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第七章 決戦!! 君の正義と僕の悪

第七章 決戦!! 君の正義と僕の悪 2

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       * 2 *

 転移の完了を確認して辺りを見回す。
 アクイラの視界に入ってきたのは、小型の体育館ほどの大きさの建物。大きな扉の着いた建物は、数にして十を超えていた。
 一緒に転移した二十体の戦闘員とピクシスの存在を確認して、アクイラは自分が担当する十体の戦闘員に指示を飛ばした。
 昼下がりと言うにはまだ少し早い時間、倉庫街のようなその場所には人影はなかった。しかし巡回に回っていたらしい小銃を手にしたふたり組の自衛官が、アクイラたちの姿を見て無線機を手にしつつどこかに走っていった。
「さぁて、時間に余裕もねぇし、始めっか」
「そうだね」
 扉が開けっ放しになっている手近な倉庫に向かう。
「んで、こいつは具体的にはどう使ったらいいんだ?」
 アクイラは肩に担ぐようにして持った、全長は短いが大柄な銃で肩を叩く。
 効果は聞いていたし、説明も受けていたが、アジトの中で試し撃ちをするわけにはいかなかった銃の使い方が、アクイラは今ひとつピンと来ていなかった。
「適当に壁に向かって二、三発撃ってくれればいいよ。それで効果は充分にあるから」
「ほい」
 言われてアクイラは倉庫の中に狙いを付ける。
 開きっぱなしの扉から見えた倉庫の中身は、装甲車。
 車輪になっているけれど戦車かと思うような大砲を装備していたり、当たると痛いでは済まなそうな機関銃を装備した装甲車たちは、現在のステラートにとって一番の驚異とも言うべき武器だった。
 今日の作戦を開始するに当たって、最初にそれを目標とすることは、ピクシスが真っ先に提案した内容だった。
 左右と奥の壁に向けて無造作に引鉄を絞ったアクイラ。
 低速で拳よりも大きな弾丸が壁に命中し、一瞬置いて起こった変化。緑色の液体が、壁にめり込んだ弾丸からあふれ出し始めた。
「うぉ、すげ」
 すぐさま沸騰するかのように泡を形勢していく液体は、あっという間に建物の中を満たしていく。並んでいる装甲車を飲み込み、広い空間を満たした微かに緑がかった泡は、入り口から少しあふれたところで成長を止めた。
「これでここは封鎖完了、と」
 担当の戦闘員にも同じようにするようにアクイラは指示を出す。
「んでもこれ、人が巻き込まれたら窒息とかしねぇ?」
「それは大丈夫。泡の密度は低いし、意外と空気は通るんだよ。それに固まるまでは少し時間に余裕があるからね。その間なら逃げ出すことも可能だよ」
「へぇ」
 ピクシスが樹里と一緒に開発した鳥もち銃の威力と効果に、アクイラは関心するばかりだった。
 そんなとき戦闘員から注意を促す情報が入ってきた。
「半日ほどで酸素と反応して水に変わるし、もし巻き込まれても大きな問題はないね。ただまぁ、ちゃんと固まるまでそれなりに時間がかかるから、こんなことにもなるね」
 遠くの倉庫からスリップ音を響かせながら飛び出してきたのは一台の装甲車。
