愛恋の呪縛

サラ

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第14話

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 魁蓮はそのまま、ゆっくりと日向に近づいた。
 直後。



「んっ!!!!」



 日向の寝台の前まで来ると、魁蓮は乱暴に日向の顔を掴み、グイッと自分の方へと引き寄せる。



「………………」



 ただじっと、見られているだけなのに。
 鋭い目付きと赤い瞳で見つめられ、日向はひとつも身動きが取れない。
 また、恐怖で体が硬直してしまう。
 そしてしばらく、その状態が続いていると、魁蓮は低く重たいため息を吐いた。



「つまらん」



 そう呟くと、再び乱暴に日向の顔から手を離し、ふぅっと曲げていた腰を起こす。
 やっとの事で手を離してくれたことへの安堵か、日向の心臓は耳が痛くなるほどの大きな脈を打つ。
 やはり、怖いものは怖い。
 何を考えているのかも分からない。



「なあなあ魁蓮~」



 すると、様子を見ていた龍牙が、ニタッと子どものような笑みを浮かべて魁蓮を呼ぶ。
 魁蓮は返事をすることも、視線を向けることもしなかったが、龍牙は気にせず言葉を続ける。



「その雑魚、殺しちゃダメなの~?」



 龍牙の発言に、魁蓮は視線だけ龍牙に向ける。
 ギロリと横目で睨まれているというのに、龍牙はケロッとした様子で魁蓮を見つめていた。
 そして魁蓮は、また同じため息を吐く。



「二度も同じことを言わせるな」

「え~、じゃあダメってこと~?」

「……そう言った筈だが……?」

「ちぇー。今なら考えが変わってると思ったのにぃ」



 魁蓮の返答に、龍牙は分かりやすく拗ねる。
 口を尖らせて、後頭部に両手を持っていった。
 今の会話を聞いていた日向は、終始青ざめだ。
 魁蓮に恐怖を抱いているのは変わらないが、今ここで魁蓮が許可を出していたら……
 
 日向は、間違いなく龍牙に殺されていた。



 (……イカれてる……)



 ふと、そう感じた。
 日向の前には、5人の妖魔。
 人間と少し似た姿をしているが、正真正銘の妖魔であることは確かだ。
 でなければ、真っ先に殺すなどと言う言葉は出てこない。

 ただ、彼ら妖魔にとって、人間の日向は格好の的なのだろう。
 日向は最悪にも霊力がない。
 瀧や凪、仙人のように戦うことが出来ないため、誰か1人でも殺そうという意識があれば、日向は呆気なく殺される。
 抵抗する暇も無いはずだ。



「というか魁蓮~。せっかく帰ってきたってのに、相手してくれないのつまんないんだけど~?」

「おいバカ龍、魁蓮様に失礼だぞ」

「あぁ?クソ虎には関係ねぇだろ、引っ込んでろよ」



 また始まった。
 魁蓮に声をかけ続ける龍牙に、虎珀は注意を挟む。
 2人は互いを睨みつけ合い、再び殴り合いをするのでは無いのかという空気を作る。
 だが、魁蓮はまるで興味が無い。



「……喧しくてかなわん……」



 ボソッと魁蓮は呟くと、クルッと振り返って扉へと向かう。



「魁蓮、どちらへ?」



 部屋を出ていこうとする魁蓮に、司雀は慌てて声をかける。
 すると魁蓮はその場に立ち止まり、振り返ることなく口を開いた。



「我の復活を嗅ぎつけた妖魔共が、血眼で我を殺そうと探し回っている故、1000年待たせた詫びに相手をしてやろうと思ってなぁ。
 なに、所詮は有象無象な者共よ。直ぐ終わる」



 そう言うと魁蓮は、フッとその場から消えた。
 魁蓮が居なくなると、龍牙は「あーあ」と気だるそうに声を出し、身軽な動きで椅子から立ち上がった。



「つまんねぇの~。俺もどっか行ってこよ~」



 龍牙は欠伸をしながら、部屋を出ていった。
 その姿に、ずっと見ていた司雀はため息を吐く。
 そして、龍牙の隣にいた虎珀へと視線を向けた。



「虎珀。すみませんが、龍牙を見張ってくれませんか?また暴れられては困ります」

「……はぁ、あのバカ龍……」



 虎珀は不機嫌そうに息を吐くと、そのまま龍牙の後を追って部屋を出た。
 やっとの事で静まり返った部屋の中。
 残ったのは、日向と司雀。
 そして1度も話していない、仮面をつけた緑の衣の忌蛇きじゃだけ。
 日向はむしろ、何も話さない忌蛇が気になって仕方がない。
 鬼の仮面をつけているため、表情も分からなかった。
 ある意味、訳が分からなくて怖い。



「申し訳ございません、騒がしくて」



 すると、司雀は申し訳なさそうに日向に声をかけた。 
 日向は我に返り、首をブンブンと横に振る。
 すると司雀は、先ほど龍牙が座っていた椅子に腰掛けた。
 続けて忌蛇も、立っていたその場に蹲るようにして腰を下ろす。
 何事かと日向が心配していると、司雀は小さく咳払いをした。



