はぐるっと町を見渡す。
黄泉の町は、とても美しいところだった。
装飾が施された綺麗な建物、漂う美味しい食べ物の匂い、様々な姿をした多くの妖魔たち、飛び交う商人の声。
一見、現世となんら変わらない。
なのに、まるで別世界のような幻想的な景色だ。
「つーか、本当に人間ってバレないんだな」
「当然ですよ。魁蓮の妖力は、凄まじいものなので」
日向は特に変装もせず、何かお守りみたいなものをつけることもなく、簡単に町を歩けている。
それは、魁蓮が日向にかけた力のおかげ。
日向が人間だということを隠し、黄泉の世界に溶け込めるようにしてくれている。
日向が人間だと気づくのは、肆魔の4人を除いて誰もいない。
おかげで日向も警戒せずに、気ままに町を見ていた。
「うおっ、なんかうまそーな肉!」
「あれならば、日向様も食べられそうですね。召し上がりますか?」
「んー……いや、腹壊すのやだし、我慢するっ」
「おやおや、ふふっ」
本当ならば、買い物を済ませたら帰る予定だったが、あまりにも日向が町の雰囲気に目を輝かせるので、2人はそのまま町を見て回ることになった。
司雀の説明を聞きながら、日向は黄泉の世界を眺めていく。
本来、人間は決して入ることが出来ない黄泉の世界。
ある意味、日向は貴重な経験をしている。
「少し休憩しましょうか、あちらに川があるので」
「おう!」
2人は近くの川へ行き、大きな石に腰掛ける。
荷物も置くと、日向はグッと伸びをした。
「すっげぇ綺麗なところだな!町もあるし、店もあるし、普通に妖魔が暮らしてるし、ちょー広いし、現世と似てる!」
「ふふっ、確かにそうですね。
違うところは、青空がないところくらいかと」
「あー……確かに、今は朝なのに夕方みてぇ」
「現世でいうなら、極夜……みたいな感じでしょうか。
現世では朝市があるように、黄泉では夜市があります。夜の方が、活気だってますよ」
「へー!夜も夜で楽しそーだな!」
(この黄泉を、魁蓮が作ったのか……)
改めて、日向は魁蓮の強さを実感していた。
霊力も妖力も持たない日向からすれば、その力がどんなものかは想像することしかできない。
だが、自分が黄泉で生きることができる現状が、更に彼の力の大きさを物語っている。
伝説で語られるだけは、あるものだ。
日向がしぶしぶそう考えていると、ふと司雀が口を開く。
「日向様」
「ん?」
「なにか……ありましたか?」
「えっ……?」
「今朝からどうも、元気がないように見えて。
昨日、何かあったのかと」
「っ…………」
そう指摘され、日向は昨日のことを思い出す。
司雀の言っていることは、図星だった。
今朝目覚めた日向は、昨日の出来事が忘れられなかった。
起きてすぐ考えてしまうほど、印象深くなっている。
「昨日、龍牙が言ってたんだ。
なんで魁蓮のことを傷つけた人間を、殺さず生かせって言うんだよって。人間は殺す存在ってことの、何が違うのかってさ」
「っ……」
「考えてみれば、そうだよな。僕たち人間が妖魔を敵視しているように、妖魔も人間を敵視している。そんな人間が黄泉にいるって……そりゃあ腹立つもんな」
日向が魁蓮の所有物になった理由も、どういった条件で呪縛を結んだのかも、龍牙たちは何一つ知らない。
何も知らされないまま、日向を受け入れろ。
そんなこと、誰もすぐには頷かない。
まだ殺されてないのは、本当に運がいいことなのだ。
魁蓮の気まぐれで、日向はいつだって殺される存在。
たとえ殺すのが魁蓮では無いとしても、魁蓮が命令を出せば、この黄泉にいる全ての妖魔が日向を殺しにくるだろう。
「ただ運がいいだけだもんな。もしかしたら、今日殺されるかもしれないってのにね」
日向はギュッと拳を握った。
ずっと一緒にいた瀧と凪も、恐らくもう会えない。
別れの挨拶もしてきたのだ、日向の死に場所は黄泉なのだから。
日向はそう自分に言い聞かせ、龍牙の言葉を思い出す。
自分を殺すのは、もしかしたら龍牙かもしれない。
そんなことを考えながら。