「……目が合った気がする」
 人間ではないのだから目が合うというのもおかしな話だったが、何となく装甲車の運転手に目標にされた気がしたアクイラは、鳥もち銃をピクシスに預けて、両方の腰に引っかけておいた手甲を装着する。
 肘の先までを覆い、片方四本、両手で八本の鋭い爪のついた手甲を構えて、ふと思ってピクシスに訊いてみる。
「あれ、ぶっ壊しちまっていいのか?」
「いいんじゃないかな? 鳥もちで封鎖してしまえば問題にはならないけど、こちらに向かって来るなら彼らはぼくたちの敵だ。敵に容赦をする必要は感じないな」
「おいおい」
 いつになく物騒なことを言うピクシスに、アクイラは思わず呆れていた。
「アイツじゃあるまいし、容赦ねぇなぁ」
 遼平は一度敵と見なした相手には情けを掛けないところがある。
 いまのピクシスにもそれと同じ感じがあった。
「ぼくも彼のそう言うところ見習ってみようかと思ってね」
「なんだ、お前もこの作戦、楽しみにしてたのか」
 声を弾ませるピクシスに、彼が楽しんでいることを知る。
 遼平が、コルヴスが最終作戦発動を宣言したとき、アクイラは思わず叫び声を上げそうになった。
 それからの決して長くない準備期間は、待ち遠しくて仕方ないほどだった。
 ピクシスもまた自分と同じなのだと、アクイラはヘルメットの中で笑う。
 どこかと通信でもしているのか、盛んに電波を出している装甲車は、ゆっくりとしか近づいてきていない。
「……ちょっと訊いてみるんだが、あれっていくらくらいするの?」
「ふむ。世界で最初の電気自動車タイプの戦闘用車両で、インホイールモーターによる八輪駆動。平地での最高速度は一五〇キロを超えると言われ、長距離走行用の補助バッテリと緊急用の補助エンジンの併用により走破距離は最大二万キロを超えるとされてる。オプションで無限軌道への換装にも対応。軽量で防御力の高い装甲板と乗務員を除く八人の輸送能力、何より特徴的なのは上部の多目的ターレット。大型機関銃から音響兵器、放水装備、果ては大型の戦車砲まで搭載可能。輸出を見据えた超多目的で柔軟なオプションにより、開発費がかさんで売り込みには苦戦しているけどね」
「好きだな、そういうの」
「まぁね。ちなみに本体価格は、推定六億」
「げっ」
 アクイラが悲鳴を上げるのとほとんど同時に、装甲車が加速を開始した。
 ピクシスから数歩距離を取った彼は、両手の手甲を慎重に構える。
 弾丸が装填されていないのか、大型機関銃を使用せずに体当たりするように突っ込んできた装甲車を、アクイラは軽く跳んで回避した。
 それと同時に振るった爪は、左の四本のタイヤだけを切り裂いていた。
 激しくブレーキ音を響かせた装甲車は止まりきることができず、突き当たりの建物に横から激突していった。
「さて、ここはこれでおしまい」
 ピクシスから鳥もち銃を受け取り、装甲車の下に向けて引鉄を絞る。すぐさま薄緑色の泡が沸きだし、乗員が逃げ出すのとほとんど同時に装甲車を覆い尽くした。
「んじゃあ俺は次の目的地に」
「うん。ぼくも行ってくるよ」
 それぞれに十体の戦闘員を引き連れたアクイラとピクシスは、ハイタッチを交わして別々の目的地へと歩き始めた。