「今からご説明します。聞いていただけますか?」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 いい時代になった。
 暗い森の中、ただ1人歩いていた魁蓮は、満月が輝く夜空を見上げてそう感じる。
 長いこと眠りについていたのだ、1000年も。
 いや……妖魔である彼からすれば、たった1000年。



「だがいつの世も、人間共は退屈でつまらんな……
 貴様らもそうは思わんか?」



 ずっと気づいていたと言うように。
 魁蓮は、背後から感じていた気配に問いかけた。
 月の光で影になっている中で、それらは姿を現す。



「ははっ、本物じゃねえかよ……」



 人外である妖魔たちが、続々と姿を現す。
 目の前から感じる異様な圧と、真実を物語る魁蓮の姿に、全員がゴクリと唾を飲み込んだ。
 妖魔として生きる彼らに、魁蓮の存在を知らない者はいない。
 妖魔からすれば英雄とも取れる歴史を刻んだ魁蓮は、むしろ崇め奉られる方なのだ。
 存在こそが恐怖、圧倒的強者。

 魁蓮はゆっくりと妖魔たちに振り返ると、先程の言葉を思い出す。



「本物?……ククッ、真の我は嫌か?」

「いーや、むしろありがてぇもんだよ。
 アンタがこの世に生まれてから、妖魔の世界は歪みまくったんだからなぁ……」



 妖魔たちは、持ち得る力を絞り出した。
 ずっと待っていた、この時を。
 この場にいる全員が、そう感じていた。
 目の前には、ずっと倒したかった妖魔おにがいる。
 どれだけ束になっても、誰も勝てなかった。
 簡単に勝てるものでは無いと分かっているからこそ、この緊張感でさえ心地よく感じる。

 それは、魁蓮も同じだった。



「復活してからというもの、挑んでくる者全てがつまらんのでな。少々退屈していたところだ。
 せいぜい我が退屈せぬよう、精進せい」



 いつもの不気味な笑みを、魁蓮は妖魔たちに向ける。
 すると魁蓮は、どくどくと足元に力をためていき、影のようなものを広げていく。
 そして、構えていた妖魔たちの元まで影を伸ばしていった。
 直後、妖魔たちは全身から力が抜けていく。
 ガタッと膝から崩れ落ち、武器を持っていた妖魔たちも手に力が入らず、武器をゴトゴトと落としていく。



「な、んだっ……」

「なんだ、と?それはこちらの言葉だ」



 誰1人立てずにいると、魁蓮は先程の笑みが嘘のように、退屈そうな表情を浮かべていた。
 この表情になってしまっては、危ない。
 そのことに、この場にいた誰も気づいていない。
 いや、知らないのだ。



「貴様ら、初めから頭が高い。せめて跪くくらいは努力をせぬか。礼儀もなっていない妖魔など、我が戦うにも値せん」



 期待はずれと言うように、魁蓮はため息を吐く。
 そもそも、魁蓮はここにいる妖魔たちと戦うつもりなど微塵もなかった。
 最初から感じていた、妖魔たちの力と圧。
 それはあまりに弱く脆く、冗談だと思いたいほどに、魁蓮に挑むには弱者すぎる連中だった。
 舐められたのか。そう思った魁蓮は、心底機嫌が悪くなってしまった。



「教えてやろう……
 妖魔というのは、力の序列で構成される。弱者は強者に跪き、ただこうべを垂れるだけだ。勘違いしている貴様らに改めて教えてやったのだ、喜べ」



 魁蓮は、更に力を増していく。
 その度に、魁蓮の影に囚われていた妖魔たちは苦痛の声を上げた。
 息苦しいなんてものでは無い。
 息なんてできないほどに、体全てが握りつぶされているような感覚。
 内側から、じわじわと。
 即死した方がマシなほどには、その苦痛は長く続いた。
 その様子を見ていた魁蓮は、静かに口角をあげる。



「すまんな。我が殺さないとしたのは人間のみ。
 妖魔は例外なのだ」

「あ゛っ…………あ゛ぁ゛……!!!!!!!!」



 視界が霞む。
 もう、死にたくて仕方がない。
 誰もが思っていた。
 そしてその気持ちを感じ取ったかのように、魁蓮は手を出す。



「天上天下唯我独尊……故に、我こそが全てだ」



 その言葉の最後に、魁蓮は指をパチンと鳴らす。
 直後、妖魔たちは鈍い音を立てて破裂した。
 周りに血や体の破片が飛び散り、見るも無惨な場所となってしまった。
 誰一人として生き残らなかったのを確認すると、魁蓮はそのまま歩き出す。



「実につまらんな」



 そう呟いた時、魁蓮の脳裏に日向の姿が過ぎる。
 人間に対して、これほどまでに興味を持ったことは無かった。
 日向が持つ不思議な力、その全てに興味がある。
 生まれ持った珍しい見た目も相まって、魁蓮の興味だけが増していく。



「ククッ。あの小僧は、力の全てを知った後に殺してやろう。奴自身には、興味が無いからな。
 だがまあ、それも一興……か」



 魁蓮が興味を持つのは、あくまで力のみ。
 初めから、日向のことなんて目もくれていない。
 でも、久々の玩具を手に入れたことに、魁蓮は少し喜んでいた。



「少しは、愉しませてもらえるといいが……」
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