「龍牙は、生まれた時から人間に酷い目に合わされていましたから」
その時、ふと司雀が口を開いた。
日向が顔を上げると、司雀はどこか悲しいような笑顔を浮かべている。
「それがきっかけで強くなったのですが、きっと独りで生きていくことは、望んでなかったはず。
だからこそ、自分を助けてくれた魁蓮が、彼の中では生きる指針。全ての善悪も、判断も、魁蓮が基準なのです」
「えっ……助けたの?魁蓮が?そんな風には見えないけど」
「正確には、龍牙が魁蓮を気に入って着いてきたって感じなんですけどね。でも、龍牙にとっては、魁蓮は親も同然。だから、魁蓮を滅ぼそうとする人間が嫌いなのです。龍牙も、過去に痛めつけられてますから」
「……親代わりってこと?」
「はい。龍牙は、魁蓮が大好きですから。大好きな彼に追いつきたいから強くなりたい。
強者にしか分からない苦しみを、一緒に背負ってあげたい。それが龍牙の願いなのです。だから、魁蓮を苦しめる全てのものは、龍牙にとっては殺す対象……」
「……………………」
きっと、その通りなのだろう。
初めて会った時から、龍牙は魁蓮に構って欲しい感じがしていた。
妖魔からしたらどのくらいの感覚かは分からないが、魁蓮がいなかった1000年間は、彼にとってどれほどの時間だったのか。
復活して久々に会えたのに、人間を連れて帰ってきたなど、受け入れられるわけがないはず。
龍牙からすれば、胸糞悪い話だ。
そして……
(強者にしか分からない、苦しみ……)
その言葉を聞いた日向は、瀧と凪を思い出していた。
彼らは、今の時代の仙人の中で、最強の2人。
互いを高め合い、歩んできた。
だがそれは、1人じゃなかったから。
だから、孤独はあまり感じなかったはず
でも龍牙はたった1人で、この世を彷徨っていた。
1人で強くなってしまったのだ。
その上で、強者ゆえの孤独を感じてしまった。
「……怪我を隠してたのは、弱っているところを見せたくなかったんだな……」
日向は、今までの自分の行動に反省していた。
他人の事情も知らずに突っかかったせいで、龍牙の心の傷を抉っていた。
心配だということに変わりは無い、できれば治してあげたい。
でも、彼の話を聞けば近づきにくくなる。
「貴方が気負いすることはありません」
その時、心を読まれたのかと疑うほどに、司雀は日向にそう語りかける。
「龍牙にとっては、受け入れ難いことでしょうが。貴方は龍牙の怪我を治そうと、何度も向き合おうとしてくれています。きっと、その気持ちは龍牙にも伝わっていますよ」
「……そうかな、僕ウザすぎねぇ?」
「そんなことありません。龍牙自身が、他人との関わり方がまだ不器用なだけです。貴方は何も悪くない。
どうか、そのままでいてください。貴方は優しい人です」
司雀は、優しく微笑んだ。
なぜ彼はこんな風に言ってくれるのだろうか。
日向は人間、司雀からすれば殺す対象のはず。
それでも、こうして優しい言葉をかけてくれて、日向が不安にならないように接してくれる。
その温かさが、今の日向を包み込んでくれた。
「……ありがと、司雀」
その時……
ドオオオオオオン!!!!!!!!!!!
「うわっ!え、なに!?」
黄泉に響いた、大きな衝撃音。
同時に地響きがして、日向はビクッと跳ねる。
司雀は目を見開き、辺りを見渡した。
すると、町から少し離れた黄泉の森から、なにやら砂埃のようなものが上がっている。
日向もそれに気づき、バッと立ち上がった。
「何かあったの?森の中で」
「そのようですね……ですが、何かおかしい……」
「おかしいって、何が?」
「……………………」
司雀が目を凝らすと、なにやら森の中から大きな影が姿を現した。
それは、昨日龍牙が現世から持ち帰ったものより、もっと大きなもの……
「っ!!!!!」
森から出てきたのは、怒り狂った巨大な異形妖魔だった。
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