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第七章 決戦!! 君の正義と僕の悪

第七章 決戦!! 君の正義と僕の悪 3

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       * 3 *

「そろそろか」
 僕は玉座から立ち上がる。
 作戦の第二段階、市街封鎖は終盤に差し掛かっていた。
 最初から予測されていたことだけど、主要な道路の一部を壊したり鳥もち銃で封鎖し、僕たちの活動によって街から逃げだそうとする人たちが渋滞を起こしても、抜け道となる道は発生する。
 電車の駅の封鎖の後に実行した穴埋めには時間がかかって、夕方にはまだ早いけど、予測された最大遅延時間近くになっていた。
 この後の作戦では、各地での活動を終えた幹部や戦闘員は市庁舎に終結し、そこに僕も出撃して市内征服を宣言する。
 時間はかかったけど作戦自体は順調で、要請によって近隣から呼び集められた自衛隊も機動隊も、市内に入るかなり手前のところで足止めを食っていた。
 ピクシスの予測が正確なら、日が暮れる頃までは応援は市内に入ってくることができず、その頃には自衛隊基地の封鎖も効果を失ってくる。
 待機状態にしておいた十体の戦闘員を起こし、カストルとポルックスに新しい指示を飛ばした僕は、転移室へと脚を向ける。
「どこに行かれるんですか?」
 転移反応と同時に転移室から顔を見せたのは、樹里。
 転移室の扉の前に陣取って、彼女は動こうとはしない。
「僕の作戦をやるために出撃するんだよ」
「予定通りに、ですか?」
 僕はここのところ、樹里のことを避けていた。
 樹里は樹里で、僕のことを避けているようだった。
 だからこうして、会話をするのは久しぶりだった。
「僕は僕のやりたいことをやるだけだよ」
「それはシャイナーとの決着を付けに行く、という意味でしょうか?」
 眉根にシワを寄せて、険しい顔をしている樹里。
 たぶん、気づかれているだろうとは思っていた。
 市内征服作戦の他に、僕は僕でいろいろと準備を進めていたから。
 ナビゲーターである樹里が気づかないはずはない。
 険しい顔をしている樹里に、僕は思わずヘルメットの中で笑顔が漏れてくるのを感じていた。
「ねぇ樹里。たぶんだけど、この悪の秘密結社と正義の味方の戦いは、茶番だよね」
 目を丸くした樹里は、僕の言葉に答えない。だから僕は言葉を続ける。
「悪の秘密結社と正義の味方。そのふたつの勢力が近くにいれば、戦うのは必然。たぶん両方のキットをつくったひとりの主催者は、そうなることを想定していたはずだ。でも違う。悪の秘密結社がやるべきことは、自分の悪を示すこと。正義の味方がやるべきことは、正義を示すこと。キットを持つ人の目的が正義を、悪を倒すことでないんだったら、戦う必要自体がたぶんないんだ」
 少し悲しそうな顔をして、一歩後退る樹里。僕は一歩、前に進む。
「それでも僕はシャイナーと戦う。それは僕がやりたいことだから」
 いまにも泣き出しそうな顔になった樹里が言う。
「ステラートは、どうされるおつもりですか?」