         *

「奴ら、ついに出てきたぜ」
「そう。数は?」
「戦闘員だと思う反応が全部で四十。それからでかい反応は……、四つだな」
「四つ?」
 ネズミーの言葉に、ひかるは眉を顰めた。
 冬休みの宿題をやっていた据置端末の表示を切り替えて、ニュースサイトと地元ローカルのテレビ番組を映し出す。
 各所のニュースサイトは、約ひと月振りに姿を見せたステラートの動向を逐一報告していた。
 テレビでも通常の番組から特別番組に切り替わり、ステラートの状況について伝えている。
 航空自衛隊基地に派遣されていた陸上自衛隊の戦力を無効化した後、アクイラとピクシスは徒歩で別々の場所に移動中だった。他ふたつの大きな反応は、近隣の警察署の襲撃を行っていると伝えている。
 入ってきた映像によると、戦闘員を率いているのは赤と青の怪人であり、コルヴスの姿はない。
「ありゃあ上級怪人だな」
「上級怪人って?」
「戦闘員を率いてるから、たぶん管制補助ができるタイプだと思うが、戦闘能力も下手な幹部よりも高いくらいの怪人だ。保持エネルギーも相当高ぇ」
「しょせんは怪人でしょう」
 器用に腕を組んでいるネズミーに一瞥をくれた後、ひかるは更新され続けているニュースサイトをチェックする。
 ――そう思えば、今日はクリスマスイヴだっけ。
 ステラートの記事で押し流されて行っているが、ほんの一瞬前までニュースサイトを埋めていたのは、クリスマスに関する記事だった。
 今日、両親は地元の忘年会に出ていて不在。それでなくても、クリスマスに一緒に過ごしたのは、小学生のときが最後だったような気がしていた。
 クリスマスには、ひかるは縁を感じることはほとんどない。
 表示を戻して宿題を再開する。
「おいひかる。出撃しないのか?」
「しないわよ。必要を感じないもの」
「正義の味方が悪の秘密結社を放置するって、どーすんだよ」
 珍しく正義の味方についてのあり方について意見してくるネズミー。
 鼻をひくひくと動かしながら、おそらく不満を表してるだろう彼を無視して、ひかるは数学の問題を解いていく。
「おい、こら」
「あれだけの数を相手するのは大変だし、ステラートの首領はコルヴスでしょう。彼が出てきたなら、ワタシも出撃するわ」
「出てこねぇ可能性だってありえるだろ」
 まだ文句を言うネズミーに手を伸ばして、意外と固い毛をなでてみる。気持ちいいのか、ネズミーは微かに身体を振るわせた。
「大丈夫よ、ネズミー。彼は必ず出てくるわ」
「なんでわかるんだよ」
「さぁ? なんでなのかは、わからないんだけどね」
 なぜ自分がコルヴスのことを信じているのかは、ひかる自身わからなかった。
 けれど確信として、彼は必ず出てくると思っていた。
 最悪コルヴスの他にふたりの幹部と二体の怪人、これまでなかったほどの戦闘員を相手にしなければならなくなるかも知れなかったが、大規模になると思われる今日の作戦がある程度進む頃には、いま出撃している部隊はそれなり以上に消耗しているだろうと思えた。
「まぁ、お前がしたいようにすればいいけどな」
 まだ少し不満そうにしながら、連絡用に渡してあるお古の携帯端末を操作し始めたネズミー。機能的にはあまり拡張していない秘密基地からの情報では足りない部分を、ニュースを見て保管するつもりだろう。
「さて」
 宿題を再開して、集中しながら、ひかるは考えていた。
 ――こんなことしても、意味がないかも知れないけどね。
 ステラートを倒した後、街も学校も家も、すべてを破壊するつもりだった。
 そうなれば宿題など提出する先などなくなる。
 それでもひかるは、出された課題をこなしていっていた。

         *

 自衛隊基地封鎖に続いて、ふたりの幹部と二体の怪人は、それぞれに十体の戦闘員を引き連れて警察署の封鎖に移っていた。
 進行状況は順調。
 自衛隊も警察も僕たちが積極的に襲撃をするなんて想定していなかったらしく、まともな抵抗もできずに鳥もち銃で建物と車両を無力化できていた。
 それでも街には警察官も、パトカーも出ているけど、ステラートに組織的に敵対する動きは見せていなかった。
 今日の作戦内容は、これまでの建造物破壊と大きく違う。
 市内征服。
 僕は僕の住む街を、ステラートの力を持って征服するつもりだった。
「出てこないな」
 事前に入力した作戦内容からかなり柔軟に自律行動ができると言っても、管制が必要なカストルとポルックスを玉座に座ったまま指示を与えながら、出てこないシャイナーのことを思う。
 作戦としてはすぐさまシャイナーが出てくることも想定されていたし、そのときには僕も念のため残している十体の戦闘員を引き連れて出撃するつもりだった。
 ――予想通りではあるけどね。
 なんとなく、僕はシャイナーが出てこないだろうことを予想していた。
 たぶんシャイナーは、僕が出て行くまで出てこないんだろう。そして僕が出撃するのは、作戦の最終段階に入ってからになる予定だった。
 玉座に肘をついて、僕は身体を丸めて座っている待機状態の戦闘員を眺める。
 作戦開始前まで狭さを感じていた広間は、いまではすっかり閑散としていた。
 初めてこのアジトに入ってから四ヶ月。味気のないこの場所はもう見慣れてしまった気がしていたのに、物足りなさを感じるのはどうしてだろう。
 樹里はいま、ここにはいない。
 作戦のときにはいつも僕の脇に控えていた彼女は、たぶんいまは僕の家にいるはずだ。
 キットの付属品に過ぎない彼女がここにいなくても作戦に支障はないし、もし何かあればアジトからの情報は受け取っているはずだから、通信でも飛ばしてくるはずだ。
 カストルとポルックスの動きに注意を払いながらも、僕はため息を漏らしていた。

