愛恋の呪縛

サラ

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第11話

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「気に入った、小僧……我のものになれ」

「……えっ……」



 聞き間違い、にしてはハッキリと聞こえた。
 だけど、信じたくなかった。
 死ぬこと、殺されることが恐ろしかった日向は、魁蓮が告げた言葉の恐ろしさに、全身が凍りつく。
 今の言葉は、正気なのかと疑いたいほどに。
 そう思いたいほど、残酷なものだ。



「な、何言って……」

「そも、貴様には用があったからなぁ。
 我をこの世に蘇らせ、挙句見たことの無い力を使う。ただの人間にしては、奇妙だとは思わんか?」

「っ…………」

「貴様に興味が湧いた、共に来い。拒むことは許さん」



 全身が、震えていた。
 日向が頼んだのは、2人を助ける代わりに自分を殺せということ。
 そうすれば、2人は助かるのだと。
 なのに、なぜこうなってしまったのか。
 時間を巻き戻すことが出来れば、過去の自分に伝えたい。

 死ぬよりも、キツい地獄を見ることになる、と。



「そ、そんなの……承諾するわけないっ……」

「ではこうしよう。
 貴様が我のものになり、我のそばにいる限り……
 我は人間を殺さんと約束しようではないか」

「っ!!!!!」



 魁蓮の提案は、あまりにも利点が効きすぎたものだった。
 日向は言葉を失い、その提案に驚く。



「あくまで、我のそばに居る間は、だ。
 小僧が1度でも逃げ出したり、この誓約に背くようなことをすれば……人間どもを皆殺しにする」



 人々の命が天秤にかけられた、大きな交換条件。
 むしろ、これは日向に利点が多い。
 目の前の男の強さは、瀧と凪の怪我の具合でなんとなく把握出来る。
 だが、そんな男を止められる方法があるのだ。
 それが、自分自身が犠牲になること。



「貴様が決めろ、小僧」



 魁蓮は、日向の返事を待った。
 だが、日向の答えはすぐに決まった。
 自分1人の犠牲で、数多の人間の命が救われる。
 こんな美味しい話、断る方が不幸だ。



「……わかった、それでいい」

「「っ!日向!!!!!」」



 ずっと話を聞いていた瀧と凪は、日向の反応に声を張り上げた。
 それに対して、魁蓮は小さく笑っている。



「成立だな、小僧」

「っ……」



 こんな地獄、感じたことは無い。
 死んだ方がマシだと、初めて思った。
 日向は溢れそうになる涙を、下唇を噛んで我慢する。
 自分で決めたことなのだ、後悔なんてしている暇は無い。
 これで瀧も凪も、皆も助かるのならば、むしろ有難い話だ。

 魁蓮は日向の胸ぐらをパッと離すと、面白がるように瀧と凪を見上げた。



「小僧、あの2人の怪我を治すことを許可しよう」

「っ……えっ」



 突然のことに、日向は反射的に顔を上げる。
 すると魁蓮は、まるで上機嫌にでもなったかのように、笑みを浮かべたまま言葉を続けた。



「我とて、そこまで邪悪ではないのでな。
 治療する時間を待つことくらい、造作もない。
 別れの挨拶を、交わしてみてはどうだ?」

「……うん……」



 日向が小さく頷くと、魁蓮は2人に向き直る。



「よく聞け、餓鬼共。貴様らが勝手な真似をすれば、小僧以外の人間をすぐに殺す、あるいは小僧を目の前で殺してやる。分かったら、大人しくしていろ」

「「っ………………」」



 魁蓮の目は、本気だった。
 瀧と凪はゾクッと背筋が凍ると、魁蓮の鎖はゆっくりと力を緩め、2人を地面に下ろす。
 普通ならば、抵抗したいところだが。
 生憎、日向は魁蓮の近くにいる。
 ちょっとでも抗う動きをすれば、今の言葉をしかねない。
 従う他なかった。



「瀧!凪!」



 2人がそう感じていると、日向は2人の元へと駆け寄る。
 そして、怪我をしているとわかっていながらも、日向は思い切り2人に抱きついた。
 ギュッと抱きしめ合い、恐怖を和らげる。
 そして、2人は日向をゆっくりと離すと、真剣な眼差しで日向を見つめた。



「日向っ、考え直してくれ。俺たちはまだ戦える!」

「そうだよ、私たちに任せて。君が責任を負うことはないんだ!自分の身を売らないで!」

「っ…………」



 日向を守り続けてきた。
 日向の持つ力を利用されないように、妖魔の手に落ちないように。
 宝物のように、日向のそばにいて、守り抜いてきた。
 それなのに……。



「ありがとう……2人とも……でも、いいんだ」

「「っ!」」



 日向は優しい声音で呟きながら、2人に手をかざした。
 そして、いつものように力を込める。
 2人は淡い光に包まれて、ゆっくりと怪我が治っていった。
 だが、心は決して休まらない。