「それについては……、ゴメン。シャイナーと決着をつけた後、僕はステラートを解散させるつもりだよ」
「ステラートブリッジ計画は、どうされるおつもりですか?」
 樹里の握りしめられた拳が、彼女の胸の前で震えていた。
「たぶん僕が考えていたことは、樹里が思ったこととは違う。僕がつくりたかったのは、見たかったのは、ステラートブリッジが建造される、世界なんだ。それを生み出す人々、それを生み出した人々が生きる世界を、見てみたいと思ってたんだ」
「世界を?」
 驚いて目を見開く樹里に、僕は「うん」と応える。
「首領の望みは、世界を変えてしまうことです。世界を、征服することに他なりません」
「うん、僕もそう思う。でもちょっと違うかな? 僕は誰かにステラートブリッジをつくらせたいんじゃない。みんなが望み、みんながそれをつくろうとする世界を、そしてそれがつくられた後、変わっていく人と世界を、見てみたかったんだ」
「それは世界を征服するよりも、難しいことです」
「うん、そうなんだろうと思うよ」
 一歩、樹里に近づく。彼女はまだ、道を譲らない。でも僕から遠ざかることもない。
「ステラートの力を使っても難しい。いや、この力を使ってやるべきことではないかも知れない、って思ってる。だから僕は、ステラート存続の意志を表明しない。それで解散になるかどうかは、よくわからないけどね」
 もう一歩樹里に近づいて、彼女の息が掛かるほどに顔を近づける。
「ゴメンね、樹里。君と別れたいとは思ってない。でも僕には、ステラートの力は、人にキットの力は、大きすぎるように思うんだ。だから、本当にゴメン」
 樹里が道を空けてくれる。
 戦闘員とともに転移室に入って、僕は彼女に振り返る。
「帰っていらっしゃいますか?」
「うん。そのつもりだよ」
 泣きそうな顔をしている樹里に、僕はできるだけ優しい声で応えていた。
 でも本当はわからなかった。
 シャイナーとの決着がどういう結果になるのか、そしてもし負けてしまったとしたらどうなるのか、僕は予測できなかった。
「あと残りほんの短い時間かも知れませんが、お待ちしております」
 深く頭を下げる樹里に、僕はそれ以上言葉をかけてやることができなかった。
『よぉ、コルヴス。もうすぐ出撃だよな』
『うん。すぐに向かうよ』
 市庁舎に向かっているだろうアクイラから通信が入る。アジト経由の通信だから、樹里にも聞こえてるだろう。
『嘘はいけないよ。彼女と決着をつけに行くんだろう?』
『……うん』
 やっぱりか、とも思った。
 竜騎にも英彦にも、僕が何をしたいと考えてるのか、気づかれているような気はしていた。
『征服宣言は俺がやっちゃっていいのか?』
『頼んだよ』
『集結地点の指示を頂戴。ぼくから五体、アクイラから五体、そこに向かわせる。戦闘力のない市庁舎には、二十体のもの戦闘員は不要だからね』
『ありがとう』
 改めて樹里のことを見た僕は、彼女の笑みにヘルメットの中で微笑みを浮かべていた。
「行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」
 樹里の言葉を受けて、僕は転移室の扉を閉め、行くべき場所をアジトに指示した。

