愛恋の呪縛

サラ

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第19話

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 一方その頃、食堂では。



「おやおや、ふふっ。これは何事ですか?」

「笑ってねぇで助けてって司雀!!!!!!
 てかっ……どけやゴラァッ!!!!!!」



 事の始まりは、5分前。

 司雀と共に城に帰ってきた日向は、朝餉のお礼に司雀の手伝いをしたいとお願いをし、一緒に食堂に来ていた。
 その後司雀に、足りない材料を買いに町へ行こうかと提案をされ、日向が司雀の準備を待っていた時だった。



「……?」

「げっ」



 なんという不運だろうか。
 食堂で司雀の準備を待っていた日向の前に現れたのは、寝起きの魁蓮だった。
 魁蓮は日向の姿に気づくと、ピクっと片眉を上げる。
 対して日向は、遠慮もなく嫌そうな声を上げた。
 まだ眠いのか、魁蓮はポケッとしていた。



「お、お……おは、よう……ゴザイマス」



 まずは朝の挨拶だろう。
 そう思った日向は、ぎこちない笑顔を添えた朝の挨拶をする。
 だが。



「……………………」



 (……無視っ!?!?気まずっ!!!!!)



 無視、というより返事がない。
 視線はしっかり日向に向けられているが、脳が起きていないせいか、魁蓮は声すら発さない。
 気まずいことこの上なかった。
 そしてなにより……



 (なんか、顔合わせづらっ……)



 日向は昨夜のことを思い出す。
 世が恐れ続け、伝説として語られていた魁蓮。
 そんな恐ろしい存在に、日向は歯向かったのだ。
 あれだけの大口を叩いたとはいえ、力の差は歴然。
 威勢のいい態度をずっと取れるわけでもない。



「あぁっ……えっと……」



 さすがに耐えきれず、日向はゆっくりと扉に向かう。



「朝ごはん食いにきた、んだよな?ハハッ……
 ご、ごゆっくりっ」



 その時。



「おわっ!!!!!!」



 食堂を出ようとした日向は、グイッと腕を引っ張られてしまった。
 かなり強めの力で引っ張られ、日向はグラッと頭が揺れる感覚がする。
 そしてそのまま、ドスッと何かにぶつかった。



「ったた……ちょっと何すっ……」

「今日の朝餉は、随分とデカい肉だな……」

「……へ?」



 耳元から聞こえた、低い声。
 それよりも驚くのは、発した言葉だ。
 日向はゆっくり振り返ると、間近に魁蓮の顔が映る。
 腕を引っ張られた日向は、魁蓮の逞しい胸板にぶつかり、魁蓮はじっと日向を見つめている。
 その目はどこか虚ろで、寝ぼけているようだった。



「オマケに、よく口が回る……」

「え、え……あの……」

「……ああ、腹が減った」



 その時。



 ぐわっ。



「!!???!?!?!?!!!!???」



 日向の前に出てきたのは、大きな口。
 丸呑みには及ばないが、喰われると思うほどには大きな口が、日向の目に映り込む。



「おわあああああああああ!!!!!!!!!!!」




 日向が叫ぶと同時に、食堂の扉が開いた。
 準備を終えた司雀が戻ってきたのだ。



「戻りました、ひなっ……ん?」



 司雀の目の前では、大口を開けて日向を食べようとしている魁蓮と、魁蓮の両頬を掴んで抗う日向の姿。
 弱肉強食、食物連鎖のような光景だ。
 あまりにも変な光景に、司雀は小さく吹き出す。
 その声に、必死に抗っていた日向が気づいた。



「し、司雀っ!た、助けて!!」

「おやおや、ふふっ。これは何事ですか?」

「笑ってねぇで助けてって司雀!!!!!!
 てかっ……どけやゴラァッ!!!!!!」

















 10分後。



「し、死ぬかと思った………………」



 日向の体力は、どん底だった。
 出てくる声も掠れている。



「全く、お前の叫びは煩くてかなわん。猿か」

「誰のせいだとっ……このやろっ…………」

「なんだと?」

「どうかお許しください日向様。魁蓮は寝起きが少し悪いので、寝ぼけることが多くて。
 でも、お怪我がなくて良かったです」

「最初の方、司雀笑ってたよねぇ!?」

「おや、そうでしたか?ふふっ」



 司雀の助けにより、なんとか食べられるのを免れた日向は、魁蓮の向かいの席に座ってぐったりとしていた。
 同時に、動物の世界はこうなのだろうか。なんてことを考える。



 (牛さん、豚さん、鶏さん……いつもありがと……)