         *

「ありがとうね、樹里ちゃん」
 自宅用のラフな格好でビールの入ったジョッキを傾けている綾子に、樹里はつまみの入った小鉢を差し出した。
 受け取ってリビングのローテーブルにそれを置いた綾子は、テレビから目を離さない。
「今日はこんなことをするから、外に出ないように言ってたのね」
「はい」
 テレビで流れている特別報道番組では、警察署を襲撃するカストルと戦闘員の様子が映し出されていた。
 一見正義の味方にも思えるスマートでシンプルな赤い装甲のカストルが鳥もち銃の引鉄を絞ると、駐車場に停まっている警察車両があらかた泡の中に沈んでいった。
「作戦は順調なの?」
「はい。いまのところ問題はありません」
 綾子の側に立ち、一緒にテレビの画面を見ている樹里は、彼女からの質問に答える。
 作戦の状況は順調。シャイナーもまだ出てこず、障害となる戦力の封鎖もまもなく終わる状況となっていた。
 作戦の第二段階に移れば、主要幹線道路が通行不可能になり、街から逃げだそうとする人々が起こす渋滞も重なって、自衛隊や警察の応援も入ってこられなくなる予定だった。
 綾子には作戦の詳細については語っていなかったが、作戦に伴いおそらく翌日までは家に帰れなくなることを考えて、家にいるよう話してあった。
「作戦中なのに遼君の側にいなくていいの?」
「わたしは、……その、キットのナビゲーターですから、機能的な問題はまったくありません。この身体は首領の側になくても、ステラートそのものがわたしと言っても過言ではありませんから、大丈夫です」
「ふぅん」
 思わせぶりな綾子からの視線を、樹里は受け止められずに目を逸らしていた。
「ん、おいしいわね。遼君がつくるのと同じ味ね」
 先ほど樹里がつくって持ってきた酢の物を箸で口に運び、綾子は顔をほころばせる。
「ありがとうございます。つくり方を習っていましたので」
 料理に関する情報は、だいたいのものは入っていたからたいていのものをつくることはできた。
 けれど遼平と一緒につくったものは、手順も材料の分量も情報とは少しずつ違っていた。
 マリエのことがあるまでは遼平と一緒に食事をつくっていたから、樹里は彼のつくるものと同じ味を身につけていた。
「ナビゲーターにこんなことできる必要は、あるのかしら?」
「それは……、どうなのでしょう」
 とぼけたような顔で言う綾子の質問に、樹里は答える返事を持たない。
 顔をうつむかせて、エプロンの裾を握りしめているだけだった。
「シャイナーってのは出てこないの?」
「おそらく出撃してくると思います。けれどいまのところは、出撃しているという情報はありません」
「そうなの。大丈夫かしら? あの子」
「いまは首領はアジトにいらっしゃいますから、安全と言えます」
「でもそのうち、あの子も出撃するんでしょ?」
 綾子と目があって、樹里は小さく「はい」と答える。
「あの子で勝てるかしら? シャイナーって相当強いでしょう?」
「シャイナーの力は強大です。ですがアクイラもピクシスもいらっしゃいますし、現在は二体の怪人と多数の戦闘員が出撃していますから――」
「んー。どうかしらね。あの子のことだから、自分で戦おうとか考えてるんじゃないかしら?」
 笑顔で「なんとなくよ」と付け加える綾子に、樹里は首を傾げていた。
「どうして、そう思われるのですか?」
「あの子は遼君――、あの子の父親の、遼治さんの方ね。遼平は遼君に似てるからかしらね」
 懐かしむように目を細めた綾子が話を続ける。
「遼平と遼君はすごく似てる。顔とかもそうだけど、性格もね。だから私はあの子にいろいろと期待しちゃう。あの子の母親としてどうなんだろうとは思うけど、そういう気持ちがあることを否定することなんてできない」
 綾子が家にいる時間は決して長くない。
 仕事や用事で出かけていることが多く、会えば仲良く話しているが、人の親としてはその時間はあまりに短いことを、樹里は遼平と過ごしてきた四ヶ月の間に知っていた。