「よくねぇよ!」

「日向!私たちを信じて!君を1人にはっ」

「ごめん……2人とも。
 アイツを呼んだの、多分僕なんだ」

「「っ……!!!!!」」



 確信した。
 霊力が無くても、もう分かってしまった。
 彼は、伝説に出てきた鬼の王、魁蓮だと。
 日向は2人の会話を聞いて、その答えにたどり着いてしまった。
 だから尚更、後には引けなくなっていた。



「勝手なことしてごめん、巻き込んでごめん。
 守ってくれたのに、迷惑ばかりで……」

「迷惑じゃない!俺たちがしたくてしてるんだ!」

「日向!君を責めたりしない!だから帰ろう!私たちとっ」


「ならん」


「「「っ!!!!!!」」」



 日向を説得することに気を取られていたせいで、3人は近くまで来ていた魁蓮に気が付かなかった。
 魁蓮からは先程の笑みは消え、恐怖を感じさせる真顔に戻っていた。



「勝手な真似をするなとは言ったが、代わりに何を言ってもいい訳では無いぞ。
 足りない頭で考えろ、仙人」

「「っ………………」」



 逃げ場は、ひとつも無い。
 道はできても、途中で途切れてしまう。
 だから、引き返すことしか出来なかった。
 何も言えなくなってしまった2人の怪我を治すと、日向はそっと2人の頬を撫でる。
 そして、精一杯の笑顔を見せた。



「大丈夫!僕を信じて!」

「「……………………」」


 (ごめん。瀧、凪……皆を助けたいんだ)



 何も出来なかった。
 仙人みたいに戦えなかった。
 守られてばかりなのが、日向は悔しかった。
 だから、覚悟はすぐに出来た。
 やっと回ってきた、皆を守る役目。
 自分1人と引き換えに、誰かが助かる。
 断るわけがなかったのだ。



「2人とも……大好き」



 日向はそう言うと、そっと手を離し立ち上がった。
 そして、後ろに立っていた魁蓮へと振り返る。



「終わった……いつでも行ける……」

「ククッ、いい面構えだ」



 そう言うと魁蓮は、トンっと日向の額を叩いた。
 直後、日向はグダッと体の力が抜ける。
 すかさず魁蓮は日向を支えると、瀧と凪に視線を向けた。



「せいぜい噛み締めろ……己の不甲斐なさを」

「「っ!!!!!!!」」



 動き出したい気持ちを押し殺し、2人は立ち上がる。
 剣は構えるが、動くことは出来なかった。
 もう、全て遅いのだ。

 魁蓮は日向を担ぐと、ニヤッと笑みを浮かべた。
 すると、魁蓮の足元から影のようなものが広がり、そこからモヤのようなものが立ち上がる。
 モヤは、魁蓮と日向の周りをふわふわと舞っていた。
 そして余裕の立ち振る舞いのまま、魁蓮は口を開いた。



「覚えておけ餓鬼共、我が名は魁蓮。
 共に血みどろな地獄絵図を描けることを、愉しみにしているぞ……覚悟しておけ」



 直後、モヤは魁蓮たちを包み込み、そして消えた。



「「………………」」



 その場に、静寂が流れた。
 ずっと感じていた重い空気も、嘘のように消えた。
 緊張も解れ、解放された。

 だが…………



「……あぁっ……」



 瀧は、膝から崩れ落ちた。
 喉を潰したような、憎悪の声が漏れ出てくる。
 完治した体を見つめ、そして頭を抱えた。
 髪を掴み、額を地面に叩きつける。
 耐えられない、苦しい、悔しい。
 ありとあらゆる感情が襲い、そして壊す。



「あああああああああああああ!!!!!!!!!」



 瀧の、過去1番の悲痛な叫びが木霊した。
 グシャグシャと髪を掻きむしり、拭えない後悔に耐えられず、ただ叫ぶ。
 隣に立っていた凪は、悔しさで涙を流し、歯を食いしばっていた。
 先程まで日向がいた場所を、じっと見つめながら。



「ああああああっ、あああああああ!!!!!!
 日向っ……日向ああああああああああ!!!!!」



 いつの間にか、結界は破れていた。
 何も壁が無くなった町は、静かな夜と共に、悔しさと怒りを抱える2人の仙人を。
 ただ、包み込むように佇んでいた。



 7月7日 22時17分
 鬼の王・魁蓮の復活により、町は八割崩壊。
 死者 95名  うち仙人 8名

 行方不明者 1名
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