 心の中で泣きながら感謝し、今命があることに安心していた。
 そんな日向を見ながら、魁蓮は司雀の用意した朝餉を食べる。
 朝餉の匂いにつられた日向は、魁蓮の朝餉に視線を落とした。



「……ん?なんだ小僧」

「いやぁ……なんか……」



 魁蓮の朝餉は、日向とあまり変わらない健康的な食事
 日向の想像では弱い妖魔や人間の血肉などが、彼の食べ物だと思っていた。
 そして獣のごとく、荒々しく食べるものだと。
 だが実際には……



「……普通だな」

「殺されたいか」

「スミマセンッ」



 思わず口に出したことを、日向は軽く後悔した。
 すると、台所の方で洗い物をしていた司雀が、何かを思い出して魁蓮の元へと戻ってきた。



「魁蓮。あれから異型妖魔の出現が多くなっています。先程、龍牙が城の前に一体持って帰ってきました」

「それで?」

「今は虎珀が処分しています。私が調べたところ、悪臭などもなかったため、害になるようなことはないかと」

「……………………」



 司雀の報告を聞くと、魁蓮は残りの朝餉を全て食べ終えて、ゆっくりと立ち上がった。



「現世に行く。しばらく黄泉には戻らん、頼むぞ」

「御意」



 すると魁蓮は、日向へと視線を落としてきた。
 パチッと目が合い、日向はゴクリと唾を飲み込む。
 その時、魁蓮は日向の元へと近づき、ガシッと乱暴に顔を掴んだ。



「ちょっ、なにすっ」

「大人しく待っていろよ、小僧。逃げれば殺す」



 そう言うと魁蓮は、日向の顔を自分の方へ近づけて……






「っ!!!!!!!!」






 日向の頬を、ペロッと舐めた。
 頬から感じる、生暖かい濡れた感触。
 突然のことに、日向は目を見開き驚いている。
 日向の反応を見ていた魁蓮は、ククッと面白がるように笑った。



「百面相だな」

「おまっ……なにしてっ……」

「なに、ただの気まぐれだ」




 何言ってんだ。と思いながらも、日向は信じられないというような顔で魁蓮を見つめる。
 今の舐め方は、完全に馬鹿にしている。
 もしくは、本当に食べ物として認識した味わい方だ。
 いつかは殺される、そう思ってはいたが。



 (食い殺されるのは、考えてなかった……)



 妖魔にとって、人間は肉も同然なのだろう。
 妖力や力で殺されるとばかり思っていたせいで、食べられるという恐怖が新しく襲ってくる。
 殺され方は、その時にならないと分からない。
 でも、もう怖気付く姿は見せたくなかった。
 日向はグッと歯を食いしばり、恐怖など微塵も感じていないと言うような表情を浮かべる。
 2人が見つめ合っていると、




 バタン!




「あ、魁蓮!」



 食堂の扉がけたたましく開き、龍牙が入ってきた。
 龍牙は魁蓮に気づくと、子どものような無邪気な笑顔を浮かべる。
 魁蓮は日向から手を離すと、龍牙へと視線を向けた。



「おっはよ~!朝飯食ったん?」

「相変わらず喧しい奴だ」

「んな事言うなよ!ねえ魁蓮、今日暇?早く俺と遊んでくれよ!」

「しばし現世に行く、直ぐには戻らん」

「えぇ!またかよ!」



 その時、龍牙は隣にいる日向に気づいた。
 日向の姿を見ると、先程までの笑顔はフッと消えて、ムスッとしたような表情を浮かべる。
 その表情の変化に気づき、日向はビクッと肩が跳ねる。