         *

 頭に乗せたバスタオルで髪に残った湿り気を取りながら部屋の扉を開ける。
「……おめぇ、なんて格好してんだよ」
 ひかるの格好を見たネズミーが開口一番、そう行った。
「別にいいでしょう。誰も見てないんだし」
 ステラートの作戦により、交通機関は完全に麻痺していた。
 人々には家から外に出ないよう通達が出ていたが、車などを使って街から脱出しようとする人が道路を埋め、ステラートによって主要な道路の通行が不可能になっているため、小道にまで渋滞ができているという記事が出ていた。いくつかの駅も封鎖されており、現在は街から出るにも入るにも苦労する状況だった。
 それにより忘年会に出ていた両親から今日は帰らないと連絡が入ったのは、夕方前の時間だった。
 ――どうせ怖くて帰ってこないんだろうけど。
 湿ったタオルを畳んで机の上に置く。
 近づいてきたひかるにおろおろとしているネズミーを見て、ひかるは噴き出しそうになっていた。
「お、オレが見てるっつーの、早く服着ろよっ」
 おそらくそう遠くなくコルヴスが出てくるだろう。そして彼との戦いこれまでで一番長い戦いになると予想したひかるはシャワーを浴びてきていた。
 親が帰らないからどうでもいいかと思って、ひかるはいまは上下の下着しか身につけていなかった。
「貴方が見てるって、別に気にならないけど? 人間じゃないんだし」
「そうかも知れねぇけど、ちょっとは恥じらいってもんを持ったらどうだ」
「どうでもいいじゃない」
 コルヴスを倒してトライアルピリオドをパスした後、年明けを待たずにすべてを破壊するつもりだった。
 だからもう、身の回りのことなんてどうでもいい。そんなことを思っていたりする。
 それでもひかるはベッドの上に畳んで置いた、ブラウスに袖を通し、ミニスカートを履く。それだけでは寒いから、衣装掛けから少し飾りの五月蠅いジャケットを取って羽織った。
 やっと落ち着いたらしいネズミーが言う。
「んで、出てきたぜ」
「コルヴス?」
「あぁ。間違いない。このでかい反応は、絶対奴だ」
 据置端末に表示している情報にはコルヴスが出てきたと言う記事はない。おそらく彼はどこかひと目につかないところに出てきたのだろう。
「それじゃあワタシの出番ね。ネズミー、基地に転移をお願い」
「……なぁ、ひかるよぉ」
 少し情けなさを感じるネズミーの声。
「何よ」
「オレはよ、……オレはお前が負けるとこは見たくねぇからな」
 ネズミの姿をした彼から表情を読むのは難しかったが、冗談を言ってる雰囲気はない。心配しているのだとは思ったが、いらない世話だとひかるは思った。
「ワタシがコルヴスごときに負けると思うの?」
「たぶん、上級怪人が二体と、戦闘員がかなりの数、あいつのところに集まってる」
「幹部のふたりは?」
「いや、奴らは集まってくる気配はいまのところないな。もうすぐ市庁舎に集結するらしい。集まった後、コルヴスに合流しないとも限らない」
 せわしなく鼻をひくつかせているネズミー。表情はわからなくても、短いとは言えない付き合いの間に、彼がどんなことを考えているのかは、仕草や声からだいたい想像できるようになっていた。
「問題にならないわ。作戦で消耗した怪人や戦闘員なんて、ワタシの敵じゃないもの」
 それでも安心しているようには見えないネズミーは言う。
「必ず、必ず帰ってこいよ、ひかる」
「……ネズミーは、ワタシがシャイナーの力を手に入れた後、何をするつもりなのか、わかってるの?」
「うぅーん。はっきりとはわかってるわけじゃねぇけど、たぶんどんなことやりたいかは、わかってると思うぜ」
「それでも、ワタシに帰ってきてほしいの?」
 すべてを破壊するなんて正義の味方らしくないことを、ひと言だってネズミーには言ってなかったが、何となく彼は気づいているだろうと思っていた。
 うつむくように顎を引いて自分のことを見てくるネズミーに、ひかるは笑みをかける。
「それでもオレは、お前に負けてほしくねぇ。お前に帰ってきてほしいんだ」
「ありがとう。大丈夫よ。ワタシは必ず帰ってくる。貴方が待ってるなら、必ずね。できるだけ早くコルヴスを倒して、ステラートを壊滅させて、ね」
「あぁ……」
 ローカルテレビ局の特別番組を表示している据置端末が、市庁舎になだれ込むアクイラとピクシスの様子を映していた。
 市内征服は大詰めに入っている。
「お前が帰ってきて、シャイナーの力を手に入れて、……それからその後にやることを、オレは見ててやる。手伝ってやることはできねぇけど、それがどんなことでも、オレはお前と一緒にいてやる。オレはお前を、もっと見ていたいんだ」
「莫迦なことを言ってないで。さ、出撃するわ」
 ネズミーの頭を指でなでて、ひかるは笑う。
「最初の目的地はあっちでいいのか?」
「えぇ。それで構わないわ。退路を、先に断っておきたいからね」
 事前に話してあった目的地を確認して、ひかるは秘密基地に転移していく浮遊感に身をゆだねる。

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