「あの子は遼君と同じで一途で、一直線なの。一度決めたことを翻すのは苦手で、不器用なのよね。でもやっぱり同じ人ではないから、まったく同じじゃない。遼君の見ていたのは星の世界。でもたぶん、あの子が見たいと思ってるものは、あの人とは違うんじゃないかって、ちょっと感じてる」
「それはなんですか?」
 突然の質問に少し驚いた様子の綾子は、けれど笑む。
「それはわからないわ。あの子に訊いたことはないし、たぶん私は訊く資格はないから」
「資格、ですか?」
「そう。それを訊く資格があるのは、あの子の側にいられる人だけなんだと思う。私はダメね。あの子の側にいると甘やかしちゃうし、甘えたくなっちゃうもの」
 遼平に対してなのか、自分に対してなのか、口をとがらせる綾子は、それでも笑う。
「それにあの子は諦めの悪かった遼君と違って、意外と諦めがいいの。諦めた上で、次の道を探すのは良い方法だと思うのよ? でもあの子、たまに諦めちゃ行けないことまで諦めることもあるみたいなのよね」
「そう、なんですか」
 綾子の言葉に応えながら、樹里は唇に人差し指を当てて少し首を傾げていた。
「うん。そんな感じ。あの子の側に最後までいられるのは、そのことをちゃんと言える人だけよ、たぶんね。――ねぇ、樹里ちゃん」
 呼びかけられて樹里は綾子の視線を正面から受け止める。
「もしあの子がシャイナーに負けたら、どうなるかしら?」
「わかり、ません……」
 言葉を濁した樹里の表情は、険しくなっていた。
「遼平からはあんまり悪の秘密結社の話は聞いてないし、シャイナーが出てきた映像ってそんなにないからよくわかってないかも知れないけど、彼女ってすごく必死よね」
「――そうですね」
「もしシャイナーが勝ったら、あの子は殺されるんじゃないかしら?」
 樹里の表情は固まっていた。
 綾子に言葉を返すこともできず、ただ口を開けていた。
「シャイナーって強いわよね。竜騎君? アクイラだっけ。でも勝つのは難しいんじゃないかしら? あの子で彼女に勝つことは、できそう?」
「それは……」
 樹里は答えることができない。
 戦闘回数自体は多くない中で、コルヴスはシャイナーに勝ったことは一度もない。幹部招集後は戦ったことがなかったが、あのときよりもシャイナーは大幅に強くなっている。
「もし今日、一対一で戦うことがあったら、たぶんあの子は諦める。勝てない自分に諦めて――」
 そこで一度言葉を切った綾子は、はっきりと言った。
「遼平はシャイナーに殺される」
 大きく息を飲む樹里の口からは、反論の言葉も出てこなかった。
 ピンク色の唇を引き結び、エプロンの裾をつかむ手を震わせていた。
「いま、どんなことを思った? 樹里ちゃん。その気持ちを、一度でもあの子に伝えたことがある? あの子は結構鋭いのに意外と察しが悪いの。言葉にして伝えなければ、伝わらないこともあるのよ」
「でもわたしは人間ではなくて――」
「そんなことがどうしたっていうの?」
 ビールを大きくあおった綾子は、楽しそうに笑う。
「私はナビゲーターとか、悪の秘密結社とかのことはよくわからない。でも私は樹里ちゃんに最初に会ったとき思ったの。貴女は、遼平のために生まれて、遼平のためだけにいるんだな、って。あの人の面影をあの子に重ねてる私とは違うんだな、って。――ねぇ、樹里ちゃん。貴女の言う神の欠片って言うのは、コンピュータのような無機質な物なのかしらね?」
 樹里はその質問に答えない。
 目をつむってうつむいて、綾子の言葉を聞いていた。
「ねぇ、樹里ちゃん。もう一度訊くけど、貴女はここにいていいの?」
 目を開けた樹里は、綾子の楽しそうな色を含んでる瞳を、しっかりと見返していた。

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