「まだ生きてたんだ」

「なっ……!」

「生かしておくなんて、魁蓮にしては珍しすぎねぇ?コイツ人間だよ?何がいいの?」



 龍牙は腰に手を当てて、首を傾げた。
 考えてみれば、龍牙たちは日向がここに来た理由をハッキリとは知らない。
 魁蓮からかけられた呪縛が関係している、という情報しか認識していない。
 その呪縛の内容も、ひとつも知らない。
 つまり、日向の「全快の力」のことも知らないのだ。
 ならば、まだ日向が生きていることを疑問に思うのも、仕方ないのだろう。



「ほんと、なんなんだ?お前」



 すると龍牙は、日向の元へと近づいてきた。
 そして、ジロジロと色々な方面から日向を見る。
 暫く眺めると、龍牙は眉間に皺を寄せて口を開いた。



「見た目も白髪で、青い目とか……変な見た目だし。
 なんか、

「っ!」



 龍牙の言葉に、日向は目を見開いた。
 そして、無意識に呼び起こされる記憶。



【なにか呪われてるんじゃないか……あの見た目】

【そもそも、人間なのかも怪しい……】

【ちょっと不気味だよな……

 ……】





 ガタッ。





「?」



 日向は、その場に立ち上がった。
 3人は日向へと視線を向ける。
 ギュッと拳を握り、小さく歯を食いしばった。
 そして、ギリっと龍牙に視線を向ける。



「気味悪いことくらい、分かってるよ」

「っ……!」



 龍牙は日向の反抗に、少し驚いていた。
 近くにいた魁蓮も司雀も、反応していた。
 地雷を踏んでしまったのだろうか、という考えが過ったが、龍牙はニヤッと笑った。



「はっ、自覚ありかよ」

「……………………」

「それはそれは、生きにくそうで困ったもんだな?」

「……なんだと」

「怒んなよ、妖魔の戯言だろ?そんなに本気にっ」


「龍牙」



 その時、龍牙の言葉を魁蓮が遮った。
 龍牙は言葉を止めて、クルッと魁蓮へと向き直る。
 すると魁蓮は、龍牙の足に視線を落とした。



「なんだそれは」

「え?……っ!」



 魁蓮が見ていたのは、龍牙の足の怪我。
 未だに血が垂れていて、衣を赤く染めている。
 龍牙はむき出しの傷に気づくと、魁蓮に見えないように隠す。



「ははっ、何でもねぇよ」

「……何でも?」

「こんなの怪我のうちに入らねぇ。ほっとけばいい」

「………………」



 龍牙はニコッと笑顔を浮かべた。
 だが、魁蓮は目を細める。
 そして……言い放った。





「くだらんな、お前は」

「…………えっ」





 そう言うと魁蓮は、背を向けて食堂を出て行った。
 食堂に静寂が訪れ、沈黙が流れる。
 日向は龍牙が固まっていることに気づき、何が起きたのかと顔を伺った。



「ちょっと、どうしっ……」



 だが、日向が覗いた龍牙の顔は……
 驚いたまま涙を流していた。
 そんな龍牙の反応に、日向は言葉を失う。
 同じく一緒にいた司雀は、なにかに気づいたのか、言いたげそうに龍牙の様子を伺っていた。



「……龍牙っ……」

「……な、んで……魁蓮っ……!」



 直後、龍牙は食堂を飛び出した。



「ちょっ、おい!待てって!」

「お待ちください、日向様」



 突然飛び出した龍牙を止めようとする日向を、司雀は慌てて止める。
 日向が振り返ると、司雀は首を横に振っていた。
 追いかけないで、そう言うように。



「行かせてあげてください」

「でもっ、アイツ泣いてっ」

「そういえば、魁蓮の朝餉のせいですっかり時間が経ってしまいましたね。明日、買い物に行きましょう」

「司雀っ」

「日向様」

「っ……」

「申し訳ございません。
 今だけは、2人にしてあげましょう」

「……わかった……」



 日向は、気にしながらもその場に留まった。
 司雀は2人が出て行った扉を見つめる。



 (魁蓮……貴方って方は……)
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